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025:のどあめ 『またおまえか・・・。』 第二回北斗杯。 中国に関しては趙石以外メンバーが入れ替わっていたが、日本韓国は去年と同じメンバーが 順調に勝ち上がって出場していた。 特に韓国は、総合成績ではまだ高永夏がトップではあるものの、この一ヶ月は 調子を落としているので、逆に調子を上げている日煥が大将に選ばれていた。 日本チームは去年と同じく、少なくとも韓国戦は進藤が大将で来るだろうというのが 大方の予想であったので、永夏と進藤の対決を避けようという思惑もあったとすれば 皮肉な事である。 ともかく今年の両国の大将は、林日煥、塔矢アキラ。 奇しくも昨年の副将戦の二人の再対決となっていた。 『そのようですね。・・・お願いします。』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・一目半。 どこでヨミ間違えたのか、どこで、どこで。 最初は無限に広がっていた選択肢、一体何がいけなかったのか・・・。 アキラはいつまでも盤上から目が離せないでいた。 自分でもベストを尽くせたと思う。 悪いところはなかった。 では何が勝負を分けたのか・・・。 『おい、』 声を掛けられてアキラがようやく十九路盤から視線を引き剥がすと 向かいで日煥がニヤリと笑っていた。 『後でオレの部屋で話をしないか。』 日煥なら、その答えが分かるだろうか。 そうでなくともこの素晴らしい対局を出来た相手と心ゆくまで語り合いたい。 『ええ。ボクもあなたとお話がしたいです。』 日煥は酷く驚いた顔をした。 アキラはそれを見て、自分で誘っておいてと少し可笑しくなった。 コンコン、 ドアを開けた日煥が、アキラを招き入れてドアを閉じ、鍵を掛ける。 カチリと音がするやいなや後ろから抱きしめられ、その時になって漸くアキラは 去年のことを思い出した。 あのニヤッとした笑いは、そういう意味だったのか・・・。 しかし去年のようにパニックも起こさず、静かに口を開く。 『・・・ボクは検討をしに来たんです。』 『ほう?その割には騒がないんだな。今年は。』 『ええ・・・まあ。』 首筋に歯を立てられて少し眉を顰めながらも、アキラは狼狽えも抵抗もしない。 『去年の事があってから、』 日煥の犬歯が耳を這い上がる。 カチリと歯が鳴ると共に、頭の中で白石が小目に打たれる。 『・・・何をトチ狂ったか進藤がボクの体に悪戯をするようになりましてね。』 『なるほど・・・。今年は経験済みという訳だ。』 『そういう訳です。』 『なら、オレも試せよ。』 『ですから・・・。』 あの時ツケを打ったのが分かれ道だったのか・・・。 いや、その前にシノいだつもりだったのが・・・。 『それとも進藤に操立てしてるのか?』 スーツの襟元から差し入れられた手と、『進藤』の言葉に ふ、と思考が途切れた。 アキラは自分の恋人を気取っている同い年の少年が嫌いではなかった。 嫌いではないが、正直少し鬱陶しいと思うこともある。 「オレ達のこと、バラされたくないだろ?」 構わないと言っても、ヒカルにそれを第三者に言う勇気などないのは分かっていた。 それでも、脅しに乗った振りをして不承不承言いなりになっている姿勢を維持しているのは ヒカルの事を異性のように愛してもないのに、彼との肉体の接触を楽しんでいる 自分に対する言い訳だというのも、実は自覚がある。 『・・・別に彼とはそういう関係ではありませんよ。』 『ならいいんだな?試しても。』 ヒカルとどういう関係かというのと、日煥と寝る事とは関係ないだろう、と思う。 思うが確かに、試してみる、価値はあるかも知れない。 自分はヒカルしか知らない。 他の男がどうなのか・・・興味がある。 それに、ヒカルと違ってこの男なら、明日になれば別の国にいるのだから 後腐れがない。 うるさく付きまとわれるのは、ヒカル一人で十分だ。 アキラはこの部屋に入ってから初めて振り返り、漸く日煥の目を見た。 『・・・分かりました。でも、検討もして貰いますよ。どちらを先にしますか?』 『こっちだ。』 日煥はアキラのネクタイの結び目に指を入れて、シュッと抜き取った。 裸にされて狭いユニットバスに押し込められ、無造作にシャワーを浴びせられる。 目の前では日煥も裸体を曝している。 男同士であるし、いつもヒカルの裸を見ているから何という事はないと油断していたが その体格差にアキラは恐怖と、多少の羨望を覚えた。 『・・・結構鍛えてるんですね。』 『来年には徴兵だからな。多少は鍛えておかないと辛いだろう。』 引き締まった背中。元々筋肉質でもあるのだろう、切れた上腕筋がまぶしい。 ヒカルも引き締まっている方だが、少し背が低い事もあってアキラは自分が彼より 体格的に劣っていると思った事はなかった。 自分も高校に行っていない分、衰えてはいけないというのと 頭をほぐす為にも多少は鍛えていたつもりでもあったのだ。 だが、日煥には完膚なきまでに負けた、と思った。 アキラも170センチは越えている。日煥との身長差は10センチないはずだ。 だが、体重で言えは10キロ以上違うだろう。 ほっそりしているのに、ずっしりとした筋肉がバランス良くついている。 体力では絶対に敵わない・・・。 そんな事を思っていると、日煥の節の浮いた大きな手が伸びてきた。 アキラの両腕を掴んで浴室の壁に背中を押しつける。 その冷たさにぶるっと震えると、固い腕が壁と背中の間に差し込まれ、 暖かさにホッとすると同時に鋼のような力で抱き込まれた。 出し放しのシャワーから浴びせられる湯が絶え間なく日煥の体を覆い、 押しつけられた唇や胸から流れ込んで、アキラの足にも伝う。 応える事さえ許されない程の、力強いキス。 押さえられたアキラの腕も力無く日煥の脇腹あたりに触れるだけで、 愛撫はおろか抱き返す事すら出来ない。 こんなに、どうしようもない、ただ為すが侭の行為は初めてで、 アキラの頭は一時的に思考能力を失った。 ただ自分の歯が小さくカチカチと鳴っているのを、他人の事のように聞く。 それよりも腰に押しつけられたモノの硬さと熱さが気になった。 日煥はひとしきり唇を貪った後、アキラの頬や耳や首に口を付けた。 肌触りを楽しむように脇腹や胸を何度も撫で回される内に、漸くアキラも臨戦態勢に入る。 尻をぐっと掴まれた時に、甘い喘ぎ声さえ漏らしてしまった。 そう、その力強く迷いのない手の動きに、アキラは痺れていた。 ヒカルのまだ細い指がたどたどしく這い回るのに慣れていた肌に、強すぎる刺激。 だから体を裏返され、片足を上げさせられて覚悟を決めたのだ。 決めたのだが・・・ いきなり熱くて丸い物を押しつけられて悲鳴を上げた。 『ちょっと待った!』 『何だ?』 不機嫌な声。 『念のために聞くが!』 『今更何だ。』 『男との経験は?』 『ない。』 ・・・溜息が出る。 ヒカルとの間で散々試行錯誤したことをまた繰り返さねばならないのか。 いや、ここは自分に一日の長がある。 適切な指示さえ出せばスムーズに終わるはずだ。 『すみませんが、いきなりは無理です。馴らさないと。』 『どうするんだ?』 『まず細い物から入れないと。』 『細い物・・・。』 鋭い目が彷徨って、備え付けの歯ブラシに止まったのを見て、アキラは慌てて 言った。 『いえ、指でいいんです。』 日煥は今度は自分の指に目をやって、あからさまに嫌な顔をした。 『・・・いいですよ。自分でやりますから。』 アキラは壁に片手を突いてもう片方の手に石鹸をつけた。 ぬるぬるさせて後ろに回し、自分で差し込む。 少し動かしてから二本に増やした所で、後ろでそれを見ていた日煥が声を掛けた。 『オレがやる。』 『でも・・・』 『やってみたくなった。』 アキラが振り返ると日煥の目はぎらぎらと光っており、 体の中心は天を向いて恐ろしい程に猛っていた。 『・・・・・・!』 『これでいいんだな?』 指に石鹸をつけ、前を向いたアキラの片足を浴槽の縁に掛けさせた。 そのまま少し身を屈め、指で尻の谷間を探ったと思うと、一気に突き入れた。 『つ!』 『痛いのか?』 『・・・ええ。そんなに、急にされると、』 と言っても無骨な指は遠慮なく押し入ってきて、中を掻き回す。 『あ、あ・・・!』 広い肩に手を突き、バランスを保つ。 と同時に。 その、ヒカルの細い肩とは異なる肉質の手触りに、 手首に当たる硬い髪に、 至近距離で自分の中心に当てられる鋭い視線に、 酷く、酷く、「男」を感じて。 アキラの中の「男」が萎える・・・。 だが、肉体は逆に高ぶっていた。 ・・・痛い。 痛い。 日煥が立ったまま押し入って来た時は、嫌だ、と言った。 その未知の質量に、怖い、と言った。 それでも聞こえていないかのように、行為は続けられた。 アキラはだんだんと沸騰してきた意識の中で、もしかして自分が 知らず日本語で話していたのか?と訝しく思い、日本語と韓国語 両方で「痛い」と口に出して見たが、やはり同じように通じなかった。 ヒカルとの事では、どちらかと言えばアキラが主導権を握り、 アキラが痛くなくなるまで馴らさせて、アキラが感じる所に導いている。 アキラにとってヒカルは道具だった。 だが現在日煥がしている行為は「陵辱」としか言えず、 アキラの意思を無視して自分勝手にひたすら貪る。 これではボクが道具だ。 と言うことは、今までボクは進藤を陵辱していたのか・・・。 一旦腰を引かれ、また突き上げられて、目が眩む。 裂ける・・・! からだじゅうが日煥で埋められるようだ。 熱い。 気が、くるいそうだ。 早く、終わって・・・。 アキラは固く目を閉じて、頭の中で何度目かの棋譜並べをした。 もう一手一手が検討されることもなく、ただ凄まじい早さで次々と石が 配置されていく。 獣のように熱い息。 背中にくい込む指。 意思とは関係なく反り返る、自分の喉。 ・・・5の六、6の四、2の四、3の三、2の九、3の・・・ 打ち込まれる杭。 体の奥を犯す熱。 十、2の・・・ その時。 閉じられ顰められたアキラの瞼がピクリと震えた。 頭の中の十九路盤がぴたりと止まる。 鼓動が一つ、大きく鳴る。 ・・・棋譜とは違う場所にゆっくりと、出現する、白い石。 相変わらず日煥は体の中で暴れ回っていたが、既に現実感を失い 痛みは遠のいていた。 ただただ、頭の中で一つの白石が光っていた。 ・・・いや、 いやいや、その場合はここに手を入れざるを得ないから、 そうじゃない。確率は半々だ。 でも。 そうか。 どちらにしても。 ・・・そう、だったのか。 突然胸がドキドキと高鳴る。 盤も石もかき消えて、頭の中が真っ白になる。 体中の血液が下半身に集まり、痛みも忘れて殆ど達してしまいそうになった。 『・・・塔矢?』 突然の締め付けに日煥が目を細めて動きを止め、苦しげな声を出した。 『林、日煥。』 時折痛みを訴えながらも人形のようにただ揺らされるだけだったアキラが 日煥の名前を呼び、繋がってから初めてその顔を見上げる。 吊り上がった唇。 上気した、頬。 挑発されて、息を呑み。 アキラの中で日煥が大きく脈打った。 二人の腹の間でアキラ自身もダラリと涎を流し始めていた。 激しくなって再開された動きにアキラは最早痛みを訴えず、 日煥の首に自ら腕を絡ませてしがみつく。 体中が快感を訴えていた。 涙が出る程、興奮した。 もっと、もっと喰ってくれ。 もっともっと引き裂いてくれ。 日煥の動きが早くなる。 アキラの動悸も、早くなる。 もう北斗杯も何もかも遠くなり、 自分が無我夢中で腰を振っているのにも気付かず。 『・・・中には、出さないでくれ。』 それだけをようよう口にして、アキラは日煥より前に、果てた。 気を失っていたつもりはないが、気が付けば目の前には浴槽の壁があった。 足をゆったりと曲げて、暖かい体に殆ど寝そべるように寄りかかっている。 頭を横に向けると胸板に耳が押しつけられて、トク、トク、と規則正しい心音が 響いて来た。 日煥は浴槽の中で片足を立てて胸と足にアキラを寄りかからせ、肩を抱くようにしていた。 アキラが顔を上げても、浴槽の縁に頭をもたせかけているので仰向いた顎と喉仏しか見えない。 しばらく見つめているとその向こうから顔が現れ・・・。 アキラは随分久しぶりに日煥の、いや、人の顔を見た気がした。 北斗杯の会場に来てから、碁盤以外のものは目に入っていても、見えていなかったのだと 今になって気が付いたのだ。 子どものように無遠慮に、無心に顔を見つめるアキラに日煥は苦笑し、 その顎を持ち上げて口付けた。 『風邪をひく。』 言ってから自分が咳払いをする。 少し喉をやられているようだ。 アキラは耳元でずっとふいごのように鳴っていた喉と獣の熱い息を思い出した。 『立てるか。』 腕を取られても、膝ががくがくと震えた。 日煥は小さく息を吐いて、アキラの手を自分の肩に回させ、脇をささえながら そっとシャワーの湯を掛ける。 それからバスタオルを取って、小さい子にするように、包み込むようにして アキラの体を拭いた。 アキラも幼児のように、為すがままだった。 自分が浴槽から足を踏み出しても、アキラが動けないのを見てまた息を吐く。 アキラは日煥の首に回した手に、一層力を込めた。 日煥は身を屈めてアキラの両膝の後ろに腕を回し、『はっ。』と言って力を込めた。 子どもか、花嫁のようにアキラの体を持ち上げ、小さく筋肉を震わせながらも 浴室から出る。 アキラは、ただ落ちないようにしがみついていた。 ヒカルには、いや親にでも誰でも甘えられないし、甘えたいとも思わない。 だが今は、思う存分誰かに甘えたい気分だった。 そうっとベッドに横たえられてもまだ腕を外さず、 仕方なく日煥は自分もアキラの隣に横たわる。 アキラは片手を日煥から外さないまま椅子に掛けられたスーツの上着に手を伸ばし 手探りで内ポケットから棒状の物を取り出した。 親指で中から個包装ののど飴をはじき出し、剥いて口に入れる。 日煥は自分にも貰えると思ったのかしばらく待ったが、アキラはゆっくりと自分の飴を 舐めているだけだったので、諦めて 『オレにもくれ。』 と催促した。 アキラは待っていたとばかりに、日煥の顔を引き寄せて、口を付けた。 日煥はそれがしたかったのか、と少し苦笑したが、すぐに舌を入れて 飴を取りに行く。 アキラは意地悪をするように、飴を隠す。 日煥も意地になって、頭を押さえつけて深く舌を差し込み、取ろうとする。 散々長い時間舌を絡み合わせたり押しつけ合ったりの攻防の末 二人の口の中も唾液も甘く甘く染まり。 漸く日煥が勝ち取った飴は、既に小さくなっていた。 『もうすぐ夕食だ。』 『ああ・・・。』 本戦が終わって、今日の夕食は打ち上げを兼ねた懇親会ということになっている。 二人きりで裸でベッドで抱き合っているのに比べ、なんと気疲れのする時間。 それに、アキラはまだ上手く歩ける自信がなかった。 『ボクは行かない。ここで寝ているから行って来いよ。』 『ならオレも行かない。』 『ダメだって。選手が二人も抜けたら目立ちすぎるだろう。』 『構わないさ。』 日煥はまたアキラを抱きしめ、頬をすりつける。 さらりと流れた髪の束が落ちる前に唇で受け止め、甘く噛む。 『それにまだ検討もしていない。』 『・・・・・・。』 『ここでオマエと検討をしていると電話しておく。』 『・・・検討なら、もう終わったよ。』 『?』 『もう、終わったんだ。さっき。もう。』 『・・・オマエの韓国語は、時々間違えていると思う。』 それでもそれ以上何も聞かず、日煥は時計に目をやると溜息を吐いて立ち上がった。 落ちていたシャツを拾って身に着け始める。 『おい、オマエも用意しろよ。』 『行かないって。』 『何甘えた事言ってるんだ。』 『腰を立たなくしたのは誰だよ。』 言いながらも、やはりアキラも身を起こした。 『責任取って、会場では常にボクの側にいろ。 倒れそうになったら支えてくれ。』 『・・・・・・。』 日煥が軽く睨む。 『ああそれと、進藤が変な目で見るかも知れないが、気にしないでくれ。』 『そんなのは気にならないが。』 ・・・何故オレがオマエに命令されなければならない・・・。 本当に猛禽類のような目だ。 アキラは小さく笑った。 『あなたの方が、進藤より良かったよ・・・。』 『そりゃどうも。』 「カラダはね。でも、碁は、どうかな。」 『何だって?』 「少なくとも、ボクは次に戦ったら、勝てる。絶対に。」 『?』 鋭い爪で、獣のように自分を引き裂いた男。 だが。 ・・・3の十、2の三・・・・・・・・・・、3の十三。 もう、怖くはない。 次にこの男と戦うのが楽しみすぎる。 いつまでも上でいられると思うな。 アキラは自分だけが知る優越感をもって、 日煥の肩に鷹揚に手を掛けた。 −了− ※正にイルアキ祭りっしょ。ガムテープとの落差は何だとか言わない。 永夏*アキラとの違いは、「貴婦人と下男」風味。微妙に。「ローマの休日」も可。 ところでこの後日煥は兵役服務なので当分再戦は叶いません。 ※カザミンに頂いた続きはこちら→「のどあめの甘さ」 さらにキスケのその続き→「のどあめの苦さ」 さらにその続き→「扇」 |
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