のどあめの甘さ
のどあめの甘さ








なんとか外見を整え、アキラと日煥が懇親会の会場に顔を出す頃には、スポンサ
ー、主催関係者、マスコミ関係者等、かなりの人数が会場ホールに集まり、
談笑し、名刺交換し、と随分賑やかなものとなっていた。

疲労と体の節々に残る痛みで、最初は歩く度に震えていたアキラの足運びだったが、
意識を完全に営業用に切り替える事により、何とか通常のペースを取り戻すことに成功した。
アキラは真っ直ぐに顔を上げて、ホールに固まる人々の輪の中に入り込んでいく。
アキラの顔を見つけ、我先にと話し掛けてくる人々に対しても笑顔で応対できている自分に、
アキラは半分ホッとし、残りの半分で呆れてもいた。

よくやるよ、我ながら。


背後では、アキラの指示通り日煥がその細い背を守るようにして立ち、
アキラが自嘲する気持ちを代弁するかのように、呆れた目線を向けてきていた。
その気配がおかしくて、アキラは心の中で失笑する。

やる事は乱暴で猛々しい性質のくせに、日煥と云う男は随分と律儀な面も
持ち合わせているようだ。

「塔矢!」

ホールの隅の方で秀英と話し込んでいたヒカルが、ようやく会場に姿を現したアキラを
目敏く見つけて声を上げた。
アキラと並んで立つ日煥に訝しげな目を向けたが、それも一瞬で、
相変わらず子供じみた大きな目を輝かせて一生懸命に手招きをする。

「――――?」
…珍しいな。


ここ最近、ヒカルからアキラに向けられる独占欲と執着度は本当に激しいもので、
アキラを辟易させるに足るものであった。
それこそ自分達から公言しなくとも、2人の関係など勘の良い者が見れば判ってしまうほどの勢いだ。
…別にそれでも構いはしないと、アキラもその辺りは野放図でいたけれど。


けれど今のヒカルは、アキラがある程度危惧していた日煥への不信感など欠片もなく。
それどころか、日煥の存在などまるで目に入っていないかのような興奮ぶりだ。
いつもこれなら楽なんだが、そう思いながらアキラはヒカルと秀英の許へと足を向ける。

遠目からでは気付かなかったが、2人の手許には小さなマグネットの碁盤があった。
プラスチックのこの玩具はアキラ自身も見覚えがある。ヒカルがいつも持ち歩いているものだ。

「こんな処にまで持ち込んでいるのか。それよりスポンサーの方々にきちんと挨拶くらいしておけ」
「挨拶なら倉田さんに任せたよ。オレ、人の顔覚えんのキライ」
 オレの身代わりに社がつれてかれた。あっけらかんと言い放つヒカル。
「そんなことよりココ」

ヒカルの指差した交点に置かれた小さな白石に、思わずアキラは息を呑む。

――――これは。

アキラの背後でも、共についてきた日煥が目を見張っていた。

「さっき秀英と話してたら思いついて」
「進藤ほど無礼な日本人なんて他には知らないよ。全然違う話をしてるのに、
 実は頭の中で棋譜並べなんて」
「ははっ、悪い悪い。でもこれくらい、オレらって皆してるじゃん?」
屈託なく笑い合う2人を尻目に、アキラは目の前の小さな碁盤に目を吸い寄せられたままでいる。

十の3。
―――それは右上手と左下手とを交換する、広大なフリカワリへの第一手。

「しかもコレって自分と永夏の棋譜じゃなくて、塔矢と日煥の棋譜だろ」
「んー、だってすげー面白かったんだもん、この棋譜。
 記録係の木下さんが見せてくれた時からずっと気になっててさぁ」

ヒカルの持つ小さな盤面に広がる模様は、先刻勝敗が決した日韓大将戦で打たれ
た棋譜だった。アキラと―――林日煥の。

「絶対に何かある、できるはずって、ずっと考えてたら止まらなくなって」

笑いながら。
ヒカルの指先が小さなプラスチックの碁石を掴み、パチパチと黒白交互に打っていく。

「な、これでフリカワリ。ここの交換でオマエの――2目半勝ちだ」

塔矢、オマエ気付いてた。
ヒカルがどこか得意げな視線で上目遣いにアキラを見やる。

「ああ、さっき気付いた。だけどここで―――」

秀英がヒカルに持たされていた小さな碁石ケースから、今度はアキラが黒石を取り出して、
ヒカルの打った8手目の位置を置き換える。
今度はあ、とヒカルが目を見張る番だった。

「塔矢?」

少し俯き加減になっていたアキラの頭上から日煥の声が掛かった。

―――うるさい、少し黙っていろ。



狭い碁盤を挟み本気で検討を始めたアキラとヒカルの姿に、秀英が小さく溜め息を洩らす。

「いいんだけどさ。進藤、早くしないと永夏が寝ちゃうよ。永夏って負けた後、
 必ずフテ寝しちゃうんだから」

副将として対局に臨んだヒカルは高永夏相手に奮闘し、結果、半目勝ちの勝利を手に入れていた。
秀英の言葉に、ヒカルはハッと顔を上げる。すっかりと時間の概念を忘れていたようだった。

「あ、ヤベェ」

短く叫び、慌ててマグネット碁盤を片付けようとする。
そのヒカルの手を、アキラの手が押さえつけた。

「塔矢?」
「どこへ行く?」
「え…、高永夏の部屋。さっきの棋譜、検討したいって秀英が呼びに来て―――」

そう云えば高永夏の姿が見えなかった。

「大会終了後まで喧嘩されちゃたまんないからね。それに進藤は韓国語が話せないし」

副将戦―――ヒカルと高永夏の棋譜。

「ボクはまだ見ていない」
「塔矢?」

アキラは秀英の手からプラスチックケースを取り上げた。

「進藤と高の通訳はボクがしよう。キミ達はここに残って」
「なんでそうなる。勝手に決めるな!」
「そんな、選手が一度に抜けたら…」

アキラの言葉に、日煥と秀英がほぼ同時に抗議の声を上げる。アキラは無視し、
ヒカルの腕を掴んだ。

「行こう」
「え、―――っちょ、ちょっと塔矢!」

ずんずんと歩き出すアキラに、半ば以上引き摺られるようにしてヒカルがその後を追う。
慌てて追い縋ろうとする日煥を、けれど、今度は秀英が引きとめた。

「もういいじゃない、永夏はあの2人に任せておこうよ。
 それに日煥、まだ趙さんに挨拶してないだろう?さっきから安先生が探してたよ」

真面目な顔をして見上げてくる秀英の腕を振り払えずに、日煥はち、と大きく舌打ちをした。



「塔矢、塔矢。痛いって!離せよ」

ホールを出た廊下で、ようやくヒカルは自分の腕をアキラの手から取り戻した。

「もう、何なんだよ急に。…まぁそりゃオマエが居てくれる方がオレとしては嬉しいけど―――」

言葉の最後の方はごにょごにょと口の中で呟くヒカルのネクタイを、突然アキラの手が掴み寄せる。
わっ、と叫ぶヒカルの口に、そのままぶつけるようなキスをして、アキラはまた
何事もなかったかのように高永夏の部屋番号は、と尋ねた。

「1055号室。新館の方だって。あ、塔矢」

アキラの奇行には慣れているヒカルのリアクションは素直なものだ。
そんなヒカルの返答に、新館へ向かう直通エレベータホール側へと踵を返すアキラへ
ヒカルが情けなさそうな顔を向けた。

「オマエ、のど飴持ってただろ。なんかちょっと昨日、部屋のエアコン強すぎたみたいで、オレ、のど痛い」

頂戴、と手を差し出してくるヒカルに、アキラは自己管理がなってない、と一言釘を刺してから、
ほら、とスーツのポケットから出した飴を手渡してやった。

「これ甘いヤツ?オレ、苦いのキライ」

飴の包みを剥がす為に、ヒカルは目を手元に向けたままでアキラに問う。

「ああ。キミは甘い飴しか舐めないからね」

ふーんサンキュー、と笑うヒカルをアキラが急かし、2人は足早に永夏の部屋へと
向かっていった。






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(ま、道具は道具なりに愛着を持って使ってますって事で。笑)

(それにしたって、永夏が部屋に居たとしたら、アキラの声聞かれちゃってるん
じゃないでしょうかって、そんな鋭い突っ込みはなしで)










LANDの風見愁さんからいただきました!
  「025:のどあめ」の続きです。ピカアキの関係が気になったらしく(笑)こういうネタにして下さいました。
  拙作を上手く使って、ヒカアキに仕上げて下さいましたね〜。
  碁の緊張感がありつつ、可愛いヒカアキです。で、ピカやっぱりバカですか(笑)
  
  それにしても「うるさい、少し黙っていろ。」って・・・(笑)イル可哀想だ!
  思わず日煥救済計画で私もこの続きを書いちゃいました→「のどあめの苦さ」

  しかし何より、「フテ寝しちゃう永夏」可愛い〜〜vV
  狙っているってかサービスだとは思うのですが、やはり大喜びしてしまいましたv
  カザミン、素敵ネタありがとうございました!
  
  
  
 



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