日々是盲日7
日々是盲日7






あち・・・。

ちっとは暖かくなったと喜んでたと思ったら、もうこの陽気だ。
上着を脱げば涼しくなるのは分かってるけどめんどい。

ジイサンの碁会所からだらだらと帰る道すがら、寂れた路地の日陰を選ぶ。




小さなスナック、バー、店らしくはあるけど看板もない謎のシャッター。
大概窓もなく、日に焼けた扉が無愛想に並んでいるだけだから中は全く
伺い知れないが、オレもいつかこういう店で管を巻くんじゃないかという
気はする。
そんで飲み過ぎてママさんが家に電話して嫁さんに迎えに来て貰ったり。

オレもそんな、碁会所の常連客のオヤジ達みたいな男になるんだろうか。

そういうのも、悪くない。

その時迎えに来てくれるのはどんな女だろう。
もしかして・・・藤崎だったりして。





なんとなくいい気分で薄汚れて白茶けた白昼の飲屋街を通り過ぎる。


すなっく「花蓮−カレン−」

一品料理「伊路里」

歌い放題「ドレミ」

ラウンジ「すみれ」

太方堂薬局

クラブ「HALE-MOANA」・・・

っとと。



太方堂薬局。



・・・あれ?

オレが通る時間帯には客のいた試しのない薬局の中に、人がいる。
人がいるだけなら驚きもしないが、その客は若かった。
オレと同じくらい。

しかも、それはこの場所にこれほど相応しくないんじゃないかと思う
在る人物に似ていた。


「だから、なんなんだ、にーちゃん。」

「・・・ですから・・・。」


隣のラウンジの扉にもたれて聞くと、薬局の開いた引き戸から
じいさんと客の噛み合わないらしい会話が漏れ聞こえてくる。

やっぱりそうだ。
忘れられない声、そして髪型。


塔矢アキラ。


・・・信じられねえな。

なんでアイツがこんな所にいるんだ。


山手のぼっちゃんで、こんな一角に足を踏み入れたことはおろか
存在すら知らなそうなのに。





「・・・皮膚に、直接つけるんですよ・・・。」

「絆創膏かい。」

「怪我をしたわけではありません。」

「じゃあなんだい。」

「その・・・予防というか。」

「手に巻くテーピングテープみたいなもんかい。」


盗み聞くつもりもなかったが、ついつい聞きいってしまう。
どうも塔矢が欲しがっているものが店主に伝わらない、という状況らしい。
コイツが欲しがる物ってぜってーここにはない気がする。


「いえ、手に着けるわけでは・・・。」

「じゃあ、どこに着けるんだ。」

「どこ・・・と言われても・・・。」

「運動する時につけるもんじゃねえのか。」

「・・・ある意味運動ですが。」

「じゃあ突き指予防だろうが。」

「そういうわけでは。」

「何予防なんだ。」

「・・・・・。」

「大体どんな時に使うもんなんだ?」


双方だいぶ弱っている。
そりゃ客が自分の欲しいものをはっきり知らないでは売る方も困るだろう。
しかし一体・・・・。


「その・・・友だちと一緒にいる時に・・・・。」

「はあ?なんなんだそれは。ジジイだと思ってからかってんなら帰ってくんな。」

「そんな!そんなつもりはありません。」

「じゃあ、せめてその薬かテープか知らねえが、名前を調べてから来な。」

「・・・薬でも、テープでもありません・・・。」


なんなんだ?
聞いてるこっちがイライラしてくる。
しかしじいさんも素っ気なく見えて意外と人情家なのか我慢強い。
「はぁ〜」と溜息をつきつつも、こんなわけわかんない客をまだ見捨てない。


「・・・つまり、その友だちってのが使うんだな?」

「厳密に言うと僕も使う、んだと思います。」

「おめえさん店間違えてねえか?ゲーム屋でもスポーツ用品屋でもねえぞ。」

「いえ!薬屋さんで・・・。」

「とにかく二人以上で使うわけなんだな?」

「二人以上・・・というか二人、ですね。」


全く要領を得ない。
塔矢ってこんなに頭悪そうだっただろうか。
賢そうに見えたけど、あれは囲碁だけなんだろうか。

薬局のオヤジ、もうそろそろ塔矢の頭の中身を疑い始めたらしい。


「・・・じゃ、その友だちと出直してきな。それか親御さんと。」

「親は!だめ、です。」

「ならその一緒に使う友だちに来て貰って説明してくんな。」

「・・・・・。」

「あ。」

「はい。」

「友だちとおめえさんで使うんだな?」

「そうです!」

「二枚組のマスクか!」

「・・・違います・・・。」


マスクが思い出せない奴がいたら、そいつはかなり重症だ。
塔矢がそうだったらと思うとつい吹き出してしまう。


「一枚のものがですね、その、友だちと自分の間に挟まるというか。」

「そりゃ、本来は何に使うもんなんだい。」

「多分・・・それが本来の使い方だと・・・。」




・・・あ!


なんだ。

もっと早く気付いても良かったが、塔矢だと思うから
無意識に目隠しされてたんだ。

何とか声は出さずに済んだが、体を折って笑ったのでもたれていた扉が
ガタガタと音を立てる。

店の中は会話が止んで外に耳を立てている気配がする。

何とか笑いを納め、仕方ないので財布を出しながらそのまま店に入った。


「ジーさん、コンドーム一個。」

「ほい。」


種類も選ばせて貰えないのか、すぐに箱がカウンターの上に置かれる。
金を出しながら塔矢を見ると呆然としているのと目があった。
何とも言えない表情をして真っ赤になると、脱兎の如く駆け出して行く。


「おい!おめえさん・・・。」

「オヤジ、ありがとな。」

「あ、ああ、まいだりぃ、」


呆然と取り残されるじいさん一人。






店の外に出て少し路地を走ると、意外と近くの細い横道の突き当たりに
塔矢が壁に手を突いて息を整えているのが見えた。


あの、塔矢がねえ・・・。

ニヤニヤしてしまう。


桁外れに碁が強い。
というだけで、自分とは違う種類の生き物、モンスターのような気がしていた。
でも、それだけなんだ・・・。

コイツも普通に女と付き合ったり、性欲を持ったりするそこいらの男だった、
ってわけだ。
そりゃ、家の近所で買って知り合いに見られたりしたらきまりが悪いだろうな。
特にお前みたいなイメージの奴は。

モンスターが妙に可愛く見えた。





「おい。」


・・・無視か。
こんな所で会う奴に関わり合いたくねえと思ってるんだろ。


「塔矢。」


弾かれたように顔を向け、青ざめる。


「・・・キミは・・・。」

「三谷、だ。」

「僕を知っているんですか?」


覚えてない。
か。
そりゃそうかも知れない。
顔を合わせたのは相当昔だし、大将と三将、直接対局したわけではない。
本来ならオレ達は対局したはずだが、コイツは進藤しか目に入ってなかった。
あの時既に進藤の才能を見抜いていたのか。
にしては・・・あの強烈な感情の発露。

そうでなくても有名人なんだからオレの方は忘れられる訳がない。
少しムカついた。


「知ってるよ。塔矢アキラクン。」

「あの、どこかで、会った?」

「イイ所だよ。」

「海王中の囲碁部の人?」


何だコイツ。自分が所属していた部のメンバーさえ覚えていないのか?
碁のレベルが違えば関係ない世界だとでも言うんだろうか。

否定も肯定もせずゆっくりと近づいて、壁際に追い込む。
塔矢はもう体勢を立て直して、きつい目で睨み返す。


「コレ・・・誰に使うつもりだったんだ?」


さっき買った剥き出しのパッケージを目の前にぶら下げるとまた、
塔矢の顔色が面白いように変わった。
落ち着かなげに左右に目が泳ぐ。


「キミには、関係ない。」

「まあね。でも日本囲碁界のホープである所の塔矢アキラ君の彼女が
 どんなのか興味があってさ。」

「・・・・・。」


眉間にしわを寄せて、目を伏せる。
下瞼がぴくぴくと震えている。
確かに、こういう中性的にキレイな顔は女の子には受けるかも知れない。
でも男にとっては
加虐心を煽られる顔だ。


「プロなんだから高校行ってないよな。向こうも社会人?」

「・・・キミには・・・。」

「イイ女か?」

「・・・・・。」

「胸でかい?」

「・・・・・。」


更に一歩近づくと、ますます背を壁に強く押し当てる。
姿勢のいい塔矢とだらしなく立っているオレでは相手の方が少し視線が高い。
顎に鼻があたりそうな程顔を近づけて、下から睨め上げる。


「もしかして、こんなもの用意する割にキスもしたことねーんじゃねえの?」

「・・・・・。」


やっぱり?
期待を裏切らねえ奴だな。


「オマエさ、女・・・」

「あるよ!」


ひっくり返りそうにきっぱりとした声で。
でも精一杯振り絞っているんだとあからさまに分かる声で。


「女の子・・・・とキス、した事、あるよ。」


強がったが目を逸らしたままで、しかもだんだん消え入りそうになる。
それこそ自分が女の子みたいに真っ赤になって睫毛を震わせる。

急に笑えてきて仕方なくなった。

コイツなら、真面目な顔をして、「接吻してもいいだろうか。」とか言いそうだ。
相手の女の子は眼鏡かけてたりして「ちょっと待って下さい。」とかいって
眼鏡はずしそうだ。
しかもする前に双方「お願いします。」とか礼をしそうだ。

突然笑い出したオレを、塔矢が訝しげに見ている。


「・・・っはっはっは。あ、悪りぃ悪りぃ。」

「・・・・・。」


薬局での可愛かった様子まで思い出される。
オレ、意外とこういうタイプ嫌いじゃないな。
お前みたいな奴はさ、清く正しく美しい青春送れよ青少年。


「すまないな。知った顔だったからちょっとからかっただけだよ。」

「ちょっとって・・・!」


気色ばむ塔矢に構わず背を向ける。

・・・あ、そうそう、その前にコイツを追いかけてきた用を思い出した。
振り向きざまに箱をポンと投げる。


「やるよ。頑張んな。」


驚いて受け損ねて慌てて膝辺りでキャッチして。
中腰のままコンドーム片手にぽかんとした顔で見上げるのを見て、
また笑いがこみ上げる。

再び背を向けて、肩を震わせながら横道を後にした。





その時不意に、視線を感じたような気がして首の後ろが泡立つ。


・・・気のせいか。

しかし、それで思い付いてしまった。

もし、藤崎に買ってこいといったら。
「コンドーム」と口に出来ずにあんな風に真っ赤になって、
しどろもどろになるんだろうか。
それはかなり可愛いかも知れない。その様子をこっそり見てみたい。

我ながら変態っぽいな、と思いながらもニヤニヤを止められなかった。






−了−



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