日々是盲日6
日々是盲日6






偶然、見つけた。
進藤と秀策の共通点。

北斗杯の間に秀英のオジサンから手に入れた進藤の過去の棋譜。
それは進藤が小学生の時のものだという話だが・・・。

異様だった。

これは、碁を始めたばかりだという子どもの棋譜などではない。
それどころか、素人のものですらない。
これは・・・・。

何故誰も気付かない。

恐らく今の進藤よりも、いや塔矢アキラよりも、力強いかも知れない。
強さで、上手く棋力が拮抗しているように見せかけている。やや古風な手。

そう、まるで件の秀策による、指導碁・・・。


いても立ってもいられず秀英を引っ張って進藤の部屋を訪ねる。
不在。
手分けして、ホテルの廊下を走り回る。






見つけた・・・!

廊下の端で進藤と塔矢が話しているのが見えた。


「進藤!」

「え、なんですか?」


答えたのは塔矢アキラだ。


「進藤に用がある。オレの部屋まで来いと言ってくれ。」

「え・・・と、ゆっくりお願いできますか?」


くっ!苛立つ心を抑えて、分かりやすい言葉で繰り返す。


「進藤と、話がしたい。着いてきて欲しいと伝えてくれ。」

「分かりました。・・・・×××、×××××××××××××。」

「××、××××××。」

「彼は何の用かと尋ねています。」

「とにかく来い!」


腕を掴んで、引っ張る。


「××、×××××!」

「いいから、来い!」


そのまま十数メートルずるずると引きずる。
途中で踏みとどまられたので振り返ると、先程まで険しい顔をしていた
進藤が何故か微笑んでいた。


「××××。」

「何だ?」

「Kiss me.」


と、聞こえた、英語なら。
だがそんなはずもないから恐らくそれに発音の近い日本語だろう。
今の状況に、いやそれ以前に進藤がオレに言う言葉として
これほど相応しくない言葉はない。

と思っていると。


「Kiss-me.」


ゆっくりと、繰り返す。
いや、絶対聞き違い、


「Kiss me.」


・・・でもないか。ここまで来ると。
ああ?
ここでキスをしろと言うのかオマエに。このオレが。


「Why do you say like it?」


こんな簡単な英語が聞き取れないらしく、首を傾げる。そして、


「Kiss me.」


壊れたロボットのように繰り返す。


「馬鹿野郎。とにかく、」

「Kiss」

「来い。」

「me.」


何がしたいのかさっぱり分からない。
しかもオレが言うとおりにするまではてこでも動かないという姿勢が
腹立たしい。


「何考えてんだ?人に、見られるぞ。」

「Kiss me.」


見られると言っても塔矢アキラにだけだからオレは何も困らない。
自慢じゃないがオレは顔がいいからこういう輩に誘われたことがないとは
言わないが、ここまで場違いなのは初めてだ。





「Kiss・・」


煩く繰り返しそうになるのを引き寄せて、顎を掴む。
目を閉じて噛みつくように唇を重ねる。

・・・数秒後、離した口の間に、唾液が糸を引いた。


「これで、いいのか?」


苛立ちを隠せず震えた囁き声に、恍惚とオレを見上げていた進藤の視線が
後方に流れる。


忘れ、かけていた。

塔矢は驚いた顔もせず無表情にこちらを見ていた。
だが、あれほど昏い眼をした人間を、オレは見たことがない。






とにかく進藤を部屋に連れ込み、安さんに立ち会って貰って
しばらく後に帰ってきた秀英に通訳を頼む。


「どういう事だ?説明して欲しい。」

「××××××××××××。」

「彼は偶々だと言ってるよ。」

「そんな訳ないだろう?」

「××××・・・・・・・××××××××・・・。」

「碁を始めたばかりで、適当に置いただけだと、そうしたら勝ってしま・・。」

「ふざけるなよ!」

「こ、怖いよ永夏、ボクは訳してるだけだって。」

「ああ、悪い。でも、安さんも思うでしょ?この棋譜は普通じゃない。」

「・・・・・。」

「進藤の秀策へのこだわりと同じく、ね。」

「ん〜、でもなぁ・・・。始めた頃が一番強いなんてあり得ないだろう。」

「でも現に、」

「××××、」

「あ、進藤が何か言ってるよ。ちょっと待って。」

「××××××××××××。××××××、××××××。」

「・・・ああ、先手を打たれたな。
 彼はどういう答えが聞きたいんだと・・・自分が秀策の子孫だとでも言えば
 満足するのかって・・・言ってる。」

「・・・・・・。」


確かに・・・・。
オレは、何を望んでいたのだ。
もし進藤が秀策とプライベートな繋がりが在れば、どうだと言うのだ・・・。

それは、進藤の棋力と関係ない。

オレが力無く頭を振ると、進藤は、ソファから立ち上がった。


「・・・××××××、塔矢×××・・・・。」


何事か小さくつぶやいて、ドアを開けた。

進藤が去った後、秀英に尋ねてみる。


「最後何て?」

「・・・・・・・・『言うとしたら、塔矢だけだ。』、って。」

「アイツ・・・!」

「やめろ永夏!無駄だ。」


無駄。そう、無駄だろう。
無理矢理進藤の口を割っても、オレの思うような答えは返ってこないだろう。
自分でも、何を予想しているのか分からないのだから。

きっと秘密など・・・・・、

ないのだろう。






翌日帰国直前、ロビーでの手持ちぶさたな待ち時間。

オレが柱にもたれていると、秀英が足元に座り込んだ。


「ねー。暇ー。」

「オレに言うなよ。もうそろそろバスが来るらしいから我慢しろ。」


安さんと日煥とスポンサーは何か雑談をしている。

中国チームは全員片隅のソファに陣取って、まだ大会の検討を続けている。

日本チームは、三将が団長に何か注意されているようだ。
塔矢と進藤は・・・その後ろに隠れるように壁にもたれて・・・


睨み合っていた。


同じチームだというのに、これ以上ないという程憎みあっているような。
いやあるいは、




オレの視線に気付いた進藤が、塔矢に寄り添うように一歩近づく。
馴れ馴れしくその肩に肘をのせ、薄ら笑いを浮かべながらオレを見返す。

塔矢も腕組みをしたままゆっくりとこちらに顔を向けたが、
その表情は陰になってよく見えなかった。




その時バスが来てオレは空港に向かったから
その後二人がどうなったか、知らない。





−了−




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