日々是盲日5
日々是盲日5






・・・ったく、近頃のガキは。

煙が、目に滲みる。





煩い親の目を逃れて一服するためにベランダに出た。

いい天気だ。
遠くの緑が妙に鮮やかで、近くに見える。
ええっと、目には青葉・・・で、なんだ、とにかく何かカツオだ。
高校受験直前のホンの短い期間に詰め込んだテキストなんざ、入学と同時に
銀河の彼方に飛び去っちまった。

と思ったらもう大学受験かよ。

ったくよ、うぜえよな・・・。
このあいだまで一緒にハシャいでたクラスの連中が、手のひらを返したように
「どこの予備校が」だの「出題傾向が」だの抜かしやがる。

馬鹿くせえ。

みんな何を怖がっている。
自分の、実力以上の人生なんか欲しがるなよ。






手すりの上に缶を置き、拾ったライターでピースの先に火を点ける。

・・・ふぅ・・・・。

一服して、口の中に入った苦い葉を、ペッと吐き出す。


と、向かいの目障りな団地の非常階段に、二つの人影が現れた。
一瞬ヤベ、などと後ろ向きかけた自分に、心の中でツバを吐く。

よく見たら中坊みたいじゃねーかよ。
まあ高校行ってても、オレよりは下だ。

踊り場で言い争っているらしい。





っとと。あれ・・・進藤?
間違いねえな、あの髪は。
こんな所で何してんだ?
もう一人は・・・壁に隠れてよく見えねえ。

進藤は確か、碁でプロになったと聞く。
う〜ん・・・。認めたくねぇが、確かにアイツは見た目に反して驚く程強かった。
時もあった。
進藤が入学した後オレが囲碁部(というか筒井)に関わらなくなったのは、
将棋に集中したかったというのもあるが、アイツと対局したくない、
という気持も多少あったからだ。



将棋のプロは勿論チェックしているが、オレは碁のプロの世界には詳しくない。
たが、すごい・・・と思う。

中学で自分の一生の仕事を決め、しかもそれを手に入れたってだけで
並大抵のことじゃない。

オレも将棋でプロを目指してたから、分かる。
いや、今も一応奨励会ではイイ線行ってるんだけど、
目の上にうぜえたんこぶがあるし。

何より、今ひとつそれだけに賭けきれねえっつーか。

碁に未練はないが、一番になれねえ位なら将棋なんざやめて
他の奴と同じように大学に行きたい、と思うことがある。

かと言って勉強するのも嫌だし今の内に思う存分遊びたい、という気持もある。
そんな事してたらプロ棋士になれねえじゃねーか、とまた思う。



どれも捨てたくない。
三つの人生を同時に生きられねえもんだろうか・・・。

いつもの、同じ場所を巡る答えのない思考。
頭の中の百日手。
っつーより碁でいうところの三コウの方が近いか。

どちらにしろループから抜け出る術もないんだが、だからといって
「無勝負」という訳にいかないところが盤と人生の違いだ。

こんな事を考えちまうところが、甘いのかね。



とにかく、進藤にはこういう回り道や迷いはなかったんだろ。

オレが叩きのめした連中。

オレを叩きのめした海王中の大将。

そんな奴らの背中を軽々と飛び越えて、ついにアイツはその頂点に立った。

妬む気持も勿論あるし、
でも頑張って欲しい、と思う。






・・・その進藤が、先程から言い争っていた相手を、いきなり。
引き寄せて、抱いた。
ったく、人目に付きやすい場所で白昼堂々と。

ってことは向こうを向いている相手は進藤の彼女か。
背の高い、今時珍しい黒髪の・・・・。


あの、ボブスタイルは・・・!




ケイ?


一瞬思い浮かんだ名前を慌ててうち消す。
んなわけねーだろ!
年上の男の所に逃げていきやがった女が、よりによって年下の進藤と。
それに、ケイはスラックスなんか穿かねえし、あんなだせえ恰好もしない。

にしても・・・似てるよなあ。
あんな背格好で、黒髪ボブの女が二人といるだろうか。



進藤はまだ女を離さない。
片手で抱き寄せたまま、胸元をまさぐっているようだ。
ほう。アイツにそんな根性というか、強引な所があったとは。

女はかなり抗っていたが、やがてその体から、力が抜けた。

柔らかいんだろうな・・・。

ケイの、豊満ではないが形のいい乳を思い出す。



進藤は胸から手を離して女の髪を掴むと、耳に歯を立てた。
でも、やはり女はだらりと手の力を抜いて成すがままだ。

やっぱ、ケイじゃねえわ。

ケイだったら、本気で嫌なら履いてるハイヒール脱いで
それで相手を殴りつけるくらいのことはする。
アイツもあれくらい可愛いかったらなあ・・・。
でもそれだったら惚れてねえか。





と、その時顔を離した進藤が、こちらを見た。

目が合った。

余程バツの悪そうな顔をするかと思ったが、

ニヤリ、と笑った。

もしかして、最初からこっちに気付いてたのか?
と思わせるほどの笑いだった。


進藤はオレと目を合わせたまま女の肩口に顔を埋め、白い首筋を舐め上げる。

やるじゃ、ねえか。
オレもニヤニヤしながら眺めていると、また長い舌で耳をもてあそびながら、
背中に回した手で女のシャツをパンツから引き出した。

おいおい、やりすぎじゃねえの?

そのままたくし上げて、ほっそりとした白い背中を見せつけるようにさらけ出す。




さすがに女は慌てた。

渾身の力で進藤を押したらしく、ドン、と突き放される。

進藤は悪びれもせず、女に向かって笑いながら話しかけ、こっちを指さす。
女は大急ぎでシャツを戻しながら、初めてこちらに顔を向けた。



化粧っ気のない、白い顔。

全然ケイに似てなかった。
まだ少し疑っていたのか、どこか安心する。



でも、だせえ恰好に似合わず、なかなか別嬪さんじゃねーか。
さっき背中が剥き出されたとき、ブラを見なかったのを少し残念に思う。
ってえか色さえ、全く記憶に、ない。
プラ・・・してなかった・・・?んなわけねえよな。

目が合ったので軽く手を上げてやると、見る見る真っ赤になって
階段を駆け下りて逃げていった。
ケイじゃなくて良かったな、進藤。
アイツだったらお前、今頃半殺しだぞ。




残された進藤はしばらくニヤニヤしながら女を目で追っていたが、
やがてこちらを向いた。


「加ー賀ーさあーん!」

「おうっ!」

「べーんーきょーどうーっ!」

「お前に言われたかねえっ!・・・彼女かぁーっ?!」

「違ーうっ!」


お前それ、


「まーずーくーねーの、かぁっ?!」

「まーずーくーなーいーっ!」




・・・よくわからん。
大人の恋って奴か?見えなかったけど意外と年上なんだろうか。
そんな事に足つっこみそうもないほどガキっぽく見えるけど、

そういやアイツ、社会人、だもんな。

コーコーセーと違う、という部分を見せつけられたような気がして少し悔しい。

でも、それはアイツが自分の実力で勝ち取った世界だ。

そして、そこらの学生には想像もつかないほど厳しい世界でもあるんだろう。


にしても、あの女の顔・・・。
遠くてよく見えなかったが、どっかで見たことある気もするよなあ。
思い出せねえけど。
もし有名人だったりしたら、大人の恋どころじゃねーんじゃねえの。



・・・まあ、何にせよ、頑張れよ、進藤プロ。
オレも頑張るし。

手すりで捻じ消した煙草を捨てて、
ポケットから出した駒をベランダの上にぴしり、と指してみた。





−了−




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