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日々是盲日4 |
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最悪。 今の私は傷ついている。 でもそれは今日の結果の言い訳になんてならない。 高校囲碁大会で副将の私だけが酷い負け方しちゃった。 チームとしては勝ったけど、みんなに合わせる顔が無くて無理に用事を作り 一人で電車に飛び乗った。 気にすることないよ、なんて言われても。 ゴメン私、今の自分が嫌い。誰にも見せたくない。 都心に向かう電車。 何気なくボックスシートに腰掛ける。 「と、塔矢くん?」 「あ・・・・。」 嘘ぉ!あの、塔矢アキラくんが目の前に座ってる。 向こうもポカンとした顔をしている。奇遇〜! あ、じゃなくて、私のことなんて覚えてないのかな? 「ごめんなさい!私、ヒカルの幼なじみの・・・」 「あかりさん、でしたよね?」 覚えててくれた!しかも下の名前。 「あ、すみません。進藤がそう呼んでいたものでつい馴れ馴れしく・・・。」 「ううん!いいの。それに敬語も使わなくていいよ〜。同じ年なのに。」 「でも急にそう言われても。」 二人で顔を見合わせてくすくすと笑う。 さっきまでのささくれ立っていた気分が、嘘みたいに晴れていく。 「囲碁大会、の帰りじゃないよね?」 「ええ。指導碁なん・・・だったんですよ。」 どうしても敬語がはずせないらしいのが可愛いらしい。 「そっか。お仕事なんだね。そういえば、ヒカル元気?」 「・・・・・元気、ですよ。会わないんですか?」 「うん、卒業式以来全然会ってないな〜。忙しいみたいだし。」 「卒業式・・・それはしばらくですね。」 「あ、そうだ。ヒカルに会ったら渡そうと思ってたんだけど。」 いつも持ち歩いている封筒をごそごそと取り出す。 あ〜あ、もう擦れて角もボロボロ。ちょっと恥ずかしい。 「卒業式の時の写真なんだけどね。なかなか会わなくて。渡して貰える?」 「ええ・・・良いですよ。写真撮ったんですか。」 「え?撮らなかった?」 「僕はその日手合いがあって、行ってないんで。」 「えーーー!人生で一度しかない卒業式なのに?」 「小学校の卒業式は行きましたよ。」 苦笑する、その顔はもう社会人の顔で、センチメンタルに思い出にひたる 暇なんかない、って感じだった。 大人っぽくてすごいなーとも思うけど、ちょっと可哀想な気もする。 「見てみる?」 「いいんですか?」 「うん。見て見て。」 学校も違うけど、雰囲気だけでも。 白い指がくたびれた封筒から、数枚の写真を取り出す。 「これ、来たことあるよね?私たちが部活で使ってた理科室。」 「ああ、一瞬見ただけだけど、窓越しで丁度同じ角度だね。」 「ごめんねー。あの頃のヒカル、ちょっと変だったから。」 「これは・・・。」 「ヒカルはやめたから写ってないんだけど、葉瀬中囲碁部メンバーです。」 「少ない、ね。これで全部?」 「ははっ。海王に比べたらね〜。あ・・・あともう一人いるけど・・・。」 「・・・・・。」 私が中途半端に言い淀んだせいで、会話が途切れる。 どうしよーどうしよーと思ってたら、塔矢くんが話題を変えてくれた。 「・・・これは。」 「え?あ、それ、誰かが勝手に撮ったみたいで・・・。」 「・・・・・。」 食い入るように、見つめる。ヒカルと私がしゃべっている写真。 「ヒカル写ってるから一応、ね。それがどうかした?」 「いや・・・。凄く自然でいいな、と思って。」 「そう?油断しまくっててなんだかやだな。」 「そんなことない。二人とも、とてもよく撮れてるよ。」 うん。実は自分でも、横顔なのに可愛く撮れてる、って思った一枚。 それに・・・ヒカルとツーショットの写真なんて、実はこれだけなんだよ。 誰が撮ってくれたかまだ分からないけどお礼言わなきゃ。 塔矢くんはまだ写真を見つめている。 この人はどんな中学時代を送ったんだろう・・・。 好きな子とか、いなかったのかな。 早くプロになってたし多分、青春、なんてほど遠い3年間だったんだと思う。 「あのね、迷惑じゃなきゃ、その写真あげるよ。」 「いや、そんな、」 「いくらでも焼き増し出来るし。」 私なんかで悪いけど、ヒカルもいるし。 ちょっとだけでも中学時代の思い出にしてよ。 「あの、ありがとう・・・。大事にするよ。」 「それほどのもんじゃないよぉ。それより敬語、治ったね。」 「あ。」 また二人で顔を見合わせて、くすくす。 何だか恋人みたいでくすぐったいな。 本当に、こんな人を好きになれば、私も幸せだったのかも。 「あのさ・・・。」 「ん?」 「私、本当はヒカルのこと、好きだったんだよ。」 「そう・・・なの?」 「うん。結局最後まで気が付いて貰えなかったけど。」 どうしてこんなことをこの人に言ってしまうんだろう。 もう取り戻せない、子ども時代、そして中学時代。 敢えて急がなくっても容赦なく時は過ぎ、確実に一段一段大人になっちゃう。 その事を彼は気づいてるのかな。 丁度電車がホームに滑り込む。 「じゃあ、私ここで。写真お願いね。」 「うん。じゃあ。」 じゃあまた、なんて言わない。 もしかしたらもう一生会わないかもしれない邂逅。 でも、塔矢くんと会えて、話せて良かった。 気持が切り替わって、明日からまた碁を頑張れる気がする。 扉が閉まる車両、最後に窓に向かって手を振ろうと思ったら。 「あの!」 息を切らして、ホームにその姿。 え?どうして?大急ぎで飛び降りて来たんだ。 びっくりしすぎて私も声が出ない。 「あの・・・良かったら、晩御飯、一緒に、食べません、か。」 驚いた・・・。 あの塔矢アキラくんが、いきなり女の子をデートに誘うなんて。 しかも、それが私。 雲の上にいるようなふわふわした気分で家に電話を入れて、 遅くならないようになんてガミガミ言われても全然腹も立たなくて。 「こんないいレストラン、ダメだよ。私払えないよ。」 「何言ってるの。ボクが払うよ。誘ったんだし一応働いてるんだし。」 「じゃあ、余計に。こっちのお蕎麦屋さんにしよ。」 まだ時間が早いせいか、それとも元々空いてる店なのか、 お客さんが少ないので仕切られた座敷席に上がれた。 二人きりの空間、高校生カップルだと思われても仕方ない。 注文した和定食が来た後は、店員さんも近くに来なかった。 柔らかい座布団、温かいお蕎麦。 顔を上げると綺麗な男の子が居て、目が合うとにっこり微笑んでくれる。 涙が出そうなほど幸せだった。 この人になら。 この人になら、言っても良いかも知れない。ううん、聞いて欲しい。 「・・・あの、私の友だちの話なんだけどね、聞いてくれる?」 「うん。」 「その子、中学卒業してから付き合ってる男の子がいるんだけど。」 「うん。」 中学校で同じ部だった時は何かと助けてくれてね〜。 あ、でも全然素直じゃない人で、さりげなく助けてくれて、オレ知らねーよ、 って顔してるような子で。 でも、彼女はとても信頼してた。男の子というよりは、仲間って感じだったの。 だから卒業してから付き合い始めたのもその延長線上のつもりだった。 なのに。 「乱暴。」 「あ、ううん、それほどじゃないの・・・ゴメン。こんな話題。」 「いや・・・・。」 塔矢くん、驚いてる。 そうだよね。私も言ってから急に恥ずかしくなった。 今日初めてしゃべったような人に、何て事言っちゃったんだろう。 「大丈夫。少し・・・驚いただけだよ。そういうことがあるのか・・・って。」 「そうだよね。でもその友だち・・・。」 でも止まらない。あなたが優しすぎるから、歯止めが利かない。 全部吐き出してしまうまで。 「その友だちね、初めてだったんだよ?一生に一度だよ? 子どもだったのかも知れない。でも、女の子ってもっと優しく、 優しくされるって夢見てたのに。なのにどうして。」 続かない言葉をしばらく待った後、塔矢くんがささやくように尋ねる。 「その・・・相手は、進藤?」 「え?ううん!違うよ。塔矢くんも見たことある人だけど、名前は言わないね。」 ダメじゃない。塔矢くんも知っててヒカルじゃない人なんて他にいないじゃない。 なのに名前を言わないだなんて。 良い子ぶってる私。いやだ、こんなの。 「ヒカルには、言わないでね。どっちも知ってる人だから。」 「言わないよ。」 「本当に、酷い男なの。」 「そうだね・・・。」 「一生許せない。」 「うん・・・。許す必要ないんじゃないかな。」 ああ、でもあなたが優しく頷いてくれる度に、彼の罪が洗い流されるような そんな気がするのは、どうして。 涙ぐんでしまった私を店員さんの視線から遮るように隠して、店を通り、 会計を済ませてくれる塔矢くん。 優しい人。本当に、優しい。 あなたみたいな人を好きになったら良かったのに、何故私はいつも。 店を出てから路地裏に入り、ハンカチと鏡を取り出す。 「ゴメンね。本当に。」 「うん。大丈夫?」 鏡の中の顔は少し鼻が赤い。 あ〜あ。せっかく塔矢くんとのデートだったのに。 醜い顔をして、醜い心をさらけ出してしまったな。 それでも誰にも言えなかった胸の支えを吐き出して、随分すっきりしてる。私。 「塔矢・・・くん・・?」 いつの間にか目の前に立っていた影。 あ。と思う間もなく重ねられる柔らかい唇。 4秒・・・5秒・・・静かに離れる。 俯く。 シャツを握りしめる。 縋り付く。 「あかりさん。」 「ご・・・め・・・と、やくん・・。」 「うん。」 「私、それでも、ぐ、好きなの。」 「うん。」 「彼のこと、好きなの。」 「うん。」 次から次へと溢れる涙。 鼻水を啜りながら、途切れ途切れに繰り出される言葉。 「ひ、ヒカルがいなくなって、灯が消え、そうになった囲碁部を、」 「うん。」 「でも、表面上はいつも減らず口を、」 「うん。」 「悪そう、だけど、っく、本当は、いい人なの。」 「そうだね。」 「ヒカルの代わりなんかじゃない。」 「うん。」 だから。 「あんなに酷いことされたのに、それなのに、」 「うん。」 「彼じゃないとダメなの。」 「うん。分かる・・・・。」 「好き、なのよ。」 「分かるよ。」 嘘つき!あんたになんか分かるはずがない! 心は叫ぶ。 だって所詮あなたは男で、男の世界で男のルールに添って生きてる。 一生に一度の中学の卒業式を仕事だからとキャンセル出来る人。 なのに不思議と・・・。 彼は本当に分かってくれてるんじゃないか、という気もした。 何故かは分からないけど。 だから 今だけは自分を哀れませて。 今だけはあなたの好意に甘えさせて。 そしてこんな酷い私を許して。 優しく優しく抱きしめられ、暖かい手に頭を撫でられながら 私はお蕎麦屋さんの横の路地裏で号泣した。 −了− |
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