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日々是盲日2 |
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あの、塔矢アキラがオレの前で泣いている。 マネキン人形のように固まった表情のまま ほろ ほろ 涙が頬を伝う。 塔矢とオレは今、喫茶店の隅の席で差し向かい、塔矢が紅茶、オレは ジンジャーエールを飲んでいる。 なんでデートよろしくな状況になっているのか。 なんてーか、要するに置いてかれた二人な訳だよ。 プロ棋士や関係者が集まって泊まりがけのセミナーの明くる日、 解散した後そのまま帰るのも何だから、若い者同志で喫茶店にでも 行こうという話になった。 最初は五人いたんだけどさ。 塔矢には他人を遠ざける魔力があるんだろうか。どんなんだよ。 元々院生じゃないから若手の中では孤立しがちだったけれど、 そんなのは全然気にしてない奴だった。 そんな風に見えた。 でも、割と顔合わせるのに仲が悪い奴がいるって、結構ストレスだと思ってさ。 だから気を使って塔矢も誘ったのに。 それぞれが注文した飲み物が来て、 しばらく居心地悪そうにした後、一人が「オレちょっと」とか言って小銭置いて 出て行ってしまったんだ。 それを見て「どうしたんだろ、様子見てくる」なんてってもう一人。 しかも、あの仏の伊角さんまで追いかけて出て行ってしまった。 そりゃないだろう? かくしてオレは塔矢と二人きり。 だけど、塔矢が今泣いているのはそんなことじゃない。 二人になってからは困った。 碁盤があればいくらでも話は出来ると思うんだけれど、コイツと雑談なんて したことなくってさ。 三人に逃げられて気詰まりなオレの前で、塔矢はすまして紅茶を啜る。 「キミも、行ったら?」 「何それ。」 「キミも行きたいんだろう?」 「んなことねーよ。」 コイツの強さに、悲しくなった。 確信はないけれど、内心酷く傷ついているんじゃないかという気がした。 「偶にはお前と茶を飲むのも悪くねーよ。」 言ってからまずかったかな、と思う。 いかにも取って付けたような、お前を傷つけないようにこう言ってるんだ的な。 だってそうじゃん。 よくキャラ分からない奴と二人きりで、碁を打つならまだしも お茶したいはずないじゃん。塔矢はライバル、だしさ。 「・・・同情するなよ。」 「同情なんかじゃ、ねーって。」 案の定バレてる。自虐的な奴。 全く、限りなく同情に近い感情なのは違いないんだけど、 自分より弱い奴に同情される状況なんてコイツは絶対許せないだろう。 まあ、バレてはいるけど口に出して認めてしまえば、もうそこで終わり。 いくらコイツがヤな奴で意地っ張りでも、同情していらねえの、じゃあバイバイ って出来るほどオレも冷たい人間じゃないつもりだ。 またストローに口を付ける。 話すことがないからついジュースを飲んでしまうが、あまり早く飲み過ぎると やはり早く出たがってるみたいだから、気を使う。 「・・・塔矢ってさ、普段どんなテレビ見てんの?」 「見ない。」 って。ニベもないってこういうの言うんだろうか。 一生懸命探して振った話題が、一撃で撃墜される。 こっちが気い使ってんだから、ちっとは協力しろよ。 それにしても話題がねーなー。 塔矢先生の事とか門下生の事とか聞いたら面白いかも知れないけど 男なのにうわさ話が好きな奴だとか、敵情を探ろうとしているとか 思われるのもシャクだ。 ふと、変わった形のシャツに目が行く。 「あのさ、服ってどこで買ってんの?」 「・・・母が買ってくるから知らない。」 いかにもうるさそうに。むかつく! あー、でも今回はオレが悪かった。 聞かなくてもそんなの分かるじゃん、コイツの普段着見てたらさ。 そういう、この年になって母親が買ってきた服素直に来てるなんて所が 信じらんないっていうか、オレが苦手な部分でもある。 それにしてもコイツ、いつもはここまでじゃないよな? 機嫌・・・悪いのか? ゆうべ、懇親会は普通だった。 というか対局相手以外の大人には大概愛想がいいんだよな。 スポンサーには常に控えめな笑顔。 その後緒方先生に酒飲まされそうになって、慌てたフリして可愛い子ぶって。 でも一夜明けた今日は、そう言えば朝から青ざめていた気がする。 夜オレは早々に部屋に引き上げたけど・・・。 「昨夜、何かあったの?」 ピクリと紅茶カップを持つ指が震える。 図星? 「・・・・・・・・。」 「何だよ。」 「・・・何も。」 「って感じじゃねーじゃん。言えないような事?」 「そんな、」 「オレ早く寝たからさ、その後の様子は知らないんだ。」 「僕だって・・・多分キミのすぐ後に部屋に引き上げたよ。」 「そう?誰と一緒の部屋だったっけ。」 「・・・・・・・。」 その時、塔矢が固まった。 伏し目のまま、見ようによっては少し微笑んでいるようにも見える。 喫茶店の片隅で命のない仏像と化した塔矢の瞳に。 水が湧く。 見る間に張力に耐えられなくなり、ほろりと零れる。 ほろり ほろ ほろ 今度はオレが固まる番だった。 顔も固まっている、手も固まっている。 思考も・・・固まっている。 塔矢の顔に目が釘付け。 でも・・・オレはとてもキレイだと思ってしまったんだ。 その涙。 女くせえ顔だと思ってたし、この髪型はそれを意識してるんだろうし そういうのって、嫌らしいじゃん? 何が狙いなんだよ、みたいな。 ちょっときしょいとは思ったけどまあ、そこまで思うのも気の毒かな、なんて。 要するに小馬鹿にしてたわけなんだけど、今は。 静かに泣き続ける塔矢。 白い滑らかな肌の上を、とめどなく涙が滑り落ちる。 オレは掛ける言葉を持たず、塔矢の涙に見とれ続けた。 やがて、涙は尽きたようだ。 塔矢は唐突にハンカチを取り出して目を押さえ。 「失礼。」 失礼って! 何、今の異常な状況を説明する言葉がそれ一つ? はぁ?って感じ。 しつこく聞く気にもなれず、結局何故泣いたのかは分からずじまい。 それでも塔矢アキラの意外な一面を見られたことに少し満足してしまう オレがいる。 「あの、ジュースもういい?」 「あ、うん。飲む?」 「いや、そうじゃなくて、出ようか。」 「あ、ああ。」 「すまない。ちょっと・・・座ってるのが辛いんだ。」 辛いんなら、最初から言えよ! でも弱みを見せないところも塔矢らしい。 それにしても、さっきまで心持ち青ざめていた顔が、何故か赤らんでいる。 「大丈夫か?」 「・・・あんまり。」 涙を見せたせいか、子どものように素直だ。 それに、立っているのまで辛そうな。 こんなに具合悪そうなのに、さっきまで普通に歩いていたのは 驚異的な精神力だと言える。 こういう所かな。塔矢の強さ。 「タクシー乗り場まで送ってくから。」 「すまない。」 よろけた塔矢がオレの肩に縋り付く。 少し低い視線、さらりと揺れる髪。 「思い切り体重かけていいからさ。」 「キミは・・・優しいな。」 髪で大半隠れた顔は、 それでも少し照れたような表情を浮かべているのが垣間見える。 優しくするつもりなんてなかった。 元々いけ好かない奴だし、そうでなくても森下と塔矢はライバルだし。 でも、あんな綺麗な涙見せられたらさ、 泣かせた奴ぶっ飛ばしてやりたくもなるじゃん。 騎士道精神でもないけどさ。 「あ。」 ライバルで思い出した・・・。昨夜コイツと同室だったのって、アイツだ。 この店に入ってきて一番気まずそうにしていて、一番に出て行った、 進藤じゃん。 「和谷くん・・・?」 「あ、いや、」 昨夜同じ部屋だったの進藤だよな?って聞いたら、いつもの冷たい顔で それが何か?とか言うだろうか。 それともまた黙ったまま涙を流すだろうか。 確率としては半々な気がしたが、もう二度とコイツに泣かれるのは御免なので 聞かないことにした。 −了− |
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