蜘蛛之糸 3 「……何」 竜崎が、僕の肩を撫でていた。 寝る前に、当たり前のように脱げといわれ、当たり前のように押し倒された。 それでも、口で済ませてくれたのは、竜崎の温情なのかも知れない。 口の中に苦みは残っているが、終わってこうして二人でベッドの上に 横たわっていると、敵と言うよりは長年の恋人のようで奇妙な気分だった。 いつか殺す相手だ、情が移るような事があってはいけない…… そう思うのだが、現在の状況は八方塞で、正直活路が見出せない。 とにかく、四年は猶予があるんだ。 大学に通いながら竜崎に僕を信用させるしかないか……。 だが。 普段ならどんなに猜疑心が強い相手でも半年で信頼を勝ち取る自信があるが コイツに限っては、一生掛かっても無理かも知れない、という気がして 暗澹たる気分になる。 その竜崎が先ほどから繰り返し僕の肩を撫でていて、つい聞いてしまったのだ。 「僕の肩に、何かあるのか」 「いえ。この肌触りが、手に馴染んで来たと思いまして」 「ああ……そう」 何度目だろう。 こうして竜崎と、肌を合わせるのは。 最初から、いけ好かない奴だった。 それでも確かに、記憶を失っていた時の僕は竜崎を尊敬していたし、 自分がその関心の的になっている事が快感でもあった。 男に抱かれる事すら、許容してしまうほどに。 あの頃の僕なら、これから一生竜崎と居られるとなったら きっと有頂天になっただろう。 竜崎の役に立ち、竜崎に認められたいと懸命に頑張っただろう。 ……まあ、夜の方はそうでもないだろうけど。 それ程でも、竜崎に100%信用される事はなかった。 手強すぎる相手だ。 「なあ。どうしたら、お前に信用されるようになるのかな」 「どうしたんですか?やけに素直ですね」 「僕がおまえのお陰で生きているのはよく分かったから」 「あり得ない程の自由が確保されたのは、あなたのお父さんのお陰です」 「ああ……分かってる」 父さんには、感謝しないとな。 勿論分かって言った事ではないだろうが。 竜崎の、信頼を得てくれていた事にも。 「どうしたら私に信用されるかなんて、自分で考えて貰わないと意味がありません」 「まあ、そうだろうね」 「言っておきますが、犬みたいに従順なだけでは胡散臭いですし わざと反抗したら、容赦なく処罰します」 なら一体、どうすればいいって言うんだ……。 「要するに、お父さんを見習えばいいんじゃないですか? あなたはコドモなんですから」 「……善処するよ。でも、いちいち僕をコドモ扱いしないで欲しい」 「夜神くん」 竜崎は肩を撫でるのをやめて表情を引き締め、 肘を突いて起き上がって僕の顔を覗き込んだ。 「アメリカ大統領の内、暗殺された、あるいはされかかったのは何人ですか?」 「……唐突だな。在任中は6人だ」 「その全員の共通点を知っていますか?」 「いや。何だ?」 「チャイルドロスという財閥の持つ通貨発行権を取り戻そうとした事です」 「え……通貨発行権って何かの既得権益?というかその財閥が暗殺の黒幕?」 「あなたの回転が速いのは分かりましたから、迂闊な事を口にしないで下さい。 私の重要なスポンサーの一つなのですから」 「……」 「ただ、ケネディの暗殺一つ取っても、犯人とされたオズワルドには犯行不可能で 21人の目撃者、関係者が全て四年以内に死んでいるという不可解な事実があります」 ……竜崎があっさり、世界の暗部に関わる事を言う。 いや、嘘か? そんな大規模な陰謀を一般人……いや、キラに簡単に言ってしまうわけがない。 しかも、何気にLの重大な秘密も洩らしているじゃないか。 「……そんな映画の中みたいな事、あるわけない」 「それがあなたの認識ですね?でもあなたは、私の存在すら知らなかった。 悪いですが現実です」 「……」 「これがもし今の事なら、あなたはオズワルドだけ裁いてご満悦でしょう」 本当なら、確かに僕は世間知らずの子どもだ……。 普通にそれぞれ別の暗殺事件だと思っていたし、謎めいているのも そういうのが好きな人が騒いでいるだけだと思っていたし。 「でもこの程度の事なら、恐らくあなたのお父さんも知っていますよ。 つまり現代でも、あなたが知る事の出来る悪人なんて高が知れてるんです」 「父が……」 「偶々キラに知られたから裁かれ、知られていないから裁かれない。 それが現在の世界です。逆に不公平だと思いませんか?」 「……Lだって、大統領暗殺のように、チャイルドロスに不利になる事件は 解決しないんじゃないのか?」 「いいえ。必要があれば暴きます。その為にスポンサーを分散していますし、 身分がバレないように用心もしています。 実際、何とか私を取り込もうと必死な勢力は他にも沢山ありますし」 「……」 つまり、Lが存在する間は大統領暗殺は起きない、起こさせないという事か? 「キラとは違うアプローチで世界を守っている」と言っていた台詞を思い出す。 思いがけず、『L』という仕事の基礎と苦悩が垣間見えた。 常に命がけで、世界を相手に戦っているようなものなのか。 ただ漠然と華やかな「世界一の名探偵」という肩書きの重さが、 やけにリアルに迫ってくる。 「今回も、キラを生きたまま引き渡せという話もあったのですが断りました。 それにキラの裁きを止めただけでは、キラを死刑に出来た場合の 十分の一の報酬です」 「それは……僕をおまえが拘束するのは、僕を守る為、という事か?」 「買いかぶらないで下さい」 それでも竜崎は、スポンサーの意向や恐らく莫大な報酬を犠牲にして 僕を生かし、傍に置くことを選んだ。 ……選んでくれた。 「……と言いたい所ですが、そう思って貰った方が都合が良いですね」 「竜崎、」 「何故ならあなたに恋をしたから、では納得してくれないんですよね?」 「当たり前だ」 「それでは……あなたは、私が生まれて初めて欲しいと思い、 手に入れた物だから。というのはどうでしょう?」 意味が分からない。それではって何だよ。 おまえがその気になれば、手に入れられないものは無いんだろう? 「実は私には、個人の資産と言える物は殆どありません。 捜査の為には金に糸目を付けませんが、探偵として稼いだお金は『L』名義という事に なっています」 「株式会社『L』から、個人的な給料は貰ってないって事?」 「さすが理解が早いですね。その通りです。 私は株式会社『L』の主力商品ですから、私の衣食住など全て経費で落ちます。 金銭に縛られるのが嫌で、自分でそういうシステムにしました」 金に縛られるのが嫌だなんて、竜崎こそ子どもみたいな奴だ。 僕もその点はそうだけど。 けれど、何故こんなにあけすけにLの裏事情を話す? 「ワタリに任せっぱなしで詳しくないんですが、税金対策にもなってる筈です」 「ああ……そう」 「でもあなたは、完全に私個人の物です。初めて自分の物を持って、私、浮かれてます。 その事によって私の方まで縛られている自覚もあります」 「……」 「それだけの執着があるのですから大事にしますし、 裏切られれば落胆して、何をしてしまうか分かりません」 ……大事にするって。 現在そうされている気は到底しないが。 自分の内に湧き上がってきたこの感情を、何と名づけて良いのか分からない。 ただ、好きだとかあなたに恋をしているとか、そんな言葉よりずっと深く 胸に突き刺さった。 「夜神くん、あなたは世界を知らな過ぎる。 さっきお話したのは、この世の秘密のごくごく浅い、ごく一部です」 「……」 「世界の裏側の事、もっと知りたいですか?」 「……ああ」 「教えてあげます。私が。 その上で、世界を変えたいと、新しい世界を作りたいと言うのなら、 自分の実力で頑張ってみては如何でしょうか」 今の竜崎は、やけに優しい。 言う事を聞かなければ手足を切ると言ったのと、まるで別人のようだ。 ……そうか。これが「鞭と飴」の、「飴」か。 「今夜は随分ペラペラと、重要な事を喋ってくれるんだな」 「はい」 別に重要でもないですと、とぼけた顔で返して来るかと思ったのに 竜崎はこの上なく真剣な顔で、僕の目を見つめながら頷いた。 この何気ない会話にも、実は重大な意味があるという事か? それは……。 「……それは、信用して欲しければ、先に相手を信用しろって事?」 「実によく出来た弟です」 言いながら、目を細めた。 竜崎が父を信用するのは、父も完全に竜崎を信用しているからだ。 竜崎に反対意見を言えるのも、小言を言えるのも、 父が心底彼を信用しているからこそだ。 ……だから僕も竜崎を信用しろと。 言う代わりに先に僕を信用して秘密を洩らした。 あるいはその振りをした。 なるほど、ね。 「……お前は結構僕の事、好きなんだな」 「『結構』ではなく『かなり』、です。最初から言ってます」 嘘吐け、と言うと、竜崎は体をずらして僕の足の間に入り込んだ。 そして……萎えた物をゆるゆると触り、舌先で刺激を続けて、 見事に短時間で僕を勃起させる。 「ちょ、ちょっと、」 唇に含んで吸い、舌の上で転がす。 それは、まるで僕がした事だけれど、竜崎の方がはるかに上手かった。 思わず呻いて、竜崎の髪に指を差し込みながら思う。 僕は、二度とデスノートを使うことは出来ないかも知れないけれど、 これから先、もっと刺激的な人生が待っているのかも知れない。 竜崎が垣間見せてくれた世界の裏側。 この世は、全然退屈なんかじゃないのかも知れない。 足の間に蹲る巨大な蜘蛛が垂らした一本の糸。 それが、僕を地獄から救う事になるのか、僕の首を絞める事になるのか、 まだ分からないけれど。 信じた振りをして、縋ってみても良いかも知れない。 「……っ!」 竜崎の舌に追い上げられて、思ったより早く達してしまった。 「……竜……崎」 「……」 竜崎は無言で体を起こして僕を抱き寄せ、 頭をその首に押し付ける。 そして。 ごくり。 大きな嚥下音を、僕の頭蓋に響かせた。 --了-- ※四字熟語シリーズ終わりです。 お読み頂いてありがとうございました! 自分で書くことでもないですが、最初の方に竜崎は 「キラの精液を体内に入れたくない」と言って月のを飲む事を拒否しています。 その程度は関係が進んだというか、その程度しか進んでいないというか。 やはりあとがきとかおこがましいですが、横文字が一旦終わった時と同じく どうでもいい事を書いてみました。よろしければ→「後書きとか言い訳」 この二人はまた東大に通って目立つんでしょうね。 今度はきっと月もワタリの車に同乗するんでしょう。 どんな噂が立つかとか考えたら背筋がうすら寒くなりますね!
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