八角の棺 9
八角の棺 9








外に出た途端、芝生の向こうに見える東屋からジェバンニが近づいてきた。
険しい顔をしているが、ある程度距離が縮まると立てた指を二本、
こちらに突き出す。

ピースサイン?

何だろう、首尾良く帰ってきたな、という意味か?と思い、
こちらも何となくピースサインを上げたが、


「二回です」


一層深く眉根に皺を寄せて、いきなり無愛想に言った。


「何が?」

「じっと待っているように言われていましたが、この二日間で
 二回ニアに電話しました」

「はぁ」

「一度目は、丸一日経った時。二度目は、五十時間を越えた時」

「そんなに、中に居たんだ。気づかなかった」


ジェバンニは「人の気も知らずに」、と言いたげに溜め息を吐く。


「ニアは何と言っていました?」

「一度目は、Lを信じて待てと」

「二度目は?」

「……ヤガミを信じて、待てと」

「……」


Lは秘密主義だと思っていたが。
ニアには、全て伝えていたのだろうか。
あの地下室で起こる事、Lと僕との葛藤が予測されるような事を。

僕をワタリの死に場所に連れてきて、片付けなければ二人とも死ぬと。


「そんな筈はありません。行き先も何も告げず、
 しばらく夜神を借りると言っただけですから」

「なら、あいつは神の如き視点か洞察力を持っている事になるな」

「だとしたら、私はその『神の如き』に不埒な事をしてしまった事になります……」

「したのか?」

「してません」

「いやどっちだよ」

「あなたと一緒にしないで下さい」


僕たちに怒りをぶつけようとしていたジェバンニが、困ったような顔をしたが、
すぐに思い出したようにまた眉を釣り上げた。


「というか丸二日以上、中で何をしていたんですか?」

「人を始末していました。
 この中に入っていますから、東京に持って帰る手はずをお願いします」


ジェバンニはギョッとした顔になり、ツールボックスを凝視して
少し距離を取る。


「一体、どちらが……」

「夜神くんです。殺したのも始末したのも」

「……」


そんなに悲しそうな目でこちらを見るな!
誤解だ、きみと知り合ってからは人は殺していない!

ジェバンニは頭を振った後、レジ袋を僕たちの目の前に突き出した。


「これが運べる車に交換してきますから、一時間ほど待って下さい。
 良ければ食べていて下さい」


中には、コンビニおにぎりが三つと、ペットボトルの紅茶。
おにぎりに紅茶って……と思ったが、恐らく彼の朝食になる予定だったのだろう。
申し訳ないが、ありがたかった。

ジェバンニは僕の目の前に来て、何とも言えない目でじっと僕の顔を見る。
何か言いたげに口を開きかけては閉じを繰り返していたが、結局何も言わず
片手で僕をぎゅっと抱きしめた後、駐車場の方へ歩いて行った。

彼が去ると共に、僕たちは餓鬼のようにおにぎりに貪り付いた。
一つのおにぎりは半分づつにして食べる。
片方が分けて、もう片方が好きな方を選べば、一番効率的に公平に分配できると
教えると、Lはやけに感心していた。





ジェバンニを待つ間、東屋の中にLと並んで座りぼんやりと景色を眺める。
だんだん日が昇り、八角の塔の下の海岸で釣りをしていたらしい人が
道具をまとめて自転車で帰って行った。


「昨日……」

「はい?」

「いや、もう三日前になるのか。新幹線で来た時」

「はあ」

「わざわざ、僕に富士山を見せてくれただろ?」


ベンチの上に丸まったLは、人差し指の爪を歯で削るようにしながら
ぼんやりと塔を眺めている。


「気づかれてましたか」

「気づくよ」

「気にしないで下さい。単なる誕生日プレゼントですから」

「!」


……ええと、元捜査本部ビルに行ったのが確か二月の八日、
それから……。

……ああ。


「ああ……そう、だったか」

「忘れてると思ってました」

「おまえが覚えてた事の方が驚くよ。
 僕はいつ命日が来るかとドキドキしてたのに」


本当に驚いたのは、Lがそんな気遣いを見せた事の方にだが。
僕は無事、二十四歳になれたのか……。


「まあ……ありがとう」


Lがいなければ一ヶ月前に死んでいたと思うとありがたいが
こいつやニアがいなければもっと普通に長生き出来たのに、
とも思う。


「そう言えば、僕がおまえに引導を渡すような気がしたと言ってたよな」

「はい」

「どういう意味だ?」

「言葉通りの意味ですよ」

「おまえ、僕と一緒に死にたかったのか?」

「……」

「憎んでいる相手と心中してしまうなんて、屈辱じゃないか?」

「……」


際どい事を聞いたつもりだったが、突然空気が凍るという事もなく
Lの顔は弛緩したままだった。


「ワタリさんを殺した僕が、憎いだろう?」

「そうですね……本気の殺意を抱いてしまった事もありましたが」


何故かそこで少し頬を緩める。


「『神の如き』によると、私は死ぬほどあなたに執着しているそうですから。
 私から離れない限り、殺さないんじゃないですかね」


ですかね、って他人事だな。
それに、その物言い。

離れたら、殺すって事だよな?


「……また、選ばせたのか。
 さっきおまえと別の道を行くと言ったら、殺すつもりだったのか」

「そんなに怖い顔をしないで下さい。
 あなたはちゃんと生き残れる方の道を選んだじゃないですか」

「冗談じゃない」


遊ばれたのか、本当に命の岐路だったのか。
分からないが、少し腹が苛立って意趣返ししたくなった。


「ところで、両価性って知ってるか?ambivalence」

「夜神くんこそ、私があなたを愛していると?」


いきなり何の話だと、面食らうと思ったのにLは即切り返してきた。


両価性とは分裂症の一症状で、何かを非常に愛し、同時に憎む
心理状態の事を言う。
僕に対する一貫性の無い……というか滅茶苦茶な対応を見ていると当てはまるので
軽く揶揄うつもりだったが先手を打たれた。

相変わらず回転が速いのは結構だが、分裂症の方を突っ込まないという事は
自覚があったのか。


「愛してないんだ?」

「……いえ。愛していますよ。正直に言いますと」

「……」


ただ少し揶揄うつもりだっただけで。
Lの僕に対する執着が愛だなどと本気で思っていた訳では無いので、
突然の事に思わず言葉に詰まる。


「ふざけてる?」

「大真面目です。ワイミーには悪いですが、私はあなたに情を移しました。
 殺すならこの手で殺したい。私が死ぬ時は道連れにしたい」


それは。
愛というよりは。


「これはかなり強烈な愛情だと思いませんか?」

「……どちらかと言うと強烈な憎悪を感じさせる言葉だけど」

「はい。私の命を捧げたい程愛していますし、殺したい程憎んでいます。
 しかし、私の中ではambivalence(矛盾)は全くありません」

「……」


モテない方ではなかったけれど、こんなに強烈な愛を告げられたのは初めてだ。
面と向かって殺意を突きつけられたのも。

だが、Lはきっと真剣に言っているのだろうと思った。
死刑囚に愛の告白なんて、デメリットはあれ何の駆け引きにもならない。

僕が色々考えすぎて何も言えないでいると、Lはふいと目を逸らした。


「まあ……私の一方的な思いですから」

「その割に強姦じみた事をしてくれたけどね」

「はい。そういう遠慮はしません。が」


Lにしては珍しく、少し考えて言葉を選んで。


「……キスは、気が向いたらあなたの方からして下さい」

「……」


男が……しかもLが、真顔で何て事を言うんだ……。
全身が痒くなり、「絶対にない」と吐き捨てたくなったが
すんでの所で押さえた。

もし本当なら、かなり利用できる状況だからだ。
いや、Lの事だから、自分から惚れたと言っても絶対に不利にならない、
足場固めと覚悟が出来ているからこその告白かも知れないが。




「という事で、今晩は神戸に一泊して帰りましょうか」

「何が『という事で』なんだ。他に何か用事があるのか?」

「ですから、私は『一回は一回』のタイプですから」

「……」


僕がおまえを抱いたから、か?
ふざけるな!


「ははっ。おまえがした事のほんの一部を、返しただけじゃないか。
 それとも、」


もっと抱かせてくれるのか?おまえが僕にしたのと同じくらい。

そう耳に囁くと、Lは目を見開いたままじわり、と僕に向き直った。


「夜神くんは、冗談が上手くなりましたね。
 五年前は全く面白くありませんでしたが」

「……」

「……」


握った拳がLの顔にめり込んだ手応えを感じると同時に、
耳の上辺りに衝撃があり、ベンチから転がり落ちる。

芝生まで転がって大きく息を吐き、横を向いてもう一度瀬戸内海の風景を堪能した。




 
--了--





※話は終わったも同然ですが、次回は少し片付けを。

 ちなみに「神の如き」はメロの方の本名の由来の「ミカエル」と関係有る感じです。
 関係ないですがその「ミカエル」とか「イスラエル」とか「エルサレム」とかの
 「エル」はヘブライ語で「神」だそうです。
 (デスノ界では有名?)






  • 掌中の王 title

  • 掌中の王 1

  • 戻る
  • SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送