西方の旅 3 高速から降りて十五分ほど走り、巨大な橋の麓に来たと思ったら、 車は突然左折する。 目的地に着いたらしい。 「これは……」 「明石海峡大橋です。世界最長の吊り橋ですね」 「……」 嫌な予感に、苦しいほど動悸が激しくなる。 橋や海と言えば、ヤクザではないが沈められる事しか思いつかない。 ドラム缶に詰められるのも、足をコンクリートで固められて海に投げ込まれるのも とてつもなく苦しいだろう。 サスペンス映画の一場面が、やけに鮮明に思い出されて 自分の記憶力を恨みたくなった。 「降りて下さい夜神くん」 促されて降りた場所は、海に面した広い公園で建物が少しある。 「洋館か……異人館通り、じゃないよな?」 「違います。それは先ほどの新神戸駅の近くですね」 誰にともなく聞いたが、ナビを見ながらジェバンニが答えた。 それは、古そうな洋館や尖塔があるが城というほとではない、 昔のちょっとしたお屋敷、といった風情の建物群だった。 「行きましょう。ああ、ジェバンニはここで待っていて下さい」 そう言うと、Lは僕の手を引いて海に近い洋館に向かった。 ジェバンニと離れるという事は……。 「ジェバンニはいいの?離れて護衛の意味あるのか?」 「いいんです。ここまで来ればもう」 「そうか……」 ……その瞬間、何となく、一つ諦めがついた。 もう、僕には救いが無い。 命を諦めるには些細なやりとりだが、ずっと張り詰めていた神経が ここで耐えきれなくなったのだと思う。 息を大きく吐くと、驚くほど心が凪いだ。 「ちょっと、手を離してくれよ。男同士で気持ち悪いと思われる」 風は強く冷たかったが、少し春めいた日差しに、少し心が温かくなる。 死ぬには、悪くない日だ。 青い空に、巨大な白い橋と、淡い緑色の塔が映えていた。 景色が良い場所であった事も、安堵に繋がっているのかも知れない。 「ここが処刑場?」 「……」 Lは答えなかった。 ロンドン塔のような場所なのかと一瞬戦いたが、 八角形の塔のような建物のポーチの上には、○○記念館と書いてある。 「こちらです」 Lは、手は離したが短く持った鎖を引きながら足早に塔の方に入った。 「入場はあっちみたいだけど、いいの?」 「いいんです。話はつけてあります」 入り口と書いてある隣接した白い洋館の方には行かず、塔の緑色の扉を開ける。 小さなポーチを抜けると、中も大よそ八角形のホールだった。 装飾的な暖炉や出窓のようになった部分もあるが、 何方向かに窓があり、海や橋が見えている。 これも緑の壁際には、中国の革命家の胸像と資料が展示してあった。 一面は隣の洋館の廊下に繋がっているが、幸いにも他に人はいない。 僕が窓から海を眺めている間に、Lは指をくわえたまま資料に目を通したり、 天井を見上げたりしていた。 それから入り口ポーチの横の、窓のある階段を上り、二階に行ったが、 こちらも一階と同じような構造で暖炉があった。 資料館・記念館と言うよりは、普通の異人館のようだ。 展示は主に、こちらも繋がっている白い洋館の方にあるのだろう。 「西洋の建築のコピーのようですが、なかなかですね。 この壁紙は金唐紙と言って、日本独自の物だそうです」 Lが誰に聞かせるともなく呟いたが、僕は……少し苛立った。 腹立ちとは少し違う、やるなら早くやってくれという焦燥感。 何を普通に、見物しているんだ。 僕の人生の終わりの、この時間。 後数分の命かも知れないと思うと思考力が低下し、 いや別に低下しても良いじゃないかと投げやりに思う自分の精神に 失望した。 「……L。もう終わりにしよう」 もうこれ以上、こんな状況に。 最高に緊張した精神状態で平静な振る舞いを求められる、 中途半端な時間に、耐えられない。 「何がですか?」 「悪いが、観光する気分じゃないんだ」 「そうですか。では行きましょう」 Lは暗い目で僕を見つめると、くるりと踵を返して 先ほど登ってきた階段に向かった。 ※実在の施設と似ていても何の関係もありません。
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