Born free 4
Born free 4








「では、時間まで少し寝ます」


現在の情報で考え得る限りの展開と対応を考え、ロジャーに
飛行機の予約を頼み終わると時間が余った。

ニアは、おもちゃに囲まれて猫のように体を丸めてしまい、
夜神と私が取り残される。


「L……本当にまた手錠をするのか?」

「はい。と言いたい所ですが、あれは私も大概不自由ですし
 今回は移動が多いですから実質的には難しいでしょう」

「僕としては、変に疑われているなら手錠をして貰った方が良いんだけど」

「信用していますよ。ああは言いましたが、あなたがデスノートを回収しても
 以前のようには使わないと思っています」

「それはありがとう。って回収とかないから!」

「そうですか?」

「結局は、信用しないって事だな?」

「そんな事ないですよ」


面倒くさい……。
が、お互いに信頼し合っている形は作っておかねばならない。
何度かセックスでもすれば済む話かも知れないが、パーティーまでは
その機会もなさそうだ。


「分かりました。信用している証に私の本当の名前を、教えましょう」

「ええ?いや、そんな無理はしなくていい」

「ただじゃ教えませんよ。
 ヒント1.探偵になる以前からエルと呼ばれてました」

「当て物?……まあいいけど。やっぱりLがつくわけ?」

「それを第2ヒントにしますか?」

「いやいい。ローレンスは違うんだよな。ライオネル、リー、ルーク、
 ……いや、愛称がエルか?」


単なる独り言ではなく、私の表情の変化をじっと観察しながら
ゆっくりと発音して行く。
もちろん読ませるつもりはないが、答えに数秒で近づいた事を誉めて
目を細めて見せてやった。


「ヒント2.その名前のせいで、職業が決まりました」

「……愛称がエルで、探偵と関係のある名前か。
 エリオット・ネスも愛称エルだろうけど探偵ではないよな?」


先程と同じく、「エリオットなのか?」とストレートに聞かないのは
「違います」と言われる事に屈辱を感じるのが嫌だからだろう。
子どもっぽい姑息さだと思うが、私でも多分同じ事をする。


「悪くない線ですよ」

「探偵……あ」

「分かりましたか?」

「そうか!あの作家と同名の『エル』か!」

「はい」


あっさりと正解が出たな。
さすが夜神と言うべきか。


「だからあなたを知った時は驚きました。本当にこんな人がいるだなんて」


フィクションではあるが。
最高学府を卒業し、容姿にも恵まれ、民間人ながら警視である父を助けて
数々の難事件を解決する、完全無欠の名探偵。
父親には「エル」と呼ばれ、頭の上がらない好青年。

幼い私は彼に憧れたが、容姿も父もなかったので、諦めていた。

ワイミーに、私の頭脳ならクイーンを越えられると言われるまでは。


「そう言われて見れば確かに、僕の環境は彼っぽかったな。
 小説家にでもなれば良かった」

「あなたの生み出す作品が読めなかったのは残念です。
 ……Ellery. Lawliet、通称 Elle。それが私の本当の名前です」


夜神は、Ellery. Lawliet、Ellery. Lawlietと呟くように繰り返した。


「デスノートにこの名前を書いたら死ぬのかな」

「まあ、嘘ですけど」

「だろうね。書かないけど」

「という事はやはり、書こうと思えば書ける訳ですか?」

「牽制するところを見ると、実は本当に本名なのか?」





などと暇つぶしをしている内に、ニアが伸びをしてむくりと起きあがった。


「そろそろ、三時ですね」


言い終わると同時に、ロジャーの通信が入る。


『Mr.アイザワのPCに繋ぎます』

「はい。お願いします」


慣例に則って「L」の音声スイッチを用意した。
これで誰が話しても、昔から「L」が外部の人間と通信する時に使っていた
モザイク音声になる。

向こうでも音声をONにしたらしく、スピーカーからざわざわとした日本語が
流れてきた。


『……ません、遅くなりました』

『お疲れさまです』


これは……伊出、だったか、次に模木さんと、


『お疲れさまです』


知らない若い声。
そして。


『おーっ山本。こんな会議に参加できるようになったとは、おまえも出世したな』


「……松田は相変わらずバカですね」


バカのくせに、偉そうになっている。

夜神も苦笑しているかと思って振り向くと、彼は彫像のような表情で
じっと耳を澄ませていた。

懐かしそうでもなく、泣きそうでもなく、ただただ、聴き入っている。
何年も共に、キラ事件の捜査に携わった面々の会話を。
最後には殺そうとした、人達の声を。


「月くん?」

「あ、ああ。本当に、相変わらずだ」

「日本に行っても、彼らには絶対に会えませんよ?」

「そんな事分かってる」


『このヤマが終わったら飲み付き合えよ、山本ー』

『え?またっすか……勘弁してくださいよ……松田さん……』


……本当に。

本当に、彼らの、何と変わらない事か。

あれ程大きな事件とその終焉に関わったと言うのに。
自分たちが最も信頼していた者に、裏切られたと言うのに。

五年前と、そして恐らく一年前とも
何も変わっていない。

市井の人々の、その鈍さにも似た逞しさに私はある意味感動すら覚える。

たった一年。
されど一年。

そう、正確に、丸一年。
去年の正に今日、キラ事件は終わった。

その一年の間に彼らは日常を取り戻し、細々とした事件に
日々追われているのだろう。

キラが彼らの中に、全く影響を残していないとは思えない。
だが、過去なのだ。


それに比べて、夜神の何と変わったことか。
長かった、長すぎたこの一年。

その間に三度も死ぬ程の、いや死ぬより辛い思いをした。
慣れぬ土地で、全く新しい人生を送り始めた。


強靱さを増した精神は自身のプライドをも曲げ、
以前の彼なら有り得なかった事に、私に飼われる事に甘んじている。

あの地下牢から出て最初に夜神を見た時、
私には彼が解脱に近づいているように見えたが、
あながち外れてはいないと思う。

変わりすぎた今の彼が、もしデスノートを手に入れたなら……。


……いや。変わらない、か。


夜神月の、高慢な……あるいは高潔な魂は。





「L。あなたが話しませんか?」


その時、ニアが目の前にあったマイクを私に向けた。


「シンジケートに最初から関わっていたのはあなたですから、
 やはりあなたが話した方が良いかも知れません」

「分かった」


私も、知らない間に懐かしそうな顔をしてしまったのだろうか。
元々外部の人間と話すことはほとんどないのに、彼らとは
私にしては長期間、共に過ごしたから。

刹那躊躇ってから、「L」と飾り文字で書かれたスイッチを押す。


「……Lです。皆さん、揃ったようですね」


だが、私は五年前と何も変わらない。
変わっていてはならない。

私は、「L」なのだから。


「では、早速詳しい状況を説明したいと思います」

『はいはい、どうぞー!』

『松田!真面目に聞けっ!』


「松田さん……本当に、相変わらずだな!」


呆けていた夜神に、漸く笑顔が戻る。
これで事件に集中出来るだろう。


言ったことはないが、松田には時々救われる。


私も内心は笑い出したかったが、
精一杯しかつめらしい声を作った。



「まず、この件にはデスノートが関係する可能性がありますので、
 皆さん今後しばらく、以前お渡しした偽の身分証を使うようにして下さい。
 山本さんの分は新たに用意させていただきます」






--了--






※長い間お付き合いただいてありがとうございました!
 本編107話〜108話の補完のつもりだったのでこれにて一旦終了です。

 伏線を全て回収するといかにも終わりっぽくて寂しいので、この期に及んで
 色々続きそうな雰囲気にしていますが、何も考えていません。

 と言いつつ、またその後を書いてしまうかも知れませんけどね。
 冬ネタ使いやすくなりましたし♪


 力不足で、本文で表現しきれなかった事をだらだら書いていますので
 よろしければどうぞ→→→「後書きとか言い訳」








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