Enemy or Family 1 「マジすか」 「……」 ヒースロー空港のファーストクラスラウンジ。 夜神の言葉に固まっていた私がやっと日本語を絞り出すと、 今度は彼の方が半分口を開いたまま止まった。 「と、こういう場合、言うのではないですか?日本の若者言葉では」 私が続けると、夜神は開いていた口を手で隠しながら壁の方に顔を向ける。 肩を揺らしながら、声を殺して笑っているらしい。 何が可笑しいのか分からない。 というか、笑う、という事の意味がよく分からない。 いやそんな事より今は。 「……いつ、ロジャーが来るのかと待っていたのですが」 「だから来ないって。本国でして貰う仕事があるそうだ」 「では、私の世話は誰が」 笑いの発作が治まった夜神が、今度は嫌な感じでニヤッと笑う。 助けを求めてLを見たが、軽食コーナーで一生懸命お菓子を探していた。 ……目眩がする。 夜神が、間抜けな事にマフィアに弱みを握られてYB倉庫に呼び出されたので、 Lと二人で日本に行かねばならない事になった。 それだけなら良かったのだが、私までついて来いと言うのだ。 日本警察に直接指示できるのは私だけだからと。 正直、私は極力移動をしたくない。 面倒な手続きや会話を全て代行してくれる人間がいればまだ良いが、 それが大量殺人鬼で全然信用がならない人間となると……。 いない方がマシだ。 とは言え、いなければ私は永遠にトーキョーに着けないのだが。 そんな訳で、私はLと夜神に挟まれて成田空港に降り立ち、 Lの建てた元捜査本部に入った。 このビルが使われなくなってから一年。 元キラ捜査班のメンバーには自由に使って良いと言っていたのだが 誰も入居も利用もしていないらしい。 「ミスターアイハラ。懐かしいですか?」 呼び出しに応じて元本部に現れたアイザワは、私を見て一瞬顔を強張らせ 久しぶりだと一言言った後、落ち着かなげにキョロキョロ辺りを見回していた。 今後しばらく、念のために偽名を使って貰う事は既に伝えてある。 「いや……ああ。結構長い間ここで働かせて貰ったし、 変わってないなと。いや当たり前なんだが」 何を言っているのだろう。 誰もいない間に変化がある訳もない。 それに、長い間働いていたと言う割に、入り口のセキュリティチェックで 山ほど引っかかっていた。 「モニター、ちょっと触ってみていいか?」 「それは私が帰国してからに願います」 ぴしりと言うと、アイザワは明らかにムッとした顔をした。 サブモニター室では、Lと夜神が私たちのやり取りを見ている筈だ。 お互い監視出来るから、何かの拍子に彼らの姿がモニタに映ってしまうと とても困ったことになる。 だがアイザワは、初めてここに来た私が、主のように振る舞っているのが 気にくわないのだろう。 実際ここは私の持ち物なのに。 「……前も言ったが、我々があなたの不在の間にここに入る事はない」 「そうですか」 「だが、まあこんな一等地にこんな巨大な空きビルがあるというのも 保安上良くないし、」 「安く譲ってくれるなら公安の寮にしたいという話が出てるんですよね」 「……」 「今回はその話をしに来たわけではないので保留という事で」 「いや、その……、失礼した」 「分かってます。その話が上から出てきたという事も」 「……」 アイザワが、本気で恥じているような顔をしている。 分かり易すぎて面白くない人物だ。 だが今後とも、この建物を日本警察に寄附する事はないだろう。 Lが、せっかくなのでここを東洋の拠点にしたいと言っていたからだ。 口には出さないが、夜神を「L」の一員と認められるようになったら 配置したいと考えているらしい。 まあ、それは遠い道のりであるし、 いざそうなった時にLが夜神を手放せるかどうかも怪しい。 と、個人的には思っている。 あの人には、意外とそういう所があるので。 私と違って、完全に一人で立っている癖に渇望している。 自分より優れた頭脳を。 自分と並び立つ誰かを。 私は、自分がLを越える日は決して来ないのを知っている。 頭脳だけなら夜神に負ける気はしないが、 実際に人に会って折衝したり、取り調べたり出来ないのだから どうしても分が悪いだろう。 フィクションの中ならともかく、現実では安楽椅子探偵が ハードボイルドの探偵の上を行くことはない。 だが、私はそれで構わない。 命を大切に、自分の出来る範囲で「L」をやっていく。 「それで、その、デスノートが日本に隠してあるとか、デスノートを 狙っている奴がいるとか、一体どこからの情報なんだ?」 アイザワが、やはりそれを聞いてきた。 奴らが本当に狙っているのは夜神月だと、言いたい衝動に駆られるが 勿論そんな事が言える筈もない。 「とある筋、としか。それにその可能性があるという程度です」 「おかしいじゃないか。月くん……夜神月がキラだった事を知っているのは SPKのメンバーと我々だけだし、魅上は双方監視の元死んだし、 弥は我々の手中にある。話が漏れる隙がない」 「それを知ってどうするんですか? 今は悪人の手にデスノートが落ちるのを防ぐのが最優先です」 「だが、我々の納得というものが」 「あなた方の納得で事件が解決出来るものなら、喜んで説明しますが」 アイザワは黙ったが、勿論満足した訳ではない。 相当不心得顔だったが、取り敢えずYB倉庫での取引の阻止と 半月以内に来日した、車椅子か寝たきりの外国人の滞在先を洗う事を 約束させた。 「こんな事なら、最初からデスノートの話はしなければ良かったんです。 シンジケートの逮捕に協力願う、で良かったんじゃないですか?」 「相沢さんは意外と鋭いよ。それだけじゃないって絶対勘付く。 それに、教授と金髪に関して今後も協力をお願いする可能性があるんだから 情報は後出ししない方が良い」 アイザワが帰った後、メインモニタルームに戻ってきたLに、つい愚痴ってしまった。 それに、夜神が答えるのがまた面白くない。 内容が真っ当なものなので余計に。 確かに、アイザワ達からすれば、後からデスノート云々の話をされても もう顔も本名も曝した後であったりしたら、協力どころではなくなるだろう。 それまでに潰せば良いだけだと思うのだが、実際教授も金髪も知らない 私が言える事ではない。 「なら、情報源まで出しますか?対話する私の身にもなって下さい」 「ガキみたいな事言うなよ」 「それこそ幼稚な物言いですね」 「ニア」 今度は、夜神と話しているのにLが口を挟んでくる。 舌打ちしたい気分になる。 「ああいう時は、『知ることによってあなた方の命が危険に曝される』 とでも言えば、納得はしなくても矛を収めてくれるんですよ」 「そうですかそれは思いつきませんでした社交性ゼロなので」 Lと夜神が、顔を見合わせて苦笑した。 見慣れた光景だ。 昔から誰かと関わると、相手はこんな風に肩を竦めてすぐにどこかに行ってしまった。 でなければ、メロのように怒り狂うか。 その理由を考えてみた事もあるが、別に一人でいる事が苦なわけでもなく 困らないな、と気付いてからは放っておく事にした。 そんな事を、久しぶりに思い出す。 私は、誰とも深く関わらない方がお互いのため、という人間なのだ。 なのに。 「ニアは今、反抗期なんです。反抗されてあげて下さい」 「ああ。分かってる」 「……」 ……誰かに対して怒りを感じたのは、アメリカ大統領とキラくらいだが。 今はLに対しても少し苛立ちを覚える。 大体、日本語になると私に対してまで丁寧表現を使うので調子が狂う。 「使い分けが出来るほど日本語達者じゃないんで」と本人は言っていたが 距離感がおかしいというか、夜神と同列に扱われているようで面白くない。 こんな風に、割り切れない余分な事を考えなければならないから、 人間関係は嫌なのだ。
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