白と黒の石 3
白と黒の石 3








数年後、ヒカルが助けた少年、アキラは人間として暮らしながらも
妖魔としての頭角を現し始めた。

アキラは空を飛べないが、一度行った場所ならば瞬間的に
移動できる力を持っている。
(それでヒカルのねぐらに盗みに入っていた)

アキラの行動範囲を広げるため、二人は人間が寝静まった頃から、
妖魔が本格的に起き出すまでの僅かな時間、連れ立って歩き回るのが
習慣になっていた。


「おいアキラ、あれは何?」

「ああ……葬列、かな?」


満月の夜中、二人が散歩をしていると、町の高台にある城から
黒装束の集団が出てきた。


「こんな夜中に?おかしくね?」

「でもほら、棺だよあれ」


黒装束の真ん中辺りに、白い棺が浮き上がって見える。
彫刻を施した、立派な品だった。


「う〜ん、神官とか高官か?」

「なら、普通に昼間、盛大に弔うだろう」

「……ちょっと待て。あの中には死体は入ってない」

「え?どうして?」

「人間もだけど、動物って死んですぐでも結構臭うんだよ、オレには」


という事は、……盗賊?

二人は顔を見合わせる。
人間の王の城に、人間の盗賊団が忍び込んで財宝を盗み
棺桶にカムフラージュして逃走しようとしている。

だとしても、二人には関係のない事だった。
ヒカルは元々だが、半分人の血が入ったアキラも、妖魔の力を
人間の運命を変えることに使わないようにしている。


「今の王様は、良い君主とは言い難いしね」

「そうなの?」

「うん、正直どうでもいい」

「じゃあ、帰るか」


そうは言ったが、二人とも好奇心を隠せない。
悪人を成敗する、といった気持ちはなかったが、この後の展開には
興味があった。


「あいつらがどこに行くかだけ、確かめるか」

「そうだね」


だが、二人がそっと尾けてみると、葬列のような集団は
そのまま王家の墓所に向かった。


「なんだ?」


そこには、既に掘られた墓穴があり、棺の下に縄を張って
みんなで本物の棺のように慎重に下ろす。

神官らしき人が、なにやら唱えている間に、どんどん土を掛けていった。


「本当の……葬式?」

「あの中に死体がなかったのは確かなんだ」

「でも、それなりに重そうだったぞ?」

「何が……入ってたんだろ」


二人が小声で話す内に棺はどんどん埋められ、最後にみんなで頭を垂れて
黒装束の人間達は去っていった。


「どうする?」

「……嫌な予感がする。サイを呼ぶ」

「でも、人間の事に関わるなって言われてるんだろう?」

「関わるかどうかは、呼んでから決めるさ」


ヒカルが、木の実を拾って半分に割り、近くの川から水を汲んでくる。


「サイ、来てくれ、助けて欲しいんだ」

……天に愛された子よ、なんですか?……

「この下に埋まってる棺に、何が入ってるか教えて欲しいんだ」

……水が入っていなければ、無理ですよ……

「地下水があるから近くまではいけるだろ?」

……全く、人遣いが荒いんだから……


サイはため息を吐きながらも何やら呪文を唱え、
かき消すように姿を消して、しばらく姿を見せなかった。

その後、沈鬱な顔をしながら戻って来た。


「どうだった?中、覗けた?」

……いいえ……

「そうか……何が入ってるか、全然わかんなかった?」

…………

「なんだよ」

…………

「言えよ!サイ!」

……人の、息の音がしました……

「嘘……生きた人間が入ってるって事?」

……そうなりますね……

「助けなきゃ!」

……ヒカル……

「別に誰の命の為でもない、明らかに無駄に殺されかけてるのを知りながら
 見殺しにするなんて、オレには出来ない」

「ヒカル、それは分からないぞ。
 何かボク達には分からない事情があるのかも知れない」

「例えば?」

「……何かの、まじないとか。その人の代わりに、もっと大事な人の命が助かるとか」

「おまえ、それでも半分人間の血が入ってんのか?
 人間には魔術も妖術も使えない。
 そんなまじないなら、埋めた時点でもう満足だろ?
 今オレ達が見捨てる理由にはならない」


サイとアキラは顔を見合わせる。
その様子からは全くヒカルに同意していない事が伺えて、ヒカルは思わず
木の実の器を蹴り飛ばした。


……ヒカル……


水がこぼれ、サイの姿が霞んで消える。


「しまった」

「どうする。これ、キミ一人で掘り返すのか?」

「無理……っていうかおまえは手伝ってくれるだろ?」

「二人がかりでも無理だろ。夜が明けるまでしか動けないし
 その頃には中で窒息してる」

「うわああああ!どうしよー!もっかいサイ呼ぶか?」


「おい、小僧。オレに用があるのはおまえか?」


その時、土の中から低い声がした。
ヒカルとアキラが思わず飛びのくと、辺りの土がぼこっ、ぼこっと盛り上がり
中からツチ族の逞しい男が現れる。


「モリシタだ。サイ様から、ここにオレ達の助けを必要としている奴がいると
 聞いているんだが」

「サイが!」

「なんだ、ソラ族のガキか」

「実は、この土の下に生き埋めになっている人間がいるんです。
 助けてくれませんか?」

「人間だぁ?放っておけばいいだろう」

「薄情だなぁ」

「まあ、サイ様に頼まれたから仕方ない。掘り返してやるさ」


モリシタが胸に下げていた土笛を吹くと、次々と辺りの土が盛り上がり
ツチ族の若者達が現れた。


「サエキ、ワヤ、この下に埋まってる棺桶を掘り返してやれ」

「分かりました」

「えー、なんでオレがー」


それでもヒカルが木の枝で地面を掘り始めると、ツチ族の若者達も
掘り始めた。
その勢いはすさまじく、また埋められたばかりの地面が柔らかかった事もあり
程なく棺の蓋が姿を現した。




ツチ族たちが帰って行った後、二人がかりで蓋をずらすと。
果たして中には人が横たわっていた。
豪奢な布と、沢山の花に囲まれて眠っている。
どうやら窒息する前に助け出せたようだった。


「……なんて華やかな人だ」

「うん……」


閉じられた瞼を縁取る長い睫、白い顔を囲む艶やかな栗色の髪、
柔らかそうな薄絹を重ねた長い寝着。
二人より少しばかり年長らしきその人は、豪華な棺に相応しく、
きっと贅沢に手を掛けて育てられてきたであろう気品と外観を備えていた。


「とにかく、上に上げよう」


二人して地面に引きずり上げるて寝かせても、その人は目を開けない。
ヒカルがまた水を汲んで来て、口移しで飲ませると
咳き込みながら黒い小さな石を吐き出した。


「わ、死の石だ。おい、大丈夫か?」

「……ここ、は……」

「王家の墓所だよ。おまえ、生き埋めにされてたんだぞ?何があった?」

「?……父の寝所に就寝の挨拶に言って……侍従の、カガが入れた
 暖かい飲み物を飲んで……普通に寝たと思う……」

「でも、ここまで起きないのもおかしいよね」

「そなたらは……」


そこでその人間は、初めて目の前にいるヒカルとアキラに
疑問を持ったらしい。


「オレたちは、妖魔だ」

「ああ、でも安心しして下さい。あなたを助けただけで、害意はありません」

「……」

「あなたはこの棺に入れられていた。
 そんな事が出来るのは人間だけでしょう?」

「……」

「これからどうする?城に戻る……って言っても、それは怖いよな」

「……いや、戻る」

「だって、犯人は分かってるのか?」

「分からない……けれど、私は逃げる訳には行かない。
 父王の名に掛けて、敵に背を向ける事などは」


ヒカルとアキラは、こっそりと顔を見合わせた。
やっかいな事に、えらく高貴な人を助けてしまったものだ、と。


「分かった。なら、オレがおぶって行ってやる」

「助かる」


行った場所以外には飛べないアキラは、同行出来ない。
ヒカルは今夜はここでアキラに別れを告げ、一回り大柄な人間を背負って
城に向かってふらふらと飛んだ。



「ひ〜〜!重かった!部屋の窓、開いてて良かったな」

「かたじけない」


ベッドに下ろすと、その人はヒカルの手を取った。


「まさか女の子とは思わず、こんな事をさせてしまって」

「お互い様だ。オレも、あんたはお姫様だと思ってた」


二人は顔を見合わせてクスリと笑う。
体をぴったりと合わせれば、さすがに相手が男か女か分かる。
年若く美しい王子、永夏は、離れて見ればやはりたおやかな姫君に見えた。


「もう一人の、あいつもあんたの事女だと思ってるぜ?」

「そうか……ヒカル」

「ん?」


振り向いたヒカルを、永夏は引き寄せた。
柔らかい胸に顔を埋め、服の上から乳首の辺りを軽く噛む。


「何?何?」

「……今夜は、ゆっくりしていかないか?」

「そういう訳にも行かないよ。もうすぐ夜が明ける」

「無理をするな。疲れているだろう?」

「疲れてるからこそ、帰りたいんだけど」


永夏は答えずニッと笑うと、ヒカルの顔を引き寄せて唇を重ねた。


「……王子様って、意外と軽いんだな」

「永夏で良い。友達を作る機会もないから、寂しいんだ。
 知り合う女性と言えば、将来の妃候補ばかりで気が抜けないし」


……ふ〜ん、つまり、結婚する前に気軽にヤれる相手が欲しいって事だな?

ヒカルはそれが悪い事だとは思わなかったが、悪びれもしない永夏を
少しからかってみたくなった。
生来の悪戯好きだ。


「じゃあ、明日の晩、また来るよ」

「それは嬉しい。菓子を用意して待っている。
 ……妖魔というのは人間の食べ物は食べられるのか?」

「うん、人間が美味いと思う物は同じように美味いよ」

「良かった。……その、もう一人のあのきれいな子、」

「アキラ?」

「アキラというのか?あの人にもお礼がしたい」


王子の、品の良い目元に好色な光が宿ったのを見て
ヒカルはひっそりと心の中で笑った。




「だから大丈夫だって。昨日だって永夏背負って高い部屋まで行けたんだから」

「永夏って……馴れ馴れしいな。相手は王女だぞ」

「おまえ、変な所で人間くさい習慣が残ってるな」

「悪かったな、昼間は普通に人間として暮らしてるもんでね」


翌日、ヒカルはアキラを永夏の元に誘ったが、
人間としての常識も身に着けているアキラには、城は敷居が高いようだった。


「おまえがあいつにどんな幻想を持ってるのか知らないけど、
 あいつだって普通の人間だよ。
 ……おまえの事、凄く気に入ってた。多分、簡単にヤらせてくれるぜ?」

「まさか」

「本当だよ。オレにまで簡単にキスしてきたし。上手くいけば、」


三人で楽しめる、そう耳に吹き込まれ、
アキラも、彼らしくない下卑た笑いを唇に浮かべた。










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