梅雨やすみ 8
梅雨やすみ 8








ってーー!何だこれ、痛い!痛すぎる!
塔矢も塔矢だよ!
今にも、馬鹿馬鹿しいって吐き捨てて、出て行きそうな顔してたじゃん!

するならするって言えよ!

っていうかするのかよ!
自分で誘っといて何だけど!


「ごめん」

「い、から、動、くな!」

「ああ、ごめん」


ああ、じゃねーよクソッ!
ボクの気持ちが分かったかとか思ってんだろう。
分かったよ!十分にな!

っつーか動くなってぇの!





無茶苦茶痛かった。

無茶苦茶痛かった……!

でも、尻に入れられるってのも……何か、興奮もして。


「……やっちゃったな」


塔矢が止まった後も、そのまま抜かれるのが惜しくて、
入れたまま自分で扱いて、すぐ射精した。

塔矢はオレがイくまで、抜くのを待ってくれた。

あの塔矢アキラが。
あの、仏頂面の。囲碁の神の化身みたいに言われてる塔矢が。

呆然と、天井を睨んでいる。
こんな塔矢見た事ないぞ。


オレは立ち上がって、這うように風呂場に向かう。
鏡で見ると、首や肩の後ろに、鬱血があった。
これ……塔矢がやったんだよな。
全然気付かなかった。

それとも、十六の塔矢だろうか……?


尻を洗って、怪我をしていない事を確認する。
意外とここって柔らかいんだな。
絶対裂けてると思ったけど。
さすが、やられ慣れてる奴は上手い。

さっぱりしてバスタオルで拭きながら出ると、塔矢が洗面所に立っていた。


「わ!びっくりした」

「悪い……シャワーを貸してくれ」

「ああ、いいぜ。勿論」


死人のような無表情の塔矢は、オレと交代で入る。

オレは服を着て、コーヒーを入れた。




ドライヤーを使って髪を整え、服を着た塔矢はもう元通り、
「塔矢先生」って雰囲気に戻っていた。


「コーヒー。飲む?」

「ああ……いただく」


それでも気不味げに、テーブルに座って。


「進藤」

「ん?」

「その……申し訳なかった。痛い事をして」


さんざん言い回しを考えました、って顔をして、平凡な事を言って。
塔矢は卓に手を突いた。


「いや。オレが誘ったんだし、そもそもオレがやってた事だし」

「……」

「良い思い、出来たと思う。お互いに。最後に」

「……」


塔矢はまた顰めっ面で黙り込んだ。
オレに弱みを握られた、とか思ってんのかな。
そんな心配、ないのに。


「……十六の」

「ん?」

「十六のボクが、キミを抱きたかったと言ったのか」

「ああ……うん」


そうだよ。
その愛情は、痛いほどだった。
自分からオレを好きになったと言っていた。

本当は痛いのは苦手なのに、オレを籠絡する為に
その体を差し出したと言っていた。

今は居ない……どこかへ消えた、十六の塔矢が、言ってたんだ。


「そうか……」

「……」


話すべき事もなくなって、また沈黙が落ちる。

前に別れた時は、自然消滅だったから。
こんな時に何て言っていいか分からない。

お互い、服も着てるし。
何も言わずにコーヒー飲んで。

その後塔矢を玄関まで送って。


  それじゃあ さよなら これきりとぉ〜、冷たく背中を向けたけどぉ〜


何故だか、前カラオケで聞いた一柳先生の歌声が頭の中で響いた。
ミラーボールの光が、ぴかぴかの頭にキラキラと反射して綺麗だったな……。


「進藤」

「え?」

「どうして、泣いてるんだ」


ああ、キラキラしてるのは、今のオレの視界か。
慌ててティッシュを取り、顔を拭って鼻をかむ。


「消えてしまった者への、哀惜って奴かな……へへっ」


照れ隠しにわざと格好付けた言い回しして、つい笑ってしまったが。


「それは……saiの事か?」

「……へ?」


問い返されて、間抜けな声が出た。

え……十六のおまえじゃなくて?
いや、確かに佐為は消えたけど、塔矢に佐為の事話したっけ?
じゃなくてネット上のsaiの話か?今?
そもそもオレがsaiと関わりがあるってのも、はっきりは言ってない筈……。


「さっき色々と思い出したんだ。忘れるともなく忘れていたけれど」

「さっき?」

「その……キミを、抱く前」

「思い出した……って」

「長い夢を、見ていたんだ。十六の頃、記憶喪失になった時」

「?」


塔矢は手の中のコーヒーカップを見つめ、一口飲んだ後
口を開いた。



……夢だと思ってたから、ずっと忘れていたんだけど。

記憶を失っている時見た夢の中で、ボクは大人になっていた。
よく覚えていないんだけれど、大人になったキミと沢山遊んだ気がする。

印象に残っているのは、雨の中、両側に鬱蒼と木が生い茂った長い長い道を、
滑るように進んでいた事。
霧か何かでぼんやりしていて、あまりにも幻想的な光景だったから、
夢だと思い込んでいた。

その夢の中でキミが言ってたんだ。
saiは、平安時代の碁打ちの幽霊で、今はもう消えてしまったって。

これも、あまりにも非現実的で……。
でも、ボクが絶対に思いつかない設定だから、長い間謎だったんだけど。



「おまえ!」


オレは思わず、塔矢の肩を掴んでしまった。
塔矢も、真剣な顔でオレを見返す。


「……もしかしてボク達は、両側に木の茂った夢みたいな道を通ったのか?」

「通った!……別に夢みたいじゃなくて、普通に舗装してある道だけど。
 ほら、箱根裏街道!」

「いや、僕自身は現実で通った覚えはないけれど」


という事は。


「おまえは、『あの』塔矢なのか?
 この時代でオレと過ごした後、自分の時代に戻ったって事か?」

「……それはどうか分からないけれど。
 キミを抱いてみたかったと、確かに自分で言った記憶が蘇って……
 それで今も混乱してる」


ああ……。
良かった!
消えたんじゃ、なかった……!

オレはまた塔矢を、思い切り抱きしめた。
塔矢は拒まなかった。

塔矢は、やっぱり塔矢だ。
『あの塔矢』と、同じ塔矢だ!


でも、という事は。


「おまえは十代の頃から、佐為の事やオレ達が二十代には別れてるって
 記憶を持ってオレと付き合ってた訳?」

「いや。だから朧気な記憶で夢だと思ってたし。
 さっき『キミを抱きたかった』という台詞を聞いて、初めて色々蘇ってきた位だし」

「そっか。……でも、『無理』って言ってた割りには、いきなりやってくれたよな」

「それは……」


塔矢は天井を眺めて、大きく息を吐いた。


「キミはいつも、ボクが何年も掛けて築いた物を、一瞬で壊してくれるんだな……」

「急に何の話だ?」

「一回でも抱いてしまったら……何もなかった振りして元に戻るなんて、無理だろ」


……ん?
どういう、事だ?


「ボクが何年も掛けて築いたオフィシャルの顔と、人生計画を、
 キミはいとも簡単に壊してくれたよ」

「えっ」

「感情を出さないようにして、自分に有利な見合いをして、強くも無い酒を
 お客さんの前では強い振りして飲んで、『完璧な塔矢アキラ』を演出していたのに」

「……」

「大体、十二歳の頃だって。ボクは生まれてからずっと努力しつづけていたし、
 向かう所敵無しで平穏に順調に囲碁界の頂点に上り詰めるつもりだったんだ。
 その自負と矜恃を、こてんぱんに打ち砕いてくれて」


でもそれって。
つまり。


「おまえの人生には、オレが必要って事だろ?」


自信たっぷりに、でも内心びくびくしながら返すと、塔矢は横目でオレを睨んで
また溜め息を吐いたが、否定はしなかった。





久しぶりに自宅で一局打った後(オレが勝った!)塔矢は荷物を纏めて
靴を履いた。
それじゃあさよならこれきり、なんて言わない。

オレ達はきっと、これからだ。


「じゃあ。世話になった」

「あ、ちょっと待って。今思いついたんだけど」

「何だ」

「もしかして、今回の記憶喪失でも十年後の自分を見たりした?」

「……」


塔矢は答えず、塔矢先生に似た、薄日の差すような笑顔を浮かべた。
半信半疑だったけど、この反応って……!


「見たんだろ?未来を。その時オレはどうなってた?
 っていうか、オレ達って」


オレ達はどんな関係になってる?
おまえの傍に、オレは居たか?


「……」


塔矢はまた無言で、悪戯っぽく笑って肩を竦めた。

そのニヤニヤした笑いは確かに、十六の頃の塔矢と、同じ物だった。






--了--





※70000打踏んで下さいました、クロさんに捧げます!
 リクエスト内容は、



「十年後の棋士同士のアキラとヒカル→アキヒカアキやヒカアキヒカ」

って、お願いしますか?
いつもそういう趣味ですね私...
でもやっばりキスケさんの十年後の彼等を見てみたいね!
現実のままでも、fantasy設定が出てもwelcome!(佐為が出た時点もうfantasyだよ!笑)


丁度小畑先生の、十年後のヒカルとアキラの絵を見たばかりで萌えていた事もあり
書いていてめっっちゃ楽しかったです。

十年後という漠然としたお題だったので(笑)最初はどうしようかな〜と思っていたのですが、勝手ながら、拙作「なつやすみ」、リクエストの「あきやすみ」の後日談という設定にしました。
一応science “fantasy”だしね!

十年とは言いませんが、何年か前の自分と、今の自分の比較という点でも
面白かったです。
二人とも(特にヒカル)ちょっと大人にしてみたつもりなんですが、表現出来てますかね。

出来れば十年後、三十六歳のこの二人も書いてみたいな。
とか思いながら、こういうラストにしました。

クロさん、わくわくするお題を、ありがとうございました!








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