あきやすみ
あきやすみ








塔矢アキラが、原付に接触されて頭を打った。
幸いにも外傷が少なかったと聞いたので、一週間もすれば対局に出てくると思っていた。
だが、二週間経っても、休場届は出されたままだった。

なーんかやな予感はしたけど。

頭を打って、記憶喪失に陥ったとの、噂。






オレの記憶が戻ってから、なんか分かんねーけど前よりらぶらぶというか、
大事にしてくれるようになって、悦に入っていたのに。
入れ違いみたいに記憶喪失になるなってんだよな。


なんて心の中でブツブツ言いながら塔矢の家に行くと、お母さんが出迎えてくれた。


「あらぁ、進藤くん。わざわざありがとう。」


まさか付き合ってる事は知らないだろうけど、ちょくちょく塔矢ん家には行ってるんで
お母さんともだんだん仲良くなってきていた。


「あの・・・塔矢は?」

「座敷にいると思うわ。上がって頂戴な。」






いつも研究会が開かれている座敷に勝手に上がると、塔矢と、芦原さんと
もう一人塔矢門下の人がいた。
何だか賑やかだ。

オレは塔矢とあかりに礼を言っとけって親に言われたから、
多分見舞いに来てくれたのはその二人ぐらいなんじゃないかな。
あ、親がシャットアウトしたのかな?
まあいっけど。


「おう!進藤くん。アキラの見舞いかい?」

「ええ。まあ。」

「楽しいぞ〜。アキラすっかり可愛くなっちゃって。」


見ているこっちが冷や冷やするほど無遠慮に、塔矢の頭をぐしゃぐしゃと掻き回す。


「やめてよー、あしわらさん。」


だが塔矢は、困ったような顔でその手を除けただけだった。
塔矢らしくないような気がするけど・・・芦原さん相手だったらこんな感じなのかなぁ。
微妙だ。

てゆうか、一見記憶喪失なんかになってるようには見えない。


「あの、しんどう、くん?」

「そう!前言ったろ?16歳のキミのライバル。」

「うん。・・・この人が。」


眩しそうに、オレを見て。
「進藤くん」かよ「この人」かよ。

やっとオレは塔矢が記憶を失っている事を、納得した。


「そんなに警戒しなくていいよアキラ。ライバルって言ってもいい友だちでもあったんだから。」

「芦原さん、塔矢どのくらい覚えてるの?」

「それが6歳くらいから後の記憶がないんだ。なあ?」


塔矢が頷く。


「でも、一度打ってみなよ。棋力は驚くほどまんまだから。
 あ、進藤くんの時もそうだったんだっけ?」

「らしいけど。覚えてないよ。」


お母さんがオレのお茶を持ってきてくれたのと入れ違いに、芦原さん達は
「ごゆっくり〜」と言って帰っていった。
お母さんも出て行くと、やっと塔矢と二人きりになれた。






塔矢は黙ったまま正座をして、庭を眺めている。

オレが記憶をなくした時、母さんのうろたえぶりったらなかったと、
後から父さんに聞いた。
塔矢のお母さんはえらく泰然としてるなぁと、さすが塔矢行洋の奥さん、と
感心したけど、その理由が分かった。

コイツ、変わんないじゃん!
こうやって見てると、前と何にも変わらない。
そんで棋力もまんまなんだったら、そりゃ慌てもしないよな。

もしかしてコイツ、6歳の時から全ての成長を碁に賭けてきたのか?


「あの・・・。」


いつの間にか塔矢がこちらを見ていた。


「打ってもらえますか。」


敬語を覚えたての子ども特有の、アクセントのない文章。
でも6歳でこれかよ。可愛くねえなあ。


「そんな丁寧な言葉使わなくていいよ。タメなんだし。」

「・・・わかりました。」


分かってねー。
でもまぁこんな塔矢も、面白いかな。
ってか、もうちょっと思い出して欲しいというか。


「ホントにオレの事覚えてないんだ?」

「はい。」


うわ。はっきり。ちょっと傷つくなぁ。


「あのさー、オレ達ってライバルで、友だちなんだけど、それ以上の関係でもあったのね。」

「?」


きょとんとした顔が可愛くて、思わず膝でにじり寄る。
腕を掴むと反射的に逃げようとするのに構わず、抱きしめる。
塔矢は少し震えた。

あー!ヤりてえ!
だってただでさえすげー久しぶりなのに!


「あの、ごめんなさ・・・。」


控えめに、でも必死で押し返す。
抵抗したってムダだよ。いつだってすぐに気持ちよくなるんだから。
勢いに任せて押し倒した。


塔矢のお母さんは、もし対局中だったら邪魔になると思うのか、
最初にお茶を持ってきてからは帰るまで絶対に来ない。


「何するの!」

「イイ事。」


畳みに散った黒髪を、撫でていると案の定大人しくなった。


「キモチいいよ。きっとすぐにオマエも思い出すよ。」


引きつった顔に、近づくと・・・
いきなり頭突きをされた!


「ってえ!」


思わず離れて頭を抱えたが、


「おかあさん!おかあ・・・。」


立って逃げ出そうとした塔矢の足に、やっと縋り付いた。
今逃げ出されたら最悪だって。


「待て!わーった!分かったから、何もしないから!」


止まって振り返り、しばらくじっとオレの顔を見て考え込んでいた塔矢は、
やはり再び


「おかあさん!おかあさん!」


とわめき始めた。マジ6歳のガキだ!


「ホントだって!冗談だって!そうだ、外で遊ぼう!公園へ行こう。」

「・・・・・・。」


塔矢は戸惑ったような顔をしている。
でも、塔矢もよく6歳のオレを公園に連れてってくれたって言うしな。
今は性欲を押さえて大人になって、オレも6歳の塔矢と遊んでやろう。
なのに塔矢は。


「しらない人についてっちゃいけないって。」

「知らない人じゃないって。」

「でも・・・。」

「だーっ。もう!」


塔矢の腕を無理矢理引っ張って、居間の方へ行き、


「おばさーん。ちょっと塔矢と公園に行ってくるね。」

「はい。よろしくね。」


お母さんの許可を得て、ようやく塔矢の顔から警戒の色が消えた。
ったく。マザコンかよコイツ。




玄関でスニーカーを履いて戸に手を掛けて振り返ると
塔矢はまだえっちらおっちら靴を履いていた。


「オマエ、靴の履き方も忘れちゃったわけ?」


軽くオレを睨んだ後


「はけるときははけるよ。だけど・・・。」


体は覚えている。
けど、頭で考えちゃうと手が止まっちまう。
そんな感じかな。

仕方ないので膝を突いて、塔矢に靴を履かせてやった。


やっと靴を履かせ終わって玄関を出て、門をくぐった所で塔矢は立ち止まる。
何だろうと思って振り返ると当たり前のようにすっと手を伸ばした。


「何?」

「て。」

「へ?」

「?」


・・・手を、繋げってか?
あまりにも塔矢らしくない行動にかなり驚いたが、考えてみればそうかも知れない。
こんだけデカい家に住んでりゃ誘拐犯に狙われ放題だし、
小さい頃は、外では常に大人と手を繋いで動くように躾けられてたのかも。

塔矢の子ども時代をちょっと垣間見て楽しかったけど、今の姿でそれはちょっとまずいだろ。
いや嬉しいといえば嬉しいかも知んないけどさ。

オレより少し背が高いのに、オレに向かって縋るように手を差し伸べる塔矢。
笑いを堪えてその手をパシっと叩き、


「今は大丈夫だよ。オマエは16歳の男なんだぜ?誰もオマエを誘拐しようなんて思わねーよ。」


塔矢は少し眉を顰めていたけど、やがて唇を引き結んで頷いた。




ポケットに手を入れて来る途中で見た公園を目指すと、塔矢は少し後ろから
てくてくと着いてきた。
手の振りが大きい。一生懸命地面を踏みしめる無器用な歩き方。
6歳ってそんなもんかも知れないけどさ・・・。

今の塔矢がやるとなんてバカっぽいんだ!
可愛いすぎる・・・!

オレは噴き出したいのと、抱きしめたいのを必死で耐えた。






「砂遊びしよっか。」


人の少ない公園。
少しぐらい変な事をしても巫山戯てるって思ってもらえるだろう。


「・・・ふくが汚れるから。」


汚れを気にするってどんな6歳よ。


「じゃあ何すんだよ。」

「・・・・・・。」


塔矢が固まる。


「・・・もしかして公園とかあんま来た事ない?」

「そうでも、ないけど。」

「何してた?」

「おかあさんときて、・・・いぬさんとあそんで。」


いぬさん・・・って犬?


「木のなまえおしえてもらった。あれ、さくら。」


得意げに葉の赤く色づいた木を指さす・・・塔矢アキラ五段。
思わず大笑いしてしまったオレをムッとした顔で睨む。
でも16歳の時と違ってそんなに怖くもねーんだよな、不思議と。


「っはっは!・・・怒るなよ〜。あ、ほら、これ見てみろよ。」


足元に落ちていた真っ赤な葉を拾って渡す。


「キレイだろ?」

「・・・これの方がもっときれい。」


負けじと別の葉を拾って見せる。
それからオレたちはしゃがみこんで、競ってキレイな葉を探した。
負けず嫌いはこの頃からなんだよな〜。
・・・オレも。


しばらくして我に返った。
真剣に何やってんだオレ。
けど、塔矢がまだ夢中になって地面を探しているのに悪戯心が湧く。
公園の隅に溜まった落ち葉をわさっとかかえ、そうっと後ろから忍び寄って
一気に振りかけた。


「?!!」

「落ち葉のシャワー。」



・・・オレは塔矢が喜ぶと思ったんだ。


でも、塔矢はびっくりした後・・・間違いなく泣きそうな顔をした。
何か・・・やりすぎたかな。

唇を震わせて、肩で息をして。
必死で涙が出るのを堪えて・・・結局泣かなかった。

塔矢って、泣くときこんな顔するんだ・・・。
それから少し気まずくなって・・・会話がなくなった。



「・・・もう、帰ろうか。」

「うん・・・。」


公園を出た所でまた手を差し伸べかけて、慌ててひっこめて顔を赤くする。
そんな可愛い姿を見るとさっきの憂鬱な空気が吹き飛ぶようで、
オレは


「よし!家まで競争だ!」


と走り出した。
塔矢は驚いた後、一生懸命ついてきた。

結局少し手加減したオレが遅れて、塔矢が少しだけ早く門にタッチ。
その直後にオレが後ろから覆い被さるようにタッチ。


「かった・・・!」


門に突いたオレの両手の間で、息を乱して真っ赤な顔をして、
それでも満面の笑みの塔矢。

ついさっき泣きそうだったくせに。

可愛くて、可愛くて。


オレは肘を曲げて、塔矢の顔に自分の顔を重ねた。





塔矢は今度は逃げなかった。
さすがに舌は入れなかった、てかオレも息が上がってて長くもしてられなかったんだけど。

顔を離しても笑っていて、抱き寄せたら驚いたことに軽く抱き返してくれて。
もう一度軽く唇を重ねて、離したらまたはぁはぁ言ってて。


セックスの後のようだと思った。



「・・・こういう事、他の人としちゃダメだぞ。」

「どうして?」

「だからぁ、オレたちはライバルで、友だちで・・・もっと特別な関係だから。」

「よく・・・わからない。」

「分からなくていいよ。そう思っててくれたら。」

「うん。」





それから家に入ると、塔矢はお母さんに


「きれいな葉っぱを見つけました。」


と、ポケットから落ち葉を出して、渡した。
オレも何となく持ってきていた何枚かの葉を出して、照れながら渡した。


「まあまあ、ありがとう。・・・進藤くんも。」


お母さんは本当に嬉しそうに受け取ってくれる。

後々、塔矢の記憶が戻ってだいぶ経ってから、きれいに押し葉にしてあるのを
見せてくれて、オレをいたく感動させた葉だ。


それからお母さんは、ふ、と目をほころばせて塔矢の背中に手を伸ばし


「これも頂いておくわ。」


小さな葉を取った。
いつ付いたんだろう。

公園で落ち葉をぶっかけた時?
さっき門の外で抱いた時、オレの手からこぼれた?

お母さんはその葉の軸を持ってくるくると回した後、オレの目を見てにっこり笑う。


もしかして、

もしかしてこの人は、何もかも知っているんじゃないかって。

オレが公園で塔矢を泣かせそうになったことを、
もしかしたら門の外でキスした事を、
・・・オレと塔矢が寝ている事も・・・

知っているんじゃないかと、少し怖くなった。






それから居間でお茶を貰って、また碁盤のある座敷に戻る。

さっきのキスで体が火照って、外で唇許してくれたんだから中だったらもっと、
と抱きしめようとしたらするっと逃げられた。


「・・・逃げるのが上手くなったな。」

「うん。」


しれっと笑う。

だんだん、見えてきた。
コイツはこーいう奴だ。

礼儀正しそうに見えて、大人しそうに見えて、
実は傲岸。実は負けず嫌い。

・・・変わってねー!



「ヤりてぇなぁ。」

「なにを?」

「何って。だから教えてやるって。」


今度こそ、腕を掴まえる。


「はなしてよ。」

「やだね。」

「おかあさんを呼ぶよ。」

「呼べば?」


まさかと思ったのにすうっと息を吸い込んで


「おか・・・!」


慌てて口をふさぐ。


「ごめん!もうしないから!そうだ、打とう。な?打とう!」

「ほんとに・・・?」

「ホントホント。」


しばらく首をかしげた後、にこっと微笑んで碁盤の前に正座した。


「おねがいします。」


・・・畜生!かわいーってんだよ!







「しんどうくんはほんとうに強いな・・・。」


碁石を片付けながら塔矢が呟く。
笑おうと努力してるみたいだけど、顔が引きつっている。
悔しいんだろうな。


「勝てると思ってた?」

「・・・あしわらさんとも、いい勝負ができた。」


確かに、強い。
でも、微妙に甘い。
それに、オレが嫌な手を打ったときに、ちょっと眉間にしわが寄るから。
勝負をわける布石を打った時とかに、伺うように上目遣いで見るから。

オレくらいオマエと打ってるとさ、ってかオマエにホ、ホ、惚れてるとさ・・・
ちょっとした表情の変化で心の中が手に取るように分かるっての。

でも少しでも気を抜いたら、きっと負ける。
今日勝ったのだって、塔矢もオレの事舐めてたのかも知れない。
用心用心。


「じぶんでおもってたより強くなったから、いい気になってた。」

「オマエは強いよ。」

「でも、しんどうくんに負けた。ライバルなのに。」



まるでオレが悪いみたいに、凄い目で睨み付ける。

でも。

う・・・わあ・・・・!
塔矢の方からこんなにはっきりオレがライバルって言ったのって初めてじゃない?

・・・嬉しい。

嬉しい嬉しい。
嬉しい!嬉しい!嬉しい!

いつも背中を見ていて、自分でも凄いと思う勢いで迫って。
だけど、そのまま抜かせると思ったら、あと半歩がどうしても追いつけなくて。
いや、追いついてるかも知んないけど、はっきりアイツの前に立つまでは、
いつまでも負けてるような気がして。


そうかー。同じ「ライバル」でも、少し前に立ってると、こんな気分なんだなぁ。

なんて気分が良くて、
なんて怖い。

オマエの気持ちが、ちょっと分かったよ。
オレは6歳のオマエに追いつかれないように、きっとこれまで以上に努力するだろう。






「邪魔するぞ。」

「おがたさん。こんにちは。」


現れた白スーツに、座り直して丁寧に挨拶する。


「進藤も来てたんだな。打ってたのか?」

「うん。でも終わったところだよ。」

「アキラ君、進藤はどうだった?」

「つよいです。」


はにかんだように笑って・・・あれ?


「どれ、見せてみろ。」

「はい。」


真剣な顔で石を並べていく。
時々挟まる緒方さんのコメントに、神妙な顔で頷く。


「この辺りはどう思う?進藤。」

「そうだなぁ、気が強い。さすがに塔矢だよ。」

「そんなこと、ないです・・・。」


・・・あれ?あれ?


さっきまであんなに悔しがってたのに?
オレの事睨み付けてたのに?

今は大人しいじゃん。
物わかりのいい子どもに戻っちゃったじゃん。


「しかしここは上手くシノがれたな。」

「そうなんだよね。予想してなかった。」


その時。

盤上に見入っている緒方さんの死角から、塔矢がこちらをちらっと見て、
ニッと得意げに笑った。


あ。


そう。
そう、なんだ。



「ここの交換は不要だっただろう。」

「はい。しんどうくんはこの時、下辺をねらってたんですか?」

「狙ってたんです。」



・・・くすくす。


なあ塔矢。


オマエが戻ってきたらさ、おかえりって言って沢山ヤってさ、
6歳のオマエがどんなに可愛かったか教えてやるよ。

6歳のオマエも、オレの前でだけ生意気で、オレの前でだけ怒って。



オレにだけ、素顔を見せてくれたって。









−了−








※40000hit 踏んで下さったLALAさんに捧げますリクSS。

  拙作「なつやすみ」を気に入って下さいまして、二人がひっくり返ったら面白そう、と
  思って下さったそうです。にゃるほど〜!
  これも面白いなぁ、と思いました。

  ということで、リクエストは「16歳の進藤と6歳の塔矢」。

  「塔矢の身体は大人のままでも子供でもいいです。」との事でしたが
  折角なので「なつやすみ」の二人のまんまで、同じ状況にしてみてます。

  ・・・似てますか。似てますね。すみません・・・。
  今回は短編ということでまんま「なつやすみ」ライト版って感じです。
  思ってらしたのと違ったら本当に申し訳なし。

  LALAさん、40000hit ゲット&申告、そしてナイスリクありがとうございました!




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