梅雨やすみ 4
梅雨やすみ 4








しかし結局その晩は、塔矢と出来なかった。

服を脱がせようと、重くなった体と悪戦苦闘してると、くすくす笑っていた塔矢が
そのまま寝てしまったんだ。

無意識だったけどやっぱり女の子の体って軽い。
全然脱がせやすい。
まあ、先方が協力してくれるっていうのも大きいけれど。

翌朝、寝乱れた髪のままに眉を寄せて


「もしかして昨夜、何か間違いがあったか」


と訊いて来た塔矢に、もう記憶が戻ったのか?と焦った。


「おまえ寝ちゃっただろ」

「ああそうか……。自覚がないまましてしまわなくて良かった」


心底ホッとしたように破顔した塔矢を見て、オレも胸を撫で下ろし、
さっきの怖い顔とのギャップに思わず吹き出す。
いや、戻ったら戻ったで良いんだけどさ。
元の関係に戻るだけだし。


「キミの今日の予定は?」

「一日オフ。何がしたい?」

「う〜ん……デート、は難しいよな、二十代の男二人と思うと」

「まぁなぁ」

「でも、僕たちって……今はどうか知らないけれど、僕の時代では
 お互いの部屋で打つか、するか、しかなかっただろ?」

「そうだな」

「だから一度、思い切り外に遊びに行きたいな」

「っつっても」


窓の外に目を遣る。
一昨昨日、塔矢が入院した時から、止んだり降ったりを繰り返している雨は
今もしとしとと窓硝子を濡らしていた。


「そうなんだよね。確かに屋外で思い切り遊ぶのは、無理だな」

「かと言ってショッピングとか映画館とかはな……」

「いいよ、別に。現代らしい映画を借りてきてくれたら、
 それをこの大画面テレビで一緒に見よう」

「うん、まあネット配信で見られるけど……」


何とか、この過去からの旅行者を楽しませてやりたいな……。
十年前にはなかったけれど、今はあるもの……。
3D映画とか良さそうだけど、映画館に男二人はやっぱり厳しいし。

う〜ん……。


「あ!」

「何?」

「あった!十年前には絶対出来なかった事。」


オレはスマホを取り上げた。





「進藤、キミ実は凄いんだな!」


塔矢に目を見開かれて、オレは思わず得意になってしまった。
いや、全然得意になる程じゃないんだけど。

オレ達はレンタカー店で、ミニバンに乗り込んでいる。
運転席に座り、エンジンを掛けたオレを見て、塔矢が珍しく
はしゃいだ声を出したんだ。

なんか……既視感。
こういう、「現代らしさ」にいちいち驚いて騒ぐ奴、昔、居たな……。


「進藤免許持ってるんだ!」

「いや、おまえも持ってるぜ?」


多分。だけど。

塔矢は昔から、オレに打て打てと迫っていた時以外は悠揚迫らぬというか
常に冷静で落ち着いて、感情を出さない男だ。
近年頓にその傾向は強まり、最近は、行洋先生みたいに憮然としたような
表情しか見ていない。

その塔矢が、同じ顔のままニコニコ笑ったり、オレを手放しで褒めたり、
なんか信じられない。
塔矢をよく知る誰かに見せたい。
出来れば動画で撮っておきたい位だけど、それはさすがに駄目だろうな。


「ぶ、ぶつかったりしないのか?」

「今まで無事故無違反だから安心しろよ」

「……ボクが口うるさいから、か?」


ああー、おまえに横でごちゃごちゃ言われたら、安全運転するしかないよな。
ま。実際は隣に乗せたの、今が初めてなんだけど。

口うるさかったのは、あかりだ。
そう言えばあかりと別れた後……あんまりドライブデートってしてないな。


「進藤?」

「ん?ああ、取り敢えず高速乗るか」

「うん。何処でも良いよ」


雨のドライブは視界も悪いし景色も綺麗じゃないし、正直好きではなかったけど
塔矢と家の外で二人で過ごせて、しかも十代の頃出来なかった経験と言えば
他に思い浮かばない。

環八通りから東名高速に乗り、西に向かってみたけど本当にノープランだった。


「どうしよう?どこに行こう?」

「僕は、こうしてキミと普通のデートのような事をしているだけで、十分楽しいよ」

「そっか。でもある程度目的地を決めないと」

「二十六歳のボクが、キミと行った事のない場所が良い」


……一緒に行った事のある場所の方が、殆ど無いんだけど。
でもそう言われると、ちょっと予定外な遠方に行ってみようかな、という気になる。


「富士山、見に行くか」

「見えるか?この天気で」

「見える所まで行くんだよ。山中湖を目指そう」


車の中で、ぽつりぽつりと思い出話やタイトル戦の話をする。
黙っていても、全く気詰まりではなかった。

車内に居ると、話さなくても隣に居る理由が要らない。
狭い空間に閉じ込められていても、全く気詰まりじゃない。

ドライブって、こういう所が良いんだなって。
他の女の子達と乗った時は考えた事もないような事を考えた。


粒が大きくなる雨。
ゴムが古いのか、ワイパーが動く度にギシ、ともググ、とも言えない音が鳴る。
時折車線変更する時の、ウインカーの音が何故か切ない。

でもこんな何でもない生活音を、塔矢と聞いているのが。
何だか不思議で、何だか楽しかった。




御殿場で降り、御殿場バイパス、霧の箱根裏街道を通って山中湖に到着する。
薄々分かってはいたけど、


「全然見えないね」

「全っっっくだな」


車を止め、富士山がある筈の方角を向いたが、白い霧が広がっているだけだった。


「……っぷ」

「くくく」

「はははっ!はっはっは!」

「あはははは」


高速乗って、山中湖くんだりまで来て。
それで全く見えないのが、あまりにも馬鹿馬鹿しくて、やたら笑えた。


「ご、ごめんなぁ。ちょっとは見えると思ったんだけどなぁ」

「いいよ別に。これも貴重な体験だ」

「そう言ってくれると助かる」

「コテージも沢山見られたし」

「コテージ?」


一瞬山荘や別荘のような物を想像してから、ああ、あの街道沿いの奴か、と思い至る。
山の中に、軒の連なった山荘のような物が現れた事があった。
町で言うならラブホテルなんだろうけど、こんな自然豊かな所に来て、
わざわざそんな事しなくても良いのに。

……と、思ったりするけれど。


「行って見る?」

「え?」

「コテージ」


景色も見えず、遊べなかったら、やっぱり、ねぇ?
このまま引き返すのも、何だし。

塔矢は少しはにかんだ笑顔を見せた後、小さく頷いた。




コテージは、ラブホテルと決めつけるのは申し訳ない程普通だったけれど、
やっぱり料金体系に「ご休憩」があるのは、そういう事だと思う。

男二人が特に見とがめられる事もなく、小さなログハウス風の小部屋に入った。
即殺人事件が起きてもおかしくないような、ミステリドラマのセットのような
典型的な山小屋。


「木の匂いが良いけど、天井低いなぁ」

「なんだか……ベッドだけが大きいね」

「だな」


そこで何となく、顔を見合わせて笑ってしまう。
塔矢はオレより背が高くて、いつも鋭い目をしているのに
こうして笑うと、本当に十六の小僧に見えて来る。


「えっと……どうしよう」

「キミ、今日はそればかりだね」


そういうと塔矢は、バスルームのドアを開けた。


「先に借りるよ」

「あ、うん」


何か……考えられない。
十六、七の頃の塔矢は、オレが拝み倒したり、半ば強引に押し倒したりで
やっとさせてくれる感じだったのに。

あの頃の塔矢と、違うのか?

いや……オレがハンドルを握った時の顔、さっきのはにかんだ笑顔、
間違いなく十代の塔矢だ。

なんか……体が大人になると、精神も大胆になったりするのかな。
オレも、そうなってる?
そんな事ない。
オレはどちらかと言うと、あの頃より臆病になったような気がする。


バスルームから出て来た塔矢は、腰にタオルを巻いただけの姿だった。

相変わらず、色白〜。
でも。

き、鍛わってる……!


「二十六歳のボクは、まめに筋力トレーニングしているようだね」

「あ、ああ」

「自分で言うのも何だけど、理想的な体だと思う」

「そうだな。細マッチョって奴かな」

「ほそまっちょ?」

「あーっと、何年か前にCMで普及した言葉かな。
 マッチョの中でも、細いマッチョとゴリマッチョって、区別するんだ最近」

「へぇ。マッチョと言う程ではない気がするけれど、『細』をつけたららしくなるね」


何だか……びっくりするよな。
塔矢の裸、何年ぶりか。
そりゃ、体型も変わるよな。

オレも生まれつき筋肉質な方だけど、身内の手伝いの肉体労働くらいで
計算して鍛えてる訳じゃ無いから塔矢みたいなきれいな筋肉はついてない。

オレは隠れるように、バスルームに向かった。






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