梅雨やすみ 3 体は打ち身程度なので、二日後退院と聞いてオレは急いで部屋に戻った。 この部屋は元々あかりと暮らすために借りた部屋だ。 出て行った後も、それなりに痕跡は残ってる訳で。 歯ブラシとかお揃いの食器とかは持って行って貰った、よな。 この可愛いテーブルは仕方ないか。 置きっぱなしのDVDとか雑誌とか、ないよな? 苺のベッドカバーは不味い! 急いで隠して、明日一番にシックなのを買ってこなきゃ。 ……なんか。 十六歳の塔矢って、あんなだったかなぁ。 本人も普段じゃないって言ってたけど、まかり間違っても あんな事を言うタイプに見えなかった。 常に凛としてて、清潔で。 そんな塔矢を汚す事に、当時興奮してた事も確かだけど。 この部屋に来るって事は……久しぶりに、する、のかなぁ。 最後にしたの、いつ? 十八歳くらいか? 当時の塔矢は、女の子みたいで色白で華奢で、今思っても可愛かったな。 二十六歳の塔矢の体。 想像出来ない。 って言うか、今更男と、出来るか……? 翌々日、約束通り塔矢は、入院の用意が入ったバッグをそのまま持って オレの部屋に転がり込んで来た。 お母さんや門下の人にどう説明したのかは知らない。 いい年をした男が二人、広くも無い部屋に同居するってのが、 どんな目で見られるかと思うと怖くて想像もしたくない。 まあ、記憶喪失のせいだと言えば、さほど騒ぎにもならないだろうけど。 「へぇ……思ったより良い部屋だね」 「仮にもタイトルホルダーだぜ? まあ、タイトル獲る前から住んでるけど」 「若い男の一人暮らしって言ったら、1k位かと思ってた」 「いや、それは」 女と棲む事前提で選んだ部屋だから。 とも言えず、言葉を濁す。 「ベッドも広い」 「つってもセミダブルだよ」 おまえの為だよ。 ……って嘘でも言えたら良かったんだけどな。 何となくおまえには嘘を吐きづらいんだ。 佐為の事を隠す苦しさ。 あかりの事で嘘を吐いた後ろめたさ。 それがトラウマになっているのか、今でもおまえには出来るだけ嘘を吐きたくない。 と思ってしまう。 「安心したよ。ボクが暮らしても、全然余裕だね」 「まあな」 頷くと、塔矢は微笑んでオレのベッドにそっと横たわった。 きれいな髪が、さらりと垂れる。 昨日までは思わなかったけど、やっぱり……どこか幼いな。 ちょっとした言葉遣いや、やる事に違和感がある。 現在の姿と比べると。 それとも、オレが見なくなっただけで、プライベートでは今でも こんな奴なのかな。 どうだろう。 「そうだ」 オレの感慨深い視線に気付いたのか、塔矢は足で弾みを付けて 起き上がった。 「お昼どうする?」 「自堕落に生きるんだろ?」 「だとしたら?」 「セブンイレブン!」 オレが指を立てると、塔矢は腹を抱えて笑った。 「変わってないなぁ!キミは!」 「いいだろ、別に」 以前なら、コンビニ弁当なんて絶対許してくれなかったと思うんだけどな。 やっぱどこか年上扱いしてるのかな? 「目立つからオレが買ってくるよ。 鮭定食好きだったよな?鮭弁当で良い?」 「うん、何でも良いよ。良ければ今の僕の好物を買ってきてよ」 って言われても知らないって。 まあ人の好みなんてそんなに変わらないだろ。 「じゃあ鮭弁当」 「やっぱりか」 また笑い出した塔矢を残し、オレはコンビニに向かった。 晩飯と酒、明日のパンや飲み物も買って帰ると、塔矢は物珍しげに PCを見ていた。 「おかえり。これ……パソコンだよね?」 「あ?ああ、そうだよ」 「モニタが薄いね」 「十年前って、まだブラウン管だったっけ?」 「液晶もあるけれど、もう少し分厚いし……縦横の比率が違う」 「ああ、そう言えばそうだったな」 塔矢は今度はTVを指さして、 「これはテレビだろ?」 「うん」 「部屋の広さに対して大きいな……それにつやつやしてる」 「ああ……昔より全般的に大型になってる、かな」 「こんなの初めて見た。液晶テレビと言えば画面がマットじゃないか?」 「ん〜、そういうのも今もあるよ」 「人の顔が横長になったりしないの?」 「いや……あ、地デジって知ってる?」 「そうか!今は地上波デジタルが実現してるんだ!」 TVを点けてやると、塔矢は画面が綺麗だと、データが凄いと、 はしゃぎながら見ていた。 なんか、タイムマシンというよりは浦島太郎だな。 十年前、六歳の塔矢を可愛いと思ったように。 今、十六歳の塔矢を、可愛いと思い始めている。 オレ。 「そうだ、これからしばらく、キャンセル出来る仕事はキャンセルしたぜ」 「ボクの為に?」 「勿論!思いっきりだらだらしようぜ」 「……」 手放しで喜ぶと思ったのに、塔矢は何故か俯いて考え込んでいる。 「どうした?」 「その……僕の為に、申し訳ない。 いつも碁の仕事と勉強だけは疎かにするなと、自分が言っているのに」 「ああ、大丈夫だよ。おまえのお陰で今は真面目に仕事してるし多少は問題ない。 偶の梅雨休みだよ」 「そう、か……」 塔矢は自分の欲望と、オレへの義理の間で揺れ動いているようだったが、 「自堕落に生きるんだろ?」の一言で、吹っ切れたように微笑んだ。 「そうだ、キミの携帯見せてくれないか。 何だか、大きくて平たくて、変わった形をしているようだけど」 現代の事や皆の近況を話したり、何となく打ったりしている内に夜になる。 オレは塔矢に酒を勧めた。 なんか、酒の力を借りないと、出来そうにない。 「いや、ボクは」 「もう未成年じゃないんだぜ? それに、おまえ結構酒好きだし、強いから大丈夫だよ」 「そうなんだ……二十六のボクは、酒に強いんだ……」 「ああ」 噂で聞いた程度だけどね。 取り敢えずチューハイを勧めると、ジュースみたいだからか、 美味しそうに飲んでくれた。 それでも杯を重ねると、だんだん目がとろんとして来る。 口数が少なくなり、「ふぅ、」と幸せそうに溜め息を吐く事が増えてきた。 「なぁ……進藤」 くたりと、寄りかかってくる。 その睫を伏せた顔は少し女性的で、こうして見るとやっぱり とーちゃんよりかーちゃんに似てる、と思ったりする。 「うん……」 「二十六の僕は……どうだった?」 「どうって」 「その、少しは上手くなってた?」 「え、何が?」 「……H」 オレは飲んでたビールを、ぶっと吹いてしまった。 「わ!何するんだ!」 「ご、ごめん、」 慌てて布巾で拭いて、その布巾が苺柄だった事に気付いた。 いや、今はそんな事はどうでも良い。 「いや、こちらも悪かったかな。 何て言うか……いつも完全に受け身で悪いなって思っては居るんだ」 「それ、十六歳のオレに伝えてやってよ」 「うん。そうすれば良かったな……」 ちっ! しまった……また失言だ。 どうしてオレは、何度も同じ失敗を。 だが。 「四捨五入して三十ともなれば、相当変態的というか、ディープな事を してるんじゃないかと思って」 上目遣いの悪戯な笑顔で言われて、オレはまた吹き出した。 「別にそんな、変わるもんじゃねーよ」 何だかオレまで十六の頃に戻ったみたいだな。 「そうなの?この十年、倦怠期とかなかったのか?」 「うーん……」 何と答えて良いか分からなくって。 オレはそのまま、塔矢を押し倒した。
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