或阿呆の恋愛
或阿呆の恋愛








一、珈琲


塔矢との初デートは、棋院の最上階だった。


もうだいぶ前から見つめ合っては目を逸らすという事を続けていて、
どちらが先に好きになったのか分からなかったけれどそれでも
自分が相手を好きなんじゃないか、相手が自分を好きなんじゃないか、
そんな思いは願いから確信に変わり。

対局の後、待ち伏せをして出てきた所で掴まえて、
勢いに任せていきなり告ったけど、塔矢も今更、というかやっと、と言った感じで
照れくさそうに頷いてくれた。


そのまま二人で暖かいコーヒーを買って、最上階に行った。
廊下の端の窓から、赤くて大きな太陽が落ちていくのを並んで眺めた。

涙が出そうだった。





二、精神愛


相手が男ってだけで絶望的な恋だと思ってたのに、こんなことってあんだな。
しかも相手は「あの」塔矢アキラ。
ってったら、


「ボクだって『あの』進藤ヒカルが、ボクなんかの事を好いていてくれたなんて、夢みたいだよ。」


だって。嘘みてえ。


オレ達は機会を作っては二人きりになり、色んな事をしゃべった。
お互いの子どもの頃のこと、両親のこと、お互いの門下の事、
面白かった映画、印象に残っている音楽、感動した風景。

オレ達はお互いの全てを手に入れたかった。

相手が女の子だったら、もうそろそろチュウしたり、色んな事が出来て、
そんな方法で相手を手に入れる事が出来るような気がするけれど、
オレ達は男同士だからそれが出来ない。

だから、お互いの過去や、思い出や、心の中にある碁以外のものも
全て共有しようと思った。

同性同士の恋愛がタブーだっていうの、分かるよ。
大好きな相手が目の前にいても、話すことしか出来ないなんて。
切ねー!
ああ、塔矢が女の子だったらなぁ・・・。






三、母



「そんなに塔矢くんと仲いいの?」

「うん。いいよ。」


オレの荷物を詰めながらお母さんが訊いてくる。
明日から、塔矢と初めてのお泊まりデートなんだ。


「良かった・・・。」

「なんで?」

「あんたはもう学校に行ってないから、これから新しく友だちが出来ないんじゃないかって
 心配してたのよ。」


うーん、友だち、というか彼氏というか。彼氏?変だな。
でも母さん。
オレ、高校に行って百人友だちが出来るより、塔矢一人と仲良くなれて嬉しいんだよ。





四、旅路



「よっ!」

「やあ。」


駅で手を振る、白いシャツ。
オレはジーンズにリュックで、塔矢はスラックスにボストンバッグ。
友だち同士には見えないだろうな。
けど、恋人同士にはもっと見えないと思う。

本当は、見せびらかしたい。

この人はオレのもんだって、この場で大声で叫びたい。

なんて、ちょっと危ないオレ。


電車の中でも夢見心地だった。
目が合うと、訳もなく微笑んでみたり。
行った先でも一応観光地回ったけど、目に入るのは塔矢の顔ばかり。

あーあ。バッカみてー。
でも元々バカのオレより、塔矢の方が絶対きついよな。
思いだし笑いみたいに口元を綻ばせながら景色見ている塔矢なんて
市河さんあたりが見たら幻滅するだろうな〜。
いや、もしかしたら嬉しいか?

・・・少なくともオレは、嬉しい。

見知らぬ街角でソフトクリームを買って、二人で立ったまま食べた。
夢のような一日だった。






五、仲居


日が暮れて、旅館に入った。


「こちらでございます。」


仲居さんが色々と話しながらお茶を入れてくれる。


どちらからいらっしゃったんですか?

まあ、東京ですか。

多いんですよ。近頃関東の方。

学校のお友だちですか?

卒業旅行?

今日はどちらを回られました?

それでしたら明日は・・・。

浴場はほら、正面の階段がありましたでしょう、あの脇を・・・。

カラオケもございますよ。


って、いーんだけどさ。
早く二人っきりにしてくんないかなーっての!
二人きりになったら、人目を気にせず見つめ合ったり、微笑み合ったり出来る。






六、入浴


それからオレたちは、二人で風呂に行った。

男同士で風呂に入るなんて、修学旅行とかでも何回も経験してるのに、
塔矢とってだけで、凄くどきどきする。


「な、なんか照れるよな。」

「うん・・・。」


服を脱ぐ手が、少し躊躇う。
でも、塔矢の事全部見たい。
オレの事も、全部見せたい。


塔矢の裸は、男なのに凄く凄くキレイだった。
特に背中。
白くてなめらかで、薄い脂肪の下の薄い筋肉がなまめかしい。

そしてその下の尻。
相手が女の子なら分かる。
だけど、どうして何も出来ないって分かってるのにこんなに目が行っちゃうんだろう。
塔矢がもし足を開いてくれても、そこにはオレと同じものしかないのに。

と思いながら見ていたら塔矢も体を捻ってオレの体をじっと見ていた。
恥ずかしかったけれど、嬉しかった。
でもあんまりじろじろ見つめ合ってるとホント変だから、慌てて浴場に行く。






七、Cassiopeia


体を流して並んで風呂に浸かると、しみじみと暖かさが広がっていい気分だった。
只でさえ風呂に入った時ってのは幸せなのに、塔矢が、塔矢の体が、隣に。
二人で体育座りして、肩が触れ合いそうで・・・。

もしかして今人生で一番幸せな瞬間かも。


「進藤。」

「ん?」

「・・・幸せだね。」

「・・・・・・。」


同じ事を思っていたのが照れくさくて、オレは平泳ぎをして反対側まで行った。
そして振り返って・・・今他の人が浸かってないのを見て、慌てて犬かきで戻った。


「うん?」


向かい合った塔矢が微笑みながら首を傾げる。
横の髪の先が、湯に浸かる。


「あの・・・。」


何てったらいいのか、分からなくて。
でも、何か言いたくて。


「・・・おまえ、肩の後ろに黒子がある。」

「え?」


振り返る。
反対側の肩が上がる。
鎖骨から首の筋が浮く。
頸動脈がさらけ出される。


・・・抱きしめたい・・・。


けれど今はダメだ。
代わりに塔矢の背後に回って。


ここと、ここにも。
これは小さい。


「キミだって結構背中に黒子があるよ。」


塔矢がくすくす笑いながらオレの背後に回って、ここと、ここと、と指で触れる。


ここに大きいのが。
ここと、ここと・・・。
ああ。カシオペアだ。


くすぐったくって、塔矢の指。
もっと触って。もっと触って。

オレの心の声が聞こえたかのように、掌がぴたりと背中に当てられる。
でも、やっぱり、あんま近づくとほらおじさん見てるし、それにあの、


「ごめん、もう出ようか。」

「うん。」

「その・・・ヤバい。」

「湯当たりしそう?」

「もそうだけど・・・勃っちゃいそう。」


塔矢はちょっと驚いた後、赤くなって笑った。


「・・・実は、ボクもだ。」


そしてそのまま俯いた。


「・・・切ないね。」


そう。いくら興奮しても、相手が欲しくても、
手に入れることが出来ないから。
行き場のない、肉欲。






八、食事


夕食は部屋で、魚を中心にしたゴージャスなもんで(塔矢は旅館だったら普通だろうと言っていた)
鍋に火を点けたり色々世話を焼いてくれる仲居さんが出て行ってからは
塔矢と嫌いな物を交換し合ったり、箸で食べさせて貰ったり・・・
ホントに新婚さんみたい。
満足。満腹。



それから、やっぱり碁を打った。

打っている間に仲居さんが食器を下げて布団を敷いてくれた。






九、碁


「ありがとうございました。」

「ありがとうございました。」


頭を下げてから目を見合わせてニヤリと笑う。


「キミ、ボクに勝たせようとしただろう。」

「おまえもな。」


それからプッと噴き出す。
いくら仲良くてもそれはやりすぎた。
プロ棋士同士とは思えないほど酷い碁だった。


「仕事の手合いか碁会所だったら絶対手加減しないんだけどね。」

「オレだって遠慮なんかするもんか。」


それから石を片付けてオレ達は・・・抱き合った。







十、情欲


塔矢のぬくもり、塔矢の肌。
浴衣越しに感じているのがもどかしいほどだけど、脱がせる訳には行かない。

こんなに好きなのに。

どうして、塔矢は、女じゃないんだろう。
どうして、オレは、女じゃないんだろう。

行き場のない情欲。
手を繋いで肩に頭をもたせかける。


「あー・・・・・・、おまえの中に入りたいな。」

「・・・うわ。進藤、キミ凄い事言うね。」


うん・・・。ごめん。変な事言って。
でも、正直な気持ちなんだ。


「そうだね・・・。ボクが女性だったらね。」

「オレが女でもいいな。」

「そうだったら、ボクは絶対キミと結婚する。」

「うん。」

「ボクが女性でも、何が何でもキミの所に嫁に行く。押し掛け女房でも。」

「うん・・・うん。」


こんなに愛しいのに。

どうして、オレ達は一つになれないのかな。
どうして、混じり合ってしまえないのかな。


「塔矢・・・結婚出来なくても、ずーっと一緒にいような。」

「ああ。一生だ。」

「うん。一生。・・・死が二人を分かつまで。」

「死んでも、」

「ん?」

「生まれ変わっても。」

「うん・・・。」


ありがたすぎて、嬉しすぎて、言葉が出ない。
塔矢、生まれてくれてありがとう。
オレの前に現れてくれて、ありがとう。
オレを好きになってくれて、本当にありがとう。


「・・・どうしたの?」

「嬉しくて。」

「うん。」


塔矢も、ぎゅっと目を閉じて、もう一度力一杯オレを抱きしめてくれた。






十一、接吻


顔を上げると、目の前に塔矢の唇があった。
ごくり、と自分の喉が鳴る。


「塔矢・・・。」

「うん?」

「オレ達はその、セックスは出来ないけれど・・・、キスなら出来る。」


いくら好きでも、男と唇とくっつけるのはどうかと思わなくもないけど、
塔矢の唇を見ていたら、凄くキスしたい、と思った。


「いいのかな。」

「どうだろ。」


男同士でキスなんかして、いいのかなぁ。

オレ達はしばらく見つめ合って考え込んだ。
でも、考えていながら、もう、答えは出ていた。
そうするしかないと。


「しようか・・・。」

「うん・・・。」


息を詰めて、顔を近づける。
近づいて、唇が触れたとき、塔矢の唇は震えているようだった。
でももしかしたら震えていたのはオレの方かも知れない。


生まれて初めて味わう人の唇は、柔らかくて、暖かくて、
もう離れられないかと思うほどだった。

しばらく押しつけ合った後、驚いた事に、塔矢の舌が・・・唇の間からぬるりと入り込んできた。
一瞬ひいたけど、何回も歯を舐めてくるのに負けて歯を開くと、
オレの舌を探すように口の中を動き回るのが・・・その内快感になってきて。

そうか。
オレ達が混じり合うにはこれしかない。

これがオレ達の。


と思うと、知らない間に処女を失っていたような?何か変な感じがしたけれど、
オレも塔矢の口の中に自分の舌を突き入れた。






十二、約束


それから、オレ達は手を繋いだまま横になった。


「・・・来世では、ボク達が男と女だったらいい。」

「そうだな。会えるかな。分かるかな?」

「分かるさ!絶対。」

「でも地球には50億の人間がいるからなあ。あ、いいこと思い付いた!」

「何だ?」

「もし、死んだ後、神様に次何に生まれ変わりたいか訊かれたら、」

「訊いてくれるのか?」

「分かんないけど訊いてくれたら、イリオモテヤマネコって答えようぜ!」

「イリオモテ・・・?」

「うん。西表島にしかいない天然記念物。」

「ああ、」

「狭い島だし、数も少ないはずだから絶対出会えるよ!」

「・・・そうか。出会ったらこっちのもんだな。」

「そうそう!」

「でもまた・・・オス同士だったらどうしよう。」

「そん時はまた約束すればいいんだよ。」


来世でまた会おう、と。


「でも、キミと出会ったらボクはきっとメスと結婚できないよ。」

「オレもだ。」


遠い南の島の、数少ない野生動物が。
オレ達の恋の為に絶滅の危機に瀕するのはちょっと申し訳ない。


「・・・やっぱりイリオモテヤマネコはやめて、人間にしよう。」

「そうだな。」

「そして、また碁を始めて、プロ棋士になろう。」

「覚えてるかな・・・?なれるかな・・・?」

「なれるさ。キミとボクなら。」

「外国に生まれたらどうする?」

「それでもその国のプロ棋士になって、どんどん強くなればいつかは出会える。」


早ければ北斗杯で(その頃まだあればだけど)オレ達は出会い、
言葉が通じなくても、きっと恋に落ちるんだ。



もしかしたら今出会ったのも、前世からの約束なのかもしれない、
なんてちょっと思った。








−了−







※50000hit 踏んで下さったカザミンに捧げるリクSS。努力だけ認めて下さい。
  なんかもう、有り得ない感じですが、リクの内容が内容なので・・・。
  すみません。もう。許して下さい。てか絶対いぢめだと思いました。(笑)
  長かった・・・・・・。何回泣きながら土下座しようかと思った事か。
  機会があれば是非再挑戦させて下さい。

  「或阿呆の一生」のパロちっく。ホンットにコイツらアホ・・・と思った・・・。私もな・・・。
  でも意味はありません。カザミンが芥川好きだって話も聞いたことないし。
  元ネタ知ってたからと言って面白い所も何もないし。
  ごめんなさい。あと気が触れた訳でもないのでご心配なく。
  さて肝心のリクは


    「乙女ヒカルと乙女アキラのラブラブ。
    ヒカアキでもアキヒカでもOK。
    そして乙女の解釈は自由なれども、ちゅーは必須で!(笑)」

    ちゅー好きやねん!(叫び)



  との事。叫ばれた。
  カザミンのオーダーには本当に悩まされるのですが、これは最強ですかね。「乙女ラブラブ」て。
  まあ結局、純情でお互いが大好きで、だけどそれを昇華出来ない二人にしてみました。
  なってるか?
  
  リクを頂かなければ絶対思い付かなかったであろうタイプの二人が書けて嬉しいです。
  あと今回のリクで、怖いモノはなくなりました。
  どんなリクでもどーんと来い!


  カザミン50000打申告&味リクありがとうございました!



※追記 この二人の続き、「或阿呆のその後」をカザミンが書いて下さいました!
  ジャンクの二人と出会ったアキラさん、そしてエロ(笑)。是非ご一読↓



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