棋士・伊角慎一郎の日常 3 大手合いの昼休みはこの数週間、院生時代の知り合い何人かで 近所の蕎麦屋に行くのが恒例になっている。 でも今日は冴木さんは芦原さんに連れて行かれてしまったし、和谷は 昨日実家に泊まったらしく、弁当持ちだった。 だから珍しく、進藤とオレだけで昼食に出掛ける。 ところが丁度注文した頃、店の入り口から塔矢が入って来るのが見えた。 珍しい。 彼は昼食は摂らないと聞いていたが。 「あれ?塔矢?」 進藤が大きな声を出す。 塔矢はこちらを認めて近づいてきた。 「進藤、リュック」 「え?」 「邪魔だろう、こっちにまとめて置くよ」 四人掛けの机に、向かい合って座ってそれぞれ隣の席に荷物を置いていたのだが 塔矢も座るのなら一つは空けなければならない。 そしてこの三人の関係で、塔矢が後から来るのなら当然 進藤の隣に座るべきだろうと思ったのだ。 ・・・それに、そうでなくても・・・。 塔矢は席までやって来て、それでもまだ戸惑っているようだったが オレが「どうぞ」と進藤の横を指し示すと安心したように、だが浅く 腰掛けた。 「・・・今日は珍しいじゃん?」 「え?」 「いっつもオマエ、昼メシ食わねーじゃん」 「ああ・・・実は朝食欲がなくてあまり食べられなかったもので、 軽い物でもお腹に入れておこうと思って」 「そうなんだ」 「お邪魔するつもりじゃなかったんだけど、以前キミがここが美味しいって 言っていたから・・・」 「ああ、」 どことなくぎこちない会話を、微笑ましく思いながら見る。 多分、ではあるが、進藤は塔矢と友だちになりたいのだろうと思う。 だからマクドナルドに誘った。 でも碁以外の、友人としての会話には全く慣れていない様子が伺い知れた。 きっと二人が一緒に食事をしたのは実はあれが初めてだったのだ。 オレにとっては偶々寄った若手棋士が一緒にハンバーガーを食べただけの 何気ない日常の一コマだったが、彼等の関係の中では恐らく歴史的な一ページだったのだろう。 そしてそれに応えた塔矢もきっと進藤と・・・。 あの時、進藤が迷った末塔矢ではなくオレの隣に座ったのは 塔矢にとっては多少心残りだったのではないか。 後で気付いて少し気になっていたのだ。 あれ以来、彼等は一緒に食事が出来るような仲になっただろうか。 なっていたとしても隣同士に座った事はないだろう。 目の前の二人の、十センチの距離。 少し肘を張れば当たってしまうだろうが、きっと最後まで触れない。 最大限に気を使い、離れないように、近づかないように・・・。 進藤がオレの考えを見透かしたように、照れ笑いを浮かべながら 塔矢を見た。 「あの、こうやって並ぶの初めてだよな?」 「え?」 「いや、碁会所ではいっつも向かい合わせに座ってるし」 「あ、当たり前じゃないか」 「だからさ、この立ち位置珍しいと思って、」 座ってるじゃないか、とつっこみたかったが噛み殺した笑いと共に飲み込む。 いつもソツのない塔矢、誰に対しても傍若無人な進藤。 でもお互いに対してはこんなに不器用なのが、やはり・・・微笑ましかった。 そして少しだけ緒方先生を思い出した。 「・・・オレはな、自分の欲望には忠実なんだ」 「そうなんですか?」 例によって緒方先生のマンションで酒を飲んでいる。 この人の前では思う様飲めるし、遠慮なく煙草も吸えるからか 近頃居心地が良くなって来てしまった。 「ああ、だからオマエが喫煙しようが恥ずかしい格好をして公道で迷惑行為を重ねようが 何とも思わん。オレに迷惑を掛けたら別だが」 「だから。族はもう完全に抜けましたって」 過去を知られているのも、重荷ではなくなりつつある。 彼は他言しない、というのが分かってきたし、恥ずかしい言葉だが何だかんだ言って あれはオレにとって「青春の一ページ」というものではあった。 そんな自分を知ってくれている人が一人だけいるのも悪くない。 「まあ、とにかく出来る時はやりたい事をやれって事だな」 緒方先生は一人で悦に入ってうんうんと頷いている。 でもオレは、頷けなかった。 昼間、少しだけだが塔矢と進藤の仲を取り持つような気持ちになってしまって何だが、 緒方先生が塔矢に特別な感情を持っているのは間違いない、と思う。 本当に欲望に忠実なのなら、オレなんか呼び出してないで 塔矢を押し倒すなり何なりすればいい。 力ではまず負けないだろうし、塔矢もあの年で男に強姦されたなどと まさか親に泣きついたりはしないだろう。 と、つい思ってしまうのだ。 あまりにも他人事で、刹那的だと自分でも思うが。 日常では出さないようにしているけれど、何事も暴力で解決したくなるというのは まだ族の頃のクセが残っているんだろう。 気を付けなければ。 「そうだ、」 「何だ?」 ふと気になっていた事を思いだした。 「あの、失礼ですが緒方先生・・・この部屋に女性がよく来るんでは?」 「何故だ」 「いや、だとしたらこんなにしょっちゅうお邪魔していたら迷惑かと」 「気にするな。オレが呼んでいるんだから」 いやまあそれはそうだけれど。 結局、女性がいるのかどうかははぐらかされた。 でもこれも間違いないと思う。 以前毛布を探しに寝室に入った時、リビングとは対照的にそこだけ妙に暖色系というか 女性好みのファンシーな色合いが取り入れられていて少し驚いたのだ。 探しながらクローゼットを開けた時に、女物の服も何着か掛かっていた。 香水の匂い。 水商売の人が着るような派手なものだった。 かと言って茶碗が二つあるとか、他に女性の匂いがする場所はない。 だから完全に一緒に暮らしているという訳ではないだろうが、少なくとも ここの寝室で着替える程の仲の人という事だ。 何度もこの部屋に来て、色々と話を聞いているが結局 緒方先生自身については未だに謎が多い。 見た目ほど怖い人ではないという事。 見た目ほど強い人でもないという事。 女性の影が見え隠れする事。 ・・・塔矢アキラに特別な感情を持っている事。 分かったのはそれ位だが、でもいずれもオレにとってどうでもいい事だ。 塔矢の件も押し倒せばいいなんて余計なお世話で、特にそんな欲望は 持っていないのかも知れない。 最初に触られた時の曖昧な印象からの憶測だ。 もしかしたら完全にオレの妄想かも知れない。 『アキラは・・・どんどん美しくなる。これからもどんどん強くなるさ。 オレなんか置いてな・・・』 ただあの時、微かに泣いているように見えたのは気のせいではないと思う。 次に塔矢アキラに出会ったのは、またしても棋院のエレベーターだった。 その頃には彼は王座リーグの最終予選を控えていた。 「やあ」 「こんにちは、伊角さん」 知り合いの知り合い、に過ぎなかったオレの名前まで覚えてくれる気配り。 いや、進藤の友人だからか? 「あれから進藤と打ってる?」 「ええ・・・進藤は何も?」 「ああ、キミとの事は奴は内緒にしたいみたいだ」 「ははは、相変わらず喧嘩ばかりですけど」 塔矢とプライベートで打っている事が重要なのではない。 それを進藤が友人にも隠したがっているという事が大事なのだ。 森下先生云々、というのは言い訳だろう。 それならば既に知っているオレに隠す必要はないから。 少なくとも進藤にとっては、それはとてつもなく大切で貴い時間なのだ。 誰にも知られたくなくて、誰にも邪魔されたくない程。 「あの・・・」 「うん?」 「だいぶ以前話した、今の環境に恵まれていなければ 今の塔矢アキラはなかったというお話なんですが」 「ああ、」 覚えているかどうか確かめるような口の切り方だったが、印象的な会話だったから 忘れられる筈がない。 あの時塔矢は、関係ないと、どんな環境にいても今の位置を手に入れていると 言い切った。 「何か心境の変化でもあった?」 「いえ、言った事を取り消すつもりはありませんが」 「うん」 「ただ・・・進藤に関しては。 彼がボクがいなければ今の彼はなかったと言ってくれたように ボクも、彼がいなければ今の自分はなかったと思うんです」 「・・・・・・」 「棋力とかそういう事とは別の部分だと思うのですが」 ・・・それは。 気付いていないのかキミは。それは、熱烈な・・・ 「・・・進藤に、直接言ってあげたら?」 塔矢は・・・驚いた事に、見たことのないようなはにかんだ顔をした後 頬を染めて怒ったように「出来ません」と言った。 そんな塔矢を見られた事が何だか嬉しい。 そしてそんな顔をさせられる進藤が少し羨ましかった。 それからしばらくして、九星会の集まりというか飲み会に誘われた。 九星会と言えば、族の集会の時に何かの拍子に間違えて口走ってしまい アキラに極道と間違われたものだ。 タカハシ先輩がまた面白がってシンは盃貰ってるからなどと言ったので アイツはしばらく本気にしていた。 いや、もしかしたら今でも信じているかも知れない。 もうすっかり足を洗っているしこの所記憶に上る事もなかったが、 ちょっとしたキーワードでまたそんな一場面を懐かしく思い出してしまった。 「ちょっとぉ、慎ちゃん飲んでるぅ?」 「桜野さん、コイツ弱いんだからあんまり絡んじゃダメだよ」 「そおぉ〜?どう?ハタチになったんだっけ?まだ?」 苦笑しながら曖昧に首を振る。 本気で飲めば桜野さんより強いと思うが、今の所人前でそんなに飲むつもりはない。 何を口走るか分からないからだ。 緒方先生の前でもまだ失敗した事はないが、彼となら安心して飲める。 万が一族言葉が出ても大丈夫だから。 そういう訳で、結局その集まりは一次会で失礼した。 実は全然飲み足りない。 こんな日こそ緒方先生に呼んで欲しかったが、オレの携帯は沈黙したままだった。 一人で新宿の町をあてもなくぶらぶらと歩く。 赤い顔をしたサラリーマンの集団。 手あたり次第に女性に声を掛けまくっているホスト。 法被を着た客引きの怒鳴り声。 カタコトの日本語で何か言っている外国人の女性達。 袖を引かれるのが鬱陶しくなって人を避けるように裏道の方に向かう。 一人でこんな所に入るのは少し危険かも知れない、とも思ったが 誰か喧嘩をふっかけてくれないか、という凶暴な気持ちもあった。 だがそんな事を思っていると逆にトラブルというのは近づいて来ない物で。 特に面白いこともないままに、二丁目界隈と言われる場所の縁に来た。 オカマバーだの、男同士の二人連れだのが目に付き始めて苦笑しながら 踵を返そうとした時。 どこかで怒声がした。 野次馬根性というか、血が踊るというか。 喧嘩なら飛び入り参加するつもりでそちらに向かって駆ける。 それは公園の入り口付近、遠巻きの人垣。 真ん中にいかにも粋がったガキ三人と、蹲っている派手な人物がいた。 一見して、喧嘩というよりはリンチだと思った。 「キモいってんだよ!」 「殺すぞコラァ!」 ・・・運動不足と暇を持て余したガキが、「オカマ狩り」にでも来ているのだろう。 座り込んでいる人物はショッキングピンクのワンピースを着ているが、 ストッキングの破れた足はごついし脱げたハイヒールは大きい。 頭を抱え、丸まって蹴られるに任せ、嵐が過ぎ去るのを待っている。 男のくせに情けない、と思う。 けれどそれは本人にしたら見当はずれの非難なのだろう。 自分では女のつもりなのだから。 だからオレはこういう輩には関わらない。 やる気のある喧嘩なら弱い方、状況が見えるなら理のある方に加勢したりするが こういう場面でヒーローみたいに助けに入るなんてバカみたいだ。 だからただ腕組みをして、暇つぶしに見学をしていた。 その内ガキの一人のスニーカーが男のスカートの裾に引っかかって「ビッ」と裂けた時 それまで大人しくしていた男が、不意にキレた。 凄い目をして顔を上げ、ガキたちを睨め付けたのだ。 「・・・何すんのよっ!」 「な、なんだよ」 「見ろよ、睫毛キモッ!」 化粧は濃いが、元々の色も白そうだ。 泣いていたらしく頬が涙でぐしゃぐしゃに濡れている。 溶けたマスカラが幾本もの黒い筋を描き、ガキの言う通り落ちた付け睫毛が 変なところに貼り付いていた。 真っ赤な口紅の間から、食いしばった歯が見えている。 やがて、 「なによ・・・」 「?」 「アンタたちに、何が分かるってのよっ!」 野太い声に、ガキ達が一瞬後ずさる。 だがすぐにゲラゲラと笑い出したので男のボルテージは一気に上がった。 「アンタたちは、アンタたちは、」 立ち上がろうとしたが履いていた方のハイヒールも踵が取れていたらしく ぐらりと揺れてまた膝をつく。 その呂律からして相当酔ってもいるらしい。 「んだよこのカマ野郎!」 「死ねやコラァ!」 ガキたちがまた、男の脇腹を蹴り込む。 でも男は今度は蹲らない。 「アタシが何したってのよ!」 「キモい?ふざけんじゃないわよ!」 「自分が正しいと思ってるワケ?!」 凄い剣幕でまくしたてる。 低い声が時々かすれ、裏返る。 「男は女に惚れるもの?はっ!笑わせないでよ!」 「神様は、神様はそんな下らない決まりなんか作らないわ!」 何に激したのか再び涙が止めどなく溢れ、ぽろぽろとこぼれ落ちて スカートに濃い染みを作っていた。 男らしい線を見せる鼻梁を歪めて鼻をすする。 咳をした拍子に、辛うじてぶら下がっていた大きなイヤリングがアスファルトに落ちる。 それでも男の目の光は弱まらなかった。 「どんなに努力したって、報われない恋なんて知らないでしょっ!」 「どんなに、アタシがきれいになったってあの人は、」 「ずっと、ずっと、ずっと、好きだったのに、」 蹴られて息を詰まらせながら、嗚咽混じりに、けれど男は喚くのをやめない。 だんだん支離滅裂な、魂の奥から絞り出すような悲鳴。 それは恐ろしく滑稽な光景の筈なのに、何故か妙に心を抉る響きがあった。 ガキたちからも取り囲んだ群衆からも声を奪う。 ある者は魅入られたように男から視線を外せず ある者は耳を塞いで逃げ出すようにこの場から去っていく。 奇妙な静けさと緊張が満ちた空間に、意味を為さない男の喚きと肉が肉を叩きのめす音だけが 響き続けた。 やがて、 「子ども・・・、頃から・・・っと好きだったのよ?」 「・・・キラ・・・」 「アキラァーーーーッ!!!」 それは、獣の咆吼のようだった。 もうガキ達に向かって言っているのではない。 その一つの単語を口に出すことによって理性の最後の一欠片を失ってしまったかのように 誰にでもなく、不夜城の夜の空に向かって彼は吠えていた。 「ア゛ーーーーーーッ!」 「・・・愛・・・てる・・・!」 堪りかねて、オレは彼に駆け寄った。 「もう、いいから!」 「好き、好きなの!」 「分かったから、もう・・・いいから」 膝をついて彼の頭を抱きしめる。 オレの服を掴んで、振るわせる広い肩に胸が締め付けられるようだった。 男は、緒方先生だった。 彼の家で何回か嗅いだ香水。 よく見ればこの服もクローゼットの中にあったもの。 「んだぁ?テメェ。このオカマの連れか?」 「もしかしてコレェ?」 ガキが親指を立てて下品に笑う。 「オカマの連れはオカマだ!一緒に畳んじまえ!」 舐めた事を。 オレは緒方先生の肩を押さえて立ち上がり、デニムジャケットを脱いで 右手に巻き付けた。 「ナメてんじゃねぇぞ!死ぬのはテメェらだオラァ!」 一通り片付けてから、まだヒステリックに泣きじゃくっている緒方先生を立たせる。 転がっていたバッグと一応ハイヒールも持って肩を貸し、取り敢えず近所の ラブホに連れ込んだ。 特に意味はない。 ただ、これ以上彼を衆目に曝したくなかったのだ。 舞台用のように濃い化粧が崩れに崩れて、何とも見苦しい顔だった。 けれど今は笑える気分ではなかった。 あまりにも意外過ぎた彼の正体・・・というか趣味。 男にしては妙に気が利く所があるのも、手つきが優しかったのも、 故のない事ではなかったのだ。 優しくハンガーに掛けてくれた特攻服。 今思えば人に言えない顔を持つ者同士の共感だったのかも知れない。 そして心の奥底に秘めていた、あんなにも激しい思い。 正直、本当にオレの知る男らしくてクールな緒方先生なのか 未だに信じることが出来なかった。 妙な夢を見ているようだ。 そんなオレに構わず彼はしばらくベッドに突っ伏して泣いた後、 不意に立ち上がって「シャワーを浴びてくる」と浴室に消えた。 それを見送って鞄からピースを取り出す。 オレのピースはどうもひしゃげる運命のようだ。 今日も、中から楕円形に平たくなった一本を抜き出す。 二本吸い終わって所在なくテレビを見ていると、緒方先生が髪を拭きながら現れた。 ちゃっかり男物のバスローブを着ている。 化粧を落として、眼鏡はないがもうすっかりいつも通りの緒方先生だった。 「・・・・・・済まなかったな」 「いえ・・・でも、」 驚きました、と言えば彼は傷つくのではないかとその時気付いた。 オレが族の格好をしていた時にも、緒方先生は全く動じた様子を見せずにいてくれた。 それに、キレて他人をぶちのめす姿を見てしまった今も。 「・・・あなたなら、本気になればあんな連中ノせたんじゃないですか?」 「買いかぶるな。喧嘩なんぞしたことはない」 「でも、」 「いいんだ。オレだって、どこかやられたくてやられていた所があるんだから」 それから彼は、疲れたようにベッドに横たわって足を組み 寝たまま煙草を吸った。 「シーツ焦がさないで下さいよ」 「大丈夫だ」 灰皿をマットの上に持ってきた指に、マニキュアだけが残っている事に その時気付く。 オレの視線に緒方先生も気付いたようだった。 「・・・何も聞かないのか」 「いえ。・・・その、何て言っていいか、」 「女装は趣味。ゲイでもある。自分の性向に気付いたのは中学生の時」 「・・・・・・」 「仕事関係でこの事を知っている人間はいない。恋人は現在なし」 「・・・・・・」 「この位か」 「・・・十分です」 それでも緒方先生は、それからぽつりぽつりと塔矢アキラに関する話を始めた。 ・・・最初は行洋先生に惹かれていた。 けれど、アキラが少年らしくなるにつれ、彼に恋をし始めた。 兄のように接せられて嬉しく、少し淋しかった。 随分年下で、師匠の息子で・・・叶う筈のない恋。 「その・・・襲ってしまおうとか思わなかったんですか?」 以前感じた事を、恐る恐るぶつける。 緒方先生は予想していたという風に苦く笑った。 「オレは、彼を抱きたかった訳じゃない。こう見えても生粋のネコだからな」 「・・・・・・」 「無理矢理襲って、彼がオレに勃つと思うか?」 ・・・思わない。 絶対に無理だろう。 『今の場所に居ます。どんな事をしてでも』 以前の塔矢のセリフが浮かんだ。 ・・・どんな環境に生まれようと、必ず努力で欲しい物を手に入れる。 それは、緒方先生にとってどんなにむごい言葉だっただろう。 いくら努力しても、緒方先生の思いが報われることは、きっとないのだから。 「それでも孤高の彼を遠くで見ていられたらそれでも良かったんだがな」 現れたのだ。 塔矢アキラに、ライバルが。 同じ年、同じ速度で成長していく恐らく生涯のパートナーが。 今現在で言えば緒方先生の棋力は二人に勝っているだろうが 成長の速度では到底敵わない。 そして、きっと遠からず二人は・・・。 煙草を灰皿でねじ消した緒方先生は、急にオレの服を掴んで肩に額を押しつけた。 「先生・・・」 「すまない。今少しだけ・・・少しだけこうしていてくれ」 だんだんと男らしくなるアキラ。 緒方先生が彼の脳内にある通りの女性なら、もう抱かれる事も出来るだろう。 けれど現実には有り得ない。 好きになればなる程遠ざかる、残酷な恋。 そして碁ですら、一番近い場所を他の少年に奪われた。 体温と共に彼の思いが流れ込んで来る気がする。 顔を下げると頬に耳が当たって冷たかった。 だからオレはその頭を抱き寄せる。 「アイツと上手く行かなくたって、緒方先生はキレイですよ」 「・・・バカ言わないで」 バカじゃない。 不様でグロテスクで救われない、それでも終わらない彼の恋を、 その時本当に美しいと思った。 「マジです。すげーイイ女です」 それから、バスローブの襟元に手を差し込みながらゆっくりと先生を ベッドに横たえる。 先生はまだオレの服を掴んだまま、色の薄い目でじっとオレを見た後 静かに目を閉じた。 確かに金を掛けて磨いているのだろう、先生の肌は滑らかにオレの唇の下を 滑って行った。 胸の小さな突起を唇で挟んで舌先で転がすと「あ・・・」と微かな声を漏らす。 ジーンズがキツくなって片手でジッパーを下ろすと、思いの外 エロティックな音が響いた。 オレは、緒方先生に勃起できた。 ローションで竿を刺激し、後ろの窄まりを指で広げる。 彼は目を閉じ、痛みからか恥じらいからか僅かに眉を寄せている。 オレの、きっと先生の経験からすればワースト1かも知れない不器用な愛撫に シーツを抓んだ爪が、濡れたように光る。 世辞でなく、色気があると思った。 「・・・いいですか?」 「・・・・・・・・・ああ」 固くなった自分のものを後ろに押しつけ。 足を持ち上げながら伸び上がって、上では先生の唇に自分の口を押しつけた。 舌を入れると煙草の味がしたけれど、きっとお互い様だ。 唇の間からじゅる、じゅるといやらしい音をさせ、激しく舌を絡ませあいながら 下半身に力を込める。 その瞬間、先生は喉の奥で「う、」と苦しげな声を漏らしたが 身体は深くオレを受け入れていた。 やがてオレが動き始めると、仔犬のような声を漏らして身悶え始めた。 イく瞬間、高い声で塔矢の名を呼んでいた。 ・・・それからもオレはちょくちょくと緒方先生に呼び出されている。 お互い秘密を握った以上対等の立場と言っていいと思うのだが、 やはり相変わらずいいように使われていた。 関係は以前と殆ど変わらない。 少し違うのは偶にはベッドの相手をするという事。 「ねぇ。今日は泊まっていく?」 「先生が女言葉になった時に、帰してくれた試しあります?」 「あら、なかったかしら」 けれどそれはお互いに完全に快楽の為の行為で、あれ以来緒方先生が 泣いたことはない。 それでも身体で心の隙間が埋められるのなら、それもいいのではないか? そう思う。 先生は凝りもせず、相変わらず界隈に出掛けては着飾って遊んでいる。 塔矢の事を忘れた訳でもないだろうが、新しい婦人服や化粧品を買い込んでは オレに披露してくれる、その嬉々とした様子を見ると立ち直ってはいるのだろう。 オレ自身が彼の事をどう思っているのかと言えば・・・これは自分でもよく分からない。 惚れている訳ではないと思うし。 同情・・・なんだろうか。 オレは理性で感情をコントロール出来るようになりたいんだけど・・・。 でも偶にはこういうのも悪くない、と思った。 ・・・塔矢アキラは結局王座の挑戦者にはなれなかった。 けれど次のリーグが控えている。 恐らく、今回は進藤とは最後の方まで当たらないだろうから面白い事になるだろう。 彼等は、お互いと対局するまで意地でも負けないだろうから きっと二人して最終戦近くまで行くのではないか。 そんな事も緒方先生と話した。 とは言え、彼にも一つだけ話していない事もある。 あれは珍しく大手合いで早めに行った時・・・。 殆ど人のいない対局室に足を踏み入れると、塔矢と進藤が窓から外を眺めていたのだ。 何という事はない光景だ。 その日は天気も良かったし。 けれど、二人の肩は触れ合っていた。 きっと何を話すでもなく、それでもその顔を見れば幸せそうに微笑んでいた事だろう。 横並びのその位置を手に入れ。 そして十センチのその間隔を詰めるのに、 どれだけ時間を掛けてやがるんだと思うと自然に笑みがこぼれる。 オレは声を掛けるのをやめた。 そんな1シーンを、今なら緒方先生に言っても大丈夫だろうと思う。 けれど誰にも言わずに心にしまっておこう。 緒方先生の為でなく、塔矢と進藤と彼等の未来の為に。 −了− ※こちらも「そして俺は途方に暮れる」と並んで明日欄さんに捧げます。 リクエスト内容は同じなので繰り返しになりますが、 ・・・・・・・・・・・・ スミオガ18禁と、ヒカアキを絡めて。 緒方さんは、最後まで肉体的には受け。反撃はなし。 ヒカアキは正統派ヒカアキ。 二人は純粋に思いあっていて、少年っぽさを仄かに感じる物。 こちらは、密かに思いあっていて、その思いが成就し、その後の姿もあればと。 この二人には、他のキャラとの肉体的な付き合いは無し。 ・・・・・・・・・・・・ う〜ん(笑)むずい!実はこちらを先に書いたので 自分的に初めての取り合わせで伊角攻め(笑) 「正統派ヒカアキ」もよく分からなかったんですが、何となく同じ速度でお互いに 惹かれていく純情な二人、という感じにしてみました。 どうでしょう、仄かに少年っぽい、かな? こちらもリクエスト頂かなければ書かなかったタイプのお話ですが 書いている時とても楽しかったです! 明日欄さん、御申告&ナイスリクありがとうございました! |
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