秘密【2】 さて、五条の橋の真ん中で犯されて、下半身を血で濡らしたまま 体力の回復を待っていた弁慶こと明。 空が少しづつ白み始めた時、さすがに動かねばと思った。 幸いにももう血は止まったようだ。 冷え切った手で鎧を袈裟に包んで担ぎ、太刀や長刀を脇に抱える。 身に着けている時より一層重く感じられるそれらに、足を縺れさせながらも 橋を戻り、五条の天神の山内まで這った。 神座する森とて普段は人が入らないが、奥に実は粗末な小屋がある。 忘れ去られているのか、それとも元々無宿人が作って捨てたものなのか、 長い間手入れもされていないが、人一人住むのに不自由はない。 周囲には食べられる山草も木の実もある。 参道からも社からも死角になっているのか、煙を見とがめられて誰かに 踏み込まれた事もなかった。 明は息も絶え絶えに漸く小屋の中に鎧と武器を収めると、戸口にもたれ掛かった。 昨夜の戦いの、情交の、疲れが一気に押し寄せる。 傷つけられた所から悪い気でも入ったか、少し熱も出てきたようだ。 水・・・。 少し下れば、清らかな水の流れる小川がある。 いつも生活に使っている水である。 既に袖も裾も泥だらけで破れかけている。 明は、薄着のまま裸足で這いずって川に向かった。 しかしすぐに、ずる、と湿った土に足を取られ、 ざ、ざざざー・・・ 笹の藪の中を滑り、河原にまで転がり落ちて俯せに倒れた。 丸くて冷たい石が顔に当たる。 水の匂いが、むせ返るようだ。 三寸先を川虫が這っていく。 足元が何となく冷たい。 水に浸かっているらしいが、感覚がなくなって来たらしい。 明の視界が、暗くなった。 筒井次郎が、明の倒れた河原を通りかかったのは偶然だった。 加賀信高がもっと上流の澄んだ水を酌んでこいと言うので、渓流を ばしゃばしゃと歩きながら遡ってきたのだ。 ・・・女が倒れている・・・。 正直、嫌な気分になった。 疫病に行き倒れた者、戦で死んだ者、人の死体を見る事は少なくない。 こんな所に倒れていて、しかも膨らんでいないという事はほぼ白骨化しているだろう、と 言うのは過去の経験から無意識に導き出した推測だ。 気持ちが悪いので、死体の上流で水を酌もうとどんどん遡って近づくと。 骨と見えたのは、白くてほっそりした、しかしちゃんと肉のついた手足だった。 裾もはだけたままに俯せに倒れているが、よく見れば少し背中が上下している。 着物のあちこちを汚している血も、固まりかけてはいるが 新鮮なもののようだった。 「もうし。・・・もうし、」 恐る恐る近づいて肩を揺すって。 ひっくり返そうとしたら肉がずるりと落ちた、という事が過去にあった。 一つ深呼吸をして。 覚悟を決めて、肩を持ち上げると首がかくりと仰向いて 「うわあああああっ!!」 がさがさと藪を分けて、すぐに加賀がやってきた。 「どうした!」 この男は毎年奥州に下る金商人で、裕福で世間も広い。 それだけあって女にはだらしがないが、実は滅法腕も立つ。 普段は人を顎で使うような部分があるが、いざという時には頼りになるのだった。 「女が、女が、」 腰を抜かした筒井が、河原に横たわった人物を指さす。 「死んでいるのか?」 「いや、」 死んでいないんだ、と何故か慌てる筒井を落ち着け、と手で制した。 人に近づいて抱き上げると、驚くほど・・・端正な顔であった。 「・・・美人だな。」 「そそ、そうなんだけど!私は、その、女は・・・。」 真っ赤になって背を向ける筒井。 加賀はち、と舌打ちをして、もう一度腕の中の人物をつくづくと眺めた。 どこを見ていたんだ、と思うが目が弱ければ仕方ないかも知れない。 顔だけなら女と言って十分通る形だった。それも、極上の類だ。 筒井がそう思いこんでいるなら、敢えて訂正しなくてもいいが・・・。 「君なら、女に慣れているだろう。」 「ってなぁ・・・。あ。」 「ど、どうした?」 「こいつ・・・男に襲われたらしい。」 「?」 「足の間から、血が。」 「!」 懐から手ぬぐいを出して水に浸し、傷口を丁寧に拭う。 白い足に触れていると、男だと分かっていても少し、身体の奥が疼いた。 「・・・可哀想に・・・なよやかな人だから。」 「なよや、かぁ?」 「自分が男であるのが、嫌になってくるよ。」 加賀の言葉に耳を貸さず、背を向けたまま筒井は大きな溜息を吐いた。 「おいおい、立派な僧になる為に女犯は控えてるんだろ?関係ねぇだろ?」 「勿論。それまでは加賀屋できっちり働くけどね。」 この二人は主従ではあるが幼なじみでもある。 筒井の方は加賀と違って金にも女にも興味がなく、人一倍真面目な性格で いつか店をやめて僧になるつもりだ。 その為に現世の煩悩を全て絶ってから仏の道に入りたいと常々言っているが 加賀に言わせればそれではもう既に仏そのものであった。 とにかく、筒井は酒も肉も女性も、神経質なまでに遠ざけているのだが、 困っていたり弱っていたりする女は別だ・・・と思っている。 しかし、明を見てからは、胸の動悸が収まらなかった。 「熱がある。面倒だな。捨てて行くか。」 「何言ってんだよ!そんな事、出来ないよ。」 「うるせえな。冗談だよ。」 加賀は、明の衣の襟や裾を整え、抱き上げると山の方を見上げた。 「こっから落ちて来たんだな。とにかく参道の方に行って誰か人を捜してみるか。」 崖に出来た獣道のような路を少し登ると、粗末な小屋があった。 二人は知らないが、明の住処である。 「丁度いい、ここで休ませよう。」 加賀は言って中に入り、隅に敷かれた藁の上に明を寝かせて、菰をかぶせた。 「これで寝てれば大丈夫だろう。」 「回復するまで看るんだよ。」 「何でだ。」 「心配だろ?それに家主が帰ってきたらびっくりするだろうし。」 加賀は十中八九ここ行き倒れが住んでいるのではないかと思ったが、明が娘だと 思いこんでいる筒井にはその発想はないらしい。 「しゃーねえな。」 今晩はこの小屋で夜明かしをする覚悟を決めて、火を起こし始めた。 日が暮れた。 「まずい・・・加賀の、どうしよう。」 明の額に濡れた手ぬぐいを置いては取り替えしていた筒井が、狼狽えた声を出した。 「ん?」 「震えが酷い。止まらない。」 「熱だろ。さっき薬飲ませたし、その内治まるさ。」 「でも・・・。」 弱ったように明と加賀の顔を交互に見る筒井に、加賀は溜息を吐いた。 「わーったよ。おまえ、あっち行ってろ。俺が温めるから。」 「・・・・・・。」 「んだよ、その顔は。」 「・・・何もしないだろうな。」 「あのな、病人相手にする程不自由してねえの。んならおまえやれよ。」 「いや、私は・・・。」 「ならすっこんでろ。」 不承不承隅に行って、膝を抱えた筒井を尻目に衣を脱いでいく。 裸になって菰に手を掛けた所で振り向くと、筒井が恨みがましい目で見ていた。 「おまえ、こいつに惚れたのか。」 「だ、誰が!女などに!」 どもる筒井を手で払って、加賀は菰の中に入り、明の衣を脱がせた。 明の身体は確かに熱かった。 じっとりと汗をかいていて、気持ちが悪いが仕方がない。 抱いていると、意識はなくとも温もりが恋しいらしく、しがみついてくる。 夜も更けている。 加賀が良からぬ事をしないか、ずっと見張っていると言っていた筒井は、 火の向こうでばたりと横倒しになって、眠りこけてしまっていた。 腕の中に意識を戻すと、明があまりにもかたかたと震えているので、 おい、と声を掛けるとうっすらと目を開けた。 「おい、大丈夫か。」 「・・・寒い・・・。」 加賀は眉を寄せてしばらく考えていたが、あれしかないか、と口の中で小さく呟くと 明の足の間に、自らの足を入れた。 途端に強張る、明の全身。 「案ずるな、痛い事はしない。」 「・・・・・・。」 「ゆっくり動くからな、おまえも合わせろよ。」 まだ柔らかい、二本を一緒に握り込んで少しづつ腰を揺らしていく。 少しすると、存外早く明が反応し始めた。 「あ、あ、」 かそけき声ではあるが、筒井に起きられると不味い。 口を塞いで腰を揺らし続けると、明も朦朧としたまま動き始めた。 「よし、その調子だ。寒いか?」 「あつ・・・熱、い、」 加賀は満足げに頷くと、動きを制御しはじめた。 明が果てぬように、高まってきた所で動きを止める。 その度に明は小さな悲鳴を上げてしがみついて来たが、達せさせてはやらなかった。 そんな事を繰り返す内に、明の動きは少しづつ滑らかになってきて 遂には加賀の制御を振り切って気を入れてしまい。 「ひかる・・・さ・・・」 その瞬間、明は誰かの名を呼んでいた。 再び意識を失った明の身体を拭いた後、思いがけず熱くなってしまった身体を 冷やす為に菰の外に出た加賀は、小屋の隅にある包みに目を留めた。 筒井が起きていれば、他人の荷物に無断で手を触れるなど言語道断と 小言を言いそうであったが、幸いにもまだ眠りこけている。 包んでいるのは、どうも僧衣のようでもある。 それに、包みきれていない所から、何やら金具のようなものが見えている。 好奇心に駆られて、そっと端を開けてみると・・・ 古風な、胴鎧のようであった。 何故このような所に、と思うが、気付いてみると、片隅の薄暗がりに立てかけてあるのは 長刀と大太刀。 ・・・もう一人、棲んでいるのか、それともこの男・・・。 「ああ・・・。」 その時背後で声がして、慌てて包みを元通りにして振り向いたが、声の主、筒井は まだ平和そうに寝ていた。 だが、その手が・・・股間に当てられている。 加賀が、ニヤリと笑っていざりより、その手を外すとやはり勃起していた。 夢精するかな? そうしたらどんな顔をするのかどんな言い訳をするのか見てみたいと、思ったが、 急に真顔に戻って筒井の袴の脇から手を入れた。 ・・・筒井が、一目でこの者を好いてしまったのは間違いないだろう。 女性に心を奪われたと思うと何とも言えないざらついた気持ちになったが これが男だと告げるのも嫌だった。 男なら仏道に背く訳ではない、と思いを遂げられては困る。 かと言って、なんだ男かと失望した顔を見せられるのも辛い。 そうこうしている内に、筒井が寝たまま腰を震わせ始めた。 手の中に受けた精の、温もりが消えるまでじっと見つめて、その後 懐紙で拭って囲炉裏に燻っていた火にくべた。 翌朝、明が安らかな寝息を立てているのを確認して枕元に食料を用意し、 二人は小屋を後にした。 筒井は気遣わしげに何度も何度も振り返る。 加賀は、そんな筒井をも振り向かず、真っ直ぐに歩いていった。 「・・・加賀、筒井。昨夜は如何した。」 「は。筒井が行き倒れを拾ってしまいまして・・・。」 「放っておいたら死んだじゃないか。」 「我等には、清盛公を倒すという大命がある。」 「でも、あの人は、」 「・・・もうよい。」 鞍馬寺の東光房である。 加賀と筒井の向かいには、『正門坊』森下三郎正近と和谷八郎の二人を従えた 小柄な若武者・・・昨夜明に「光」と名乗った少年が居た。 秘密めいた、会合。 彼等はもうすぐ平家の手を逃れて寺を抜け出し、奥州平泉に旅立つ。 「俺も急ぎはしない。もう少しこの鞍馬や・・・、五条の橋に名残を惜しんでから出立する。」 「では、清水寺に打倒平家をご祈願なさっては如何でしょう。」 「そうだな。」 「明日が吉日でよろしいでしょうか・・・遮那王様。」 森下がすかさず提案する。 遮那王が、「義経」と名を改める少し前の事であった。 −続く− ※「明」と表記するか「弁慶」にするか迷いました。 |
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