復活の日【2】








「っくしょー!オレ達は女を抱くことも出来ねぇのに男にされる危険はあるんだぜ!
 こんな不公平な話ってあるか!」

「仕方ないよ・・・。」


基地の壁を拳で思いっきり叩いたヒカルに、その壁にもたれ掛かったアキラが静かに応えた。


「35歳以下の男性は多くないし、特にボク達は10代で東洋人だからね、『美味しそう』
 なんだろう。」

「って他人事みたいに言うなよ!」

「冗談だよ。でも例外を作ったらキリがない。仕方がないんだ、こればっかりは。
 本当に特殊な状況だし。」

「・・・分かった。テメエ、アメリカ暮らしだったよな。もともとホモなんだろう!
 だから男に抱かれるのが嬉しいんだろう!
 じゃあ、立候補してくれよ!ボクが公衆便所になります、って!」

「進藤!」


アキラは壁から背を離して、一瞬拳を握ったがすぐに開いた。


「もうキミを殴りはしないよ。ボク達自身が既に『人類の共有財産』なんだからね。
 しかし、言っていいことと悪いことがあるだろう。」


ヒカルは、ちっ、と舌打ちをして去っていった。
アキラはまた壁に寄りかかり、自分がどうしてあんな男に惹かれているのか、
考え続けた。





籤引きをする日が来た。
帽子の中に折り畳んだトランプカードを入れ、スペードのエースを引いた者が
性欲処理係だ。

候補者が、次々とカードを引いていく。
無表情で開け、しかし開いたときには明らかにホッとした顔でそれを掲げて周囲に見せ
去っていった。

だんだんカードが減ってきた時、帽子を持っていたイルファンが代わってくれと言い、
ヒカルが持つのを代わった。

いつまでも、スペードのエースは出ない。
遂に帽子の中にはカードが二枚しかなくなってしまった。

その時、残っていたのはアキラと、帽子を持っているヒカルだけだ。

この二人なら、どちらでも角が立たない・・・。

周囲には既にホッとした空気が流れている。

ヒカルとアキラは、する側になるかされる側になるかの分かれ目に立たされ、
緊張した瞳で見つめ合った。


アキラはヒカルの目を見つめながら帽子に手を入れ、二枚のカードを掻き回す。
やがて一枚を選び、そっと手元に持ってきて、開いた。
周囲で誰かがごくりと唾を呑み込む音が聞こえる。


・・・ハートのクイーン・・・。


胸がどきどきした。
目を上げると、ヒカルがアキラを穴が開くほどに睨んでいたが、
その奥には不安がゆらゆらと揺れている。

アキラはカードをまたくしゃり、と畳み、ヒカルが捧げ持ったままの帽子めがけて振り下ろし
そのまま帽子ごと床に叩き落とした。

しーんとした会議室。
アキラは俯いたまま黙って手を上げた。
ほう、と周囲から息が漏れる。


「どうやら・・・アキラに決まったようですな・・・。」


その日から、アキラは男達の性欲処理を請け負うこととなった。






女性は子どもを生むためという名分があるのでシビアに相手を決められていたが
アキラは単なる性欲処理なので、その日の希望者があれば立候補し
多ければまた籤で決めるという大雑把なものだった。

若くて、女性を抱くことが出来ないヒカルはきっと来ると思っていたが
立候補しなかった。

まだ誰もが躊躇っていたのか、初日の立候補者は三人。
その中でアキラの初夜を手に入れたのはイギリス潜水艦のオコネル艦長だ。


「キミは運がいい。オレは本国にいた頃、経験があるんだ。」

「そうですか。よろしくお願いします。ボクは・・・その、何もかも初めてだから。」

「その年で実にクールというか・・・よく出来た子だね、キミは。」


オコネルは、帽子を取り、ゆっくりと手袋を外して、軍服の襟をくつろげていく。
その間にアキラも服を脱ぎ、ベッドに横たわった。
もう、マナイタの上の鯉、という気持ちだ。

銀縁の眼鏡を外し、白い背中を晒したオコネルは、普段のいかにも
軍人らしい彼とは別人のようだった。

やがて振り返りアキラを見下ろした後、白い手が腕を掴む。
唇がゆっくりと降りてきて、髭剃り跡が少しざりざりする、と思っていたら
生暖かい舌が入り込んできた。

アキラは自分は二十歳になっても煙草を吸わないで置こうと決心し、
その後すぐにその頃には吸いたくてももうないだろう、と気が付いた。





女性と同じく毎日風呂に入ることが出来るのと、肉体労働が免除されるのは
役得だったが、やはり毎日男性を受け容れるのは辛かった。

しかし、最初にオコネルにローションを使うことなどを教えられたので
血は見ずに済んだ。


「進藤・・・。」


そんなある日、作業の合間に偶然ヒカルに出会った。
ヒカルはアキラに気付いていない振りをしようかどうか、迷うように目を泳がせた後
漸く顔を上げる。


「何だか、久しぶりだな。」

「・・・ああ。おまえが専用の部屋に移ったから。」

「そうだな。」


ヒカルと二段ベッド上下の狭い部屋から、アキラは個室に移っていた。
勿論個室と言っても、男達とする為の部屋でもある。


「そう言えば・・・キミは、来ないね。」


そろりと言ってみる。
二ヶ月ほどで、アキラは若い男の過半数と寝ていた。
毎日籤と言っても抱いたばかりの者は遠慮するので、結局順番のようになっている。
けれど、ヒカルはその籤をまだ一度も引いていなかった。


「おまえ、何でんな事言える訳?」

「え・・・。」

「オレがもし、おまえだったらきっと舌噛んで死んでるね。」

「そんな自由はないよ・・・ボク達は貴重な、」

「あーそう!おまえはアタマ柔らかくて真面目で、きっと人類にとって有用な
 優等生なんだろうよ!」

「な、何でそんな物の言い方するんだ!キミが、その、あかりさんと
 結婚できなくて、それで苛々しているんだったらボクで良ければ、って、」


ヒカルがアキラに殴りかかり、アキラはそれを巧みに避けたがその勢いで
押し倒された。
人が来るまでの間揉み合いながら睨み上げながら、アキラは少しだけ、
ずっとこうやって体を重ねていられたら、と思った。





昼間は相変わらず地震観測を続けていたアキラだったが、それに気付いたのは
偶然だった。
小規模な地震が、北アメリカ大陸で何度か起こっている。
元々アラスカでのボーリング作業が地盤に影響を与えるのではないかという仮説を
アキラは立てていたが、今になってそれが証明されるかも知れない。
北アメリカで、この二ヶ月以内位に、大規模な地震が起こるかも知れない。

しかし、南極から遠く離れた北半球の事でもあるので、アキラは定例報告会議で
気楽に報告をした。

青ざめたのは、アメリカ隊の隊長、リーだった。


「その震源地は、」

「恐らくワシントンDC。しかし・・・。」

「いや、気を使わないでくれ。分かっている。恐らくワシントンも死都と化しているだろう。
 世界中の他の町と同じくな。」

「はい・・・。」

「しかし、USAには実は冷戦時代からの核弾頭が・・・。」

「何ですって?では、万一地震でそれが暴発すれば、」

「北アメリカ大陸を壊滅させる程の破壊力があるはずだ。」


アメリカ人が集まっている辺りから、小さな悲鳴や
絶望的なざわめきが漏れる。


「しかし、もっと恐ろしいのは地震をロシア・・・ソヴィエトからの攻撃とコンピュータが
 認識して、ミサイルを誤射してしまうこと。」

「自動照準が合わせてあるという事ですか・・・まだ電源は供給されているのですか?」

「ああ、非常時の為に、10年は自動供給される事になっている筈だ。」

「なんてことだ・・・では、その目標は勿論、」

「モスクワを始めとした、東各国だ・・・。」


ロシア人のイルファンが、無表情のままで言った。


「モスクワにも勿論、迎撃装置と自動攻撃システムがある。」


「それは・・・ナンセンスだな。」

「そうだな、誰もいない世界で、第三次世界大戦だ。」


ざわめきが広がる。
イルファンは問題はそんな事ではない、と言いたげに初めて少し眉を顰めて続けた。


「我が国のミサイルの標的は、アメリカの秘密基地の疑いがある場所全て。」

「・・・そう言えば、キミも元軍人だったな。」

「そしてこの、南極観測基地も入っている。」


会場が、静まり返った。





「誰か・・・ミサイルを止めに行く立候補者はいないかね。」


結局、人類滅亡を避けるには地震が起こる前にワシントンのミサイルを
誰かが手動で止めるしかないという結論に達した。
しかし、未だにウイルスの蔓延しているであろうアメリカに一旦上陸すれば
もう南極に戻ってくる事は叶わない。
まず感染して死ぬだろうし、万が一発症しなくても保菌している可能性が高いので
上陸させるわけには行かないのだ。

つまり、ワシントンに行くという事は、事実上みんなの為に一人で死ぬ、という事だ。


「いないのなら・・・やはり、籤ですか・・・。」


恒例となった、籤引きが行われた。
今までで一番シビアな籤引きだ。

男達が順番に、帽子の中からカードを引いていく。
一枚しかないスペードのエース。
まさか、と思いつつ、けれどこの中の誰かは必ず引くのだ。

皆、さすがに緊張した面持ちで引き、手が震えて開くまでに間が開く者もあった。

やがて、順番が巡ってきたヒカルも無造作にカードを掴み、手に持って・・・
なかなか開かない。

それでも急かす者はいなかった。
命を賭けた籤なのだ。

しかし、しばらく弄んだ後、ヒカルはそれを開かないまま森下に投げつけた。


「馬鹿馬鹿しい!」

「ああそうだ!馬鹿馬鹿しいさ!」


普段穏やかな森下が、珍しく激昂して大声を出した。
他に手がないとは言え、籤での選出を決めた彼も、仲間を失うのは
身を切られる程に辛いのだ。


「・・・こんな事する必要ない。オレが、行く。」


ヒカルが、そう言って部屋から出て行き・・・
後には咳一つ聞こえない沈黙が落ちた。





その頃既に、あかりも若い母親になっていた。
ハルミの子はハルミによく似ていて、誰の子ともつかない感じだったが
あかりの子は、髪の色も肌の色もかなり高永夏に似ていた。
彼は韓国籍だが、3/4白ロシア人でほとんど白人だったので、父親候補に
入れられていたのだ。

それでも、誰の子と言うことはなく、みんなの子、人類の宝だった。
男達は競って可愛がった。

しかし、ヒカルは違った。
あかりにもあかりの子にも近づかなかった。

アキラと永夏はもともと父を通じて間接的な知り合いでもあり、何度か寝てもいる。
優しく扱ってくれたし、悪い人間ではないと思う。

なのにヒカルとは全く反りが合わない。
永夏とあかりが寝てからは、尚更二人の仲は悪くなり、
周囲からは主にヒカルが偏屈なせいだと思われていた。


それでも最初から二人を見ていたアキラには、ヒカルの哀しみが痛いほど分かった。
あかりを追い返した夜の、嗚咽が耳から離れない。

彼がその事に絶望して、かも知れないと思うと居ても立ってもいられなかった。




「進藤!」


氷の溶けた海岸を、一人歩くヒカルを追いかける。


「進藤、待ってくれ!」


永夏もそうだが、アキラもヒカルと現在仲が良いとは言い難い。
ヒカルは振り向きもせず、すたすたと歩いていく。


「進藤、ボクも行く。」


一瞬足が止まったが、それでも振り返らず、再び歩き始める。


「ボクも、一緒に、ワシントンへ、」

「やめろ。」

「だって助手が必要だろう?」

「おまえみたいなんが来ても足手まといだ。」

「何言ってるんだ、爆弾ならボクの方がスペシャリストだ。」


追いついて、その肩を掴むとヒカルが煩そうに振り払い、アキラは勢い余って倒れた。
睨みながら立ち上がって今度は、ヒカルを突き飛ばす。
よろけたヒカルはアキラの腕を掴んでもろともに転がり、アキラは頭から
砂に突っ込んだ。


「何するんだ!」

「おまえが悪いんだろう!」

「キミが素直に来いと言ってくれないから、」


言いながら、殴りかかる。
ヒカルは避けきれずにパンチを受け、カッと頭に血が昇って殴り返した。
アキラの鼻の穴から血が、たらりと垂れる。
もう一度殴ろうとした時、アキラがヒカルの腰に抱きつき、しがみついた。


「てめ、しつこいってんだよ!」

「ボクは、どうしてもキミと、」


ヒカルが目を剥いて、アキラの頭を殴った。
滅茶苦茶に、殴った。
それでもアキラはヒカルの腰から離れない。


「離せってば!気持ち悪いな!」

「嫌だ!」


しかしやがて、アキラの手がずるりと離れ、砂浜に体が落ちる。
アキラは気を失っていた。


「本当に、しつけーな・・・。」


ヒカルはぜーぜーと肩で息をしながら暫く見下ろした後、よいしょ、と言って
アキラの体を抱え、半分背負うようにしてひきずりながら基地に向かって歩き始めた。


「・・・死ぬのなんて、オレ独りで十分じゃんかよ・・・。」





僅かな準備期間を経て、ヒカルとアキラはイギリス潜水艦でワシントンに向かうことになった。
前夜開かれた壮行会は森下の計らいだ。

そしてヒカルはあかりの部屋で寝ることが許され、アキラは久しぶりに一人で寝ることが
許された。

だが、二人はそれぞれの部屋に戻らなかった。

お互いの顔の傷を指さし合って何度も笑い、
朝まで飲み明かした。





「塔矢くん・・・。」


朝、荷物を最終確認しているアキラの元に、あかりが訪ねてきた。


「ああ、藤崎さん、世話になったね。お元気で。」

「そんな、悲しい事言わないで・・・。」

「うん・・・。」


しかし、これは間違いなく死出の旅だ。
二度と帰ることのない旅。

けれど、ヒカルとの旅。

そう思うだけでアキラの心は躍った。


「ヒカルは、会ってくれなかったの。」

「そう・・・。」

「私達、どうしてこんな事になっちゃったのかな・・・。」


アキラが初めて二人の日本人高校生に会ったとき。
既に年上のアメリカ人学生と勉学を共にしていたアキラには子どもっぽく見えたけれど
それでも二人とも真面目で、仲が良くて、羨ましいカップルだと思った。

あの頃は、楽しかった。
あかりは常にヒカルの側にいて、けれどヒカルは照れているのかぶっきらぼうで。
なのにアキラとあかりが話していると不機嫌になって、たわいもない嫌がらせをして。

それが、どうして自分が進藤ヒカルに惹かれるようになってしまったのか・・・。

何度も何度も考えるが、やはり分からない。
ただ、自分があかりよりもヒカルを愛している自信はあった。
けれど、それは生涯、と言っても残り少ないが、口に出すことのない想いだ。

それでも、たった一人愛した人と共に死ねるなんて。
自分は何と幸せ者だと思うと、目の前の少女が突然哀れに思えてきた。


「そうだ!ドクター・ヤンから、大切な預かり物。」

「?」


あかりが手に持っていた黒い箱を渡す。
開けてみると、中にカンフルと2本の注射器が入っていた。


「これは・・・」

「三ヶ月前の潜水偵察で、ドクター向こうの空気を採取して来ていたでしょ?」

「ああ、危険だと言ってだいぶオコネル艦長と揉めたらしいね。」

「その空気に含まれていたウィルスを培養して、ワクチンを作ったらしいの。」

「出来たのか・・・!」

「でもドクターの話ではあくまでも試作品。効くかどうか全く分からないし、
 気休め以下かも知れないって・・・。」

「それでもありがたいよ。」

「そうだよね。他の乗組員に影響が出ないように、一応上陸直前に注射してくれって。
 そして、無線で効いたかどうか報告して欲しいって。」

「うん。」

「もし効かなかったら・・・その時も進行状況を出来る限り報告して欲しいって・・・。」

「うん・・・分かってる。ドクターに直接お礼が言いたいな。彼はどこに?」

「ここ二三日徹夜で抽出してたらしくって、今爆睡中。」


アキラは笑い、あかりを抱きしめた。







その日、原子力潜水艦は最低限の乗組員とヒカルとアキラを乗せて
氷海の下へ沈んでいった。
行き先は、ワシントン沖。
10日ほどの旅だった。



「・・・おい、塔矢、寝てる?」

「ああ・・・寝ているというよりもう死んでいるよ。」

「オレ、生まれてこの方こんなに寝たの初めてだ。」

「ボクもだ。」

「夢の国もさすがに飽きるな。」

「今日は何日だ?」

「6日。」

「じゃああと四日ドリームランドにいられる。」


何もする事のない船内、二人は昔のように狭い部屋の上下ベッドに寝ている。
偶にボソボソと話をしながら寝たり起きたりを繰り返しているが、もう話のネタも尽きた。


「あ。そうだ。」

「何だ。」

「おまえ、囲碁出来る?」

「囲碁って、あの囲碁か?」

「そ。オレ得意なんだ。学校の囲碁部の奴にも負けた事ねぇ。」

「ボクも打てるよ。父がアマチュアだけれど有段者だしね。」

「お!勝負すっか?」

「碁盤がないけれど。」

「あれ、おまえそんなのいるの?オレいらねー。行くぜ!17の四、小目。」

「へぇ、キミにそんな事が出来るとはね。5の三・・・」







−続く−






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