復活の日【3】 「・・・おはよ・・・。」 「ああ、おはよう。考えたか?」 「ん・・・・・・・・・ありません・・・。」 「ありがとうございました。」 「ありがとうございました。」 アキラとヒカルは、二日ほどを目隠し碁に熱中して過ごした。 「てっめー、『打てるよ』ってセミプロ並じゃねえか!」 「キミこそ、プロ試験受けられるレベルなんじゃないか?」 「あー、オレな、地層にはまる前は碁にはまってて、一時本気でプロになるつもりだったんだ。」 「奇遇だね。ボクも渡米するまでは、碁で身を立ててもいいかと思っていた。」 「その頃出会ってたら・・・オレ達、どうなってたかな。」 「いいライバルになったんじゃないかな。」 「二人で揃って院生試験受けて、プロになって、たりして。」 「で、今頃東京でイタリア風邪にやられて死んでいるのか?」 「それはゴメンだな。」 「うん・・・。」 あと、50時間ほどで、目的地に着く。 ヒカルと過ごせるのも、あと二日とちょっと。 そう思うと、アキラの胸はざわめいた。 ヒカルと一緒にいられるだけでいいと、そう思っていたのに 欲が出てきたのだ。 もうすぐ自分たちは、死ぬ。 その前に、一度でも、たった一度でも・・・肌を重ねたい。 死ぬまで口に出さないと誓ったのに。 このままでは、死ぬ直前に「愛している」だなんて、下らないことを言ってしまいそうだ。 「あー、今になって、おまえと打つなんてなぁ。」 「?」 「いや、あの基地にオレと対等以上に打てる奴が居るなんて、 碁が分かる奴さえいやしないと思ってたからさ。 おまえがこんなに強いって知ってたら、今までもっと打てば良かった。」 「そうだね・・・。」 「今更こんなにワクワクさせてくれたら、・・・死ぬのが惜しくなるじゃんかよ。」 ベッドの上から下を覗き込むと、ヒカルが苦笑いをしていた。 「なあ・・・そっちへ行っていいか。」 「ん?いいけど。上飽きた?」 「うん、まあ。」 アキラが梯子を降りると、ヒカルがベッドから起き上がろうとした。 「どうしたの?」 「へ?交代すんだろ?」 「いや・・・一緒に、寝ないかと思って。」 「って、狭いけど・・・。」 「基地よりマシじゃないか。」 「う、ん。そりゃそうなんだけど。」 狭いベッドの下段で、まだ大人になりきっていないとは言え男二人が寄り添って寝ると、 ほとんど抱き合うような形だった。 ヒカルが落ち着かなげに体をもぞもぞさせる。 「さっきの話だけど。」 「え?」 「碁。」 「ああ。」 「ドクター・ヤンのワクチンが効けばいくらでも打てるじゃないか。」 「まあ、な。でも多分あれ、ホントに気休めだぜ。」 「でも、もし、」 「そんな事より核ミサイルの解除の方が大事だろ?」 「まあそれはそうなんだけど・・・、じゃあワクチンいらないのか?」 「いる。要ります。」 真顔で言ってから微笑んだ、ヒカルの笑顔があまりに近くて。 「・・・!」 「・・・ごめん。」 「な、何すんだよ!」 アキラは仰向いて、目を閉じた。 一瞬、外からは分からないように歯を食いしばってから、努めて軽く口に出す。 「最近、してないから。」 「・・・・・・。」 「ボクは元々そういう趣味じゃないけれど。さすがに男性に抱かれてばかりいると、 それでも気持ちよくなれるようになってくるんだよ。」 「・・・へえ・・・。」 嘘だ。 誰に抱かれても気持ちが良い訳がない。 いつもいつも色んな手に抱かれながら、目を閉じて思い浮かべていたのは、ヒカルだ。 ヒカルの腕、ヒカルの肌、そう思うだけで自分でも驚くほど反応した。 だからアキラの事を真性だと言った男もいたけれど。 それは相手がヒカルだから、だ。 毎晩違う男と共に過ごしながら、アキラは常にヒカルに抱かれていた。 「溜まってるんだ?じゃあオコネルでも呼んで来る?オレどっかで時間潰すし。」 本当に気遣うように、アキラの顔を覗き込むヒカルが憎い。 「いや・・・いいよ、面倒だし。それより、」 アキラは枕に顔を伏せた。 「キミ、してくれない?確か今まで一度もなかったよね。」 「・・・・・・。」 「別に、慣れてるとか大きさとか関係ないし。」 「・・・・・・。」 「してくれなかったら、キミの分のワクチン、捨ててしまおうかな。」 声が震えたのは、笑いながら言っているように聞こえただろうか。 ちゃんと冗談に聞こえただろうか。 枕に滲みた涙は、染みにならないだろうか。 嗚咽が漏れない内に、どうか、何か、言ってくれ。 そう思い始めた頃に、背後で溜息が聞こえた。 「っちぇ。ワクチン人質に取るなんて狡いぞ。」 良かった・・・怒っていないようだ。 笑い混じりの、軽い声。 「まーなー。童貞のまま死ぬってのも寂しいし?つって生涯ただ一人の相手が おまえっつのも寂しいっちゃあ寂しいけどな。」 服を脱ぎ始めた気配がしたので、アキラももう一度枕に顔を押しつけて涙を拭い 起き上がってボタンを外した。 ヒカルが不器用に押し込んできた時、アキラは遂に涙を流してしまった。 「あ、え?どうしたの?」 「・・・慣れていたって、最初は痛いんだ。」 「ご、ごめん!あの、いいように言って、オレ、言う通りにするし。」 ならずっとこうして入れたまま抱きしめていてくれと、言いたかったが言える筈もなく アキラは努めて冷静に動きを指示した。 「う・・・ん・・・、もっと奥まで、入れてくれていいよ・・・。」 「ん・・・。」 「それで、こういう時は・・・、キスするんだ。」 「キス?おまえと?」 「そう。」 「なんだかなぁ、」 言いながらも、合わせてきた唇を何度も味わっているとまた泣けそうになる。 軽く噛んで、舌を差し込むと上に乗っていたヒカルが小さく呻いた。 「あ・・・。」 「・・・いっちゃった・・・ごめん。」 「いや、いいよ。」 「やべー、中で出しちゃった。」 そう言いながら離そうとした腰を、不意に慌てたようにまた押しつけて来る。 「・・・どうしよ!またキた!」 そう言えば、今まで自分を抱いた男の中でヒカルが一番若い、などと思い アキラは笑いながらヒカルを抱きしめた。 翌日、ワクチンを打ったヒカルとアキラは扉を突破する爆弾などを用意し、潜水服に着替えた。 「あー、どきどきするなぁ。」 「うん、頑張ろう。ボクたちは人類の代表なのだから。」 「ああ。」 先にほぼ着替えを済ませ、あとファスナー上げてくれる、などと言っていたヒカルが ボンベを口にする寸前、不意にアキラにキスをした。 「!」 「あのな、オレ、おまえに謝らなきゃならない事があったんだ。」 「なんだ?」 「あの時。」 ・・・性欲処理係を決める籤を引いた時。 「実は、残った方のカードが少し開きかけてて、オレから見えたんだ。」 「・・・キミ。」 「スペードの、エースだった。」 「・・・・・・。」 「ホントはオレがあの役だった。でも、おまえが手を上げてくれた。」 「それは。」 「言わなきゃ、この籤はイカサマだって言わなきゃ、って思いながら、」 「・・・・・・。」 「・・・言えなかった・・・ごめん。おまえが嫌いだった訳じゃない。」 「・・・・・・。」 「でもおまえを、抱きに行ける訳、ないじゃん・・・。」 ヒカルは項垂れ、アキラの肩に額を押し当てた。 「ごめん・・・ありがとな・・・。」 アキラはただ目を閉じることしか出来なかった。 ヒカルが、自分を嫌いだった訳ではないと言ってくれただけで、 生まれてきた意味がある、と思えるほど幸せだった。 その時不意に、ヒカルはアキラを突き飛ばすとハッチに入り、内側から扉を閉めた。 「進藤?!」 ガラス窓の向こうでは、ボンベを加えたヒカルがニコニコと手を振っている。 放水コックを捻ったらしく、その足元からどんどん水が増している。 「進藤、ちょっと待て!あけろ!誰か、誰か!」 『アキラ、何かあったのか?』 「進藤が、一人でハッチに入って水を!止めて下さい!」 『無理だ、扉は中からロックしてあるし、今から水を排出していては時間が掛かりすぎる。』 「そんな!」 一時間後。艦内。 「シンドーから無線通信です。」 『えー、只今湾岸より無事上陸。目標への最短コースを誘導願います。どうぞ。』 「進藤!何を考えているんだ!」 『塔矢か?どうぞ。』 「ボクはいったいここまで何をしに来たと・・・!どうぞ!」 『おまえと無駄話したくないんだけどな。どうぞ。』 それで二人の話が終わったと思ったのか、オコネル艦長が送信マイクを奪う。 「シンドー、そのまままっすぐ北北西だ。使えそうな車はあるか?どうぞ。」 『バッテリー上がってて無理でしょ。どう、あ!自転車みっけ!どうぞ。』 「でかした。では、北北西だ。どうぞ。」 『了解。どうぞ。』 そのまま通信が途切れてしまいそうな気配がしてアキラは慌ててマイクを取り返し つい大声で呼びかけた。 「待て!進藤!どういうつもりか言って行け!どうぞ!」 『だって元々一人で出来る作業だもんよ。どうぞ。』 「それでも、それでも、・・・・・・・・・・っどうぞ。」 『おまえ、オレを一人で死なせたくないって思ってくれたんだろ? その気持ちはありがたかったけど、ここまで来てやっぱり思ったんだ。 死ぬのは一人でいい。』 「・・・・・・。」 『どうぞ。』 「・・・進藤・・・。必ず、必ず迎えに来るから。・・・どうぞ。」 『無理すんなって。オレさ、もうウィルス吸いまくっちゃってるわけ。 いつ発病するかよく分かんねーから、とにかく急ぐわ。どうぞ。』 「進藤、死ぬな・・・迎えに、きっと、また会おう・・・また、」 『・・・・・・。』 「碁を、打とう・・・どうぞ。」 みんなが見ていても、涙が止まらなかった。 言葉が上手く出ない。 何を言っていいのかよく分からない。 ヒカルにも、泣いている事が分かるだろうと思ったが、構わなかった。 『碁、な。了解。もう切るよ?どうぞ。』 「待て!待ってくれ!進藤・・・!」 『何?どうぞ。』 「進藤・・・・・・あい、」 『?』 「あい、愛してた・・・愛してる!愛してる!ボク・・・キミを・・・、」 『・・・・・・。』 「愛してる、誰よりも、ずっと・・・。」 最初は、英語で。そして日本語で。 繰り返す言葉に、艦内は静まり返り、無線の向こう側もしばらく無音だった。 『・・・・・・了解。』 ヒカルとアキラが交わした言葉は、それが最後だった。 それからヒカルは艦に、無事核ミサイルの停止ボタンを押したと通信して来た。 少しづつ大陸から遠ざかる潜水艦に向かって死滅した町の様子や自分の健康状態を 淡々と報告し続けた。 やがてバッテリーがなくなり、通信は途絶えた。 最後に、少し咳をしていたようだった。 アキラ達が南極基地に戻ってしばらくしてから、北アメリカで大規模な地震があった。 イタリア風邪の前なら大パニックになっただろうが、ヒカルの報告で人っ子一人 生きていない事が分かった今では、慌てる者もいない。 核爆発は起きなかったようだが、 みんな、ヒカルは死んだと思っていた。 けれど、アキラは諦めていなかった。 本格的な冬を前に、南米大陸に移動しようという計画が出た時、ただ一人ワクチンを打っていた アキラが試験的に0度以上の所で過ごした所、発症しなかったのだ。 ワクチンは、有効だ。 それからみんなワクチンを打って基地を捨て、南米に大移動した。 アザラシを狩り、僅かに生き残ったラマを見つけ、増やし、木の実を食べ、畑を作っている。 自然と闘い、自然の恵と共に生きる、原始の生活が始まった。 三人の女性はそれぞれ二人目の子も無事出産し、「イタリア風邪以降」の新世代が 増えてきている。 あかりもたくましい、母となっていた。 南米に移って三年経ち、完全にワクチンが有効だと証明された時に アキラはヒカルを迎えに行く事を主張した。 しかし、もし感染していないとしてももう生きてはいないだろうというのが大方の予想だった。 それにその時にはもう潜水艦の燃料はほとんどなくなり、巨大な鉄の塊と化していたのだ。 過酷な生活に何人かの男達が死んでいき、アキラにも女性を抱くチャンスが巡ってきたが、 やはり相変わらず男を受け容れる生活に甘んじている。 達するときに、つい「進藤、」と呼んでしまう事もあったが、 アキラも相手も、それで何を感じるという事もなくなってしまった。 ただ、その時だけは「進藤ヒカル」という、自分たちの命の、人類の恩人がいたと、 思い出すのだった。 そんなある冬の晴れ間。 永夏に似た娘が、外からたたたたっ、と駆け込んできた。 「どうしたの?エヴァ。」 「あのね、あのね、北から、何か来た!」 「狼か?!」 「まさか。まだ早いわ。」 「えっとね、んとね、ここの誰でもないんだけど、『かみさま』に似てる。」 ガタッ! 立ち上がったアキラが、マントを羽織るのももどかしく扉に向かう。 「まって!アキラ。あたしがさきに見つけたんだから!」 ・・・四年、自転車、北アメリカ、徒歩、地続き、など、色々な単語が頭を巡る。 まとまった思考が全く出来ない。 それでも、そんなものを全て吹き飛ばす直観が、アキラの足をかつてない程早く動かした。 緑の丘の遥か彼方に、昨日まではなかったものが立っているのが見える。 案山子に似ている。 ただ、全速力で走る。 途中でマントが脱げて飛ぶ。 けれども関係なく、走り続ける。 この四年で伸びた、真っ黒な長い髪が風に靡く。 近づいてきたのは、本当に、ただの「モノ」に見えた。 それでも、ゆっくりながら、二足歩行をしている。 「・・・しんっ・・・!」 立ち止まったそれは。 少し首を傾けたようだった。 笑ったように見えたのは、ただ、雰囲気だろうか。 「・・・・・・よお・・・。」 「・・・・・・。」 ・・・本当のことならば。 言いたい事は、山ほどあるのに。 「・・・碁盤は、用意してあるか?」 「・・・!」 何も言わず抱きついて、抱きしめると、 ・・・くさかった。 「・・・その前に、キミ、髭を剃って風呂に入ってくれ。」 「ひでえ。」 今度こそ大笑いをして、涙が、止まらない。 強く抱きしめた腕を、離すことが出来なかった。 そして囲碁は、第二の人類が遊んだ、最初のボードゲームとなった。 −了− ※21万打踏んで下さいました、カジさんに捧げますSS。 リクエスト内容はこちら。 草刈正雄主演の「復活の日」という映画をご存知でしょうか? あれをベースに精神的アキヒカのヒカアキでお願いします。 出演メンバーは自由。でもアキラ・ヒカル・あかりは必須で。 まず、映画のように疫病でシェルターに避難。 映画では南極だか北極だかの基地ですが場所はどこでも。 当初ヒカルはあかりちゃんと両思い。アキラさんの思いは心に秘めたままの状態。 でもあかりちゃんは女性なので子孫残すために選ばれた男とHしなくちゃいけません。 傷心のヒカル。その上、選ばれなかった男どもの性欲処理役(男)をくじ引きで決める事に。 ヒカルが当たるけど、ナイショでくじを操作してアキラさんが替って下さい。 ところが肝心のヒカルは一度もアキラさんを抱きに来ません。 そこで絶対抱かなくてはならない状況にヒカルを追い込んでアキラさん、目的を遂げます。 このあたりは力技で創作して下され。 ここでHシーンをぜひ!でもヒカルは淡白でよろしゅう。 それとヒカルを手にいれるためならアキラさん、命、懸けてください。 最後はアキラさんの命懸けにほだされて、どんでん返しのハッピーエンドを希望。 あかりちゃんには涙を飲んでいただきます。 極端な話、人類の明日さえどうなろうと二人が幸せなら構やしません。 ※わっはっは!人類の明日がヒカアキに負けた!(笑) そして追加として このリクは「復活の日」が舞台ですが、アキラさんの役どころは 「クリスタルドラゴン」(あしべゆうほ)に登場する脇キャラのヨールンという女性 がモデルなんです。 ※クリスタルドラゴンの筋も説明して頂いたのですが、そちらは読んでは いないので上手くそれふうになっているかどうか・・・。違ったらすみません。 「復活の日」(1980日本)は今回ビデオ屋さんで借りてきて見て大変面白かったです。 小松左京原作の近未来SFで、終末モノの走りでしょうか。 で、今回リクをご覧になって頂いてお分かりの通り、最後の最後までカジさんに 頂いた筋のままです。そして「復活の日」ともおおまかな筋は同じになりました。 もちろんホモホモしてはないですが。 アキラさんは草刈正雄とオリビア・ハッセーを混ぜた感じですかね。 多少後ろめたさも覚えつつ、書いていてとても楽しかったです。 カジさん、御申告&ナイスリク、本当にありがとうございました! |
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