図書館の冒険 8
図書館の冒険 8











……一体、どなたなのでしょうか……
   幽霊でもいい。一度、お手合わせ願いたいものです……


感に耐えないような声が聞こえ、それを聞いた進藤が、吹き出す。
笑いながら、泣いている。


「佐為……佐為……」


ウロウロ立ち歩いた後、不意に窓際に寄って、はあっと息を吹きかけた。
運の良い事に、ちゃんと曇る。


……わっ!一体、


『オレは、ヒカル。未来から来た、ヒカル』


書くと、部屋の中の気配が乱れた。


……本当、なのですか?どこにいるのですか?
   まさか……もうみまかったのですか?何歳で?


この幽霊は、随分素直で信じやすいようだ。


『生きてるって。いつか死ぬけど、まだ生きてる』


……では何故、私にも見えないのでしょう……


『じじょうがあって、未来からおまえに会いにきた』


……何だか分からないけれど、そうなんですね……
   それにしても、ヒカル!ヒカル!
   さっきの一局は、あなたのものですか?
   素晴らしかったです!


『うん、オレの。だから、安心して』


……はい……はい!
   ヒカルは黒ですね?相手は、誰なのですか?


『塔矢だよ!ここにいる』


幽霊は恐らく辺りを見回したのだろう。
しばらく沈黙が続いた後、


……そうなのですか……本当に……二人とも、成長をして……


『佐為。言えなかった。ありがとう言いたくて』


……そうですね……私が消えた、後の世界から来たんですね……
  やはり私は、消えるのですね……


『ごめん!本当に。オレはバカだった』


……良いんです。私も、私がいなくなって後悔すれば良い、なんて
   意地悪な事思ってましたから。


『ひでーひとでなし!』


……ふふふっ。でも、こちらこそ、ありがとうございました。
   あなたと過ごせて、本当に楽しかった。
   千年の命の中でも、最も楽しく幸せな二年でした。


『さい』


……こんな事を行ったら、虎次郎に怒られますね。
   向こうに行ったら謝っておきます。


『さい』


……沢山の人と打てて。あの者……塔矢行洋とも二度も打てて。
   あなたという人の礎になる事が出来た。
   私は、幸せでした。
   満足です。
   満足して、いきます。


『サイ』


……さようなら、ヒカル。どうか、もう行って下さい。


『佐』


……未来のあなたが、今日この日に来たと言う事は、そういう事なのでしょう?


『為』


……私は、今夜は一晩中『私のヒカル』の寝顔を眺めて過ごすとしましょう。


『佐為』


……さあ、もう。
   塔矢もいるんでしたね?塔矢も本当に、ありがとう。

……さようなら。どうか、どうかヒカルをよろしく……



進藤は、汚く曇った窓ガラスを袖で乱暴に拭くと、
部屋を飛び出した。
オートロックだから、中からは開くが、廊下に人がいたら怪奇現象に
なってしまうだろうに。


ボクも、慌てて部屋の中に向かって一礼して後を追う。

最後の一瞬、月明かりの中、狩衣を着た端正なシルエットが見えた。

ありがとう、ありがとう、と言う声が。
ずっと着いて来るような気がした。




進藤は、途中の階に寄ってどこかの部屋のドアの隙間に何かを差込み、
ホテルから出て行く。
ボクもつかず離れず、後を追う。

それから、バスで来た夜道をてくてくと歩いて駅に向かった。
真夜中、疲労は濃いが、進藤の足は止まらない。

何も言わない。
進藤の背中は、ずっと泣いているようだ。

ボクも、掛ける言葉がなかった。



駅のベンチで眠れない夜を過ごし、始発に乗った時、
漸く進藤がさっぱりした顔でこちらを向いた。


「ありがとな。塔矢」

「いや……良かったのか?」

「佐為の声、聞こえてた?」

「ああ……何となく。姿も見えたような気がした」

「そっか。それだけで来た甲斐があったよ」


言うと、また前を向く。
開いた足に肘を突いて。
合わせた手で、鼻と口を覆っている進藤の、表情は見えにくい。

それでも考えれば考える程、昨夜の会見は、やはり良かったのではないかと
思えて来た。
進藤も、きっとそうだろうと思う。


「佐為に、ちゃんとお別れを言えて良かった」

「言ってなかったじゃないか」

「ああ、そっか」


やっと、くすりと笑った。


「何となくさ……あの、寝てたオレに嫉妬しちゃって。
 今のオレは、佐為に『私のヒカル』って言って貰えるオレじゃないんだなって」

「それはそうだろう。佐為さん無しで、随分成長して来たんだから」

「うん……」

「でも、それをとても喜んでくれていた感じがしたよ」

「そう、だな」


進藤は、初めて見せる表情を浮かべる。
それは幸せそうで……それでいて、どこか切ない笑顔だった。





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