図書館の冒険 9 「あ!」 「どしたの?塔矢」 「ちょっと……不味い、かも知れない」 「何が?」 「棋院に、住宅地図置いて来たじゃないか!」 「……あ!」 そうだ、何故ボク達は普通に東京に帰ろうとしているかと言うと、 帰る場所がないからで。 あの住宅地図がないと……。 「もし、誰かにあれが閉じられてたりしたら」 「帰、れない?元の世界へ?」 「不味い」 「不味いなんでもんじゃねー!やっべー!やばすぎる!」 新幹線の中で走り出したい気分だったがそんな事をしても何もならない。 とにかく、あれがこの世界で見えるのかどうかに掛かっている。 ボク達と同じ性質を持っているとすれば、見えはしないが、質量はある事に……。 誰かが、踏んで滑ったりしたら大騒ぎになる! そして、ひょんな事からページが捲れてしまったり、閉じられてしまう事もあるだろう。 透明な本の謎と共に、この世界に取り残される進藤とボク……。 こんなに恐ろしい事はない。 せめて姿があれば何とでも生きていくが、これでは……、 いざとなったら肌に着色して普通の人みたいになれないかとか、 それじゃ透明人間だとか、かなり気持ち悪いだろうとか、 やきもきと下らない事をしゃべりながら東京までの長い時間を過ごし。 生きた心地もせず、走って地下鉄を乗り継いだが。 ……棋院で、昨日置いた姿のまま、住宅地図は残っていた。 二人で崩れ、床だという事も忘れて転がってしまう。 それからどちらからともなく照れたように笑い、 ボク達は二人で一緒に、地図を閉じた。 一日旅をしただけなのに、妙に長い間別世界に行っていたような気がする。 住宅地図を戻し、エレベータに乗って受付のあるフロアに戻った。 「あら、もう良いの?『忘憂清楽集』はあった?」 「三谷のねーちゃん」さんに訊かれて、そう言えば、と思ったが もうどうでも良かった。 「ええ……ありがとうございました」 「?」 彼女が、不思議そうにボク達の顔を代わる代わる見る。 「何?」 「二人とも……なんか、書庫に行く前より髭濃くなってない?」 「……」 そう言えば……向こうで一晩過ごしたからな……。 などと言える筈もなく。 「若いからね!髭の伸びも早いんだ」 進藤がわざとらしく取り繕った。 それでも埃を被って服には皺が出来て、小汚くなっているのは説明できないが。 「そう、なの?」 「うん。それじゃありがとう!三谷に、また遊ぼうぜって言っといて」 「分かったー。また暇な時は入れてあげるから、いつでも言ってね」 「!」 思わず二人して、苦笑してしまう。 「……いやぁ、もう良いよ。 やっぱ持って来て貰う方が楽だった」 「ああ、探すの大変だった?じゃあま、次からはプロに任せなさい!」 二人で手を振って外に出ると、もう夕方だった。 先程まで朝の光の中に居たので、奇妙な感じがする。 体内時計がおかしくなって時差ボケ状態なのだろう。 「疲れたな……」 「ああ……」 「今日はもう帰ってねるか」 「そうだな……」 「あれー?進藤?と、塔矢くん?珍しい〜!」 誰だ、こんなタイミングで声を掛けて来るのは。 と思ったら、見覚えはあるが、名前は知らない女性がこちらに手を振っている。 その隣にも、これまた顔は知っているが、という男性。 「あれ、奈瀬と本田さんじゃん!何してんの?こんなとこで」 進藤が、十年一日変わらない声を掛ける。 「デートに決まってるでしょ?」 女性が、隣に居た男性の腕に強引に腕を絡める。 男性は、困ったような……だが嬉しそうな顔をしていた。 「え……本田さんと奈瀬って、そうなの?」 「は?何言ってんの?何年も付き合ってるじゃない?」 「そうなんだ!知らなかった!」 「何言ってんの!あんただって何回も冷やかして来たじゃない〜!」 「あ、そか、そだったな、ちょっとぼーっとしてて」 本田さん……奈瀬さん……どこかで聞いた名だと思ったら、 2001年に、進藤とぶつかった男と、彼が持っていた手紙の宛名だ。 今思えば、進藤が帰り際ドアに何かを差し込んでいた部屋が、 奈瀬さんの部屋だったんだろう。 と、言う事、は。 進藤とボクは、思わず顔を見合わせてニヤリと笑いあった。 あれがラブレターかどうかは分からないが、あれをきっかけに 二人は付き合い出したんだ……。 進藤が知る二人が付き合っていなかった所を見ると、本来、 本田さんはあの手紙を奈瀬さんに渡せなかったのだろう。 小さな、だが、二人の運命を変えた、タイムパラドックス。 こんな所にも、意味はあったのかも知れない。 「そうだ!あんた達これから暇?」 「いや、家に帰ろうと……」 「てことは暇なんだよね? じゃあ、二人とも一緒に飲み行こー!今夜はカラオケでオールよ!」 勘弁してくれ……! ボクたちは今日三回目、二人で膝から崩れ落ちた。 --了-- ※19000踏んで下さいました、ふみたぬさんに捧げます。 リクエスト内容は、 舞台は図書館、ヒカアキが何か少しだけ不思議な出来事に巻き込まれます。 輪廻転生、図鑑、囲碁の魔術性、タイムパラドックス、 などのキーワードに関係があると大歓喜です!! ヒカアキ二人はまだニアホモで、少し悲しくて少し温かい気持ちになるオチが あるとうれしいです。 あと本田くんと奈瀬明日美ちゃんのデートシーンなんかも ちょっと描写があると大変萌えます……。 少しじゃないー!(笑 かなり不思議な出来事に巻き込まれてしまいました。 しかし私も好きな雰囲気で、楽しく書かせていただきました。 本来出会っていないヒカルとアキラさんが過去を弄る事によって出会う、 みたいな、SFな筋も考えたのですが、やはりタイムパラドックスと言えば、 「神様、お願いだ!初めに戻して!アイツと出会った一番初めに、時間を戻して!」 ですよねー。 という事で、日常に殆ど変化が無い地味な話にしてみました。 輪廻転生は苦しくてごめんなさいです。 あと本田くんがほとんど名前だけなのと、オチがドタバタなのも申し訳なし……。 ふみたぬさん、こんなんで良かったでしょうか? ワクワクするリク、ありがとうございました!
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