図書館の冒険 5
図書館の冒険 5









なるほど、自分に出会う事もあるかと感心しながら見ていると
見覚えのある女の子も続いて上がってくる。

やがて、埃をかぶった古い碁盤を見つけ……

進藤、子どもの進藤は突然倒れてしまった。


「おい、今何があったんだろうな?」

「……」

「進藤?」


あかりと呼ばれた女の子が何か叫びながら去っていき、
隣の進藤を見ると……大粒の涙を流していた。


「進藤……一体、」

「さい!」


何もない空間に向かって怒鳴る。
……って、「sai」?


「おい、進藤!」

「さい、おいテメー何だよ!無視すんなよ!オレだよ!」

「進藤、どうしたんだ?誰かいるのか?sai?」

「ああそうだよ、佐為がいるんだよ!」

「!」

「佐為!幽霊の癖に、何でオレが見えないんだ!」

「?僕には何も、」

「……ああ、そうなのか……見え、ないのか……」


進藤は突然声を弱め、膝から崩れ落ちた。


「さいって……誰だ?もしかして、あの『sai』か?」


そろりと聞くと、進藤は虚ろな目でこちらを見てこくりと頷く。


「いつか言うって、言ってたよな……佐為ってのは、オレに憑依してた
 碁打ちの幽霊なんだ」

「……」

「最初におまえと打ったのは、佐為。
 その内、オレが強くなって来て……佐為に打たせてやれなくなって……
 あいつは消えてしまった」


何を言っているんだろう……。
進藤は時々訳の分からない事を言うが、碁打ちの幽霊って……。
取りあえず話を合わせてみるか。


「その、幽霊ってキミには見えているのか?」

「ああ。今、碁盤の前に座って懐かしそうに見てる。
 着物の袖で盤面の埃を拭いてるけど……そんな事したら汚れるって。
 幽霊だから拭けないか。気がついて寂しそうな顔をしてる」


リアルに中継してくれるのは良いが、ボクには全く見えない。
そしてもし居るとしても、先方にはこちらの声は聞こえていないらしい。

どう解釈して良いのか、何と言って良いのか分からないでいる内に
年配の男性が蔵に上がってきてまたどこかへ行き、やがて救急隊員が来た。


「そうだオレ、」


ぼんやりしていた進藤は、慌しい雰囲気に覚醒したのか
子どもの進藤を抱いた救急隊員に着いて下に下りていく。


「おい、ちょっと待てよ!」

「オレ、時間を戻してって、あいつと出会った一番最初に時間を戻して欲しいって
 死ぬほど願ったんだ」

「は?だから何の話だ?あいつってsaiか?」

「そうだよ!オレが碁を打とうと思わなかったら、あいつは消えなかった!
 あのバカを……小学生の時のオレを、止めなきゃ!」

「止め……え?何だ?」


庭に走り出て、一緒に救急車に乗ろうとする進藤の腕を掴む。


「待てよ!何をするつもりか知らないが、よく考えてから動け!」

「だって、」

「大体、今キミ……子どものキミは意識がないんだから
 一緒に行っても仕方ないだろ?」

「ああ……」


進藤は膝をつき、肩を落とす。
それから、とぼとぼと門の外に向かって歩き出した。


「どこへ行くんだ」

「家。チャリで十分くらいだから、歩いても三十分掛からないだろ」

「家に行って、どうするんだ?」

「夜になったらアイツ……子どものオレが帰ってくる。
 そうしたら佐為も帰ってくるし、二人に何とか伝える」

「何を?」

「佐為に碁を打たせるべきだって事。
 オレが自分で打ち、強くなれば佐為は消えてしまうんだって事」

「ちょっと待て」

「何だ?」


どうも進藤は、タイムパラドックスに気付いていないらしい。
その、saiの幽霊がいるのが本当なら、だが。


「それで、小学生のキミが碁の勉強を始める事なく、
 saiが碁を打つ事になったら……今のキミは、どうなるんだ?」

「……」


進藤は息を飲み、青ざめた。
やはり……居なくなるのか。
あるいは記憶は残っても、当然棋力は消える……。


「駄目だよ……そんなの、ボクは、」

「だ、大丈夫だって!おまえが思ってる以上に、佐為の碁はすげーんだ。
 日本の棋界にとっても、その方が絶対良い」

「でも、キミは、」

「オレは……いい。碁を打つのは佐為だけど、
 実際に碁盤に石を置くのはオレだ。
 これからもオレにも会えるよ」

「そんな……そんな事を言ってるんじゃない!」


進藤と会える時間を、打てる時間を。
ボクがとても大切に思っているのは確かだが。


「頼むよ。きっと佐為なら沢山タイトルを取るだろう。
 黙っててくれたら、賞金半分やってもいいよ」

「!」


……人を、殴りたいと思ったのは初めてだった。


「ふざけるなっ!」

「塔矢」

「誰が、」


賞金なんか、いらない。
進藤が、他人の力で上手く打っても、羨ましくも妬ましくもない。

ただ、ボクは。


「ボクが惹かれているのは、saiなんかじゃない、キミの碁だ!」

「嘘吐き。オレの中の佐為を追いかけて、中学の囲碁部にまで入ったくせに」

「嘘じゃない!saiの碁は、今のキミの碁の中にある。
 ボクにはそれで十分だと、以前も言ったよな?信じられないのか?」

「だって」

「第一、佐為さんが打っても、同じ時期に消えるかも知れないだろう?
 十五歳までの二年と少し、佐為さんに存分に打たせて、そして去られた後、
 キミには何が残る?」

「……」

「キミの、碁に対する情熱はそんなものなのか?
 自分は打たず、我慢できるのか?
 ボクを追うと、どこまでもこの道を歩くと言った、あの言葉は嘘だったのか?」

「……っ!」


突然耳元で、ガン!と大きな音が響いた。
進藤が……ボクの横の壁を、拳で叩いている。
埃が、ぱらぱらと舞い落ちる。


「オレは……確かにオレは、碁を……碁が、好きだ。
 打てないくらいなら、死んだ方がマシかも知れない。
 でも、全ての現象には、必ず意味がある。
 こうしてタイプスリップ出来るようになったって事は、佐為を連れ戻せって。
 運命が言ってるんだ……」


……憑かれたように、抑揚なく流れる進藤の声は。

腹の底から響くような、恐ろしい声だった。






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