図書館の冒険 2
図書館の冒険 2








「……暗いな……」


エレベータの扉が開くと、そこはほぼ真っ黒で遠くに非常口のランプが見える
フロアだった。
一歩踏み出すと、動きを関知したのか電灯が順に点いて行く。


「まあ、節電とか本が紫外線で傷まないようにとか、色々あるんだろうね」

「探検みたいで面白いな」


キミは一体何歳なんだ……。


「よっし行くぞー。あるある探検隊!」

「空元気はやめろ。怖いなら怖いって言えよ」

「はぁ?誰が!」

「そうとしか思えない。いい年してはしゃぐな」


進藤は口を尖らせて何か言いかけたが、結局気を取り直したのか
貰ったメモを眺めて歩き始めた。

そこは開架されている所より通路が狭く、棚もスチールの味気ないものだ。
壁は移動書棚と言うのだろうか、レールがあって縦にスライドする書棚で占められ
ジャンル毎に分けられて、ラッカーでナンバリングされている。


「ええっと、こっちだな。社会、人文……あ、図鑑がある!」


進藤が断りもなく足を止めて、その辺の書籍を勝手に取り出した。


「ちゃんと元の場所に戻しておけよ」

「分かってるって」


ぺらり、ぺらり、とめくるのは、随分古そうな海洋生物の図鑑だ。


「お。スベスベマンジュウガニ!」


そう言って、指差した途端。


ぐらり、と地面が揺れた気がした。

地震?


……何だか空気が……空気の質量が重い……というか。



どこだここは?



いつの間にか辺りはボロボロの木の壁で囲まれ、足元には砂が。
そして、この動きにくさ、ふわふわと揺れる進藤のパーカーの帽子。


「進藤!」


彼も、驚いたように目を見開いている。
その髪が、海草のようにゆらゆらと靡く。

ここは……水の中?!


「あ……スベスベマンジュウガニ」


進藤が指差す先には、おはぎのような形をした黒い石。
指差された事に気づいたのか、石は突然何本かの細い足が生やし、
先程図録で見たカニの姿になって一目散に逃げていった。


「進藤!図鑑を閉じろ!」

「え?」

「いいから!」


進藤がぱたん、と図鑑を閉じると……そこは、元の薄暗い書庫だった。
思わず安堵して、二人して膝から崩れる。


「何……今の、何だったんだ?」

「キミも見たのなら、夢……という事はないか」

「おまえが見たのも海の底だった?」

「ああ。どこか難破船の中のような感じだったな」

「でも、息は出来てた……3D映画みたいだった」

「3D映画でもあんな臨場感はないよ」


混乱しながら首を捻っていたが、進藤がまた、止める間もなく
昆虫図鑑を開く。


「何す……」

「ゴイシシジミ!」


そこに羽を開いた姿で描かれた小さなシジミチョウを指差すと、
辺りが突然明るくなった。
風が、吹いてくる。


「ここは……」

「……どこと言う事もない、原っぱみたいだな」

「あ、あそこ新宿じゃない?」


進藤が指差す方を見ると、家々の屋根の向こうに遠目にも高いビルが集まっている。
東京からさほど離れていないが、こんな原っぱがある……。
多摩の方か?


「どうしてここなんだろう」

「ここにゴイシシジミがいるんじゃない?」


進藤が、図鑑を開いたまま草を踏みしめて歩き回る。
僕達は、テレポート……と言うのだろうか、どうも物体として質量を持ったまま
空間を移動したようだ。
という事は、今あの図書館の書庫には僕たちはいないのだろうか……。


「いた!」


進藤は、僕の気も知らないで子どものように虫取りに興じている。
自慢げに差し出された指先には、白地に黒い碁石のような模様を散りばめた
小さな小さな蝶の羽が挟まれていた。


「冬に蝶だなんて、珍しいな」

「だからここまで飛ばされたんじゃない?
 これ自体は珍しい蝶じゃないから」

「どういう事だ?」

「オレが思うに多分、あの書庫から最寄の、この生き物がいる場所に
 飛ばされてるんじゃないかな」


進藤もちゃんと、この不可思議な現象に整合性を見出そうとしていたのか。
先程、何も考えていないと見下した事を少し恥じる。


「しかし……あり得ない」

「あり得ないっつっても、今オレ達が立ってるのは、現実だよな?」

「そうなんだ……夢なら覚めてくれ、と思うが」

「そう?オレは、ワクワクしてる」

「キミは強心臓だな……」

「碁打ちだからな!」

「何だって?それではまるで僕が、」


言いかけた所で進藤が蝶を放し、ぱたんと図鑑を閉じたので、
また元の書庫に戻る。
静寂と澱んだ空気が、何だかとても恐ろしく感じられた。






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