続・コインロッカー 2
続・コインロッカー 2








久々に話した

5月20日


棋院の売店で、買い物をする塔矢を見つめていたら進藤が近づいていった。
少し離れた柱の陰で見ていると、普通に世間話をしている様子だったが
「伊角さんに負けた」と言う一言が漏れ聞こえた。

塔矢の戦績の話だろう。
先日結婚以来初めて塔矢と当たって、オレは大勝した。
一瞬わざと勝たせてくれたのかと思ったが、終局後の塔矢の様子からして
どうもそうでもないらしい。

塔矢が、格下に負ける事は珍しい。
それを進藤は不審に思って尋ねたのだろう。
塔矢が答えた声は小さすぎて何を言っているか聞こえなかったが
顔は土気色だった。

その後、進藤が「碁会所」とか言っていたので、プライベートな対局にでも
誘ったのだろうが、塔矢は感心にも断ったようだ。

結婚した日にも、進藤への執着を見せた塔矢。
特に進藤との接触を止めてはいないが、もし進藤と何かあったら、
オレは進藤を制裁せずにいられる自信がない。
塔矢が、進藤との必要以上の接触を拒んでくれて、良かった……。

二人が軽く手を振って別れた所で携帯から電話を掛ける。
塔矢はコール音にびくっと震えて電話を取り出した。
あとは受話ボタンを押すだけなのに、何故いつまでも見つめているのだろう?
10回コールした後、漸く塔矢は電話に出た。

『……はい』
「あ、オレだけど。調子はどう?」
『あの……』
「良くないみたいだね。実家に里帰りしてから」
『……』
「そろそろ戻ってきたら?」
『……すみません』
「進藤と話す暇はあっても、家に帰って来る暇はない?」
『……見てたんですか?』

塔矢は電話を持ったまま怯えたように辺りを見回している。
オレはくすくす笑いながら身を隠した。

「聞いてるのはオレなんだけど。進藤としゃべってただろ?」
『……話す、つもりもなかったんですが』

塔矢が実家に戻ってからもう一週間。
正直、塔矢のお母さんは異常だと思う。
塔矢の話では、束縛が厳しく出来るだけ息子を手元に置いておきたがるらしい。

やはり、そろそろ正直に結婚の事実を話して、彼女の息子は既に
独立して家庭を持っているのだと理解して貰ったほうが良いような気がする。

「……すみません、今日は三時までに帰るように母に言われていて」
「塔矢は本当に、箱入りだな」

だがそういう所もまた、好きなのだが。


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尾行した

5月15日


この所成績が下がっている。
当たり前だ。
全くと言って良いほど碁の勉強をしていない。

先日から、塔矢の家のはす向かいのワンルームマンションを借りている。
家賃も安くないが仕方ない。
ここからなら、塔矢の家の門が見えるのだ。

オレは毎日、塔矢が出てくるのを待っている。
細かく行動を報告させるような異常な真似はしたくないが、妻の動静は知りたい。
無理もない心理だと思う。

塔矢を実家に帰してから、塔矢先生に呼び出されたり、棋院に何か言われたり
事件が起こるのではないかと内心びくびくしていたが、そんな事はなかった。
やはり塔矢は、オレの事を本当に愛している。

だから、これはゲームだ。
妻の姿を遠くから客観的に眺める。
それも本人に気づかれないように。

まだ片思いだった頃のようにわくわくしながら、オレは望遠鏡で塔矢家の門を観察し、
塔矢が出てきたら後を尾行る。


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問題が起きた

5月12日


最初から分かっていた事だが、明日、塔矢先生ご夫妻が帰国される。
義理の両親となった人々だ、ご挨拶するのが本当なのだろうが、
その前にこうして既成事実を作ってしまった事に引け目を感じずにいられない。

塔矢は、オレにキスをして、申し訳なさそうな顔をした。
そして結婚の事を伝えるのは時期尚早だと言い、
今回は自分だけで塔矢家に帰ると言った。

「あなたがボクを信じてくれたら、だけど」
「無理だったら……残念だけれど、この生活は続けられない。
 ボクが顔を見せなかったら両親はきっと通報する」

確かに、塔矢を帰さなかったら、塔矢先生達に捜索願を出される可能性は高い。
捜索されても塔矢が見つからない可能性に賭けるか。
だがその場合、万が一見つかったらオレも塔矢も終わりだ。

「それに正直な話、ボクはまだ、両親に男と関係を持った事を
 話す勇気が出ない……」

呟く塔矢は、まるでこの部屋に来た当初のように不安定な表情を見せた。
オレには当然の、愛し合う人と体を繋げる行為が、彼の中では
致命的に後ろ暗い事らしい。

危ないな……。
いっそ塔矢を始末して、代わりにアイツを……。

今度は金銭目的の誘拐犯の振りをして、すぐに身代金でも要求するか。
そうすれば間違いなく警察に通報するだろうし、取引に行かなければ
通報がバレて誘拐犯に殺されたと思ってくれるだろう。

いや、慌てるな。
そんな手間を掛けるくらいなら、塔矢を一旦里帰りさせてみるか……。


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信じた

5月10日


塔矢が対局に無断欠席したというので棋院が騒がしい。
そう言えば先日から塔矢の携帯の着信が激しかったようだが
マナーモードにしてあるのでさほど気にならなかった。

だが、塔矢はやはり気づいていたようだ。

『捜索願を出されてこの生活を邪魔されたくないんです。
 あなたを犯罪者にしたくない』

泣きそうな顔をして、電話をさせてくれと訴えた。

塔矢を信じる訳には行かない。
だが、少し試してみたい気持ちもある。
オレは、塔矢に携帯電話を返した。

電話をしている背後でこっそり鉈を構え、いらぬ事を言ったら振り下ろすつもりだったが
塔矢は本当に棋院に連絡して、自己都合で長期休む旨を伝えただけだった。

オレはこっそり鉈を仕舞い、息を吐いた。
こんなに安堵し、満たされたのは、久しぶりだ。


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与えた

5月8日


正直、塔矢の何に惹かれたと言って、その見た目だと思う。
白い肌。美しい髪。女性的に整った目鼻立ち。

だが勿論、その美しさを支えているのは、碁に対する自信であり、
節度ある生活でもあるというのも分かっている。
いくら遺伝的に恵まれていても、頭が悪かったり自堕落な性格であれば、
それは見た目にも滲み出てしまうだろう。

この部屋に来てから、塔矢はどこか魂の抜けたような様子を見せる事が
多かった。
白痴美と思えばそれも悪くないが。
やはり、不満があればはっきりと口に出して言う、そんなしっかりした所がないと
彼を本当に手に入れたような気がしない。

試しに碁盤をベッドの上に置いてみると、明らかに目の光が変わった。

恐る恐る進藤の棋譜が欲しいか聞いたら、誰の物でも良いので
プロ棋士同士の手合いの棋譜が欲しいと言う。
それで、いくつか見繕ってプリントアウトして与えると、
塔矢は水を得た魚のように、塔矢に戻ったように見えた。

人形を手篭めにしたような、気持ちの悪さから少し救われた。


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回復した

5月6日


結婚して以来数日間寝込んでいた塔矢だが、今日は漸く起き上がれた。
何とか自力で浴室に行き、シャワーを浴びる。
オレも手伝って、体を隅から隅まで洗ってやった。
本当はあわよくばこのまま、と思っていたが、まだ痛むと言われて手を引っ込める。

それでも、吹っ切れたように見違える程表情が明るくなった。
家で待っているだけなのに、家事が出来なくて申し訳ない
この鎖を外して欲しいと言われて、信じた振りをしてみる事にした。
(実際はドアの内側のレバーを外して、中から解錠出来ないようにしてある)

だが塔矢はドアの方へ近づきもせず、てきぱきと掃除し、
オレの買ってきた有り合わせの材料で簡単な料理を作ってくれた。

オレたち、本当に、夫婦になったんだな。
そんな感慨が湧いて、涙が滲みそうになる。

寝る前、塔矢は、出来なくて申し訳ないと言って、おずおずと抱きついて来た。
おいおい、そんな事をしたら生殺しじゃないかと思ったが、
勿論天にも舞い上がるほど嬉しい。

塔矢の体が完全に回復するのが待ち遠しい。


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渡した

5月3日


妻は……やはり照れくさいので塔矢と書こうか。
塔矢は、今朝は熱が出て起きられないようだった。
絞ったタオルで体を拭いてやっていると、しみじみと家族になった実感が湧く。

ベッドと手首を手錠で繋ぎ、傍に簡易トイレを置いて
昼ごはんを用意した後、オレは外に出た。

新婚早々、体調の優れない妻を置いて出掛けるのは忍びないが、
仕事があるので仕方がない。
これからは二人分養っていくと思うと、仕事にも気合が入る。

今日は棋院で、久しぶりに和谷や進藤と顔を合わせる日だった。
普段と変わりない筈なんだが、何故か二人とも子どもっぽく見える。
自分が家庭を持ったからだろうな。

昼飯の時、進藤に塔矢のガーターベルトを渡した。
これを貰った人はご縁に恵まれるらしいと言うと、和谷も欲しいと言っていたが
おまえは彼女がいるだろうと言うと黙った。
別に和谷は嫌いじゃないが、汚らわしい女なんかとへらへらと付き合ってる罰だ。

新婚早々のオレの対局結果は、越智に中押し勝ち。
そうこなくては。

越智の事を、塔矢の劣化コピーだと思った事がある。
確かに、二人は似ている部分がある。
本人は自覚していないだろうが、彼は塔矢になりたいのだろう。

オレは塔矢に出会っていなかったら、越智を好きになっていたのだろうか。

塔矢が手に入らなかったら、代わりにしたりしていたかも知れない。

いや、考えても意味はない。
実際オレの隣には理想の新妻がいるのだし。
部屋に帰ると、塔矢は食事に手も付けず寝ていた。
起こしたが、今一つぼんやりしている。

昨夜の無理が祟ったわけではなく、本当に体調が悪いのかも知れない。
傷が痛んで、とても無理だと言われた。
お預け状態で辛いが、新妻に無茶を強いる訳には行かない。


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結婚した

5月2日


昨日は、オレの人生で一番素晴らしい日だった。
ずっと憧れていた人と、結婚式を挙げたんだ。

今日から、新婚生活をブログに書いて行こうと思う。
とは言っても自分の心覚えの日記なので、完全非公開だが。
いつか公にする日が来るかも知れないが、取り敢えずは本名で書いておいて良いだろう。

まずは昨日の話だが、色々ありすぎて書ききれない。
ウエディングドレスを着た塔矢は、信じられない程美しかった。
黒髪を和風に切りそろえているが、それが洋装に妙に調和して
こんなに美しい花嫁は見た事がないと、本気で思った。

自分の妻だから……というのもあるかも知れないが
身内の欲目だけじゃないと思う。

式で一番興奮したのは、指輪交換もだが、やはりガーターベルトを取る時だ。
スカートの中に頭を突っ込んで、白い波を?き分けて行くと
白い足があって、太腿があって、青いレースが巻きついていて。
そしてその奥には。

正直、二人きりなのだしそのままむしゃぶりついてしまいたかったが
流石に我慢した。
太腿に唇を軽くつけた後、歯でガーターベルトをくわえる。
それを引きずり下ろして漸くスカートの外に顔を出すと、
塔矢は恥ずかしいのか、顔を手で覆っていた。

サムシングブルーについて教えると、上気した顔でぼんやりと頷いた。
これ程可愛い新妻があるだろうか?

初夜も、それはそれは素晴らしいものだった。
愛する人と一つになる、この世にこれ程の悦楽があるとは。

塔矢は緊張のせいか体が硬かったが、オレは自分を抑える事が出来なかった。
ついつい無理矢理突っ込んでしまった。

血が出て、オレの物はスムーズに塔矢に出入りするようになり、
オレは塔矢の体に溺れた。

終わった後、塔矢は白いシーツに散った破瓜の血を呆然と見つめていたが、
オレがシーツを洗うと言うと、自分で洗うからと、シーツを丸めて
這うように洗面所に行った。

これ程甲斐甲斐しい、新妻があるだろうか?

オレ達は、きっと素晴らしい、似合いの夫婦になると思う。
オレは絶対に、塔矢を幸せにする。


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--了--






※15000踏んでくださいました、S藤さんに捧げます。
 リクエスト内容は「コインロッカー」を気に入って下さったとの事で

 「そして俺は途方に暮れる」を先に読んでも、思いつかなかった
 カップリングの新鮮さと、最後まで犯人が分からなかった文章の構成等、
 「コインロッカー」にはたくさん面白い点がありました。
 「コインロッカー」は非ヒカアキという事でしたが、ヒカアキかアキヒカに
 伊角さんが絡むお話が読んでみたいです。

 との事で、コインロッカーの続きにしてみました。
 タイトルも、リク主さんとキスケで候補を出しあい、最終的に
 リク主さんが私の出した中から選んで下さっています。
 ありがとうございました!

 「ヒカアキかアキヒカに伊角さんが絡む」との事でしたが、これって
 「伊角さんにヒカアキが絡む……か?」という感じですよね……。

 コインロッカーの何を気に入って下さったのか愚考しまして、とりあえず

 ・変な構成
 ・意外なCP
 ・ストーカー伊角

 は、入れようと自分で決めました。……無理がありました。

 ネット上の日記という特性を生かして「瓶詰/の地獄」(夢野/久作)的な事が
 出来たらと思いついたのですが、やっぱり三部くらいじゃないと難しいですね。

 最初時系列に添って書き、それをひっくり返して伏せたいネタの部分を
 後ろ(日付が若い方)に入れ替えて……とか捻り回していたら
 よく分からなくなって来てしまいました。

 ええと、ヒカアキはハッピーエンドになっています。
 アキラさんを心配したヒカルが、無理矢理伊角さんとの事を聞きだし
 穏便に碁勝負で結婚指輪を取り戻してアキラさんを解放しました。
 それは友情や義侠心かも知れませんが、アキラさんがヒカルに対する感情を
 自覚している以上、何とかなると思います。

 ああ説明してしまった。これって文章としてどうなの。

 S藤さん、こんなんで良かったでしょうか?
 15000打ご申告、リクエストありがとうございました!
 








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