ドッグファイト(前編)








事の始まりは。

進藤が「オレ実は年上好きなの。」と投げやりに言った事かも知れない。
それが本気だったのか何かボクに嫌がらせをしたかったのかは
未だに分からない。


「あっそ。」

「怒んねーの?」

「何でボクが。」

「可愛くねー奴だな。」


偶に彼はこうやって、3ヶ月ほど早く生まれたのを盾に取って優越感に浸ろうとする。
子どもじゃあるまいし。


「あー。年上のさ、何もかも分かってんだよってなツラした奴を
 思う存分這い付くばらせてみてえよな。」

「悪趣味な。」

「ふん、おまえなんか古くさいホーケン社会に育ってるから、年上を攻めるなんて
 したくても出来ねぇだろ。」


ムッとする。
本当に古くさいものに囚われているのならキミとこんな事にもなっていないと思うけど?


「誰か具体的に意中の人がいるのか?」


進藤は一瞬意外そうな顔をしたが、直後ニヤリと笑った。






【シノギ】


あっち〜!
将棋会館から帰ってすぐに風呂に入り、浴衣に着替えた。
夏はこれが一番。
家の中ならいくらでも着崩せるし、慣れりゃあ風通しも良くなるしな。

ビ。

冷えた麦茶を飲んでいるとブザーが鳴った。
昭和のボロいアパートには未だに呼び鈴なんてこジャレたものはないが
その無骨さも実はオレは気に入っている。

ビー。

へいへい。
また勧誘か何か、無言でドアを開けるとそこにはこれ以上ない程
意外な人物が立っていた。


「・・・・・・。」

「あの、ボクは進藤の友人で彼に頼まれて届け物を持ってきました。」


・・・覚えて、ないか。
塔矢アキラ。オレに、というよりはオレの親父に囲碁の道を断念させた男。
だが先方は初めて会うような顔をしている。
忘れているならいい。今更恨み言なんざ言うつもりねぇし。


「そ。何。」

「これです。」


タワーレコードの袋。何だ?まあいいか、後で進藤に電話でもすりゃ。
そりゃどうも、と言ってドアを閉めようとすると塔矢は


「あの!」

「・・・何だ。」

「その・・・いきなりすみません、御手洗いを貸して頂けませんか?」


・・・こう言われると。
断る事なんて出来ねえよな。くそっ。
オレは黙ってドアを大きく開けた。



トイレから出てきた塔矢は、そのまますぐに出口に向かうかと思ったのに、
ありがとうございますとか何とか言いながら、部屋の方に入って来た。


「あ、将棋盤ですね。将棋お好きなんですか?」

「・・・嫌いじゃねえな。」


まだ何の用だ・・・ってかコイツ、こんなに人懐っこい奴だったか?
子どもの頃から愛想が悪い奴じゃなかった。
ニコニコ人の話を聞いたりはしていたと思うが、自分から話すという事はなかったように思う。

進藤の、影響か?
あんな幼い時にオレを叩きのめした奴をあの小僧っ子の進藤が変えたと思うと、
小気味よくもあり、多少口惜しくもあり。

しかしその時無造作に盤上の駒に触れようとした手を、


「おいっ!」


掴んだ。
見張った目、「ボクが何をしたんですか?」とでも言いたげに
小さく開かれた口が憎らしい。
他人様の商売道具に、簡単に触れるんじゃねえ!特にテメエがよ!


「・・・てめえみたいにな、素知らぬ顔で他人を踏みにじるような奴は、」


目が、微かに細められる。


「滅茶苦茶にしてやりたくなるんだよ。」

「・・・・・・。」


だが塔矢は目を逸らさず、口の端が僅かに歪む。
まるで、笑いを堪えているかのように・・・いやそんな事もねえだろうが。
でもオレは何となく不気味になって、出来るだけ早くコイツを追い出そうと思った。


「分かったらもう、」

「奇遇ですね。」

「?」

「ボクだってあなたみたいに生意気な顔をした人は・・・犯したくなります。」


・・・コイツ・・・気でも狂ったのか?
何言ってんだ?
男が男を・・・ってオレを押し倒すってか。そのひょろい体で。

だが奴はオレの笑い声を涼しい顔で受け流した。


「勿論体力勝負では敵いませんね。どうです、これで勝負というのは。」


手元の将棋盤に目を落とす。


「もしあなたが勝ったら、文字通りボクを好きにすればいい。
 滅茶苦茶にしていいですよ。」

「・・・・・・。」

「どうです。・・・怖いですか?」


上目遣い。挑戦的な笑み。
後で思えば何でそういう事になるんだ、と言う所だ。
だがその時のオレは・・・塔矢の目の魔力にやられていた。
本当に滅茶苦茶にしてやりたいとまで思った訳ではないが、
これは奴の鼻をあかす千載一遇のチャンスだと思った。


「・・・いい根性だ。このオレ様にそんな挑戦するとはな。後悔するなよ。」

「そちらこそ。では受けてくれるんですね?」

「ああ。」


で、おまえ将棋は指せるんだろうな、と軽口を叩こうとしたら、
塔矢は駒を全て箱に入れ、盤上にがた、と裏返しに置いた。


「・・・何のつもりだ。」

「『将棋くずし』ですよ。ルールはご存知ですよね?」


こちらの目を見ずに、笑いを含んだ声で答える。


「舐めてんのか?誰がそんな子ども・・・」

「だってあなたはプロじゃないですか。」

「・・・・・・。」


凛とした声に、不覚にも言葉を失う。
塔矢はそんなオレに気付かなげにそうっと箱を垂直に持ち上げた。

からからと、音をさせていくつかの駒が落ちるが、概ね山なりになっていた。


「ああ・・・いいですね。」

「・・・・・・。」

「将棋のプロが、素人相手に賭将棋なんかするわけないですよねぇ。」

「・・・・・・。」


コイツ・・・最初から知ってやがった。
オレがプロ棋士だと知っていて、引っかけたんだ・・・。
と気付いたときはもう遅い。


「まさか自分が絶対勝てるからとこの賭を受けたんじゃないですよね?」

「・・・ああ。」

「将棋くずしはいいですね・・・集中力と、運、ですから。」

「・・・そうだ。」


・・・何であれ、勝てばいいんだ。
こんなものに技量も経験もない。集中すれば勝てる。
塔矢とオレの勝率は五分のはずだ。




お互いに山から離れた駒を数枚取った所から、額に汗が出てきた。
これからは、山にくっついた駒に掛かる。
立った駒もあるから、一本の指で倒さないように持ってくるのはちと難儀だ。

見ると、塔矢のこめかみにも汗が浮かんでいた。
オレは扇子をぱちりと閉じる。
風で倒したりしたら目も当てられない。

微かに震える白い指が、山に横腹をぴたりとつけた「金」を押さえ、
息を詰めてそうっとそうっと引っ張っていく。
手の震えが山を押しはしないかと思ったが、塔矢はヘマをしなかった。
ある程度山から離れると横を向いてふう、と息を吐き、縁を滑らせて
自分の手の中に落とし込んだ。

オレは身を乗り出して、取りやすい駒を探す。
体重移動によって畳がしなり、僅かな僅かな傾きによって山が崩れる事も
考えられるので神経を使った。

一枚、立った「歩」が一oにも満たない程だが確かに山から離れているのを見つける。
オレは手を出しかけてから一旦浴衣の袖で額の汗を拭き、ゆるゆると指を伸ばした。

ちっ。このオレともあろう者が。

指が思うように曲がらない。かと思えば思いも掛けないタイミングで突然ピクリと
震えそうな感じもする。

息を詰める。
「歩」に触れる。
もう離せない。
離したとしても手の油に引かれて倒れる可能性がある。

そうっと力を込め、ゆっくりと押す。
しめた。山から離れた。
しかし気を抜いてはいけない。
いつ倒れるか分からない。この駒は安いんだ。

軽自動車を押す程の気合で、オレはその駒を盤の縁まで運び、自分の手の中に
落とした。

ほう・・・。

思わず大きく息を吐く。勿論盤の外に向かって。


塔矢は次にオレがどちらにしようか迷った、立った「飛車」に指を伸ばした。
またこちらまで息の出来ないような時間・・・塔矢も首尾良く飛車を手中にした。

さて・・・。
もう、寝た駒も立った駒もない。・・・ここからが勝負だ。

オレは上唇を一つ舐めると潜水する時のように大きく息を吸ってから少し吐いて止め、
斜めになった「金」を下からすくい上げた。
そのまま、そうっと・・・そっと、倒さないように持ち上げ、角度を下げて
丁度牽引するように引きずる。

少しでも手が震えたら、駒は指から離れてぱたりと倒れる。
手の湿気で、何とか吸着させて少しづつ山から離す。
それから押して盤外まで運んだ。


「お見事。」


塔矢は言いながら、既に鷹の目になって次の駒を探していた。
同じく斜めにもたれ掛かった「歩」を見つけ、爪で引っかけて立たせると
そのまま時間を掛けて押し出す。


「・・・やるねぇ。」


笑ったつもりだが上手く笑えている自信がない。
後取れそうなのは・・・。
山の中に半分埋もれている「桂馬」は・・・あれはもしかして浮いてるんじゃねえか?
上では大きな・・・恐らく「王」か「玉」と、「角」が凭れあっているように見える。
もしそうだとしたら奇跡だが、この「桂馬」には山の重みは掛かっていない。

賭、か。

さっきの塔矢の言葉を思い出す。
少なくとも倒れそうに斜めになった他の駒を取るよりは、自分の性に合っている。
もしこれが取れれば、オレは勝つ。

ままよ!

密度を増したような空気の中、オレはゆっくりと指を伸ばす。

二人とも息を詰め、身じろぎ一つしないので衣擦れの音もない。
普段は気づきもしない冷蔵庫のモーター音、目覚まし時計の僅かな秒針の音が
耳鳴りのように煩くて頭が割れそうだった。

息が苦しい。
貧血のように、だんだん耳が遠くなる。

頭皮を汗が流れる。
目まで流れてきても、閉じる訳には行かない。
ただ盤上に落ちられるのは困る。

ぱたり。

僅かな水滴の振動で、山が崩れるかも知れねえからな。

指先に全神経を集中して、木の駒に触れる。
指が震えていないのを確認して、そっと引く。
僅かに・・・僅かに引っかかるのは、どこかで山の重みを受け止めているからか、
それとも盤上の線の塗料に引っかかっているからか。

思い切って・・・す、と引く。
桂馬は

それ以上の抵抗もなくするりと山から滑り出して来た。


勝った・・・!


オレは息を吐きながら、す、と駒を引き寄せた。
もう取れる所はない。
奇跡が起こらない限り、オレが負ける事はない。


・・・だがその時。

桂馬は線に躓いて頭を持ち上げ

あ。と思った時には再び盤上に腹を叩きつけ


かた。


乾いた・・・大きな、大きな音がした。






・・・オレの胸の上でさらさらと、黒い髪が揺れている。

服を脱いだ塔矢は思ったよりひ弱そうな体でもなく、白くはあるが
それなりに成長した骨格だった。

出会った頃は女みたいだったが。
事実、最初の二回ほどは女だと思っていた。
その女に勝てなくて歯がみをしたものだが、名人の子どもであるという以上に
男だと知って少し慰められた覚えがある。


「いたっ・・・何。」


腕を掴んだだけで、睨み上げる剣呑な顔。
痛てえのはこっちだっての。


「いや、大きくなったもんだと思ってな。」

「何の話。」


今はもう大人に近い年齢で、当時ほど体格差はない。
それにまた少し安心する。


「さっき・・・。」

「・・・・・・え?」

「オレがもしどうしても将棋で勝負しようと言ったらどうするつもりだった。」

「あなたはそんな事言わない。一目見て分かったよ・・・。」


一目、ねえ。忘れてる癖によ。


「将棋くずしで負けたら?」

「ああ・・・。それは、仕方ない・・・。あなたに、滅茶苦茶にされるのも、いいかも・・・。」


もう譫言のような、喘ぎ混じりの声。
口の端に、まだオレの精液がこびりついている。

ホントに度胸が据わってやがる・・・。

オレの上で狂ったように腰を動かす塔矢の髪に指を差し込みながら、
だがあんな勝負は二度と御免だと思った。








「え?」

「だから、その加賀という人を犯ったって。」

「うそ・・・。」

「本当だ。嘘だと思うなら本人に聞いてみろ。」

「バッ、んな事聞けるかよ!」

「キミも大概人が悪いな。あの人ボクの事を前から知ってるみたいだったぞ。」

「あははっ!ゴメンゴメン。いやまさか本当に出来るとはさぁ。」

「全くだ。危なかったよ。」

「ふふふっ。どうだった?」

「それより、キミも約束を果たせよ。」

「おう!おまえのご指名は誰?」



「緒方さん。」






【ホウリコミ】


「お願いしますっ!」


少年が、顔の前で手を合わせて上目遣いで見上げる。
そんな顔をされても何故オレがそんな事。


「友だちの所にでも泊まればいいだろう。」

「友だちったって一人暮らししてるの和谷ぐらいだし、和谷は今日彼女が来るって
 言うんですよ〜。」

「ああそうか。オレの所にも今日女が来る。」

「嘘だあ。さっき今日は暇だって言ったじゃん!」


棋院で捕まって、今晩空いてますかと言うから碁の検討でもしたいのかと思ったら
苦手な親戚が来るから一晩泊めてくれと言うのだ。

近頃のガキはどうなっているんだ。人の迷惑というものを考えないのか。
大体オレがおまえにどんな義理があると言うんだ・・・。

だが、通りすがりにじろじろと見ていく輩。
オレは仕方なく溜息を一つ吐き、進藤を引っ張って自分の車に
戻った。




そのまま何故か夕食まで共にする事になり、進藤は今晩は世話になるから
ここは自分が、と言ったが勘定を聞いて固まっていた。
仕方なくオレが財布を出したが、それでも自分の分は自分で、と言ったのは
奴にしてはなかなか上出来だと思う。

だからという訳でもないが、どうも流されるようにマンションに連れ帰ってしまった。


「ねえ、オレにも飲ませて飲ませて!」


今日は寝不足で疲れているんだからおまえの世話などしないぞ、と
釘を差して置いたのに、進藤はオレを放っておいてくれない。
PCをつければ「オレにもやらせて。」酒を開ければ「オレにも飲ませて。」

ガキというのはこういうものだろうか。
ならオレは金輪際ガキなんかいらないぞ。



騒ぎ回るのを無視して、ビデオに撮っておいた対局を見ながら飲み続けて
どの位経った頃だろうか・・・。

ぐらり。

それは突然だった。
視界が揺れた。

酔ったのか・・・?
おかしい、いつもならこんなに本格的に酔う前に、自分でも分かるのだが。


『緒方さん、緒方さん、寝ちゃうの?・・・寝たの?』


薄膜の向こうから聞こえるような、進藤の声。

いや、ソファでは寝ない。寝るならちゃんと着替えて・・・。




・・・股間の異様な感覚に、ふ、と意識が戻った。
見ると・・・進藤がオレのズボンをくつろげ、下着から取りだした物をぺちゃぺちゃと
舐めている。

後から思えばもっと驚いてもいい場面だったが、その時は猫か犬が牛乳を
舐めているようだ、と思っただけだった。


「・・・何をしている・・・。」

「あ。起きた?」

「そりゃ起きる。」

「えへへっ。寝不足だってから、風邪薬で一発かと思ったのに、目が覚めるのも早いね。」


いや本当は今も朦朧としているのだが。
それより。


「風邪薬、だと?」

「うん。二杯目に入れたんだけど、気が付かなかったでしょ。」


いや、気付いた。
確かに味がおかしいと思った。
だがどうせ進藤がオレが目を離した隙につまみか何かを入れたのだろうと、
驚いて飲むのをやめたら喜ばせるだけだと思って知らない顔をして飲み干したのだ。

しまった・・・。
やはり飲むのをやめて問い詰めるべきだったのか。


「・・・何故、そんなものを。」

「オレねぇ・・・どうしても緒方さんが欲しかったの。」

「・・・・・・。」


・・・全く。
近頃のガキはどうなってるんだ。

・・・ふふふっ。


「そんな小細工をしなくとも、抱いてくれと言ったら抱いてやったのに。」

「え、そうなの?」


オレは男色ではないが、基本的に来る者拒まずだ。
だが大抵の相手に、二回目はないが。

偶にはこういう、毛色の変わったのも悪くなかったかも知れない・・・。


「・・・だがお生憎様だな。変な薬を盛られたせいで。」


さっきからひっきりなしに舐められたり吸われたりしているが、
その快感は確かに伝わって来るのだが、オレのものは固くならない。


「はははっ薬のせい?」

「当たり前だ。とにかくそういう訳だから、今日は寝かせてくれ。
 またいつか気が向いたら抱いてやるから。」


だが進藤は、袋をひとつちゅ、と淫らな音を立てて吸うと顔を離して


「先生、ちょっと腰上げて。」


と言った。
つい何も考えずについ腰を浮かせてしまう。
進藤はタイミング良くオレのズボンと下着をずらして下半身を剥き出した。


「・・・やめろと言っているだろうが・・・。」


自分の声に、本気で険が混じっているのが分かる。
それこそ風邪をひいたらどうする。
無理なものは無理なんだ。


「いいんだ・・・今日はこっちが役に立たなくても。」


だが進藤はそう言うと、苦労して片腿を持ち上げて・・・
後ろの方に顔を寄せ、尖った舌で尻の穴の襞を舐めた。


「・・・!」

「ここ、気持ちいいでしょ。」

「何を・・・考えている・・・。」

「先生の予想通り。」


全く近頃のガキは・・・いや・・・、


「・・・どうしてもか。」

「どうしても。」

「オマエも大概酔狂だな・・・。」

「よく言われる。」


進藤はにっこりと微笑んだ。
何故そこで笑えるのか非常に訝しいが、何よりももう、眠気が。

好きにするがいい。

口に出したかどうか確認しないまま、オレの意識はまた遠のいた。





翌朝目覚めて、見慣れない視界に驚いた。
確かに昨夜は帰ってきたと思ったが、家の中にこんな場所があったか?

だがそれは、リビングのローテーブルの天板の裏だった・・・。
オレはソファの足元の狭苦しいスペースに、全裸で毛布をかぶって寝転がっていた。

異様な重みを感じて毛布をめくると、やはりそこには全裸の進藤が転がっている。

昨夜・・・オレは一体何を・・・。

覚えている記憶を辿ると、ある一点に来た時に、尻がずき、と痛んだ。
そうだ、オレは。

頭を抱える。
いくら薬に酔っていたからと言って、あんな事を。
あんな事を許してしまうとは。


「ん・・・。」


一旦足を曲げてから伸びをした進藤が寝ぼけ眼で頭を上げた。
が。
その前の一瞬、オレは見てしまった。
進藤の尻の内側にこびり付いていた、赤黒いいくつもの筋・・・。


「おはよ・・・せんせ・・・。」

「ああ。」


取り敢えず煙草を探す。
テーブルの上にあったのを引き寄せ一本抜き、迂闊に取り落としてから
また唇に運ぶ。


「・・・覚えてる?」

「いや・・・。」

「キモチ良かったよ。先生の中。」


言いながら進藤はオレの腰に手を回して抱きつく。


「・・・・・・。」


ライターの火が、上手く点かない。


「センセーもキモチ良かったんじゃない?」

「覚えていない。」

「だって勃たないって言ってたのに、あの後・・・。」

「・・・・・・。」

「オレ、毀されるかと思ったよ。」


そんな事を言いながら、上機嫌な猫のように喉を鳴らしかねない顔。
何故そこで笑えるのか非常に訝しい、と思いながらその思考に既視感を感じ。

しかし記憶がないのは惜しいかも知れない、などと思う自分に
少しうんざりした。







「緒方さん、食ったぜ。」

「本当か?」

「ああ。それ以上に食われたけど。」

「ははっ。あの人は転んでもタダでは起きないよ。」

「全くな。」

「しかし、あの緒方さんをねぇ・・・。どうやったんだ?」

「それは企業秘密。」

「何か汚い手を使ったんだろう。」

「手段を選べなんて聞いてねえぞ。」

「まあいいけどね。」

「次は・・・。」



「北斗杯だな。」



「選考漏れるなよ。」

「そちらこそ。」







−続く−







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