The World WarU PacificOcean 12
The World WarU PacificOcean 12








WWU Pacific Ocean


12・キスケ







「マニラへ。」


右のこめかみにぴたりと当てられた銃口は、酷く固く、冷たい。
秀英は無言で頷いてギアを入れた。

このトーヤという男。見た目を裏切って、なかなかあなどれない。
それはそうかも知れない。
日本ではまだ徴兵される年でもないだろうに、生きているか死んでいるかも知れない
進藤を追ってここまで来た男だ。

恐らくマニラに着いたら、彼に殺される。
自分なら、そうする。


秀英は力強くハンドルを収容所の方へ、切った。







同刻。ルパング近海の空母の上。


「おい。社クン。あの飛行機は、燃料満量入ってるのか?」

「入っとるわけないやろ。このご時世に。せいぜいマニラ湾2?3周や。」

「マニラ?彼にとっては逆戻りじゃないか。」

「なんでか知らんけど、そっちに行きたがっとったみたいや。」

「ふうん。でも・・・その辺りで着地するとしたら・・・出来たとしても、米の駐屯地ぐらいしかないよな?」

「ああ。」

「彼は・・・死ぬかな。」

「さあな。」










大人しく寝てればいいのに。

時折ちらりと横目で見るアキラは、顔面蒼白だった。
先程の体調の悪い様子は演技ではなかったらしい。


「・・・まだか・・・。」

「もう着いた。」


マニラならこれ程近くはない。


秀英がエンジンを切るとアキラは転がるように地面に降り立った。
そこは内陸モンテンルパ。


「海が・・・?」

「潮の香りがするだろう?」


潮騒を聞き取ろうとするように首を傾げて耳を澄ませたアキラに、
秀英が体当たりをした。


「なっ!」


二人してもんどり打って転がる。
しかしアキラは銃を放さなかった。
その手を押さえながら外そうとするが、命の懸かっている秀英の方が分が悪い。
銃口を気にしながら体勢を入れ替え、そしてまた転がり。

やがて

馬乗りになって首に手を掛けた秀英に、すかさずアキラが下から銃を突きつけた。


二人とも荒い息のまま、ピクリとも動けない。



そこへ。


「・・・OK OK! Freeze baby.」

「永夏!」


アキラの頭にぴたりと銃口の狙いを定めたまま、高永夏が近づいてきた。


「秀英、ゆっくり離れろ。」

「気を付けろ。コイツ銃持ってるぞ。」

「オレにだって目はあるさ。よく見ろよ。」


言われてもう一度見ると、確かに秀英の銃には安全装置が掛かったままだった。
それでもアキラは、秀英が離れても引き金を引くことすら出来ない。


「・・・素人だな。民間人か。」

「この制服は日本の海軍のだけれどね。」

「日本の?・・・一体誰なんだ?この可愛い子ちゃん。」

「・・・・・・。」

「まさか。」

「トーヤだよ。」


永夏は「本当か。」などとは訊かなかった。
秀英がそんな下らない冗談を言う人間ではないと知っているので。
ただ目を見開いたまま、よろよろと立ち上がるアキラを見つめていた。

やがて自分に銃口を向けたアキラに、ニッと嫌な笑いを注ぐ。


「・・・へえ。そうなんだ。なら。」


もう一度ぴたりと塔矢の額に照準を定めた。


「やめろよ!永夏。」

「何故?生かしては、おけないな。」


永夏がゆっくりと引き金に掛かった指に力を込めると、カタカタと震える銃口を永夏に向けていたアキラが
目をつぶったままついに引き金を引いた。


カ。


「あ・・・。」


カ。カ。


アキラの腕から力が抜けて、ゆっくりと銃を下がる。
永夏が顎をしゃくると秀英がその手から銃を奪い取ったが、アキラはなすがままだった。




「進藤・・・・・・。」


万策尽きて呆然と呟くアキラに永夏が近づき、その後ろ髪をぐいっと掴んで上を向かせる。
無理矢理銃口をその歯の間にねじ込む。


「・・・で。オマエはそのシンドーのをこうやってしゃぶったのか?」

「・・・・・・。」

「オレはアイツに何回もしゃぶらせたぜ。何回も、何回も。」


アキラが咽せ、その口の端から唾液が垂れた。
永夏が舌打ちをして手を離すと、がくりと膝をついて袖で口を拭う。
だが、それだけだった。


「なんだ?」

「多分英語が全然分からないんだよ。」


ふうん、と永夏はつまらなそうに頷いて、アキラの顎を掴んだ。
またその顔を上向かせて、まじまじと見つめる。
言葉が分からなくても充分敵意は伝わっているらしく、アキラも気丈に睨み返した。


「・・・ならまたオレが教えてやろうかな?」

「永夏!」

「通訳しろよ。オレがオマエの大事なシンドーをさんざん可愛がってやったって。
 そしてこれからオマエも抱いてやるって。」

「やめろよ・・・もう。」

「何故。」

「今は大事な時だろう。それに、コイツは・・・弱ってる。」

「今突っ込んだら死ぬ?放っておいても死ぬだろう。」


それを合図のように、アキラの体が崩れ、ばたりと倒れた。
長い漂流、そして何時間もジャングルを彷徨って蓄積された疲労が、
遂にアキラの体力の臨界点を超えたのだ。


「後でオレの部屋に運んでおけよ。」

「・・・断る。」

「なんだって?」

「今のトーヤには、休息が必要だ。敵も味方も関係ない。」

「・・・へえ。お優しい。じゃあオマエが代わりをしてくれるとでも言うわけ?」


秀英は初めて、永夏を憎い、と思った。
怒りに震える声で、しかし出来るだけ冷静に返事をする。


「・・・そうしたいのは山々だけれど、生憎ボクは娼婦でも男娼でも捕虜でもないんでね。」


永夏の機嫌が悪いのは分かる。
だが。


「それは残念。」


意外にも永夏はあっさりと受け流して、そして・・・笑った。


「まあ今が大事な時だっていうのも確かだしね。
 秀英、近い内に、本当に近い内に、グッド・ニュースがあるぞ。」

「え?」

「実にグッド・ニュースだ。まあ雛菊の事はそれから考えてもいいさ。」


永夏は背を向けて鼻歌を歌いながら去っていった。
アキラの上半身を膝で支え、秀英はそれを見送った。








ちっ。もう燃料が・・・・。


ヒカルは慣れない操縦で神経をすり減らしながらも、マニラ湾を低空飛行しつづけていた。
だが、海上に何者かの影は・・・なかった。

思ったより操縦席は狭い。
下の方を見ようとしても視界はなく、仮に見られたとしてもどうしても前しか向けないのだ。

この期に及んで命が惜しいわけでもないのに。

未だかつて体験したことのないスピードに、視力がついていかない。
釘付けにされたように前方しか見ることが出来ない。

それでもその前方の海に人影がないか、精一杯探したつもりなのに。


ヒカルが今一番恐れているのは、「見落とし」だった。
もし塔矢が海上でこの日の丸のついた飛行機を見ていたとしたら、
気付かずに行ってしまわれたらそれはさぞや恨めしいだろう。

それに乗っているのが塔矢を探している自分だなんて、あまりにも皮肉すぎる。

浜辺にいくつか打ち捨てられたようなボートがあったのは救いだったが、
勿論いちいち降りてその周辺を探すわけにはいかない。
しかも夕刻が迫っていた。


上手く着陸出来るかどうか分からない。
もしかしたら、自分の命はこの燃料と共に尽きるかも知れない。

それでも、それでもいいから、
その前に一目アキラの姿を見たかった。

生きている事を確認したかった。








「・・・オレさあ。塔・・・じゃなくて伊角さんが偽名なのは知ってたけど、
 『伊角慎一郎』は本当にアイツだと思ってたんだ。」

「うん・・・すまないね。隠密だったから。」

「いいんだけどさ。でも、本田が本当にあんな奴を想って死んだんだったら、やりきれなくて。
 ・・・だけど、分かるような気もして余計嫌で。純粋な奴だったし。」

「そうだな。」


暮れなずむ南海を見ながら、岩場に腰掛けて伊角と和谷は静かに話していた。

伊角は既に本田と妹の事も、和谷に話していた。
和谷からも本田の死をはっきりと聞いて悲しかったが、今は戦時下。
他の者ほどではないが自分も少しは戦友を失っている。

今は、あの世できっと妙子と仲良くやっている事だろうと。

そう思うことにした。


「・・・塔矢は・・・アイツは、魔性だ。」

「・・・・・・。」

「本田の手紙読んだ時は伊角ってきっと綺麗な男なんだろうな、って思ってたんだ。
 外見はほとんど想像した通りで・・・初めてアイツを見たとき嬉しかった。」

「そうなんだ。」

「おかしいかな?オレ、少しの間だけ・・・アイツに恋してたんだぜ?」

「・・・それは、気付かなかった。」

「うん。アイツ、というよりは『伊角慎一郎』に、かな。」


海に向かったまま淡々と言う和谷の顔は夕焼けに赤く染まっていたが、その表情は穏やかだった。
伊角は不意にボートの上で夢うつつに裸で抱き合った事を思い出してどうしようかと思ったが、
・・・どうもしなかった。


「なのにアイツは・・・あんな酷い奴で。」

「だけどオレに、薬をくれたよ。」

「そんなの当たり前じゃん。」

「でも・・・あんなに効く薬を常備してたってことは、彼にとって必要な薬だったと思うんだ。」

「・・・・・・。」

「悪い奴じゃ、ないよ。」

「・・・変な話なんだけどさ、アイツが探してたのって、オレのツレじゃないかなあ。」

「そうなのか?」

「うん。多分。」

「・・・・・・。」

「・・・アイツ、無事かな。」

「どうだろう。」

「・・・・・・。」

「・・・その友だちに、会えるといいな。」

「・・・・・・。」



その時、夕陽の前に何か小さな物がキラリと光った。


「・・・飛影?」

「こんな時間に?」


遅れて遠くから、ブーンというエンジン音が・・・。








もう燃料計は全く空を示していて、何故飛んでいるのか分からない程だった。
ヒカルは仕方なく、一番近くの浜に不時着しようとしていた。
出来るだけ陸に近い海に落ちて・・・。

と、適当な場所を探していたら。


「おーい・・・!」


浜辺に、十数人の兵らしき人影があり、こちらに手を振っている。
何語を叫んでいるのかは分からないが、もしかしてこの飛行機を見て手を振っているということは
日本人か?


ヒカルはその浜に向かってどんどん高度を下げていった。
折しも本当に燃料が無くなったらしく、エンジンが時折くすんと音を立てて止まり始めていた。
機体の腹が水面に掠り、衝撃が走る・・・。



数十分後。



ヒカルは倉田隊の中にいた。


「えーっ!こんな子どもが乗ってたのかぁ。」

「おかしいと思ったんだよ。この時期この時間に日の丸戦闘機なんて。」

「というか、いいのでありますか?」


がやがやと周りで騒ぐ兵士達の向こうから。


「進藤!」

「わ・・・和谷っ?」

「今オマエの噂してたばっかりなんだ!信じられねえ!なんでこんなとこいんの?オマエ。」

「え?ええっ?オレの?」

「そう。えっと、塔矢アキラってオマエ知ってる?」

「塔矢!塔矢を知ってるの?和谷!」

「知ってるも知ってる。今日の昼までここにいたんだぜ?」

「ええっ!生きて、たのか!」

「ああ。なんかジャングルに入ってっちゃったけど。」

「オレっ!オレ、探しに行かなくちゃ!」

「待てよオイ!」



「それがさぁ。」


後ろから倉田がぬっと顔を出してのんびりした声を出した。

しゃくった顎の先を見ると、夕闇の中でもジャングルの入り口の各所に光る銃器が見えた。
この浜全体が、敵兵に囲まれている・・・。


「・・・!」

「・・・そういうわけ。」






翌朝、永夏はこの南国でもまだ暗い内から起きて、ラジオと無線に耳を傾けていた。
日本陸軍参謀が妨害をしていることは知っていたが、エンペラーがポツダム宣言の受け入れを決めたのだ。
どんなに遅くとも、もうそろそろ・・・。

打電が入った。







アキラは丸一日死んだように寝ていた。
目が覚めたときには、腕の内側に脱脂綿がついていて、何かを注射された事を知る。


「起きたか。」

「・・・・・・。」


目の前に秀英がいた。


「それは栄養剤だ。心配するな。」

「あの、ありがとうございます・・・。」


意識を失う前、この男がかばってくれた様子だったのは、何となく分かった。
自分はこの人に銃を突きつけたのに。
鬼畜米英、と内地では叫ばれていたが、この人は悪い人じゃない。

だが、もう一人は、嫌だった。
よく分からないが・・・進藤の名を口にしていたような気がする。
そして、自分を何故か憎むような、そして舐めるような目で見ていたような気が・・・。


「感謝される謂われはないよ。結局オマエをマニラに送らなかったし。」

「ここは・・・。」

「・・・モンテンルパ収容所。」

「・・・・・・あの、あなたは、ホン・・・。」

「洪秀英。コリア系アメリカ人。昨日会ったのはここの所長で、高永夏という。」

「彼も進藤を、知っているのですか?」

「いずれ分かることだから予め言っておくけど・・・。」

「?」

「シンドーは彼の、comfort boy ・・・だったよ。」

「ええと。」

「あーもう。slave of sex で分かる?」


・・・何となく、分かった。
だがそれは違うと思う。

何かが間違っていると思う。


「・・・気にするなよ。彼は、ずっとオマエを呼んでいた。オマエに会うために生きると。
 その為なら何でもすると・・・本当に何でもしていた。」

「・・・それで、何故ここには。」

「さあ。何でも日本人が迎えに来ていたけど。」


会いたい。会いたい。
進藤に、会いたい・・・。

寝ていても離さなかった、黒石と白石を握りしめた。



「それともう一つ。いずれ分かること。」

「なんですか。」

「戦争が、終わった。日本のエンペラーが負けを認めた。」

「・・・・・・。」









その日の午後、倉田隊と伊角、和谷、ヒカルは米軍兵士に引き立てられていた。
弱っている伊角はジープに乗せられていたが、後はゆっくりと歩いていた。

ヒカルが通訳出来ることもあり、隊長の倉田のキャラクターもあるのか、日米両軍とも
なごやかで大人しくしていれば全く衝突はなかった。





そして運命の瞬間は、やって来る。





背後から数台の別隊のジープが土煙を上げながら走って来たのだ。

ヒカル達の行軍を見つけると、先頭の車が軽くクラクションを鳴らしてスピードを緩めた。

後部座席からリーダーらしい男が顔を出して、


「おい。報告はあったか?」

「何が。」

「日本が、無条件降伏したぜ。」

「ホントか?イヤッホー!今日はいい日だ!」

「ああ!今そっちの収容所に詳細を連絡しようと・・・・・・シンドー?」




「・・・永夏。」

「久しぶりだな。こんな所で何やってるんだ?日本へ帰ったんじゃないのか?」

「・・・・・・。」

「おい、スティーブ、ソイツをこっちにくれよ。」

「何バカ言ってんだ。」




「進藤?」




今度は、明らかに日本語で。




「・・・塔矢?」




信じられなかった。
突然目の前に現れた、

永夏の向こう側からアキラが身を乗り出していた。




「そうだ。オマエの代わりにいいオモチャを手に入れたぞ。」


永夏がわざとアキラの肩を抱き、その顔を引き寄せる。
その瞬間頭が沸騰するほどの怒りが湧き、おかげで同時に現実感が湧いた。


「懐かしいだろう?」


・・・欲しかったら、取り返しに、来い。


野獣の目で、ヒカルを見据える。

だがヒカルはそんな永夏など見てはいなかった。


考える暇もない。他に何も見えない。
時間も、空間も、何もかも忘れ・・・


兵士が制止する間もなく、全力でジープに向かって、跳んだ。




「塔矢!」


「進藤!」




その瞬間アキラも、信じられない力で永夏を振りきり、その体を乗り越えた。



スローモーションのように指先が触れ、

呆気にとられた日米両軍の兵士が見守る中、二人が固く抱き合う。

死んだかも知れないと、何度も思った。

それでも信じて、探し続けた。

その体がお互いの腕の中にあって。



何も。


何も、言えない。







数十秒後、やっと出てきた言葉は


「・・・オマエ、焼けたな。鼻の頭の皮が剥けてる。」

「キミもね。」


だった。





束の間の邂逅。

それでも、戦争は終わったのだ。


二人が共に祖国の地を踏める日も、そう遠い事ではない。


・・・かも知れない。








?了?








※お・・・お・・・終わってないじゃん・・・・・ by 柿

※ええそれが!実は舞台を移して続いたりするらしいんですよカッキーさん。
と、しらばっくれた通販ノリで。

(メモリー。当時のコメントを一部のみ残してみました)

   ↑
この括弧内柿の種さん。
最初私のサイトに掲載させて頂いて、数年後にカッキーのサイトに載り、
その更に数年後そこからまた転載させていただきました。
古の落書き的興趣と歴史を感じましたのでそのまま掲載。

この後コンチネンタルに続きます(そちらも完結済み)





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