The World WarU PacificOcean 11
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11・柿







雲の上を漂っているみたいだった。
こんなにゆっくり眠ったのは久しぶりだ。いつも目が覚めるか覚めないうちに体をまさぐられていた。

「進藤、起きたのか?」

ああ、うるさい。放っておいてよ。

「Let me・・・・・」・・・・・・・・・・!

日本語!?

ヒカルはがばりと跳ね起きた。大急ぎで焦点を合わせると、目の前には緒方の姿がある。

・・・・そうだ、オレはこの人に助けられたんだ。この船で日本に、塔矢の所に帰れるんだ・・・。

緒方はヒカルに向かって小さく笑いかけた。

「腹は減ってないか?雑穀交じりだがな、粥ならすぐできるぞ。」

そしてヒカルの様子に安心したかのように船室を出て行った。

一等船室らしく、それ程の狭さは感じられない。ヒカルは、窓から外を見た。既に島影はどこにも見えない。永夏の手はここまでは届かない・・・・。

心から安堵した途端に、どっと疲れが出た。やがて緒方がトレイに乗せた粥を持って帰り、無言でヒカルにそれを渡しても、ヒカルはしばらく口をつけることができなかった。

「・・・・顔が映りそうなお粥だ・・・。」

緒方は椅子を引いてそこに腰掛けた。

「悪態をつくんじゃない。それは佐為先生の好物だ。」

「佐為の!?・・・・・ああ、そういやアイツって、こんな霞みたいな物食ってそうな感じだもんな。」

無理矢理笑って箸を持ち、もう一度表面を覗き込む。粥の表面に、ぽたりと雫が落ちた。

「佐為先生はオマエとの対局中だったからな、オレは結局一度も対局して貰えなかった。・・・・こんな時代ではなく、もっと自由にお互いがしたい事をできる時に生まれていれば・・・・あの人とオレは唯一無二の相手になれたかもしれん。」

「・・・・・なのにオレは塔矢とも打ってたんだね。・・・・ごめんなさい、本当に。」

「別に構わん。そのうちあの世で対局できるさ。『大和』に乗る、と言った佐為先生を引き止めるだけの力があの時のオレにはなかった、それだけの事だ。・・・それより、そのアキラ君の事だが・・・」

緒方の表情が一瞬引き締まった事をヒカルは見逃さなかった。
震えそうな手を必死に押さえて、粥の入った椀をテーブルの上に置く。

「・・・・・・ヒロシマには・・・いなかったんだよね?」

「いなかった。彼は、特命を受けて船に乗ってこの近くまで来ていたんだが・・・昨日の昼間、別便に乗り換える途中で・・・・・・消息を絶った。」

「特命・・・って!だってアイツあんなに体の具合が悪いのに!」

ああ全くだ。と、緒方は投げ遣りに応えた。

「オレは佐為先生を引き止められなかったが、オマエには、アキラ君を追ってこさせる力があったんだろう。そんなに自分を責めるな。まだ死んだと決まったわけじゃない。消息を絶ったマニラ湾には日本軍の船舶だっているだろう。・・・・・・・いいか!?進藤、アキラ君はオマエの戦死を伝えられても決して諦めなかった。オマエだって・・・・・・・・・」

その時、辺りに轟音が響いた。
続いて、激しい振動とばりばりという大きな音が聞こえる。

「・・・・何!?」

「爆撃か!?」

緒方とヒカルも急いで船室から出た。

「・・・・・・バカな!民間人と傷病兵しか乗っていない郵便船だぞ!」

乗組員達が次々と甲板に出て白旗と赤十字の旗を振る。

戦闘機が一機、こちらにむかって機銃掃射を続けていた。

「・・・・・・・・・・・ソ連機だ!」



この日に先立つ事数日の8月8日、ソビエト連邦は、日ソ不可侵条約を一方的に破棄し、陸・空・海域へとその軍事力を展開させ始めた。早晩日本の降伏が定まった以上、戦後の発言力、領土の拡充、戦勝国への貢献度等、どれをとっても日本軍への攻撃を控える必要性は皆無であった。

・・・・・・少なくともソ連にとっては。

「どういうことだ?ソ連は参戦していなかったんじゃないのか・・・・」

緒方が信じられない物を見たように呟いた時・・・・・・

郵便船後方から、一発の爆弾が轟音と共に発射された。





「なあ、あれ日本の船やんか、助けたれや!」

船首に噛り付くようにして前方を見遣り、唾を飛ばして怒鳴る男を、越智康介は冷たい目で見た。

「判ってないな。僕は君の上官を更迭する権限は持っているけどね、この船の指揮権は持っていないんだよ。僕が『打ち方!』とでも言ったら、ここの兵隊さんたちが打ってくれるとでも思うのか?バカバカしい。何とか漂っているようなこんな船、あと一発爆弾受けたら沈んじゃうじゃない。そんな事したらさ、せっかく僕が助けた君たちまでみんな死んじゃうんだよ?」

貿易商として名を馳せた越智康介の祖父は、芦原の父、ある宮様に殊のほか目をかけて貰っていた。

・・・・それが仇となって・・・。

と、越智は今更ながらに臍をかむ。

宮様直々に、隠し子である息子のために働いて欲しい、と言われ舞い上がった祖父は、喜んで越智をこの密命のために差し出したのだ。

内地の軍事基地にいた時は良かったのだ。初めのうち越智はこの任務を心の底から楽しんでいた。

明日をもしれぬ運命に泣き、笑い、そして出立していく兵士の命を自分が握っている。倣岸な顔をして自分だけは安全な場所にいながら出撃命令を下す卑劣な上官に最後通牒を突きつける。

越智は自分の役割に酔っていた。

時には本当に尊敬できる上官と、心の底から国を守りたい一心で志願し、散っていく若者に出会う事もあった。



この兵士を戦地に送っていってもいいのか、それを止めたらこの上官はどんな目に遭うのだろうか。



・・・・・悩んでいても仕方がない。

次々に変わる部署、次から次へと投入される新兵、運び込まれる素人目にも仕上がりが十分とは言えない戦闘機・・・そういった物に越智ははだんだんと自分の神経が磨耗し、疲労がたまっていくのを感じていた。

そんなある日、越智は学習院の顔見知りで、同じ任務についている友人から『血まみれの慰安婦』と呼ばれる少年の話を聞いたのだった。

曰く、更迭させる上官に自分の体を差し出して、天国の気分を味わった後に地獄に突き落とす。

曰く、戦場では必ず人目につく白い海軍正装を身に纏って、これ見よがしに兵卒を誘惑する。

・・・・そしてどうやら誰かを探しているらしい、と。

なんだそいつは。

僕がこんなに神経をすり減らし、胃が痛くなったり、トイレに篭って悩み抜いているっていうのに。

国を思って出撃していく兵士を見送るたびに、自分が負けたような口惜しさを噛み殺しているっていうのに。

誰かさんを探すための目的でこの任務に付いているなんて、特攻兵士たちに対する冒涜だ!

『血まみれの慰安婦』が勤務する海域への派遣を打診された時に、越智は後先考えずにそれを受諾してしまった。

・・・・・・・僕がバカだった。

ただでさえ少ない要員が、そう簡単に顔を合わせられる筈もない。おまけに派遣された船というのが・・・。



「撃墜王 『社 清春』の身柄を確保せよ。」

それが芦原氏からの密命だった。

社清春の名前は越智も聞いたことがある。大日本帝国空軍が誇る飛行機乗りで、出撃して相手を打ち落とさずに帰還した事はかつてない。空軍でもその手腕を惜しんで、決して特攻隊などに配備する事はなかったのに・・・・・・・自ら進んで志願し出発してしまった。

「社ってやつが特攻なんかで死んじゃうとさ、へんに神格化されて崇められて、また若い人たちを発奮させちゃうでしょ?軍部も思いっきり利用しそうだしね。だから、あの人は飛ばさないでよ。」

あの人は飛ばせないでよ・・・・

簡単に言ってくれたものだ。まさか自分も、撃墜王『社 清春』が、こんなにバカ正直な熱血火の玉単純あんぽんたんだとは思わなかった。

越智康介は、社の上官を更迭させ、彼の出撃が無期延期された時の修羅場を思い出してため息をついた。

さすがに社を惜しんでか、彼の配属された船は、日本には数少ない航空母艦、つまり船上離着艦が可能な大型船であった。もちろんこの時は既に被弾し浮いているのが奇跡のような状態ではあったが、腐っても空母。そこにはちゃんと戦闘機が配備され、社は毎日その愛機を磨き立てていたのだった。



「なあ、助けたれや!!!」

再度の社の声に越智ははっと我に帰った。

「うるさいな。じゃあオマエが自分で飛んでって助けたらいいじゃないか。」

勿論冗談だったが、社には通じなかった。

「アホ!戦闘機乗りってのは目が命なんや!とにかく一秒でも先に敵機を見つけて上に回り込まんとあかんのや。こんな近くから飛んでったら、さあ撃ってください、いうてるようなもんや!」

耳元でがなり続ける社に閉口し、越智は、内地に送り返した上官の下で働いていた大佐の方を見て「どうしましょうか」とでもいうように心持ち顔を傾けた。

「自分は・・・・もう自分の命は捨てた物だと思っております。ここであの戦闘機に攻撃をして、反撃を受けこの船が沈んだとしても・・・・少なくともあの郵便船を見捨てるよりは遥かに胸を張って死んでいけると思いますが。」

そう言って爽やかに笑う男を見て、越智の心はまたざわついた。

軍人ってやつはどうしてこうなんだろう・・・。

どいつもこいつも死ぬ、死ぬ、って。「死んで花実が咲く物か」って昔の人も言ってるじゃないか・・・。

「わかりました。では、攻撃してください。」

越智は再び大きなため息をつき、 そして先程緒方とヒカルが聞いた轟音と共に主砲が発射される事になる。



「ホレ見、一発撃ったら逃げていきよる。あれは新兵やな。まだそんなに経験積んどらんのやろ。」

社の言ったことは事実だったらしい。郵便船遥か後方に停泊中の満身創意、といった具合の空母がまさか動き始めて攻撃を開始するとは思ってもいなかったパイロットは、機首を転換させると彼方へと飛び去って行った。

「な?オレの言うた通りやろ?」

勝ち誇ったように高笑いをする社を越智は苦々しげに眺めて言った。

「よく見ろ、あの船沈みかけてるじゃないか。ホラ、救命ボートが降ろされてる。早くこっちに移れるように手伝ったらどうだ。」

「おっ!そやった。そしたら自分行くわ。」

走り出した社の背中に向かって越智は問い掛けた。

「オマエは自分の命をあんなに粗末にしてたのに、どうしてそんなに一生懸命、見ず知らずの人間を助けようとするんだ。」と。





「進藤、すまんが手伝え。」

緒方と共に甲板に出たヒカルは、救命ボート、浮き輪、とにかく人が掴まれそうな物を次々と運び始めた。女性や怪我人がボートに先導され乗り込んでいく。

「船倉に木箱や樽がある。中身は全部出して持って来てくれ。」

救命具の数は到底足りそうもなく、二人は死に物狂いで走り回り、沈みかけた船から飛び降りる人々の胸にその応急救命具を抱かせた。

船は徐々に浸水を始め、もはや船倉に戻る事が不可能になると、今度は客室から衣装箱やら旅行かばんを持ち出して人々に与えた。

やがて、ゆっくりと船が沈み始めると漸く一息ついた緒方はヒカルを眺めて言った。

「最後まで悪かったな。俺とオマエの救命具はこれだ。」

緒方が最後に自室から持ち出したのは碁盤と碁笥だった。

「これも木で出来ているからな。立派に浮くだろう。後は運を天に任せて飛び込め。」

ヒカルは笑った。

「緒方少佐は?碁笥持ってどうすんのさ。早くしなよ。ほら、あっちの空母まで。」

緒方は煙草に火をつけると、深々とそれをふかし、それから面白くなさそうに呟いた。

「進藤、オレは・・・カナヅチだ。」

ヒカルは一瞬自分が笑っていいのか泣いていいのか、それともそのどちらも間違っているのか、答えを見つけあぐね、口元を震わせた。

「おかしかったら笑ってもいいぞ。」

「・・・冗談。・・・・・だって、カナヅチのくせに・・・・何で海軍なんかにいんだよ!!」

最後は絶叫だった。

「・・・・・全くだ。」

甲板の上にひたひたと海水が迫り始めていた。

「カナヅチが海軍士官にならなきゃいけなかった。療養中の子供が船に乗って太平洋に出なきゃならなかった。資源もない国がアメリカに戦いを挑まなければならなかった。・・・・・・まあ、そんな物だ。世の中なんてのはな。」

「おが・・・・・・っ」

「いいから行け!ぐずぐずするな、アキラ君を探しに行くんだろう!」

緒方は火のついたままの煙草をヒカルに向かって投げつけた。

ヒカルは黙ったまま緒方に対して最後の敬礼をすると、碁盤を抱えて海に飛び込んだ。

「・・・・・・・さて、と。」

緒方は、傾き始めた甲板の上に碁笥を置くと、黒石を一つ手にとって、その場に置いた。



「始めるからな。迎えに来いよ、佐為先生。」





翌日。

日課とばかりに今日もせっせと戦闘機を磨く社の側に一人の少年が立った。

「見ててもいい?」

「なんや、自分飛行機好きなんか!?」

社は相好を崩して少年に語りかける。

「うん、オレも大人になったら戦闘機乗りになりたい。ねえ、どうやってエンジン動かすの?離陸は?旋回は?・・・・・着陸はどうすんの?」

次から次へと繰り出される質問とその熱心な様子に、社は心から嬉しそうに説明を始めた。時々専門用語が混じる難解なその説明と、機器の読み方を、ヒカルの脳髄は克明に記憶していった。

そして尋ねる。

「ねえねえ・・・・・・マニラ湾って、どっち?」



同日夜。

アキラたちはボートの上で二度目の夜を迎えようとしていた。三人が背負っていた背嚢の中の水と食物はあらかた底を尽き、絶えず日光にさらされ続ける疲労と心労に、三人とも口も利けずにただそこに座り込むばかりであった。

伊角は明らかに発熱していたが、それすら今の彼らにはどうする事もできなかった。



・・・・・・夜中の事である。

アキラは、ボートの前方がぼうっと明るく光った事に気が付いて目を覚ました。灯台か、街に着いたのかもしれない、と思うと胸が鳴った。

しかし、それは電気の灯りには見えなかった。

まるでヒトダマのような・・・・・。そう思った時にアキラの耳元に声が響いた。

「・・・・・聞こえるのですか?」

アキラはもう一度頭を振ってその灯りを見詰める。

「私の声が聞こえるのですね。」

見る見るうちに小さな灯りが人型を為していく。腰が抜けたようにずるずると後ずさるアキラの目の前に、長髪の美しい人が姿を現した。

「私は藤原佐為。貴方に渡したい物があってここまでやって来ました。」

藤原佐為という名前を聞いた途端に、アキラの中の全てが覚醒した。もはや目の前にいる物が魂魄でも妖怪変化の類でも構わない。自分の前に現れたからには、ヒカルを連れて行かせはしない、とはっきり告げてやらなければならない。恐怖は去り、目に光が戻った。

「そんなに怖い顔をしないでくださいよ。」

佐為は困ったように笑った。その笑顔があまりに綺麗で、アキラの胸の中にまた憎悪の炎が上がる。

「ええと・・・・・その前に。大事なことをひとつ。貴方、まだペニシリンのアンプル持ってますよね?」

アキラの緊張ががっくりと解けた。まさか幽霊から「ペニシリン」などという現実的な言葉を聞くとは思ってもみなかったのだ。

「あ・・・・・ええ。常時携帯と言われていましたから・・・まだ2クール分くらいは・・・。」

毒気を抜かれたアキラは素直に返事をした。

「それは良かった!では、ここにいる怪我をした青年に、それを注射してやって下さい。朝・昼・晩と・・・三日間。それでこの人はなんとか急場を切り抜けられるでしょう。後は養生と・・・・」

アキラがぽかんと眺めている間も、この藤原佐為という人はそれはそれは嬉しそうに微に入り細に入り伊角の手当ての方法を話し続け、時々ぽんと手を打っては、「そうそう、ジャングルに生えている薬草にいい物があって・・・」と、また続ける。

・・・・・・・何だか、ボクが想像していた人と全然違う。

初めのうちこそアキラは、伊角の手当ての方法はもう判ったから、用事は何だ、と聞きたい衝動を押さえるのに必死だった。・・・・・・だが、しばらくこの人が語っている様子を見ているうちに、なんだかだんだんとこの人の側でずっとこうやって話を聞いていたいような、暖かな気持ちが広がってくるのを感じていた。

・・・・・・きっと進藤もこうだったんだな・・・。

アキラがそう思った時、佐為が驚いたようにこちらを見た。

「あ!そうそう、ヒカルですよね。ヒカル。そのために来たんですから。」

そしてこほん、とひとつ咳払いをするとおもむろに居ずまいを正し、そして黙ってその右手を差し出した。

佐為の手からアキラに渡された物は、綺麗に磨かれた黒と白の丸い天然石だった。

・・・・・・・これは!?

アキラが顔を上げて問い掛けると・・・・佐為はうっすらと微笑みながら、既にその姿を消して行くところだった。

「十六の九・・・・・いい手です。ヒカルを・・・きっと・・・ヒ・カ・・・」

そして辺りは再び暗闇に包まれた。



「・・・・・・・おい、ちょっとアンタ!いつまで寝てんだよ!」

和谷の怒声で起こされたアキラは慌てて右手を見た。しっかりと握られたまま強張ってしまって容易には開かないそれを開くと・・・当然ながらそこには何もなかった。

「・・・夢か。」

けれどそれならそれでいい。ペニシリンが炎症を押さえるのなら、試してみる価値はある。アキラが背嚢を開けようとした時和谷が再び言った。

「なあ、見ろよ。あれ島じゃねえか?」

彼らのボートが進んでいく先には、確かに煙ったような島影が見えた。



じりじりとするような数時間を耐えた後、ボートは島に着いた。

「ちょっと待て。急いで上陸して敵兵に見つかったらマズイからな。」

和谷が先に降り、そう口にすると同時に、遠くから草を踏み分け枝を払う音が聞こえてきた。

「やべっ!早くボートから降りてそこの岩場に隠れろ!」

三人で息を潜めて岩陰に身を隠していると・・・・・・・何とも言えず呑気な声が響いた。

「だからあ?この入り江は安全だって、オレの野生のカンが言ってんだよね。それにさ、魚が取れるから。・・・・・・醤油がないのが不幸だよな。あ、オレの分はね『洗い』にしろよな。」

あまりに懐かしい日本語を聞き、全員が顔を見合わせた。和谷は泣き笑いのような表情をしている。

そしてアキラたちは「常勝倉田隊」との合流を果たしたのであった。





なんだかお祭りのようで実感が湧かなかった。

倉田という中隊長は、刺身だワカメだホタテ貝だ、とおおはしゃぎで走り回り、ペニシリンを注射された伊角は見るからに熱が引いて、だいぶ楽そうな様子をしている。倉田中隊長に『伊角』と呼ばれた伊角本人は大慌てで、それはここにいる人の命にかかわるから、と説明を始めたけれど、それは倉田の「あのねえ、もうあと2日くらいで戦争終わっちゃうから大丈夫だよ。」の一言に黙殺された。和谷はそれを聞いていて何だかおかしな様子だった。「だってそんな・・・伊角さんって・・・その・・・あの・・・」と訳の判らない事を呟いて赤くなっていた。

「・・・・・・てことは、ここにいるのが『塔矢アキラ』か?」

…倉田さんはボクを見て非常に興味を持ったらしい。何でも、この隊は囲碁をその軍事魂の礎として、常に対局を怠らず、足りない碁石はその辺の石まで拾って間に合わせていたという。

・・・・・変わった連中だ。

ボクと対局をしたい、という倉田さんの申し出を「進藤と対局中ですから・・・」そう言って断ろうとした時だった。

「中でもさあ、これ、これ見て。こんな石拾えるなんて奇跡だろ。しかも二つ並んで置いてあったんだぞ。」

何の気なしに倉田さんが差し出した二つの石を見て、ボクの心臓が凍った。

「・・・・・・・・・・この石を・・・どこで?」

「え?この先のジャングル。歩いて3時間くらいのところだけど。」

それがどうした?

倉田さんの声がボクにはもう届かない。

思わず倉田さんの手から奪い取った石を握り締めて、ボクはジャングルに向かって走った。

「倉田中隊長!その二人の事、よろしく頼みます!」

頭だけ辛うじて後ろに向けて、ボクは叫んだ。

・・・・・・それは、夢の中に出てきた石だった。





「・・・・・・全く高所長にも困った物だ。」

洪秀英は、永夏の八つ当たりの標的にされていた。今朝はいつまでも起きて来ないので起こしに行ったら、羽枕を裂いて部屋中を羽毛だらけにして拗ねていた。その後オートミールがぬるいと言ってひっくり返し、シャワーの後のコロンが切れていたのが気に入らないと怒鳴り散らした。

・・・・・子供じゃあるまいし。

お気に入りのオモチャがいなくなってからというもの、永夏の行動は目に余り、他の兵士たちも嫌がって側に行こうともしない。

ボク以外に用事を言いつけられる人間もいないくせに。

勢い余って、かんしゃくを起こした永夏にゴミトラックの運転と、ゴミを捨てた後のトラックの清掃まで命じられてしまった。

やれやれ・・・・・・。

秀英は、川沿いにトラックを止め、デッキブラシで洗車を始めた。
その時、秀英の目はジャングルの中を渡る白い影を捉えた。
最初は、大型の動物か鳥かと思った。
その白い影は何事かを叫びながらこちらに物凄い勢いで向かってくる。

・・・・・違う、人間だ!

秀英の体に緊張が走り、手が腰の小銃に伸びた。

兵隊?いや、ジャングルの中であんなに目立つ色を着る兵士はいないだろう。・・・それなら民間人か・・・いずれにしろ確認をして場合によっては捕獲しなければならない。



その時

秀英の耳に、その人間の声が届いた。



「進藤!進藤!進藤!進藤!」

まるで血を吐きながら叫んでいるようだった。

幼い頃、祖母に聞かされた昔話が蘇る。

「泣いて血を吐くホトトギス・・・・・・だったっけ・・・・・・」

・・・・・・あれはトーヤだ。
直感が秀英に告げていた。
トーヤがここまでシンドーを追って来た。
どうしよう。
シンドーを載せた船は今ごろマニラ湾を漂っている筈だ。

このまま高所長にコイツを遭わせたら・・・

考える前に体が動いていた。秀英は衝動的にアキラの前に飛び出すとその行く手を阻んだ。

「進藤!?」

飛び出してきた小柄な姿に、アキラの足が止まった。

「違う。ボクは洪秀英。アメリカ兵だ。」

秀英は、小銃をアキラに向け、照準を合わせたまま答えた。

「・・・どうして日本語を?」

「祖母が日系人だった。・・・・・・・それよりも、オマエのシンドーはもうここにはいない。」

アキラの顔が一瞬強張り、それからがっくりと膝を折った。

「・・・・・・・でも、それでも・・・・生きていると?」

自分の足元に倒れかけたその姿はあまりにも頼りなげで、秀英は一瞬自分に口付けをしたヒカルの姿を思い出した。それからアキラに向けていた銃を仕舞うと、ひとつため息をついた。

「シンドーの雛菊・・・・か。」

アキラの隣に膝をついて助け起こす。とにかくトラックに乗せて、高所長がいる所とは別の収容所にでも移すしかない。アキラはぐったりとした様子で、秀英の成すがままにされていた。後ろから押し上げるようにトラックの助手席に乗せ、秀英が運転席に座ってエンジンをかけてもピクリともしない。

気の毒に。あと二日早ければシンドーに会えたのに・・・。

真っ白な顔をしたまま目を閉じているアキラに毛布をかけてやろうとした時だった。アキラの手が秀英の小銃に伸び、あっという間にそれを抜き取った。

「手を挙げて。・・・・・・動かないで。進藤は今、どこにいる?」

秀英は自分の甘さを呪っていた。あのシンドーの思い人だ。その辺に咲いているひ弱な花だと思った自分が浅はかだったのだ。

「恐らくは・・・今頃、マニラに停泊して・・・次の出航を待っていると・・・」

こめかみにぴたりと小銃を突きつけられ、秀英は脂汗を流していた。

「それなら、ボクをマニラまで連れて行け。」



「ワレ!何しとんのや!!降りろ!!!!」

狂ったように社が叫んでいた。時ならぬエンジン音に何事か、と船中の人間が集まってくる。

社の愛機にはヒカルが乗り込んでいた。何か言っている様子で口が動いているのだけは見て取れるが、エンジンの爆音とプロペラの音に邪魔されて何も聞こえない。やがてそれを悟ったのか、ヒカルは一つ敬礼をすると、一気にスピードを加速させ、スロットルを持ち上げ機体を発進させた。

「行っちゃったよ。・・・・・・バカが。」

甲板を叩いて口惜しがる社の後ろで越智がぽつりと呟いた。





停戦まで24時間を切っていた。





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