The World WarU PacificOcean 6
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6・キスケ







最後は明るく行こうと、みんなで翌日飲むはずだった酒を空けた。
途中上官がやってきて、慌てて皆で起立したが、一人が酔って敬礼をしながらふらふらとよろけた。

それで酒を飲んでいた事がバレたはずだったが・・・。

上官は苦い顔で、「国を救うのは、諸子だ。」

と重々しく言った後、悪戯っぽく笑ってオレ達に敬礼をした。
上官のそんな親しげな、というか人間らしい仕草を見たのは初めてで驚いた。
後で思うと、彼も飲んでいたのかも知れない。



みんな。

みんな。



「『万歳が この世の声の 出し納め』・・・か。」


出撃命令が下ったとき、こんな川柳を詠んだあいつは本当に最後に万歳と言っただろうか。
言ってないだろうな。
そんな奴に限って、最後には母親を呼んだりするんだきっと。


目を覆っている包帯が、じわりと熱くなり、そして冷えた。


「『童貞の ままで行ったか 損な奴』・・・。」

「ははは。川柳かい?和谷。」

「わっ!」


誰かいたのか。







オレは神風特別攻撃隊に選ばれた。
戦友と別れの盃を交わして出撃したが・・・。

800キロ弾を投下した後、そのまま友が引き返すのを見て、操縦桿を返したんだ。

実際に敵艦に突っ込んで行く者は、半数くらいだった。
残りは帰ろうとしていた。

どちらも次々と撃墜されていた。

同じ事。敵艦に突っ込もうが、尻尾を巻こうが、どちらにしても相手に傷一つ負わせられず
太平洋に散っていくしかない。

そう思うと、どうせ死ぬなら、最後くらいはやりたいようにやらせて貰おうと決めただけで
特に自分だけ生き残ろうとも生き残れるとも思ってはいなかった。
ただ、胸に入れた遺書と、一枚の藁半紙・・・手紙を、本土に届けたかったな・・・。

ただそれだけを、思っていた。





だが、ほとんど死んだと思いながら弾丸の雨の中を何も考えずに飛ぶ間に、
いつの間にかオレだけ敵艦上空から離脱していたらしい。

奇跡だった。

だが、友の散った爆風で目をやられ、霞む視界でやっと見た燃料タンクは、ほとんど空だった。


「ちぇ。つまんねえ奇跡。」


だが、その時大洋を航行する空母、「日向」の陰を見つけたのだ。
九死どころか・・・万死に一生。






そこで助けられて、目に包帯をされたまま長らく救護室で眠っていたらしい。
目覚めても視界はなく、生き残った実感もないままに一人で声を出してみると、
誰もいないと思っていた部屋にもう一人いたという訳だ。


「キミの目は、少し傷ついているだけだからもう見えるようになると思う。」


軍医か・・・今の状況が今ひとつ掴めないが、それでもこの声は、若くて優しい。
安堵した。
単なる軍人ではなさそうだし、階級も分からないけど。


「あの・・・あなたは?」

「・・・そうだな。塔矢・・・と呼んでくれ。所属は、今は勘弁。」

「塔矢さん・・・。」


「そうだな」?自分の名前を言うのに考え込む者はいない。
所属を言えないことからも、もしかしたら本当は名を隠さなければならないのかも知れないと思った。
それが何故かは分からないが。


「あの、手当して下さってありがとうございます。自分は、」

「伍長、和谷義高。」

「え?」

「キミ、和谷だろ?」

「ええ、そうですが。」

「服に縫い取りがあったから。『レイテ湾内の敵艦船を攻撃し、必死必殺の体当たりを以て・・・』」

「・・・・・・。」

「『本攻撃に参加せる万朶飛行隊員次の如し・・・』」


知っている名が次々と挙げられる。


「『・・・陸軍伍長 和谷義高。』・・・大本営発表だよ。キミ、戦死したことになってる。」

「えっ!」


それで・・・知らない間に二階級特進か。


「オレ、生きてます。すぐに第四航空軍に連絡を。」

「したら、殺されるよ?」

「・・・・・・。」

「考えてみなよ。死んで二階級特進になった特攻隊員が生きてたりしたら、
 参謀たちにどれだけ都合が悪いか。」

「そんな・・・。」

「取り敢えず偽名を使っておいたらいい。海軍が陸軍の兵卒の名前なんていちいち記憶してない。」


もしかしたら、この人も同じ様な経緯で偽名を使っているのかも知れない、
とその時気付いた。


オレが黙っていると塔矢と名乗る人物が、背後に移動した気配がした。


「じゃあ、包帯外そうか。」

「・・・はい。」


くるくると、包帯が外される度に視界が明るくなる。
やがて


「そうっと目を開けて。」


言われるままにゆっくりと瞼を開けると、
そこには自分より少しだけ年かさの、優しそうな青年が微笑んでいた。







その船は静かだった。
沢山の兵士が乗っていたし、仲は良さそうだったが排他的に見えた。
塔矢と名乗る人物は多少交流があるようだが、オレと彼らが言葉を交わすことはほとんどなかった。


「・・・『震洋』だよ。」


ベニヤ板製のボートに自動車のエンジンを搭載し、艇首に爆薬を積んで目標に体当たりする。
「回天」と共に大本営が体勢挽回の為に準備した海洋特攻だが、
その命中率は回天の1/3以下と言われている。


「犬死にだ。」

「・・・そうですね。」


『塔矢』さんとは、こんな、戦地においては際どい会話も交わせる。
こんなことが上に知れたら、首が飛ぶけど。
もともとお互いに偽名を使っている、という秘密を共有しているせいもあったが
この人にはどこか気のおけない、雰囲気があった。

『塔矢』さんは実は船医ではなく、オレと同じくこの船の中では客分、というか外部であるらしい。
でも他には何もからず謎めいている。
だが、オレには兄はいなかったが、いればこんな感じだったのではないかと思えた。


とにかく。
折角予科練を卒業しても、その時期が遅かったばかりに乗るべき飛行機が残っておらず、
ベニヤ板のボートに乗って死ぬのを待つしかない海上特攻隊員には、
折角飛行機に乗りながらおめおめと生き延びたオレは、さぞや腹立たしく情けなく、
目障りな存在なんだろう。

オレは、恵まれていた。

ただでさえ恵まれていたのに、華々しく散る機会を失って、こうして生きてしまっている。


「進藤。」


オレは、『進藤ヒカル』と名乗っていた。
一瞬戦友の名前を挙げようかと思ったが、それではすぐに所属がバレてしまう。
内地に残っているはずの年下の友人の名前なら、分からない。
運が良ければこのまま帰国出来るかも知れない。


「気にするなよ。」

「ええ・・・。気にしてませんよ。結局は生き残った者の、勝ちなんです。」

「はははっ!違いない。」


『塔矢』さんは元々は本気で「お国の為に」と思っていたらしいが、
こういう考え方をするようになったのは、上官の影響だと言っていた。
だとすれば、随分変わった上官もいたものだ。

それともう一つ、その上官のお陰で、『塔矢』さんとオレの共通の趣味が、


「塔矢さん、後で時間が空いたら碁を・・・。」


その時、視界の隅に真っ白い、


「・・・あれは?」







甲板を、美しい少女が歩いていく。



真昼の幻かと思った。



だが、数人に守られるように囲まれてゆっくり歩を進めるその人物は、
下士官が着用する金ボタンの白い詰め襟を、この暑いのにきっちりと着込んでいた。
そして白に黒鍔の、金の徽章がついた海軍帽。

眩しい。

顎の辺りできっちりと切りそろえられた髪が、余計に黒かった。
そのせいで、そんなはずはないと思っても男装の麗人のような妖しさを感じずにはいられない。

それにしても・・・まだ少年じゃないか。
あの待遇は。階級は。



「あ、まずい。オレはあの人に見つかっちゃいけないんだ。」


『塔矢』さんがオレの腕を引いて、一緒に反対側を向かせる。
何だ?何だ?
いや、それよりも。


「あれは・・・。」

「『慰安婦』。」

「?!」

「ってあだ名で呼ばれてるよ。若い連中には。」

「女なんですか?」

「まさか!若いしあの姿だろ?御器曽大尉の部下という事になってるが、実は妾なんじゃないかなんて
 冗談半分に言った奴がいてね、それ以来陰ではそのように言われている。」

「・・・それにしても異様ですよね。オレより若いでしょ?それで下士官だなんて。」

「ああ、彼には階級があってないような物だな。少し前までは、セーラー襟の兵二種服を着ていた。」

「はあ?!」

「想像したら女学生みたいだろ?それで・・・血迷った兵士の一人に襲われかけたらしい。」

「まさか・・・それで。」

「そのまさかだよ。それ以来下士官服を着て、ああやって襟をきっちり止めて護衛に守られている。
 まあ今日みたいに船室から出てくる事はほとんどないけれど。」

「なんだよ、それ。」


あのガキ、一瞬少女に見えたが、よく顔を見ればその眉は凛々しく、目は強い意志を秘めていた。
襲う方も襲う方だが、だからって男なら自分の身ぐらい自分で守れよ。


「腹が立つのも分かるけどね。」

「どこぞの華族の若様ですか?」

「って噂もあるけど本当は違う。それにそうだったらこんな前線にいないって。」

「わかんねえなぁ。」

「・・・気の毒な、人だよ。本当はこんな所にいられる筈がないほど体が弱いのに。」

「塔矢さん・・・?随分詳しいですね?」

「いや・・・。まあ迂闊に近づく事も出来ないし、今の所オレ達には関係ない上つ方さ。」


海軍は明治からほとんど変わらない英国式の軍服だったが、
今の時勢下では、殆どの兵卒が緑系の第三種陸戦服を着用している。
白や紺は敵の航空機の目標になりやすいかららしい。

そんな中で、滅多に外に出ないからだろうが一人純白を着用している彼は、
正に一羽の鶴のようだった。
兵卒からも、他の下士官や上官からもオレら以上に浮き上がっている。
そして嫌われてるんだろうな・・・。


「・・・タダでさえ目立つのに、何で殊更あんな人目を引く格好してんだろ。」

「さあ・・・。何だ進藤、気になるのか?」

「違いますよ。みんなに自分を見て欲しいのかなと思って。やな奴だな。」

「う?ん・・・。と言うよりは、特定の誰かに自分を見つけて欲しいんじゃないか?」

「え、そうなんですか?」

「いや分からないけどね。何となく。」


人を、探しているのか。
何となく、急に親近感を覚える。

そう言われてもう一度振り向いて見た彼は、
確かにどこか物寂しげな表情に、見えた。


「んで、その『慰安婦』。ホントは何て名なんですか?」

「と・・・、いや、えっと、『伊角』だよ。『伊角慎一郎』。」

「伊角?!」






・・・・・・この世の誰よりも愛していると


アイツが


・・・・・・日本で一番妻を愛している夫の百倍くらいその人を愛していると。


アイツが愛した人を、

見つけた。





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