The World WarU PacificOcean 2 2・キスケ 「ゆりこ すくすく伸びよ。兄さんはいつでもお前を見ているぞ。」 震える手で便箋をめくる。 「お母さん 情けは人の為ならず。」 ああ、そう言えばいつも、家のかーちゃんは一文の得にもならん面倒を引き受ける、 と顔をしかめていた。 でも、話すことと言ったら、そのかーちゃんが貧しい子どもに施しをしようとしたら財布ごと盗られて それなのに大笑いしていたとか、とてもおおらかなお母さんを想像させる話ばかりだった。 なんだかんだ言いながら、きっと自慢のお母さんだったんだろう。 「お父さん お父さんの髭は痛かったです。」 ・・・・・・。 必死に堪えていた、涙が零れた。 便箋の端に落ちて、慌てて袖で拭う。 親父さんの話はあまり聞いたことがない。 海軍にいると、聞いたことがあるような気もする。霧島だったか、金剛だったか。 ・・・いや、霧島だったような気がする。 だとしたら、もう疾うにソロモン沖で・・・。 こんな下らん事を書いたのは、あの世でゆっくり話が出来るからか? それとも、取りあえずこれだけは言っておきたかったのか。 莫迦な奴・・・。莫迦な奴。 戦友の遺書を読んだのは、何も好奇心なんかじゃない。 もしもオレが死んだらお前が家族に遺書を届けてくれ、 でもオレは文に自信がないから添削してからにしてくれ、 と頼まれていたからだ。 よく考えたら、他人が添削した遺書なんて、間抜けすぎて家族に渡せる筈がない。 それにこれだけの文章、添削するも何もないじゃないか。 でも、もしかしたらオレに読んで欲しかったのかも知れない、なんて自惚れてみる。 と、便箋を包んでいた藁半紙の裏に、薄い鉛筆で何か書いてあるのに気付いた。 花もつぼみの若桜 五尺の命 ひっさげて 国の大事に殉ずるわ・・・ なんだ、学徒出陣の歌じゃないか。ははっ、変なとこで間違えてる。 やっぱあいつ、莫迦だな・・・。 あれ・・・?その側に、小さく、小さく・・・ 「 和谷 これを読んだら、この紙を捨てて手紙の包み紙を変えてくれ。 オレは文に自信がないから、お前に代筆して貰いたい手紙がある。 ある人に、この世の誰よりも愛していると伝えたいのだ。 日本で一番妻を愛している夫の百倍くらいその人を愛していると。 でも、死んだ者からそんな事言われても困るだろうから、やっぱりいい。 」 ・・・・・何なんだ! アイツらしくて腹立たしいような笑えるような・・・、泣けるような。 これだけで、熱烈な恋文じゃないか。 代筆なんて、きっとオレがどんなに言葉を弄するよりこの自筆の文章の方が伝わる。 それにしてもアイツが、こんなに激しい恋をしているなんて、知らなかった。 水くさい奴め・・・。 羨ましくもある。 オレは恋なんて知らないので。 そんなの軟弱だと思っていたが、戦地で色々聞いていると、やはり勿体なかったと思う。 きっとオレは、恋を知らずに死ぬだろう。 渡してやりたいな・・・。 渡してやりたいけど、相手も分からないんじゃ。 それにオレが内地に帰られる可能性は、限りなく低い。 何が「醜の御楯」だ。 何が「神風」だ・・・。 オレが涙を新たにした時、 ひらひらと、小さな短冊が紙の間から落ちた。 まるで、オレに見つけてくれと言っているようだった。 もしかして、その恋人の名が・・・。 起床ー!起床ー! 遠くでカンカンと金属を叩く音がする。 薄明かりで読んでいた手紙も、随分はっきり見えるようになっていた。 だんだんと近づいてきて、周りの者も起き始めるだろう。 オレは慌てて短冊を拾った。 「伊角慎一郎さま」 ??? てっきり女名前があると思ったオレは、驚いた。 「うう・・・・。」 誰かの起き出した声に、慌ててその紙をくしゃりと丸め、靴の中に隠す。 胸の動機が激しかった。 でも、おしゃべりなアイツが、国に残してきた許嫁や恋人を自慢する仲間達の話を 黙ってニコニコしながら聞き、自分の話を何もしなかったのは・・・。 もしかして、それが人に言えない恋、男色だったからなのではないか、とも思えてきた。 不思議と気色悪くはなかった。 死んだ者の恋はどんな形であれ、透明で、美しい事のように思えた。 伊角慎一郎 その人物は、召集されていないのだろうか。 いや、もしかしたらもっと若くて・・・少女のように美しい少年なのかも知れない。 もし彼が戦友を兄のように慕っていたのだとしたら、この恋文はきっと衝撃だろう。 それでも、きっとアイツの事を嫌いになったりしないだろう。 アイツは、そんな奴だ。 きっと生きて、帰ろう。 ソイツに、この恋文を渡してやろう。 なんだったらオレが代筆してもいい。 『なんとしても祖国の難を救いたい。』 心から願った日の、何と遠いことか。 オレは、生きて帰ることを、本気で望んだ。
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