WWU Continent 15
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15.キスケ




ヒカルは茫洋とした世界にいた。



長い、長い、そして色々な夢を見たのだ。

ある時は広島の療養所でアキラと碁を打っていた。
ある時は自分は女の子になってアキラに愛されていた。
ある時は狭い所に閉じこめられて爆弾と一緒に暗い海の中を漂っていた。

昔話に出てくる廓のような場所で佐為に仕えていた。
アメリカ人に抱かれながら命を繋いでいた。
花の咲いている場所で幼いアキラと笑い合っていた。
緒方少佐という人が、自分の身を犠牲にして命を助けてくれた。

どこか平和な場所でアキラと出会い、アキラを追いかけて碁打ちになった。


アキラに銃で撃たれ・・・犯された。


どこまでが本当で、どこからが現実でないのか、よく分からない。
夢の中で今までも色々悲しいこともあったけれど、今の状況はどちらかというと
良い夢だと思う。

身体は苦しくて仕方が無いけれど、目を開ければそこにはアキラがいて。

何処で出会ったのかな。オレたち。

この塔矢は碁を打つだろうか?
男に抱かれた事はあるだろうか?
オレを憎んでいただろうか?
それとも今も憎んでいるのか?

・・・どうでも構わないから、

どうか側にいて。

夢なら、醒めないで。






「・・・もう眠ったのか?」

「ああ。」

「気の毒に。よっぽど弱ってるんだぜ、こりゃ。」

「分かってる・・・。」


和谷の諦め口調な嫌味も、それに答える声も低かった。

夜明け直前の蒸し暑い部屋。
沈黙が重苦しい。
時折気の早い蝉がジジジ・・・と地虫のような声で鳴くのも、その救いにはならない。


「・・・アイツらな、」

「?」

「必死なんだ。」

「・・・・・・。」

「蝉だよ。」

「ああ・・・。」

「一週間しか寿命がないからさ、必死で番の相手を探すんだ。」

「・・・・・・。」

「哀れだよな。」

「・・・ボクた」

「オマエらは違うだろ?時間はゆっくりあるじゃないか。
 命さえあればいくらでも好きな相手といられるし、駄目になれば別の相手を探せばいい。」

「・・・・・・。」

「命を粗末にするなよ。自分の命も、進藤の命も。」


その命を守りたいから、今こうしているのだ。
アキラは和谷がどうしてそれを分かってくれないのか、もどかしかった。


「ですから高永夏や、緒方さんに見つかったら、」

「見つかったら殺されるのか?」

「それは。」

「そのアメリカ人はずっと進藤の側にいたんだろ?
 殺そうと思えばいくらでも殺せたのに殺さなかったじゃないか。」

「・・・・・・。」

「それにアメリカ人でもいい奴がいるの、オレ知ってるぜ。」

「でも。」


高がどんな男か説明しようと思ったら、自分が受けた恥辱も・・・いや、進藤の事も
話さなければならない。


「・・・きっとアメリカに連れていかれる。」

「その方がいいんじゃないの。」

「なんだって!」

「口惜しいけど西洋の方が医療が進んでるのは確からしい。
 それに進藤だったら、どんな国でも上手く世渡りしていけるさ。」


駄目だ!
それは、駄目だ。
・・・だって自分はアメリカに行けない。


「それに、緒方さんだって。」

「その緒方とつるんでたのは誰だよ。」


和谷の脳裏には、自分に一瞥だにくれず流血するヒカルを取り残し、
緒方に肩を抱かれてホテルの部屋から出て行ったアキラが焼き付いている。

もっともその男が緒方だと知ったのは、数日後に雛菊建設の事務所に
進藤を訪ねて来た時だが。


あの時・・・




「進藤と知り合ったのは南方で、ある人に頼まれて収容されていた彼を助けに行ったんだ。」

「助けに?あいつ、一人で飛行機に乗ってきたぜ?」

「それは何故か分からないが、マニラ沖で乗っていた船が撃沈されて離ればなれになってな。」

「・・・・・・。」

「本土でアイツに出会った時、どれ程嬉しかったか。」


微笑んではいたがどう見ても冷たい皮肉な笑顔だった。
絶対嘘だ。
なら何故進藤をパンパンみたいに抱いていたんだ。
ホテルで「警察へでもどこへでも」だなんて見捨てるような事を言ったのだ。

だが・・・

進藤の棋譜だと言って少し石を並べていた時。
倉田さんは盤面を見つめていて気付かなかっただろう。
でもオレは斜め後ろから見ていた。
あいつは、緒方は、誰も見ていないのに嬉しそうに、本当に嬉しそうな顔をしていたのだ。


「ところでこの黒も白も、あんたじゃないよな?」


やがて目を上げた倉田が問いかけた時には仏頂面に戻っていた。


「・・・何故分かる。」

「ホテルに石を残してただろ。この手筋から見て、多分この白があの時の黒だ。
 で、それが進藤なんだろうな。オレアイツと打ってないから感じだけど。」

「ふ・・・ん・・・。」

「そんで相手は・・・あんたと同じくらいは強いな。」

「まさか!」

「うぬぼれてるなぁ。」

「そうじゃない。オレなんかその人には全く敵わないと思っているからさ。」

「オレは嘘つきは嫌いだけど、そういう嘘は嫌いじゃないよ。」


勿論進藤の居場所は教えなかったけれど、もう打ち解けた口をきいていた。
社長は碁が好きな人間に少し甘い所があると思う。
だから倉田に影響された訳でもないが、進藤と他人の棋譜を暗記していた
この緒方と言う人間は、きっとアイツを殺さないのではないかと思った。





「・・・緒方さんは、恐ろしい人間だ。」

「進藤を殺しそうか?何の理由で?」

「・・・・・・。」


和谷は、この時自分が如何にアキラを追いつめているのか気付かなかった。
そして緒方に怯えているのはヒカルというよりはアキラであるという事にも。

傍らでは容態が落ち着いて来たらしく、ヒカルが先程よりは安らかな寝息を立て始める。


「多分な、アイツは進藤を殺さないよ。その高というアメリカ人だって、」


口を半開きにしたまま固まってしまったのは。
その時アキラの白目が、人の物とは思えぬほど赤く光っていたから。

朝焼けが。

黒い髪が翻る。
暁光に染まった、白い肌。

美しい・・・。

けれど、何かとても鬼気迫る、恐ろしい、

でも見とれずにはいられない・・・。


と、ぼんやりと感じている間にどんっ!と押されて畳に倒れていた。


「な、何、」

「どうする?!」


突然首に、柔らかいものが押しつけられる。
歯が当たる。
二つの皮膚の間にざりざりと髪が挟まる。


「どうする?」


歯を首筋に当てたまま、一言話すと舌が当たる。
そこには色気の一欠片もなく、別の意味で肌がぞわりと粟立つ。


「・・・・・・!」

「どうする?もう伊角さんが倉田さんを連れて戻ってくるよ。どうするんだい?」

「何、一体どういう、」

「大事な人が他の奴と抱き合っているのって、どんな気持ちだろうね?」


言われても自分たちが抱き合っている、とは思わなかった。
どう見ても襲われている。
絞め殺されそうに、噛み殺されそうになっている。にも関わらず、
服を着たまま足を絡めてくる。

  ・・・狂ってる。

突然アキラからは迸る狂気しか感じられなくなった。
一時は少女のようだと憧れた柔らかい肌を味わう余裕もない。
怖い、怖い、訳が分からない・・・。

傍らに病人が眠っているのに。

この部屋は、こんなに暑いのに。


押しつけられる身体。
骨の細い、指が絡められる。
落ちかかったアキラの髪で、視界が遮られる。
見えない。

怖い。



でも、その時和谷はふと、相手の身体の軽さに気が付いた。

そして同時に。
これ程までに。
狂う程にヒカルが好きなのだと思ったら、哀れでならなくなった。

そっとアキラの背中に手を置く。

コイツはきっと自分でも分かってる。
緒方や永夏に進藤を会わせても、恐らく死にはしない。
会わせたくないのは、進藤を独占したいから。離したくないから。


  一途だが・・・危ない男だ。

  利己の為に、進藤の命を危険に曝している。


それでも宥めるように背中を撫でると、アキラの力が弱まってきた。
顔を離し、唇に幾筋かの髪を貼り付かせたまま俯いて身を起こす。


  でもそれでもし進藤が死んだら?
  お前も生きていけないんじゃないのか?





「・・・すまない。」

「・・・・・・。」

「どうか、していた。」


下を向いたまま顔の横の髪を耳に掛ける仕草が、女性的だった。


「別に、いいよ。」

「・・・・・・。」

「それに倉田さんや・・・伊角さんに見られたって構わない。オレはオレだし。
 お前に・・・何されたって、悪いけどお前を好きになる訳じゃないし。」


アキラは、ひび割れを和紙で補強した硝子窓の方に顔を向けた。
もう、先程のような凄まじい程の赤ではなかった。


「泣いても、いいんだぜ?」

「・・・・・・どうして。泣く理由なんかない。」

「・・・・・・。」



結局その後にやって来た倉田によってヒカルは倉庫代わりに使っていた一室を与えられ、
数日回復を待ってから出来るものなら地方に逃がして貰えることが決まった。

だが、目を開けてその話し合いを聞いていた筈のヒカルの顔には、
何かが抜け落ちたような茫洋とした微笑みしか浮かんでいなかった。







「・・・進藤?お粥だよ。」

「たべさせて。とーや。」


混ぜ物のない白い米だけの粥を蓮華で掬ってふぅふぅと吹き、ヒカルの口に運ぶ。
雛のように口を開いてぱくっと食べる様は、出会った頃よりずっと幼かった。



雛菊寮に来て十日目。

アキラも実家に帰らず、ヒカルと一緒に泊まり込んでその看病をしていた。
初めの二日は高熱を出して、医者にも見せられない状況では本当に命も危ぶまれたが
三日目にはあっさり熱も下がり、身を起こして物を食べられるようになった。
何とか自分で用を足しに行けるようにもなっている。
四日目程になると足が弱っていると言って部屋の中を歩き回り、その回復力は
倉田や伊角、和谷をも驚かせた。


「おまえ、そんなに痩せてるのに大丈夫なのかよ。」

「うん。まえよりね、身軽でいいや。」


そして十日経った今日、もう体は殆ど回復している。
病人らしい様子をしているのは自分に甘えたいからなのだとアキラは思う。

ヒカルはまだ余り多くは話さなかったが、常にアキラを探し、
目が覚めた時にアキラがいなければ泣き、側に行って抱きしめれば幸せそうに微笑んだ。

アキラも、幸せだった。



袖に縋るヒカルをアキラが笑顔でなんとか振り切って、井戸に食器を洗いに来た時。
倉田が用ありげに待ちかまえていた。
相変わらずのんびりした調子で、声を掛ける。


「よっ。お疲れさん。」

「はい・・・。でも進藤があんなに元気になってくれると看病のし甲斐もあります。」

「そうだな。」

「今日なんかもう、おかゆも嫌だと言って。」

「塔矢。」

「ここ数日で肉もついて来た気がします。大したものです。」

「塔矢、ちょっと話がある。」


何だか嫌な予感がした。聞きたくなかった。


「今日、また緒方が来た。」

「・・・そうですか。」

「勿論とぼけたけどな、確実にここにいる証拠も掴んでいる、って言ってたぞ。」


アキラは目を閉じて天を仰いだ。
来るべき時が、来たのだ。遅かった程かも知れない。


「・・・それでは、早急にここを発たなければなりませんね。」

「汽車の切符は何とでもなるんだけど。行き先が決まらないんだよなー。」

「いいですよ。行ける所まで行って、それから何とかします。」

「って言っても金もつてもなくちゃどうしようもないだろ?どちらも達者な体と言えないし。
 昔の部下の家がやってる温泉旅館に住み込みで働かせて貰えればいいんだけど
 手紙の返事がまだ来てないんだよ。」

「すみません、そんな事まで。でも、もう本当に時間がありませんから、明日の早朝にでも。」


もうこれ以上迷惑は掛けられない。
これ以上ここに居てもジリ貧だ。
ましてや警察などに踏み込んで来られたら。


「そんな、野垂れ死ぬかも知れないのに行かせられないさ。」

「いえ・・・事情は言えませんが、もう行かないともっとご迷惑を掛けるかも知れないんです。
 お世話になってばかりで何もご恩返しが出来ないのは心苦しいですが・・・。」

「なーに言ってんだよ。進藤とは同じ臭い釜のメシ食った仲だし。
 なんせオレの会社の社員だからな。それに。」


この男には珍しく、迷うように一旦口を切る。


「何ですか。」

「・・・進藤は、心も本当とは言えない。だろ?」


そう・・・今のヒカルは、実は頭のネジが少し緩んでいるとは思っていた。
言動が幼い。
記憶が混乱していて話が噛み合わない。

時折、本当に自分の知っている進藤ヒカルなのかと不安になる瞬間がある。
ヒカルも同じらしい。
それで何度も「オレの事好き?」と聞いて来るのだが、その事が、やはりこれは
ヒカルなのだと思わせてくれる。
だから自分は何度でも「ああとても好きだよ。」と答えるのだ。

やっと出会えて、そして変わらず自分を好いてくれていて。
ままごとのような生活は、それでも過去の人生で一番と言って良いほど幸せだ。
だからそれ以上何も望む必要はない。

まだ恐ろしくて碁は打ってないが、もし打てなくても、多少頭がおかしくなっていても、
ただ生きて自分の側に居てくれるだけで、今までと比べればなんとありがたい事か。


「構いません。ボクが、働いて彼を養います。」

「キサマの腕なら本職の碁打ちになったら稼げそうだけど。」

「・・・そんな目立つ仕事は出来ません。」

「だろ?それに、キサマだってもう限界だろ?」

「何がですか。」

「自分で気付いてないのか。ここ数日で随分やつれたぜ。
 まだ、薬が必要なんじゃないのか?」


「薬」という言葉に、体がぴく、と揺れる。
芦原から貰った薬、永夏から与えられた薬、楊海から貰った薬、
そして自分が運んだ白い粉が次々と脳裏を過ぎる。


「・・・大丈夫ですよ。今のボクならもう甲種合格出来ますよ。」

「体だけじゃない。和谷が言ってたよ。
 言いにくいんだけどキサマの精神だって、かなり危険な状態だって。」

「・・・・・・。多分、ちょっと巫山戯た時の事を言ってるんです。」

「悪いがそうは思えない。大体、」


また、倉田が言葉を切った。
しかし今度は言い淀んでいるという様子ではなく、驚いたように目を開いて
アキラの肩越しの後ろを見つめている。

見るのが恐ろしい。
けれど。


「やあ・・・。これは意外な所で意外な人に会ったものだな。」

「・・・すまんです。社長。悪い、塔矢・・・。」


振り返ったそこには両手を上げた和谷と、その後ろに白い麻スーツが居た。







「アキラ。お前も進藤を探してここに来たのか?いや、その様子から見て違うな。」


和谷に突きつけていた小型銃の先でソフト帽の縁を気障に持ち上げた緒方が問う。
倉田も、和谷もアキラも動けなかった。


「もう進藤を殺したか?」

「・・・いえ。でもあなたに渡す位なら殺してもいい。・・・と思います。」

「塔矢!」


和谷の叫び声に答える者もなく、白けた沈黙が流れる。
倉田が、まあ落ち着けというように和谷に向かって手を振る。


「進藤はどこだ。」

「どうしてそんなに進藤を探すんだ?」

「お前には関係のない事。」

「殺すのか?」

「オレが?進藤を?」


緒方は面白い事を聞いたというように帽子を脱ぎ、
笑いを堪えるような顔をした。


「何の理由で。そんな無駄な事はしない。」

「なら、」

「もう質問の時間はお終いだ。諸君、悪いが席を外してくれないかね。
 オレは塔矢アキラと話をしたい。どうも進藤を握っているのは彼らしいからな。」


・・・ああ、いつかと同じだ。ホテルと同じだ。
和谷は唇を噛んだ。
こうやってコイツはいつも一人で戦うんだ。
オレは、いつも見ているだけだ。手を拱いて。

だが、一つ前回と違った事もあった。
振られた銃口に背を押されるように、倉田と和谷が井戸端から離れた時。
きっとまた自分を見もしないだろうと最後に振り返った和谷を、
アキラが縋るような目で見つめていたのだ。


  自分に何かあったら、進藤を頼む。


声が聞こえそうな程に、雄弁な瞳。
頷く事しか出来なかった。他にどうしようも出来なかった。

夕闇が、迫っていた。








進藤・・・進藤。


「ん・・・とーや・・・?」


あ、ごめんね。待ってる間に寝ちゃったんだね。


「うん。おそいよー。オレ、寂しかった。」


うん。うん、ごめんね。


「どうしたの?」


進藤・・・。


「?」


・・・今夜。


「・・・・・・。」


・・・・・・。


「・・・オレも、同じ事考えてた。」



ヒカルは、寝返りを打ちざまにアキラの手首を引いて、抱き込んだ。
慌ただしく唇を合わせ、シャツのボタンをまさぐる。

腕の中にいるのは本当は誰なのだろうと思う。

今まで抱き合った事はあるのだろうか、それともコレが初めてだろうか。
でも、やけに手に馴染む肌触り。自分に触られる為に存在しているかのような肌。

何度も何十度もオレを抱いたのはコイツなのかな。
でもちょっと違う気がするな。

こんなに興奮した事って、多分今までにない。
いや、一度裸で温め合ったのは・・・きっと塔矢だ。
もう、むらむらして引き裂いてつっこみたいと思ったけど、しなかった。あれ、なんでだろ。
そうだ、きっとだいじでだいじで、どうしようもなくて、傷つけるのがこわかったんだ。


「ねえ。ホントにいい?」


もうハダカでからみあってるのに、そんなこと聞くのもマヌケだけど
こうやって上から見下ろしたとーやの顔のほっぺのあたりでお月さまがひかってなんてキレイ。


「うん。」


そんなにぎゅってしたら手がうごかせないよゆびがとどかないよ
ならさなきゃ入らないのにめちゃくちゃ痛いのに、どーしてそんなこと知ってるのオレ。


「どーくつたんけーん。」


ホラ「ショウネンクラブ」だっけ、ジャガーの目とかいうよみものみたことない?
オレ字よむのにがてだから絵だけみてたんだけどみつりんの中のどうくつを守る
豹とたたかってるおとこの子がかっこよくて今おもうとちょっとオマエににてるかも。

ああ・・・なんでこんなにキモチいいのオマエの中。
ゆびにからみつくよとかされそうだよ。
オマエの豹も今はげんきだけどオレのムラマサさしてもまだいきていられるかな?


「とつげーき・・・・・・。」








もうすぐ夕食が終わって社員達が寮に帰ってくる。
便所が隣のこの部屋に(だから倉庫に使われていた)隣人というものはないけれど
誰かが用を足しに来たら気配に気付くかも知れない。

まあ・・・構わないか。


ボクの足を抱えて必死の形相で動いている進藤。
体力が落ちている筈なのに、達しても抜かないでこうやって獣のように何度も。
後が辛いんじゃないだろうか。

これも構わない、か。


そういう自分だって、腰を宙に浮かべて頭を捩って。
布団に垂れるのも構わずにだらだらと精を流して、その度に本当に精が抜けるような
命が流れ出して行くような感覚があるけれど。
いっそ全部吐き出して、絶頂と共に抜け殻になって死んでしまえればそれはそれで
何て幸せな死に方なんだろう。



緒方は明日、もう一度やって来る。
夜中じゅうこの寮を見張らせているからこっそり逃げようとしても無駄だと言っていた。


「こう見えても警察の高官にも親しい人間がいてな。」


燐の匂いをさせながらマッチの炎を吹き消し、煙草の煙を吐き出した。
明日進藤に会わせなければ、警察をここに踏み込ませる、と。

麻薬を運んだ少年と、短銃を不法所持していた男娼が潜んでいるとオレが通報すれば
すぐに飛んでくる。
塔矢先生が金を積めば出てこられるかも知れないが、あの曲がった事がお嫌いな人が
自分の息子とは言え、麻薬を運んで黙って家を出るような不良少年を助けるだろうか。

よしんばお前だけ助けられたとしても進藤は絶対に無理だ。
それで良ければ、逃げろ。隠れろ。


それから、明日の碁の勝負でオレに負けても殺すと。

そう伝えて置け。




進藤の心の状態が普通でないと言っても無駄だろう。
と思いながら言ってみたがやはり鼻で笑われた。

とても伝える事は出来ていないが、
明日、進藤は死ぬのだろう。

きっと自分も生きてはいないだろう。




だから今夜が、最初で最後。



ボクの体も命も、全て奪ってくれ。

進藤。






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