WWU Continent 8
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8.柿




大きな人形みたいにして可愛がっていたよ。

とても気に入られていたよ。

トーヤも逃げようと思ったら逃げられるのに、大人しく家の中で永夏の相手をしていた。



抱かれてたさ。永夏が『トーヤはシンドーと同じだ、筋が良い』って言ってた。



どこをどう歩いたのだろうか。
横浜港から市電に乗ったのは覚えている。けれど、都内に入った時すでに省線は運転を終了していた。
このまま駅のベンチで始発を待とうか・・・。
けれど、一旦歩みを止めたらそこから動けなくなることは目に見えていた。

無理もない・・・。

無理もないんだ。

塔矢には他にどうしようもなかった。

生きてもう一度会うためならオレもアイツも何だってする覚悟だったじゃないか・・・。

理解しようと努力しても、最後にはいつも同じ言葉が浮かんでくる。



・・・・・・・抱かれてたさ。・・・・・・・・・・



ヒカルは頭をひとつ大きく振ると、再び真っ暗な道を歩き始めた。





「・・・・・・・・汚いな。」

呼ばれもしないのに部屋を訪ねてきたヒカルを、足木は露骨に顔を顰めて迎えた。

「シャワーを浴びて来い。何をするとしてもそれからだ。」

ヒカルは返事もせずにバスルームに姿を消す。

シャワーの音が聞こえ始めると、足木はバスルームに入り、ヒカルの埃だらけの服をまとめてランドリー袋に放り込み、ドアを開けて廊下にその包みを投げた。

それから椅子に腰掛けると、眼鏡を外して眉間を軽く揉んだ。

「・・・・・・つまり、船には乗らなかった、と。そういう訳か・・・・・。」

そして片手で顔を覆うと、小さく笑い始めた。
その笑い声はやがてヒカルが部屋に戻って来てもまだ止まらなかった。

「・・・・・あのさ、オレの服。ないんだけど。」

腰にバスタオルを巻いたままヒカルが尋ねる。

「・・・・・・・洗濯に出した。戻ってくるまでその格好でいればいいじゃないか。どうせ服なんかいらんだろう。」

くつくつと笑いながら答える足木に不審を抱き、ヒカルはそちらに足を向ける。
その途端にぐいと腕を掴まれて椅子の上に引き寄せられた。

「・・・・・・・・どうしてオマエなんだ・・・・・。」

「・・・・・・・・何?」

「どうして、いつもいつも!どいつもこいつもオマエだけを愛して!信じて!オレの思い通りに動かないんだ!」

ヒカルは笑った。

「いつもって・・・・・どいつも・・・・って。何の事さ。何言ってんの?」

ヒカルの腰を抱えるようにして自分の体に沿わせると、足木は乱暴にタオルを剥ぎ取って手を這わせた。

「喜べ。アキラ君が日本に帰って来るぞ・・・・。いや、もう到着している筈だ。・・・・・・・・残念だったな。昨日の船に乗っていれば汚れたアキラ君に会わずに済んだのに。」

腕の中でヒカルが弾けた。それをしっかりと押し留め足木は続ける。

「オマエは無垢なアキラ君が好きなんだろう?自分の事だけ考えて、自分にだけ抱かれるアキラ君が。・・・・・・・人がせっかく親切に行き違わせてやろうと思ったのに、全く残念だよ。」

何か言いたそうに口を開いたヒカルの口腔に指を何本も入れて足木はその言葉を閉じ込める。

「オレの力でおまえらを引き裂いてやろうと思ったのに・・・・・。結局、オレにはその力がなかった。・・・・・・・・・以前にも同じ話をしたな、覚えてるか?進藤。」

『オレには佐為先生を引き止める力がなかった。』

同じ顔が発した同じ言葉をヒカルは鮮明に思い出した。

「お・・・・・・・がた・・・さ・・・・・どう・・・・・して?」

唾液まみれの指を抜かれ、その指を今度は後ろに回されてようやくヒカルは口を開く事ができた。

「さあ、どうしてかな。・・・・・・・碁笥を持って沈みそうな人間がオマエだったらきっと佐為先生は一目散に飛んできて、何としても助けようとしただろう。・・・・・・・・・だがオレには助けは来なかった。だから自力で生き延びただけのことだ。」

自分の部屋着の前を寛げると、ヒカルの腰を持ち上げて一気に落とし込んだ。
ヒカルの顔が苦痛に歪む。

「オマエには佐為もアキラ君もいて、どうしてオレには誰もいない?オマエが持っている力をどうしてオレは持っていないんだ。」

緒方は・・・・・・・・

緒方はヒカルの腰を掴むと、激しく揺さ振った。







芦原弘幸は、アキラにリボルバーを渡した日の事をぼんやりと考えていた。



・・・・・・これ渡したら、アキラ人殺しになっちゃうんだよな。

確かそう思って小さく含み笑いを漏らした。

どうしようかな、渡そうかな、それとも止めちゃおうかな・・・。

以前は大事なことを自分で決められていたような気がする。次から次へと指令をだし、人を動かし、誰かの命を救っていた。
あの敗戦の日以来、頭にぼんやりと霧がかかったようで、回りに動かされるまま今日まで生きて来た。いや・・・・生かされて来たのだろうか。

ああ・・・そうじゃない。オレは元々そんなにしっかりした人間じゃなかったんだよな。なんで・・・あんなに頑張れたんだっけ・・・・・。

遠くから懐かしい声が聞こえる。

「・・・・・・・っかりしなさいよ、ばかアッシー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

幻聴かな、と芦原は思った。

アキラのことで久しぶりに悩んだからきっと疲れたんだ。




あの日塔矢家ではいつも通りに歓待されたが、挨拶等一息ついたところを見計らってアキラから声をかけられた。

「そういえば芦原さん、先日お願いした物、持って来て下さいましたか?」

笑顔で尋ねられ、何故か芦原の胸はドキンと高鳴る。

「え!?あ、ああ・・・・。そりゃ約束だから。そのために来たんだし・・・・。でもさ、あのなアキラ・・・・・・」

皆まで言わせずに立ち上がったアキラは、

「ではボクの部屋で見せていただけますか?すみませんお父さん、また後ほど芦原さんをお連れしますから。」

そう早口に言って居間を出て行こうとする。
その姿を追うように芦原も中座した。
簡素なアキラの部屋で二人向かい合って座ると、芦原はまたひどく居心地の悪い気分に襲われた。
あの時の気分を思い出すと、また今朝の幻聴が蘇ってくる。

・・・・・・何やってんのよ考え無し!

「・・・・・・・・これがそうですか?」

芦原の右に置かれた小箱にアキラの手が伸びる。

反射的に芦原はその箱を手で押さえた。

・・・・・・あんたはばかで意気地なしだけど卑怯者じゃないでしょ?

「・・・・・・芦原さん、今更そんなことをしても無駄ですよ。いざとなればボクは貴方を銃刀法違反で訴える覚悟もありますからね。」

芦原の手から力が抜けた様子を見て取ったアキラは、その小箱を自分の手元に寄せた。

・・・・・・あんたの力で戦争を止めさせるの?笑っちゃうけど、協力してやってもいいわ。

アキラの手が箱を開いて銃を手に取る。弾薬が装着されているかどうかを器用に確かめている。



ああ、これでアキラ人を殺しちゃうのか・・・。

どうしたらいいのか判らなくなっていた。こんな時いつもオレを張り倒してくれてた人が昔はいたんだけどな・・・。あれは確か・・・・・




「・・・・・・・・由梨さんですか・・・?」

あの時アキラはどうして由梨ちゃんの名前を出したのだろう。オレは無意識に何か口にしていたんだろうか。

「あ・・・いや、何でもないんだ。こっちの話。」

にこにこと手を振る芦原にアキラが答えた。

「婚約者の由梨さんでしたら、北京の南西路という場所にいる『楊海』という人を訪ねれば消息が掴めるかもしれませんよ。」

そうだ、確かあの時アキラはそう言った。

「彼女は貴方をもう必要とはしていないと思いますけれど。」

オレは返事のしようがなくて・・・・。

「そうか・・・・・そうだよね・・・。ずっと忘れていたんだもんな。」

アキラに短銃を渡した事はすでに念頭になく、それからまた随分長い間ぼんやりと過ごしていた。
アキラはそんな彼を見送りもせずに、短銃を小箱に仕舞い直した。そして

「・・・・・・・・探しにも行かないんですね・・・・・。」

そう小さく呟いた。

芦原に、その声は届かなかった。





「オマエが大陸に行く必要はなくなった。それからオレに纏わりつく必要も・・・もう無いな・・・。」

弛緩したようにヒカルを床に放り出すと、緒方はヒカルを見ずにそう言った。

「佐為と・・・オマエと・・・。おまえら二人のために思わぬ回り道をしてしまった。」

それきり口を噤んでしまった緒方をヒカルはぼんやりと見詰めていた。

・・・・・・・・この人にとって、佐為は何だったんだろう。


「・・・・緒方さ・・・・・・・・」

「その名前でオレを呼ぶな。佐為先生の碁に魅了されて・・・・・・でも一回も打って貰えなかったオレのセンチメンタルな部分はな、あの時に太平洋に沈んだんだ。」

一回も打って貰えなかった・・・・。その一言がヒカルの胸を刺す。本当は佐為も・・・この人と打ちたかったのかもしれない。

「償いをして貰おうか。」

ヒカルが顔を上げた。

「オマエで我慢してやる。・・・・・・オレに打たせろ。」

ヒカルが笑った。

「判ってるだろ?オレは今塔矢との・・・」

その時緒方が眼鏡を取り、充血した目でヒカルを見詰めた。

「またそうやって逃げるのか。オマエたちはいつもそうだ。自分の片翼だけを後生大事にして、助かる物も助からなくしていく。」

それから緒方は立ち上がるとバーカウンターから洋酒の壜を取り上げ、グラスに注いだ。

「アキラ君に会いたいんだろう?・・・・なあ、いくら政府公認で売春宿開いているような国だからってな、未成年の男娼の一人や二人、感化院にぶち込むくらいわけないんだぞ。・・・・そうだな、アメリカさんから苦情の一つでも言って貰えれば・・・オマエなんぞ4,5年は出て来れないようにしてやることもできるんだ。」

「・・・・・・そんな事までして打って・・・楽しいの?」

ヒカルは呆然と緒方を見詰めた。


「ああ、佐為先生の系譜は間違いなくオマエに繋がってるんだ。オレを憎いと思うのなら、オマエのその力を見せてみればいいじゃないか。オレは・・・・オマエに勝って、佐為の思い出を断ち切る。」

この人は、佐為に心を動かされたことをそんなに後悔しているのだろうか。佐為との思い出のために、自分をはるばる救い出すために動いた事も、今となっては思い出したくも無い出来事なのかもしれない。

「忘れさせたりなんかしない。」
ヒカルが緒方を睨み返した。
「オレが。オレの碁がアンタに佐為の強さを思い知らせてやる。」


ごめんな塔矢。

探しにも行けなくて。

緒方さんとも打って。

でも、この一局だけだから・・・。

こいつに佐為の碁を忘れられたら、オレとオマエの碁が否定されるような気がするんだ。


「碁盤と碁石は?」

ヒカルが尋ねた。


「クローゼットの奥に石が突っ込んである。メイドが片付けていなければまだそこにあるだろう。碁盤は・・・・・・オマエが書け。たかだか20本の線を二回引くだけの話だ。」

クローゼットに向かいながら、ヒカルは途中、電話の置かれた机の前で立ち止まった。受話器をあげ内線番号をコールする。

「何か食う物。・・・頼んでいいだろ?この格好じゃどこにも出られない。」

「好きにしろ。」

・・・・・・・長い一戦になるから。

お互いの目が無言でそう言っていた。







「なあ・・・・・・やっぱりおかしかったよな。」

昼食を取りながら倉田が回りに尋ねた。
何が?とは誰も問わない。
昨日の塔矢アキラとの対局後、倉田の口からこの言葉はすでに何十回と零れていたからだ。

「・・・・・・・・・ええ。」

今回もやはり伊角が返事を返した。

おかしかった、と言われてもそれまでの塔矢アキラ、ましてや塔矢アキラの打つ碁、などという物を誰も推量できないのだから無理もない。

・・・・・・・・塔矢アキラはあんなにぞんざいな碁を打つ人間ではなかった筈だ・・・・・・。

けれど伊角にもそれだけは判った。

確かに、自分の運命の相手を探している、という気迫の篭った眼差しで自分を検分した折と、その相手が見つかった後の対局では、自分に対する心構えも多少は違ってくるだろう。
それにしても、あの一見非の打ち所のないような打ち回しの随所に見え隠れする、投げ遣りな石の置き方には何度も首を傾げた。

まるでこれが最後の対局かのような、もう自分の人生が終わってしまうような、そんな気迫が感じられるのに、時々ぽろりと砂が零れ落ちるように曖昧な手を放つ。

「倉田さんがあんな物見せるから・・・・・戦争中の嫌な事思い出したんじゃないですか?」

「いや!!それは違うだろ!」

倉田が思いっきり箸を振り回したので、飯粒が顔に飛んできた門脇は、大仰に顔を顰めた。

「オレの自慢のコレクションの中から、無断で一番いい石持ってったのはアイツじゃんか。オレらが石を集めて行軍してたのはアイツだって知ってたんだしさ・・・・戦争中を思い出す、って言ったら、オレらがこうやって面子揃えてる所になんて絶対来ないって。」

相変わらず箸を振り回す倉田の隣で、和谷は一人煩悶を続けていた。
門脇が言ったことはある意味真実だった。
倉田がアキラに見せた、あの行軍中に集めた碁石もどきの石は、アキラに・・・・・・・・・・戦争ではない。進藤を思い出させたのだ。

いや、思い出させた、ってのとはちょっと違うかな・・・・・・。

和谷は小さく首を傾げる。恐らくアキラはヒカルを一瞬たりとも忘れたことはなかった筈だ。だから聞いたのだ。帰りがけにそっと。

オマエはまだあの黒石を持っているのか?と。

その時塔矢アキラは、彼らしくない歪んだ微笑を見せて「捨てました。」と言った。

そんな筈ないだろ?
あんなにまでして進藤を追いかけてたオマエはどこに行ってしまったんだ。
そんなひたむきなオマエにかすかな好意すら感じていたオレはどうしたらいんだ。

「・・・・・・・・・進藤は大切に持っていた。いつも、首から下げて。」

そう言ったオレの言葉をアイツは信じたのだろうか。
誰も見ていないと思った時、進藤はよく首にかけたジュラルミンのケースから白い石を取り出して、それをいとおしそうに磨き、手の平の上で転がしていた。

あんな進藤の姿をオマエは知らないだろ・・・・・・・・・・・・?

「うううう!やっぱり気になるわ。オレの勘がよく当たるのは、おまえらも知ってんだろ?おい、伊角、オマエ塔矢ん家に電話してもっかいここに呼び出せ。ダメならオレが行くわ。」

塔矢ん家・・・・・・・取りも直さず塔矢名人が起居するその家に電話をかけろ、と話を振られた伊角は心持ち顔色を失いながら頷いた。







「え?何?何なんですか!よく聞こえません。」

「うんああ、ちょっと電話遠くない?・・・・・・・・・・・もしもーし!・・・・・・アキラがね!ピストル持って君のとこのホテル行ったから!今朝ねえ、電話あったんだよ。お別れだって。うん・・・・そう。緒方さんの所だから・・・・・・別にさあ、アキラが人殺しでもいいんだけど・・・綺麗だし。でも、緒方さんがいなくなっちゃうのもつまんないし。
でさ、オレ緒方さんと今は話したくないんだよね、ちょっと滅入っちゃってて。あ・・・そうそう、緒方さんって、アシギ、って名前の白スーツの事。ホテルで見た事あるだろ?」

一息に語る芦原に越智が噛み付いた。

「あの怪しい白スーツですか?どうしてボクがそんな人間と関わらなくちゃならないんです!」

「いやだからさ・・・。あの人も見かけによらずロマンチストだから・・・。ちょっと助けてやろうかな、って・・・。歪んだ初恋引きずっちゃってんだってば。ねえ、可哀想だろ?今、オレちょっと緒方さんの気持ちが判るんだよねえ。」

「芦原さん!何笑ってんですか!」

「とにかくさあ、君ん家で刃傷沙汰があるのも気の毒だし。・・・何とかしてやって。頼んだよ!」

そう言うと、芦原は一仕事終えたように大仰にため息を吐いて電話を切った。





何とかしてやって・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

頼んだよ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

越智の頭の中を同じ言葉がぐるぐると渦巻いた。

あの人は!

ボクを何だと思ってるんだ!

緒方さんとやらに直接連絡すればいいじゃないか!

ボクに話しておけばホテル内で何が起こっても何とかなるとでも思ってるのか!

いやそれよりもまず!

ボクが電話一本でわざわざそんな所に行くとでも思っているのか!!!



湯気を立てそうに紅潮した頬のまま、越智康介は玄関に向かった。









緒方の部屋のベルが鳴る。
ああ、食い物だ、とヒカルが立ち上がる。
ドアの向こう側では、アキラが微笑を作っていた。



足木、という初対面の人間に相応しい慇懃さを・・・・・・・・

緒方さんだと判った時には喜びの表情を・・・・・・・・

そして進藤を呼び出させて・・・・・・・・・

開かれたドアから中を見たアキラの慇懃そうな笑顔がそのまま凍りついた。



バスタオルを腰に巻いただけのヒカルの姿。
二人の座っていたと思われる場所に置かれた紙製の碁盤、きちんと置かれた碁笥。
そして、アキラの視線はヒカルの胸元に揺れる銀色のペンダントに釘付けにされた。

『・・・・・・・・・白い石を進藤は大切に持っていた。いつも、首から下げて。』

和谷の言葉がアキラの頭の中に反響した。


   白い石なんてどこにもない・・・・・・・・・・。

アキラの強張った笑顔がゆっくりと溶けた。



緒方さんに抱かれて!

緒方さんと打って!

ボクの事を忘れて!

アキラはゆっくりと右手をポケットに伸ばし、短銃を引き抜いた。部屋の奥にいる緒方にねらいを定めると、自分の周りの時間が間延びしたような錯覚に陥る。

「さよなら緒方さん。進藤はボクが連れて行きます。」

安全装置を外して引き鉄に渾身の力を込めた。
轟音と激しい衝撃に自分の体が後ろに押されながらも、アキラの網膜には自分と緒方との間にヒカルが割って入った瞬間が焼き付いていた。

アキラの目の前でスローモーションのようにヒカルが倒れる。

千切れた銀色の鎖がヒカルの胸を離れ、なだらかな放物線を描いてアキラの足元に落ちた。
焼け焦げ穴の開いた銀色のケースから覗く白い石を、アキラは呆けたように見詰めていた。

「し・・・んど・・・・な・・・ぜ・・・?」

ヒカルの胸が鮮血に染まり、見る見るうちに絨毯の上に染みを広げていく。
呪縛から解かれたように緒方が立ち上がり、ヒカルの側に寄る。

「・・・・・・・・・・緒方・・・・さ・・・・・・銃を・・・・・・・・・。」

あ?ああ、と気が付き緒方は放心状態のアキラから銃を取り上げた。

「今度はアキラ君が邪魔をするとはな・・・・・。オレはよくよく運がないらしい。」

そう言いながら再びヒカルの上に屈み込み、傷口にタオルをあてがう。

「か・・・・・して・・・・・・・」

震える指を銃身に伸ばすヒカルを不審気に見ながら、緒方はその手に銃身を握らせてやった。

「・・・・・・・・・・・・・・・そういう事か?そうして欲しいのか?」

「うん・・・・・・・。こ・・・・れで・・・・・い・・・・・・・・・・・・・・」

気力だけでグリップを握り、その引き鉄に自分の指を絡ませたまま、ヒカルは意識を失った。


「進藤は自分が撃った事にして欲しいそうだ。」

緒方がアキラの方を向いてにやりと笑った時に、部屋の外で複数の足音が響いた。






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