ホワイトデイ
(
「044:バレンタイン(新)」
続き)
「・・・なんだこれ。」
碁会所で対局が終わった後、ボクがことりとテーブルの上に置いた物を見て
進藤が眉を顰めた。
「一応バレンタインデイのお返し。」
「ああ?」
そう、丁度一ヶ月前、ボクは進藤から貰ってしまった。
出された小さな箱を不用意に開けて。
お菓子が入っていたら、無造作にぱくりと食べて「お裾分けごちそうさま」と
言うつもりだったのだが、中に入っていたのはその時中途だった対局の封じ手だった。
そのまま突き返せばただ封じ手を見てしまった事になり、その対局は負けになってしまう。
形勢は五分のまま、終わってしまう。
それが惜しくて、ボクはそれをバレンタインデイの贈り物としてくれと言ってしまった。
進藤は頷いた。
翌週続きを打った時、結局ボクは勝つことが出来たが
その事までプレゼントだったという事はないと思う。
「ホワイトデイにはキャンディーが相場らしいじゃないか。」
「ふ〜ん・・・。ってそれでこれ?」
「安上がりという点ではキミも負けてないだろう。」
「オレの一手は高いんだぞ。」
ぱりぱりと微かな音を立てて、進藤が持ち上げたのはセロファンで包まれた
桃色の棒付きキャンディー。
「いらないならいい。」
「ったく。頂きますよ、ありがたく頂けばいいんだろ。」
ぶつぶつ言いながらワイヤーと包装を外し、棒を握りしめて目の前に翳した表情は
しかし嬉しそうだった。
「オレ、小さい頃これに憧れててさぁ。」
「そう。」
「アニメにいつもこれ持った奴が出てきて・・・あれなんてタイトルだっけ。」
大きく舌を出していきなりべろり、と舐め上げる。
ボクは両手を組んでテーブルに肘を付き、その上に顎を乗せてそれを見ていた。
べろり。
開いた口の、その暗闇の中からぬめぬめとしたピンク色の舌が現れ、
進藤とは別の生き物のような動きを見せながら先でキャンディーをなぞっていく。
同じ場所を何度も細かく舐めたり、それに飽きたら舌全体を使って
下から上まで舐め上げる。
ボクは前屈みの姿勢のまま、神経を視覚とテーブルの下に集中していた。
一応何処からも死角になる場所にしておいて良かった。
目立つ程ではないだろうけれど・・・。
少しづつ、血が、集まる。
そんな現象を我ながら面白いな、と思う。
ぺろ。
ぺろ。
舐め上げた後の、舌の裏の筋が、青黒い血管が何だか蠱惑的だ。
自分の割と拘らないというか何でもいいのか、という部分を発見して
不思議なような、やや失望したような。
でもやはり「ほう。」でしかないというのが全体の感想と言えば感想だった。
ツヤを増していくキャンディー。
だんだん滑らかになって行く肉色のキャンディー。
ふと、ボクが凝っと見つめているのに気付いて。
舐めるのを止めないまま、口を大きく開いたまま、視線を合わせて目を細める。
『美味いぜ。』
『サンキューな。』
そんな意味の微笑なのかも知れないけれど。
尖らせた先端で飴の縁をなぞる度に。
ぴちゃ、と微かに湿った音がする度に。
テーブルの下の、ボクは・・・。
ぺろり。
ぺろり。
ボクの心の中の暗い笑いも、ボクの充血も。
何も知らず、子どものように無心にキャンディーを舐め続ける進藤。
ぺろり。
丁寧に棒の根元も舐めて。
ぺろり。
口の中から何度もひらめく赤い柔軟な生き物。
・・・ふと、悪戯心が湧いた。
「進藤。」
「れ?」
舌を突き出した状態のまま止まる。
上唇と下唇の間に引いた細い糸が、幻のように一瞬で消える。
間抜けで、そしてエロティックだ。
「棒付きキャンディーを他に何て言うか知ってるか?」
「ペロペロキャンディー?」
「英語だよ。」
進藤は漸く舌を格納し、名残惜しげにキャンディーを口から離す。
べろりと下品に上唇を舐めるのが、やけに様になっていた。
「ああ・・・っと、ロリポップだろ。」
「よく知っていたな。」
「ったりめーだっての。」
ボクは、馬鹿だと思っている生徒に「よく出来ました」という時の
教師の微笑みを浮かべる。
「では、それが英語の俗語だったら、どういう意味になるかは知ってる?」
悪戯心。というよりは、ちょっとした優越感。
進藤は知らないだろうし教えるつもりもない。
小さないじわる。
だった、
はずなのに。
「知ってる。」
「・・・・・・。」
・・・即答に。
一気に、萎えた。
−了−
※クラシカルな俗語ですが、まぁアレです。
進藤の人の悪さ、伝わります?
ロリポップと名の付くサーバとか何とかと縁のある方、気を悪くなさらないで下さい。
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