044:バレンタイン(新) 打ち掛けというものは好きではない。 対局の途中で間が空くと集中が途切れるのだ。 「・・・今日はもう無理だな。」 「そうだな。」 けれど今回はやむを得ないらしい。もう碁会所の閉店時間だ。 他の人とならまだしも、進藤とボクは一局を惜しんで、こういう場合 打ち掛けにするのがこの所の習慣だった。 お互い棋譜は覚えている。 手早く碁石を片付けると、ボクは碁笥をカウンターまで持っていった。 市河さんはいいと言うが、時間が許すときは自分の使った碁石ぐらいは洗う。 その間に進藤はコーヒーカップを片付けてテーブルを拭いているはずだった。 「・・・進藤?」 2人分の外套を手に持ってテーブルに戻ると、進藤はまだ椅子にだらしなく 腰掛けていた。 「ほい。」 ぽん、とテーブルの上に何か投げ出す。 「それ」が少し滑って止まった位置はテーブルに対して直角ではなくて、 その事が何だか気持ち悪かった。 「なんだこれ。」 「・・・・・・。」 小さな・・・小さな箱。虹色に光るセロファンと紺色の薄い和紙のようなもので 巾着型に包まれ、その根元は凝った紐で結わえてある。 今日は一年に一度、男性がやたら女性から物を貰う日だ。 モテているとは思わないが、社会人ともなると色んな知己、あるいは覚えがない人から チョコレートや小さな贈り物を頂く。 それは進藤も同じだろうが、先方もボクが沢山頂いている事を知っている筈・・・。 だから、貰った分が多すぎるからボクに押しつけるという事はないと思う。 もしそうだとしても説明があるだろうし、それでこの小さい箱一つという事も ないだろう。 「・・・これ、キミが結んだのか。」 「ああ。」 包装紙を結わえている紐が縦結びになっている。 プロが結んだ物とは思えなかった。 進藤を見る。 まだ尻をずらしただらしない座り方をしたまま、不自然なまでに窓の外をじっと見ている。 こちらを気にしすぎる程気にしているのに努めて視線を外しているようでもあるし、 くつろいでいる振りをして恐ろしく緊張しているようにも見えた。 とにかく「どう言う事だ」そう聞かれるのを怖れているような雰囲気を纏っている。 ボクも、聞くのが怖かった。 答えなどいらない。 意味など聞かず、恐らくせいぜい苺大のチョコレートをぱくりと。 ただ一口で食べて、そのまま消滅させたかった。 「・・・開けるぞ。」 「・・・・・・。」 態と無造作に縦結びの両端をきゅっと引っ張って。 がさがさと包装紙を開けて。 中には紺色に金で小さな模様が印刷された、いかにもな小箱。 よく知らないが高級なアクセサリーでも入っていそうな風情だと思った。 持ち上げると、思ったより軽い。 自分が躊躇う事が予想されたので、出来るだけ何も考えずに蓋を開け・・・。 「・・・・・・・・・。」 中には予想した黒い菓子ではなく。 軽く畳まれた、白い紙が入っていた。 十七の15 「・・・・・・。」 長い間見つめて、無意識に眉間を寄せていたのだろう。 進藤が立ち上がってとん、と人差し指でボクの額を突いた。 「封じ手見たからおまえの負けな。」 !・・・・・・腹、立つ・・・! ボクが一生懸命碁石を洗って拭いている間に慌てて貰ったチョコの一つを食べて その空き箱に紙を入れ、がさつに包み直す進藤が目に浮かんだ。 ニヤリと一つ、品なくほくそ笑んだりもしただろう。 くそ・・・どうして、気付かなかったんだ・・・。 というか困った。 ここでボクが『今日はバレンタインデイだろう?』と言えば恐らく進藤はこれを バレンタインデイの贈り物にしてくれるだろう。 けれどその場合は、そのままだが、つまり、ボクは進藤からバレンタインデイの 贈り物を受け取ってしまう事になる訳で。 この面白い一局の続きと、『それ』と。 どちらを選ぶのか、天秤に掛けてもなかなか答えが出なかった。 −了− ※慌てて書いただけの事はある・・・。 |
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