中毒症 5 今回の事で僕は進藤を殆ど嫌いになりかけていた訳だが、それと反比例するように 以前以上に彼と打ちたくて仕方なかった。 その原因は・・・佐為だ。 佐為がいるのは、彼の碁の中だけなんだ・・・。 佐為。 佐為。 佐為・・・。 佐為を求める日が続く。 進藤から聞き損ねた佐為がいなくなった状況。 つい色々と想像を巡らせてしまうが、例えば今一番ありそうな可能性というのは 「進藤の中に取り込まれてしまった」ではないだろうか? 佐為は、佐為としての個を失い、進藤の人格と融合してしまった。 そう思うのは絶望的だが、思えば思うほどそれらしく思えてくる。 あの下卑た行為をするのは、進藤。 あの奇跡のような棋譜を描くのは、佐為。 対局する時はどうなっているのだろうとか。 恐らく基本的に進藤が打っていて、それで行き詰まった時に佐為が出てくるのではないかとか。 そう思うと、進藤と打ちたくて仕方なかった。 進藤の中の佐為に会いたくて、引きずり出したくて、 くるいそうだ。 朝、下着がきつくなっている事が増えた。 こんな僕は、僕ではない。 生まれて初めて、何かに欲情していた。 久しぶりに呼び出した進藤は少しおどおどしているように見えた。 「・・・今日は、佐為が消えた時の事について教えて貰おうと思ってね。」 「でも・・・。」 「今からキミを、抱く。」 進藤は少し目を見張った後、後ずさって立ち上がろうとした。 「や、やっぱ今日はいい。」 「どうして。」 僕もさり気なく移動して出口を塞ぐ。 「キミが望んだ事だろう?」 「だって。今日のおまえ、ちょっと変だ。」 「そう?」 とぼけてみたが、まあそうだろうと思う。 今の僕は性をタブー視する潔癖症の僕じゃない。 だって・・・人前で勃起出来る。 キミの中で吐精してもいいと思っている。 「そうだね・・・いつもの塔矢アキラとは別人と思って貰っていいよ。」 「・・・・・・。」 目的の為には手段を選ばない、どんな汚れた事でも平気で出来る。 まだどこか純粋だった『塔矢アキラ』とは違う別の誰かだよ。 逃げようとする進藤の足を引っかけ、転びそうになった所を抱きとめて そのまま押し倒した。 彼は少し抗った後、諦めたように力を抜いた。 「何て顔してるんだ、進藤。これからキミの好きな気持ちいい事するんだから もっと喜べよ。」 「分かった・・・分かったから、だから、乱暴な事するなよ。」 暴れられたら、今まで殴り損ねた分もあわせて思いっきり殴りつけてやろうと 思っていたが、これは行動に移す前に察せられたらしい。 「なあ、前も言ったけど、オレ、おまえのこと好きなんだ。」 ああ。何かそのような事を言っていたようだが。 僕には理解出来ない。 そもそも恋愛感情というものを持ったことが僕にはない。 今から思えば性欲に直結するものだから無意識に抑えていたのかも知れないけれど。 「だからどうだと言うんだ。」 「だから、そんなレイプみたいな真似しないでくれっての。自分で脱ぐから。」 僕が手を離すと、躊躇いながらシャツから脱いでいく。 時折上目遣いに僕を見上げるが、腕組みをして見ていると小さく息を吐いて 作業を続けた。 僕の目には、佐為が裸になって行くように見えた。 「sai」・・・以前は単純に「秀策に似た打ち筋」の代名詞であったが、 「佐為」という名前を聞いた時から、彼は僕の中で人格として認識されはじめた。 彼がどんな人なのか、よく想像してしまうのだ。 帝相手に指導碁を打っていたという位なのだから、さぞや血筋が良く上品な人だろう。 でも姿は想像つかないし僕は進藤を通してしか知らないので、何となく 澄ました進藤が狩衣を着ているような様子を想像せざるを得なかったのだ。 進藤が、そっと服を畳む。 平安時代の、その人はどうだっただろうか。 自分では着物を畳んだりしなかったのではないか。 それとも貴い人だからこそ、そんな仕草も優雅にこなしたのだろうか。 思わずそのうなじに触れ、何かが溢れ出すようにまた押し倒す。 「いてっ!てめ・・・、」 「しゃべるな。進藤。」 佐為であってくれ。 人形のように美しく、無表情な平安人であってくれ。 思えば最初の、横たわって天井を見つめている進藤のイメージからして そうだった。 まるで倒された雛人形のような、活けられる前の花のような、 例え本来あるべき姿勢でなくとも自分の役割を知っているといった気配のようなものが 不思議と感じられたものだ。 勿論その時は佐為がいかなる存在か全く知らなかったし、そんな事も思わなかった。 しかし佐為が平安に生きていた「人」であるという事を聞いてからは。 その、「進藤の魂」が抜けたような「進藤」こそが、僕にとって佐為、 佐為の「ヒトガタ」、依り代だった。 最初に手でした時と違うのは、その目尻に涙を溜めている事だったが 僕は気にせず事を進めた。 肩を、二の腕を唇でなぞり、脱力した右手を持ち上げて、奇跡の一手を生み出す その指に触れる。 口に含む。 舌で指と爪の間をなぞる。 「塔矢アキラ」は胸の奥の方でよく眠っていた。 「彼」は、まだ性的な何かに触れたことがない。 「彼」はこのまま穢れなくていい。 ・・・では、「僕」は一体、誰なのか? 誰でもいい。 ただ欲望に突き動かされるままに、どんな下卑た事でも汚い事でも出来る存在。 そうだな、きっと碁なんて知らない、教養の欠片もない、けだもの。 けだものの僕は、自分の欲望の硬度を誇り、 腹の奥底から嗤った。 「佐為」にのしかかり その足を押し広げた。 無闇に押し込もうとしても入らなかったので、指を舐めてまず入れた。 「佐為」も硬く勃起して、その先端を濡らしている。 「指入れられて、気持ちいいんだ?」 「・・・っ!」 「平安時代にも、こんな遊びがあったの?」 怪訝そうな顔をして目を開けた「佐為」に構わず、すばやく押し当てて ぐい、と力を入れると、呆気ないほど簡単に先が入った。 これが生まれて初めての性経験、と言えるのだろうが特別な思いはない。 「あっ・・・く・・・」 「痛い、よ、佐為・・・。」 目を見開いて、反らしたその顎を掴み、少しづつ腰を押しつける。 「熱い。」 そう、中は熔かされそうな恐怖を覚える程、熱かった。 「佐為」は苦しそうな顔をしているのに必死で僕に掴まっていて その中心は相変わらず硬く震えている。 「・・・苦しい?」 「い・・・や・・・。」 「そう。」 「なぁ・・・。」 いつの間にか体から緊張が取れて、抱えた足からも力が抜けている。 苦痛に満ちていた顔は、どちらかというと快感に悩んでいるような表情に 変わったように見えるのは、頬が赤くなっているからか。 「な・・・とう、や・・・。」 「トウヤ?」 首を傾げてみせる。 僕の中に眠っている、あの清らかな子を起こさないで欲しい。 聞こえなかった振りをして、少し腰を引く。 「んっ!」 「佐為・・・動いて欲しいなら、言ってよ。僕が欲しいと。」 「オレは、佐為じゃね・・・っつ!」 少しだけ伸びた爪を、張りつめた「佐為」の先端にくい込ませたのだ。 「・・・言えよ。」 「・・・・・・。」 「してくれって、頼めよ。」 言いながら、暗い欲望がどくどくとこみ上げる。 清らかな佐為を、滅茶苦茶に犯し抜きたい。 碁石を持つ指の一本一本から爪を剥ぎ取って、ぐしゃりと潰して行きたい。 平安時代からのタイムトラベラー。 その旅は、僕の元で終わってくれ。 僕を憎んで、憎んで僕に取り憑いてくれ。 その魂も並外れた棋力も、全部食わせてくれ。 「して・・・ください・・・。」 その時、腹の下から細い声が聞こえた。 「塔矢・・・あなたを、下さい・・・私を犯して、下さい・・・。」 ・・・ああ。 あなたは、そんな話し方をするひとだったのですか・・・。 佐為の影が、初めて見えた。 −続く− |
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