中毒症 3








進藤がこの家に来なくなってから僕は、繰り返し、繰り返し、
数少ないsai の棋譜を並べた。

どれを取っても素晴らしい。
父と、対等かそれ以上の力を持っているというのも頷ける。

しかし・・・イメージの中でその石を置くのは、やはりどうしても進藤だった。



棋院や碁会所で進藤に会っても、以前と何も変わらなかった。
ワクワクする対局、いつも後から思えばくだらない口喧嘩。

進藤だけが、僕が他人の性器に触れるような人間だという事を知っているワケだが
彼はそんな事を全く忘れたように見えた。
もう僕の手を見ても、感情を抑えることが出来るようだし、ニヤニヤ笑いを浮かべたりもしない。
だから僕も彼が高まって僕に縋り付いた事など忘れてしまおうと思った。


けれど、sai の事は忘れられなかった。
家ではやはり棋譜を並べてしまう。

そして、どうして進藤が話してくれないのか考えてしまう。

実は少しだけ、まだ進藤に打たせているのはsai なのではないかと疑ってしまった事もあった。
だが、そうでないのは僕自身がよく知っている。

確かに中学囲碁大会の三将戦で対局して以来、彼は憑き物がついたように弱くなっていた。
だが、その後凄まじい早さで、しかし異常とは言えない段階を踏んで強くなって来たのだ。

そして実際に対局した時に思った。
これは進藤の碁だと。
けれど・・・やはりその中には、sai が見え隠れして。


進藤は、sai と沢山対局したのだろうか・・・。
というか今、sai は一体何処に・・・?


それを知っているのは、進藤だけだ。






ある日僕は意を決して、棋院で進藤に近づいた。


「おう、どうだった?」

「中押し勝ち。」

「だから何手だって話。」


全くキミは・・・僕が全く負けないと思っているのか?


「でも難しかったよ。20手ぐらい進んだ所でいきなり・・・。」


そう言いながら。
ゆっくりと右手を挙げて、少し進藤に見せびらかすように髪を撫でた後
口元に持っていった。


「で、それが後々まで響いてね・・・聞いてる?」


微笑んで。
意味もなく、軽く握った手の人差し指を、唇で柔らかく噛む。

いや、意味がない筈などない。ありありだ。

ほら、思った通り。進藤の喉が、こくりと動く。


「・・・聞いて、ない。」

「そう。じゃあこの後の検討は、僕の家でやろうか。」

「いい、のか?」


ほらキミがそうやって無駄に声を潜めるから怪しい会話みたいじゃないか。
もっと自然にしてろよ。


「ああ。ここで立ち話も何だろう。」





進藤と並んで帰るバスの中、殆ど会話はなかった。

僕は相変わらず性的な事は嫌いで、ちょっとした話を聞くのもいやなのに
これから他人のものを口に含むと思うと死ぬほど辛くなる。

しかし、このままsai の秘密を聞かないまま・・・縁起でもないが、
もし進藤に何かあったりしたらなどと考えると死ぬより辛い。

蝶が花を求めるように。
花が風を求めるように。

人が、恋を求めるように。

僕はsai を求める。
手段は選ばない。


隣の進藤は、何を考えているのだろうとちらっと右横を見ると、
窓にもたれ掛かって外を見ていた。
僕の視線に気付いて、こちらに首を向ける。


「・・・ん?」

「いや・・・。」


目を逸らすと、進藤は僕の右手を掴んだ。


「何。」

「いや、最初さ、おまえがこーやってオレの手を掴んできたんだよな。」


ああ・・・あの時は、キミが碁の勉強をしていない筈はないと思ったから。
そして、そのすり減っていない爪を見て驚いた。
今はその理由を知っているが。

進藤が両手で僕の指をつまんで、まじまじと見つめる。

・・・あの時の僕は、そんなに欲情した顔はしていなかった筈だけど。





家に到着して、いつも通りまず碁を打つのかと思ったが、
進藤はすぐに布団を敷いてくれと言った。

本当は、もう少し心の整理をする時間が欲しかったのだが。
少しでも早く済ませればそれだけ早くsai の新しい一面が近づいてくると思うと、
重い気分と同時にわくわくもする。

昼間から布団を敷く。

待っていると、風呂から出てきた進藤が入ってくる。
さすがに念入りに洗ってくれと頼んだのだ。


「・・・キミ。」

「いいじゃん、どうせ脱ぐんだし。」


素っ裸でぺたぺたと畳を踏み、僕の学習机の椅子に座った。


「おい、進・・・」

「あ。」

「?」

「布団に座るより、ここの方がやりやすくね?おまえが。」


くらくらするほど露骨な物言いをして、そのまま足を開く。
気が狂いそうだ。
しかし僕は、もう決めていた。

こんなのは単純作業だ。
手と違って粘膜が触れてしまうのが嫌だけれど、それだけの事と割り切れなくもない。
それよりも、このままsai が手に入らなくなる方が余程怖い・・・。


進藤の前に正座をして。
まず手で触れた。
元々勃起しかけていたものは、すぐに大きくなった。

いつもコレに嫌悪感を覚える。

自分も持っているものなのに、というかだからというべきか、どうしても気持ちが悪い。
下品だ。下品すぎる。

父と母が・・・あんな事をしただなんて信じたくない。
世の中の人の大半が、経験しているだなんて。
信じられない。

けれど、進藤の性器は、その反応は、それが現実だと僕に突きつける気がするのだ。

進藤は健全に育っている。
今は多分ないだろうけど、遠からず女の人と経験して将来結婚して。
そんな姿が苦もなく想像できる。

僕にだってこんな事を言うのだから、きっと付き合う女性にもこれを要求するのだろう。

やめてくれ・・・!

こんなこと、僕一人で十分だ。
頼むから、他の人にこんな恥ずかしい、汚らわしい事を、しないでくれ。
させないでくれ。




「どうした?」

「いや・・・。」

「やっぱ、嫌になった?」


嫌なのは、最初から嫌だ。
それでも覚悟を決めたのだから、と舌を突き出して恐る恐る舐めてみた。

温かくてさらっとしていて、割と普通に皮膚の感触だ。

そのままどうしようかと思っていると、進藤が突然、僕の頭を撫でた。
驚いた。
何だ?

そのまま両手で僕の髪を撫で下ろし、今度は指を広げて手櫛で僕の髪を梳かし。


「ごめんな・・・。」

「え?」


突然強引に口に押し当てられ、反射的に逃げようとした頭は手で押さえられていた。


「・・・!」


思わずぐっ、と口を閉じて唇に力を込めてしまう。


「入れさせてよ。あ、歯、立てんのもなしな。」


・・・sai ・・・・・・!





結局僕はただただ口を開いていただけで、進藤が自分で動いていた。
しかし何度も「だから歯、当てんなって」と言われて、結果的に唇で彼を
愛撫してしまった事になるのだろう。


「な、も、出していい・・・?」


そう言われて弾かれたように体を離してしまった。
冗談じゃない、口の中に出されたりしたら死んでしまうかも知れない。


「あっ・・・」


それは良いタイミングだったようで、進藤はその後すぐに自分で掴んで、
擦るか擦らないかの内に、派手に畳の上に白いものを散らした。


「おい、汚すな。」

「あ・・・あっ、あ・・・。」


情けない声を出して、体を震わせながらまだ手を動かす。
バカみたいだ。動物みたいだ。

僕は自分の眉間に深い皺が寄っている事を意識しながら、口を洗うべく
洗面所に向かった。







「だから、こういう字。にんべんに左。んで、タメの為。」

「それは本人が言っていたのか?」

「うん。」

「秀策じゃ、なかったのか?」

「ん〜、今日はこんだけ。」


あの作業の代償に僕が知ったのは、「sai 」が「佐為」であるという事。
そして、平安時代の碁打ちの幽霊だと言う事・・・。

信じられない。
秀策の霊、程度は考えた事があったが、まさか平安時代が出てくるとは。
しかしあまりにも突拍子がないだけに、逆に信憑性があるようにも思えた。

それにしても。
また色々と新たな疑問が出てきた。


「で、その人・・・人でいいのかな、今はどちらに?」

「だからぁ。う〜ん、そうだな、おまえが飲めるようになったら教えてやるよ。」

「の・・・、」


そんな日は、来ないような気がする。
進藤もそう思っているのだろう。

しかし。
僕はもう、引き返す事が出来ないのだ。
佐為・・・
甘い麻薬のようなその秘密を全て知るまでは。


その鍵を握るのが目の前の男でなければ。
その下卑た笑いごと、殴り倒していたと思う。








−続く−









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