中毒症 2 進藤は意外と人の嫌がるところを突くのが上手い。 その残酷さは子どもに似ていると思う。 例えば碁会所での対局中、ふとニヤリと笑う。 その視線は僕の右手に向けられているという訳だ。 僕がじゃり、と碁簀に指を入れ、石を盤上にぱちりと置くと、進藤が 頬を弛めて舌なめずりをしたりする。 気持ち悪い。 想像している。 この手が、自分に触れている場面を。 そしてそんな下卑た事を対局中に考えているのを隠そうともしない。 さすがに公式対局ではないが、僕としては練習手合でもそんな事は許せない気分だ。 それでも、口に出して何か言う訳ではないので怒ることも出来ない。 けがらわしい。 自分がどうしてこんな男に関わらねばならないのだと思う。 答えは簡単だ。 彼自身の人格と、sai の問題とは別々のものなのに、 その二つを切り離すことが出来ないからだ。 僕から見れば、進藤はsai という素晴らしい宝物の門番のように見える。 彼の前を通らずにsai には辿り着けない。 それに口惜しいことにこの門番は、時に中の宝物すらどうでもいいと思えてしまう程に 魅力的である事もあるのだ。 その品性のなさを裏切って。 進藤の碁の才能に「sai 」という名前をつけたい程だが、 先日来の話ではやはり彼とsai は別のもののようだった。 あれから進藤は、しばしば僕の家に遊びに来ては「あの事」を要求した。 僕は、ただ機械になったような気持ちで彼に触れ、その欲望を吐き出させた。 そして、その度に僕が手に入れたものと言えば、既に知っていたと言って良い sai の対局に関するいくつかの情報と、少しでも早く進藤を達せさせる技術だけだ。 中学囲碁大会の決勝戦で海王の大将を負かしたのもsai である事、 ネット碁で僕と対局したsai と同一人物であるという事、 父との二度の対局。 PCでの事はともかく、見た目明らかに進藤が盤の前に座っていた対局もそうなのだから これはもう超常現象、あるいは精神分析の分野と言っていいだろう。 その事に関してももっと詳しく知りたかったが、進藤はいつも「またいつか。」と言って するりするりと逃げていった。 それでも。 二人きりになれば僕は、餌を求める犬のように進藤の足の間に手を伸ばす。 彼も 「まぁた〜?オレ、今日はくたくたなんだから勘弁してくれよ。」 そう言って逃げるそぶりを見せる事もあったが、いつも結局はさせた。 そして終わる度に僕に、ほんの少しづつではあるがsai の対局に関する情報をくれるのだ。 そんな事で、月日は過ぎていった。 慣れというのは恐ろしい。 時間が経つ内に、最初はあれ程性的なことを嫌っていた僕が、 他人の性器に触れるなんて冗談じゃないと思っていた僕が、 抵抗を感じながらも進藤に触れる事が出来るようになっていた。 まるで、仕事のようだ。職人のようだ。 肉牛などの臓器を捌いたりする仕事も、最初は気持ち悪くて大変そうだが 慣れればきっと何でもなくなるのに違いない。 そんな場違いな事を思いながら、忙しく手を動かす。 進藤も、最初は僕の技術が拙かったせいもあるだろうが、 マグロのように横たわっているだけだったのに、だんだんと腰を跳ねさせ、 僕の服の裾を掴んだり、使っていない方の腕に縋ったりするようになってきた。 そう、「その事」に関しては、最初はそれなりに余裕を見せていた進藤は いつの間にか目に見えて僕の手に溺れていた。 この頃は僕が棋院などで偶々右手で何かを掴んだだけで、顔を赤くして苦しそうな物欲しげな顔をする。 そして僕も、sai に餓えていた。 もっともっとsai の事を知りたかった。 僕達の歪んだ関係は、良好に進んでいた筈だった。 しかしある晩、進藤は。 「・・・って感じで、『さい』は酔っぱらった緒方さんに勝ったわけ。以上。」 その日もそう締めて、布団をかぶった。 こうなってしまうともう何を聞いても答えないのは知っているので、僕はたった今聞いた sai と緒方さんの棋譜を反復しながら隣の布団に横たわる。 確かに、そのセミナーで酔った緒方さんが進藤に完敗したと言う話は聞いたことがある・・・。 いつもならすぐ寝息の聞こえてくる進藤の布団。 しかし今日は、しばらく経った後もう一度捲り上げられた。 目をやると、いつになく深刻な顔をして枕の上からこちらを見つめている。 「・・・どうした?」 「いや。あのな・・・。」 「うん?」 「こういうの・・・、今日で最後な。」 こういうの、とは、どの事だろう。 僕が進藤の性欲処理に文字通り「手を貸して」いる事だろうか。 「・・・どうして。」 「おまえだって、良くないと思うだろ?こんな、他人の手を借りてするなんておかしいよ。」 やはり。 というか何を今更・・・。 そんなこと、最初から分かっていた筈じゃないか。 「いやだと言うならそれは勿論いいけど。sai の情報は教えろよ。」 「やぁ、それがさぁ、」 一転、てへへ、と笑って「もう情報がない」などと言うのだ。 僕は青天の霹靂に、目を剥いて布団の上に起き上がった。 そんな筈は、ないだろう? 今まで教えてくれた事なんて、予測を確信に変える裏付けというだけで、 全くsai の本質に触れていないじゃないか。 「悪り。でも、もうこれ以上伝えられる『さい』の対局はないから、 おまえももうしなくていいよ。」 「・・・・・・ふざけるなっ!」 だって僕が、気持ち悪いのを汚いのを我慢して来たのは、キミがいつかsai の正体を 教えてくれると思っていたからで、その日を思えば小さな情報でも嬉しかった。 sai の断片でも、いつかその全体像に続く道と思えば愛おしくて仕方なかったのに。 僕は、既に中毒になっているんだ。 sai を知れば知るほど、もっと求めたくなる。 もっと、もっともっと。 欲しくて欲しくて手が震えるほどに。 なのに、今になって、ぷちんと切るなんて。 「許さない。」 進藤の上に馬乗りになって、その首をぐいぐいと絞める。 「・・・っがっ!」 変な声を上げられて、やっと我に返った。 そうだ、殺しちゃいけない。 彼は唯一の「sai 供給源」なのだから。 僕は努めて優しい声を出した。 「進藤・・・嘘だよな?sai についてまだ言っていない事が沢山あるよな?」 「ぐ・・・。」 「大丈夫、キミは変質者じゃないよ。キミがsai について洗いざらい教えてくれたら 僕はもう、二度とキミの体に触れないし。勿論他言もしない。」 手を離すと、進藤は少し咳き込んだ。 横を向いて体を海老のように丸めて、くふ、くふ、と・・・。 しかしそれはやがて。 「くっ、くっくっく、あ、あは、あははははっ!」 哄笑に、変化した。 「はっはっはっ!おまえ、何か勘違いした?オレは全然いいんだぜ?」 「・・・・・・。」 「これからも、オレに触りたかったら触れよ。もしかして癖になった?」 睨み付ける。 のをやめられない。 手を、強く握りしめているのに気付いて弛めようと思ったが、これも出来なかった。 「でもオレは、おまえにもう『さい』の事は教えない。」 「何故!」 「・・・って。」 「だって、僕は、どうしても、」 キミの中から少しづつ流れ出して来るsai に、狂おしい程に、 「・・・そういやおまえ、最初何でもするって言ったよな?」 「ああ。」 「教えて欲しい?『さい』の事。もう少し深く。」 「進藤・・・。」 「だったら。して。」 終わったばかりだというのに、布団をまくって下着をずらす。 大体いつも最初は太股の辺りまで下ろすだけなのに、今回は初めから片足を抜いた。 そして、大きく足を開いた。 「口で、さ。」 「・・・・・・。」 ・・・進藤が本気だというのは、今はもう分かる。 僕が言うことを聞けば、きっとsai の事を教えてくれるだろう。 でも。 手が、震える。 sai の情報を、喉から手がでる程欲しがっている。 その為に何だってしたいのは本当だ。 前だって、慣れれば何ともなかったじゃないか・・・。 両手を突いて、四つ這いになる。 進藤の足の間に近づいて、少しづつ頭を下げる。 「・・・・・・。」 しかし、さっき進藤が排泄したものの匂いが微かに、気のせいかも知れないが 漂ってきた時、堪えきれずにえづいてしまった。 「っ・・・!」 「どしたの、塔矢。」 「・・・・・・出来ない。」 「う〜ん、ま、そうだろうな。オレだって出来ねーもん。」 「・・・・・・。」 「自分のだって出来ないし、正直手でも他人のなんかぜってー触れねぇ。」 語尾に、あざ笑うような響きが聞こえて血が逆上する。 「塔矢、おまえ偉いよ。頑張ったよ。」 足を閉じて、下着をはき直す音。 に混じる、クスクス笑い。 「でもこれでお終い。な。・・・お休み。」 答えることが出来ず。 殺意を、持て余す。 下着が少しきつかった。 夢精してしまう可能性も考えて、そのまま布団を持って自室に帰って寝た。 −続く− |
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