Spider man2








普通に、シーツが寄ったとこか布団の端っこか、そんなもんやと思とった。
いや、思うっちゅう程意識もしてなかった。

やから、ずっと指先に触っとったソレがピク、って動いた時心臓止まりそうなってん。




夜半の客室の暗闇の中。
障子紙だけが月明かりか街明かりかに薄ぼんやりと光る。
視覚は極端に鈍り、それを補うように触覚と聴覚が鋭くなっとった。

虫?

いや、ちゃう。そうやない。

肌。

えっと、こっち側に寝とるっちゅう事は・・・、これは塔矢の体の一部や。
多分指。

そう思うと微かに温かい。
接触しとる部分がちっさいから気ぃ付かんかったけど。


すぅ、すぅ、


オレ以外二人とも寝とるやろこんな夜中に目ぇ覚めて、
他人の体に当たっとるって分かった瞬間にそれでも指先を離さんかったんは、なんでやろ。

きっと、塔矢を起こしたなかったから。かな。

でも気ぃ付いてしまうと、意識が指先に集中する。
先が少しじんじんするみたいや。
毛細血管が脈打つんまで感じられそう。
意識せんとこと思えば思うほど指先は不自然に固まってもて、
接着剤で付けたみたいに塔矢の指から離れへん。


ああ。あかん。

このままやったら寝れへん。
どうしよ、離そか。
・・・と思た途端に、自分の指がピクッって動いた。

自分でも驚いたけど、まあええわ。
このまま指を離して、

指を離して・・・。





「・・・起きとったんか。」


突然絡め取られた四本の指。
暗闇の中やからか、大男に抱きすくめられた程の衝撃があった。
すぐに高が指、しかも相手は塔矢、って自分に言い聞かせたけどな。


「・・・ああ。」


掠れた声は、間違いのう塔矢やった。


「寝ぇ。疲れたやろ。」

「うん・・・。」


小さな声が子どもみたいに頼りのうて、指を絡められた手に、もう片っぽの手を重ねて
塔矢の手を包む。


「明日になったら、また打と。」


碁を。


「うん。」


けど、手ぇ離す時にさり気なく解ことした指は、強情な力に抵抗された。


「塔矢、指・・・。」

「社。」

「・・・ん?」


思わず見た隣の影は、天を見上げた横顔という以外は何も分からんかった。
目ぇ開いとるんやろか。


「このまま、逃げようか。」

「・・・・・・。」


逃げる、て。
どっかまだぼうっとしとった意識が覚めた。

意味もなく少し溜めてから、顔を、近づける。
目は閉じとるみたいや。
その事にホッとした。


「・・・おまえと二人でか。」

「ああ。」

「嫌や。」

「・・・即、答。」


溜息に似た響き。
関係ないけどな。


「当たり前や。おまえと逃げるっちゅう事は碁を捨てるっちゅう事やろ?」

「・・・・・・。」

「そんな事は出来ん。」

「・・・別に、どこでも・・・。」

「あかん。オレは自分の能力を120%発揮出来る場所でだけ打ちたいんや。」

「・・・・・・。」

「おまえと違ごてな。」

「・・・何。」

「おまえは、タイトル戦ででもなけりゃ、80%の力で勝てると思っとるやろ?」


打てる幸せを忘れてしまうほどに、恵まれ過ぎた環境と才能。


「・・・・・・。」


口惜しいけど。
こんなにボロボロにされても、明日になったらコイツは何食わん顔をして
進藤にもオレにも楽々と勝つ。

どうなっとんや、と思う。

それでも実力の差やねんから、それはどうしようもない。
口惜しいけど。


「オレはな、やっと親父にも認めて貰うて、好きなだけ碁の勉強が出来るようになったんや。
 いや、そういう環境を勝ち取ったんや。自力でな。」

「・・・・・・。」

「みんながみんな、おまえみたいに生まれた時から好きなだけ碁が打てる訳やない。
 ましてや、名人に指導碁を打って貰うなんて。」


嫉妬くさくて、言うとる内に自分が惨めになって来た。
それでもコイツが持って生まれたもん。
運も才能の内やって言うんなら。
オレはそれをひっくり返して見せる。


「オレは、やっとおまえが生まれた時のスタート地点に立ったばっかりみたいなもんや。」

「・・・・・・。」

「でも、今からや。オレはおまえを追い上げて、越える。」


逃げるやのどうやの何すっとぼけた事言いくさっとるんや。
アホらしい。

塔矢の頭がかすかにこちらを向いた。
枕の衣擦れがやたら大きゅう響く。


「逃げたいんやったら、一人で行け。」

「いや・・・悪かった・・・。」

「大体何から逃げるっちゅうねん。」


・・・進藤か。
と言いかけて、愚問、と思う。

オレには既に、塔矢の体中に絡みついた透明な糸が見える。

それでも本気で嫌なら逃げたらええ。
別にホンマに繋がれとる訳やないんやから、物理的にはいくらでも逃げられるやろ?
それでも逃げへん所が・・・苛つくねん。危ういと思うねん。



自分もヤッといてそれはないかも知れんけど、オレがここにおるんは、
塔矢がオレに縋るような目をしたから。
気のせいやない、と思う。

進藤と二人っきりで置いといたら、いずれ殺されるような気がしてならん。

正直えっちにも興味あったし、塔矢の負け顔にも興味あったし、
コイツが音を上げたらすぐに止めるつもりやった。
解放して、進藤にも手を引かせるつもりやった。

そのつもりが、ここまで来てしもた。
半分は、コイツの強情さのせいやないかと思う。


ヤバいな、と思うんは、オレが今日塔矢をイかせたい、と思てしもた事。
そんで、イかせる事が出来た事に、その後荒れとった進藤に、
少し優越感を持ってしもた事・・・。




「オレは、何からも逃げへんで。」


負けず嫌いな塔矢。
折れそうで折れへん塔矢。


「ならせめて、朝まで抱きしめていて・・・。」


オレは今日、おまえに勝ったと思てええんか・・・?






肩に手を回すと何故かオレの方が夜に呑み込まれた気がした。







−続く−







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