サイエンス・フィクション1
サイエンス・フィクション1









あ・・・・・れ・・・・・・?



隣を見ると、社がぐーすか寝ている。

叩き起こしそうになったが、すんでの所で踏みとどまった。
それから恐る恐る自分の胸を触り、その後パンツの中に手を入れた。


ふらふらと・・・立ち上がる。

塔矢家の台所に行くと見慣れた後ろ姿の尻の辺りに大きなちょうちょ結びがあって
若妻スタイルのエプロン塔矢に普段なら盛大に笑いたい所だが、
オレはそれどころじゃなかった。


「と・・・や・・・・・。」


機嫌が良さそうでも悪そうでもなくくるっと振り返り、


「ああ、おはよう。社は?」

「・・・まだ寝てる・・・。」

「そう。」


それからまた流しの方に向き直って葱を切る。


「簡単だけれど。白ご飯と味噌汁と卵焼きでいいだろう?」

「・・・・・・。」

「それと冷蔵庫の中に佃煮が入ってるから出しておいてくれないか。錦松梅の蓋物。」

「・・・・・・。」

「あと15分くらいで出来る。社ももう起こしてくれ。」

「・・・とう・・・や・・・。」


オレは、まだ迷っていた。
誰にも知られてはいけない事なのではないか。
あまりにも異常過ぎる。
けれど、このままではいられない。
親に言ったらどうなるか。悲しむだろうなぁ。
それにかなり大事になるのは目に見えている。

本当は誰にも知られてはいけない事なのかも知れない。
でも、オレは、その重圧に・・・一人でなんてどうしても耐えられなかった。
普段ならまだしも、こんな北斗杯当日に。

そして、オレが知る限りで一番口が堅そうで、碁以外の事で動揺しそうにないのが
この、目の前で鰹節を掬っている男なんだ。


「塔矢・・・。」

「何?」

「ちょっと・・・オレを見てくれ。」


塔矢はまた振り返り、オレの顔をマジマジと見て


「顔色が悪いな。緊張してるのか?」


それだけ言って「おっと。」とコンロの火を弛め、
そのまま鍋の中を見つめて後ろ頭を見せながらじっと考えていたが、
またぱっとこちらを向き直った。

じろじろとオレの胸を見て、その視線はすっかりすね毛の薄くなった足元に行き、
また胸に帰ってきた。
それからまた頭を傾げて


「進藤・・・キミ、女性だったのか。」


んな訳ねーだろ!いくら何でももうちょっと驚け!!


「・・・違うよ。」

「そうだよな。じゃあそれは何かの冗談と解釈すればいいのか。」

「そうだったら良かったけどな。それも違う。」


オレは思いきってTシャツを脱いだ。
裸の上半身が曝されて、少し寒い。


「・・・本物っぽいな・・・。」

「本物だよ。」

「そう・・・か?」


塔矢はまだどう解釈していいか分からない様子で固まっていたが、
やがて諦めたのか鍋の火を止めて、


「説明してくれ。」


と言った。







説明も何も、説明して欲しいのはオレの方で。
当たり前と言えば当たり前だけど、話し合っても何の解決法も出ない。

とにかく今は誰にも言わず、無かった事にして目の前の北斗杯に集中しよう
その間に戻ってるかも知れないしという話になって、その朝は別れた。

家でスーツに着替えると、体型はさして変わってないように思うのに、
やっぱり少し身体に合わなかった。
肩の部分に皺が出来る。
ベルト部分が余る。
太股の余裕がちょっと少ない。

かあさんも・・・ネクタイを結んでくれながら不審そうな顔をしていたので
殊更ぶっきらぼうにしてしまった。
でも、かあさんも緊張してるみたいで、多分気付かれなかったと思う。



そして北斗杯は・・・散々だった。

自分が女になっちゃったなんて事を完全に忘れて集中して
全力で向かったつもりなのに二敗・・・。

仕方がない。これが実力だ。
もしかして、どこかで気が散ってたのか?なんて思わなくないけど、
そのせいになんて絶対したくない。


塔矢もすっかり忘れていたみたいだった。

人前で臆面もなく泣いてしまったオレに向かって「男のくせに・・・」と言ってから、
あ、という顔をした。

前日の晩も、廊下で呼び止めて何か言いかけた後「不様な結果は許さない」とか
言ってたのは、その前に「女だからと言って」と言いたかったのかと思ったけど
違ったのかも知れない。





それから・・・日は過ぎ。

オレ達は、若獅子戦二回戦で対戦した。

結果は、3目半オレの勝ち。
その前、碁会所で打ったときは中押しで負けていたけれど。

本気を出せばこんなもんだ!
いい碁が打てたと思う。
会場での検討では物足りず、塔矢に「おまえん家に行っていいか。」と聞いた。


「ああ、いいよ。夕飯も用意しておこうか。」

「マジ?サンキュー!」

「それと、その後もう一局打たないか。」

「はは〜ん、負けっぱなしじゃ悔しいんだろ。」

「・・・・・・。」

「いいぜ!またこてんぱんにしてやるから。」

「またって!3目半くらいでいい気になるな!大体あの時・・・」

「話はあとあと。」

「そう、だな。今日は遅くなったら泊まって行ってもいいよ。」


泊まり・・・?
塔矢と、二人きりで?

ってビビることもないんだけど。その時ちょっといい思いつきをした。





その日は珍しく塔矢の手作り夕食で、ってっても、オレあんま魚得意じゃないんだけど。
まあメシがあればそれで幸せってタイプだから、それなりに満足。
色々と若獅子戦の検討をして、色んな事に気付かされたり、
一回戦で当たった院生の話をしたりした。


「少しね、キミの打ち筋に似てたよ。可能性を感じた。
 もしかしたら将来は進藤ヒカルを越えるかも知れない。」

「そうなの?そういやオレが当たった奴もちょっとおまえに似てたかも。」

「どういう所が?」

「顔と髪の毛の感じ。」

「バッ・・・何を言ってるんだ!容姿じゃなくて、碁を見ろ碁を。」


それからもう一局打ったけど、やっぱり塔矢の勝ち。


「キミは・・・ボクとの対局でやたら手を抜いているのか、
 そうでなければ公式戦では実力以上の力が出るのか。」

「失礼な奴だなぁ。どっちでもねえよ。」


それから・・・風呂に入って、オレは丹念に自分の身体を洗った。








−続く−








※やっちゃった・・・やっちゃったよ・・・。

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