戦国ヒカアキ11
戦国ヒカアキ11









ある夜、布団にだらしなく横たわったままのヒカルの口から、それは発せられた。


「オレ、北の方を貰おうと思う。」






我々の関係は城内で知らぬ者なしであるが、それとは別に
奥方を貰うべきであるという件は前々から家老に言われていた。

確かに、世継ぎがないというのは家臣達にとって、ひいては国にとって
不安でならない事ではあろう。
しかるべき家より良き女子を賜り、男子をもうけて安泰を作るのは
既に一国の主の義務である。

しかもヒカルには親も兄弟もなく、今彼に何かがあればそれは即この国の
滅亡を意味するのだ。

それは私の望んでいた事の筈であるが・・・
今となっては、何とはなしに、もうどうでも良い件のような気持ちがする。

しかし今のままでいつまでもおられるなどとは、実は露ほども思っていなかった。

あの、ままごとのような誓詞で、一国の主を縛れるはずもない。




「・・・そうか。」

「怒んねーの?」

「怒る理由もないであろう。」


ヒカルが他の何人たりかと情を交わした時・・・
私は、黙って身を引いて出て行くまでだ。


「仕方ねーんだよ。和睦を持ちたがってる国が後から後から縁談持ってきてうざいし、
 ずーっと嫁を貰わないでいたら敵国にオレが不具だとか思われるだろ?
 跡継ぎが出来ないなんて噂が立ったら付け入られる。」


分かっている。分かっているそんな事。


「・・どちらの姫君だ。」

「遠縁の。顔も知らない女子だ。」

「森下が選んだのか?」

「まあ、何人か候補を上げたのは奴だが、その中から選んだのはオレだよ。」

「顔も知らぬのに。」

「うん。誰でも良かったんで、オマエと同じ名前の女にした。」


『明姫』。
ヒカルが、うっとりと口にする。

私と、同じ字を持つ姫。


「きっと美しいんじゃないかな。」


私の代わりにこの城に来て、ヒカルの妻となり、ヒカルの子を産む。


「文の返事の手跡もキレイだったし。」






それから一と月後、豪華な輿が城に乗り入れた。









婚儀は主従の誓いを交わしたこともある大広間で執り行われた。
私も席に連なってはいたが、花嫁の顔はよく見なかった。

そして、宴たけなわの頃、ヒカルが彼女と共に先の殿の寝室に下がって行くのが見える。

上手くやるだろうか。
上手くやるだろう。
最近のヒカルは優しい、いや、優しい振る舞いというものを覚えたから。
他の男よりは多少女子の気持ちというのも分かるであろうし。



私は大盛り上がりの宴席でしばらく過ごした後、そうっと席を立った。

いつもの部屋に戻り、一人この城最後の夜を過ごすつもりだったが、
やはり今宵中に出ようと思う。
世話になった森下くらいには礼を言っておきたい気もするが。

ああ、ヒカルとも別れの挨拶すらしていない。
ここしばらく彼は本当に忙しくて、話をする閑もなかった。
そう言えば祝も言っていないのではないか。

だが初夜明けの・・・ヒカルの顔を何となく見とうない。

まあよい。
簡単な置き文を残せば、それで通じるであろう。

簡単に。

何と?


・・・お主を憎んでいたと。


父の、塔矢のかたきに違いはないのだから
次に会うのは、私がその仇を討つ時であろう。

それでも一緒に過ごした時間は少し楽しかったと。

最後の時にもきっと私は忘れていまい。

 一生側にいて欲しいと。
 オマエが欲しいと。

お主がそう言った事を思い出しながら、私はお主の首を刎ねるであろう。

お主を憎んでいる。
けれど同じくらい、そなたと、奥方と、御子に幸多からん事を祈っている・・・。



・・・・・・などと。

我ながら何とまとまりのない、矛盾した、
私の思いを全て文に込めるなど無理だ。

ヒカルと出会ってから、私の身の上にも心境にも、かつて無いほど変化がありすぎた。
これほど私の運命を動かす人間に、出会うことはもう二度とあるまい・・・。


結句、簡単な祝の詞と城を出る旨、世話になった礼だけをしたためて枕元に置く。

そして旅装を整えようと立ち上がった時に、聞き慣れたタンタンと高い足音が聞こえた。
まさか・・・。







まさかと思ったが、現れたのは少し息を切らしたヒカルだった。


「あああ。いた?良かった・・・。」

「お、お主、もう、」


終わった?
いやいやそういう問題ではなく、朝まで側におるのが普通であろう。
夫婦なのだから。
それに今日は初夜ではないか。


「これ何?」

「それは・・・。」


ばっと勢い良く文を広げ、目を通す。
顔が、少し険しくなる。


「ほら見ろ。やっぱり出て行くつもりだったんだ。」

「そういう約束であろう。」

「何言ってんだよ。宴の時に部屋で待ってろ、って言おうとしてもオマエ全然こっち見ねえし。」

「あの誓詞は!」

「・・・。」

「あの誓詞は、お主にとってはままごとであったかも知れぬが、私には本気だ。」

「オレだってそうだよ。オマエ以外の者とは寝ない。」

「何を言っておるのだ。奥方まで、」

「だから!それを説明しようと思って、待ってろって言おうとしたんだ。」

「説明など不要。」

「オレ、あかりを抱いてない。」

「・・・・?」


思わず口が開く。
慌てて閉じるが、まだ頭の中が真っ白で。
一体。


「まさか、婚儀当日に奥方を放ってこちらに来たのか・・・?」

「いや、話くらいはしたさ。」

「似たような事であろう。帰れ。」

「嫌だ。」

「無礼にも程がある。早く戻ってやれ。」

「あかりも承知だよ。」

「な・・・。」

「あれは、面白い女だ。」


文のやりとりをしたって言ったろ?
オレには好きな男がいて、そいつ以外と情を交わさぬと誓ったからそなたを抱けぬと。
その代わり、他にいくらでも男を作っていいし、子を成せばその子をオレの跡継ぎにすると。
それでいいかと予め訊いたんだ。

そしたら、まさかと思ったのに条件を呑むと返事があった。
オレも驚いたよ。
変な女だろー。


「しかしそれは・・・戯れ言と取られたのではないか?」

「そう思ってさっき確認した。あの手紙は本当だが、もし嫌なら今からでもなかった話に出来ると。」

「そうしたら?」

「笑ってた。」

「・・・・・・。」

「んで、もし子が出来なければ、あれの可愛がっていた年の離れた弟を呼び寄せて
 跡継ぎにすると新たに約束させられた。」

「それで・・・お主は良いのか?」

「何が。」


それでは、もし将来愛妾などが出来て子を成しても自分の子を跡継ぎに出来ぬ事になる。


「何言ってんだよ。オマエしか抱かないって誓ったじゃん。」


それでも。

それでも、私の容色はいつまでもこのままではないし、
年を重ねれば嗜好も変わるもの。
それに両方を嗜むのが武将のならいというか、とにかく、
何れにせよ生涯私一人というのはほとんど有り得べからざる可能性のように思うのだ。
それに。


「私が出て行ったらどうするつもりなのだ。」

「追いかけて連れ戻すさ。」


そんな、望めば解放すると、出て行きたいなら止めないと
そう言ったではないか。


「約束が違うではないか。」

「違わねーよ。オマエは好きなように逃げろ。オレも好きなように追いかけるから。」


・・・・・・・・・。


「あれは大した女だ。その弟ならオレの跡継ぎに相応しいだろう。」

「・・・その前に、ろくでもない男に掛からぬとも。」

「それなんだよなー・・・。慎一郎辺りならまだよいが、もし緒方なんかが・・・」


それは色々な意味でかなりゾッとする・・・。


「そんなことになればあの白拍子に取り殺されそうだ。奥方によくよく注意しておくがよい。」

「ああ。」


というか、いや、まだ本当に思われぬと言うか、受け容れた訳でもないのだが、
とにかくそれはヒカルに非常に不利益な契約事のように思えて、
でもそれ以前にヒカルと不公平な誓約を交わした私がそこまで心配する謂われも義理もなく。

しかもヒカルがあの誓詞を破っていない以上、私も積極的に城を出る理由もなく。

言うべき言葉もなく黙り込んだ私の顔を凝っと見たヒカルが、厳かに口を開いた。


「何なら・・・」

「何だ。」

「オマエ、あかりを抱いてくれないかな。」



何を言っているんだ・・・。


「オマエの子なら、喜んで跡継ぎにする。」

「・・・・・・。」

「あれも、一度オマエに会いたいと言っていた。」


冗談のような事を言っているのにヒカルの目は真剣そのもので、本気なのだと知れた。

しかしそれで、お主はそれで良いのか。
今日何度目かの問いが、心の中に浮かぶ。


「オレはオマエさえ居れば何もいらない。
 そして、それを分かってくれる女だから、一緒になった。」


それでお主は良いかも知れぬが。


「オマエの子が、オレの後を継ぐ。
 この国を、手に入れるんだ。」


・・・・・・。


「それまでにオレはもっと戦をして、この国を大きくしておく。
 オマエの手を借りて。」


私の、血が。
塔矢の名が消えても、父の血が、私の血が、国を。

それはかなり魅力的ではあるが。





「まあどっちにしろ先の話ではあるな。
 そうだ、だからってあかりに惚れるなよ。あくまでも腹を借りるだけだ。」


抱きついてきたヒカルを押し返す。


「やはりそなたは無礼だ。奥方の所へ戻れ。」

「やだよー。オマエいなくなりそうだし、オレはオマエとしたい。」

「だめだ。」



私と、同じ字を持つ姫。
私の代わりにこの城に来てヒカルの妻となり、ヒカルの子を産むはずだった姫。


一体、どのような女子なのであろう。


とてつもない醜女であったりしては、救われぬ。
とてつもなく性の悪い女であれば、まだ救われる。


・・・いづれにせよ、私よりは、ずっとましだ。





まだ見ぬ彼女の独り寝を思い、


私達は朝まで碁を打った。









−続く−







※よもやラスボスがあかりちゃんとは。










※追記虹捜索の江戸川ばた散歩さんに板に頂きました!
  今回は本編とは関係ないですが、あかり*伊角にあまりに萌えて強奪☆
  こういうキャラにしたら良かったかな。後の祭り。





伊角 「それは…お方さまがあまりにもあわれ…」
あかり「何を申される。この時勢、望まぬ殿方に力づくで奪われる女子も多い中、
    選択の自由をくれた殿のお気持ちは実に…」

そう言いつつも何処か淋しげな明姫。

伊角 「お方さまは殿のことは」
あかり「尊敬しております」
伊角 「しかし」
あかり「もう言うではない」

顔を背ける明姫。だがやがて何かに気付いた様にゆっくりと彼女は伊角の方を見る。

あかり「それとも」
伊角 「は?」
あかり「そなたが妾を抱いてくれるとでも言うのか?」

不敵に笑う明姫。
確かに輿入れの時より、その楚々とした可愛らしさ、愛らしさ、そして芯に見え隠れする凛とした強さにに心を奪われていたのは確かだ。
しかしこの様なこと、想像だにしていなかった。

伊角 「ご冗談を…」
あかり「冗談ではない。慎一郎」
伊角 「ご冗談です」
あかり「冗談ではないと申すに」
伊角 「ご冗談です!」
あかり「慎一郎!」

明姫はつと立ち上がり、伊角に近づき、見下ろす。そしてぐい、と彼の顎に手をかけると、顔を近づけた。


あかり「慎一郎、妾を抱け」










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