戦国ヒカアキ12
戦国ヒカアキ12









北の方と顔も会わせぬまましばらく日が経った。


大方の生活としてヒカルは夕餉は奥方と食い、その後私の寝所に来て朝まで過ごす。
そして朝稽古や軽い執務を済ませてから私と共に朝餉の膳に向かう。

彼が奥方と全く夜を過ごしていないのを知る者は我々三人とごく少数の
世話役だけであった。







その日も夕餉が済んでひとしきり戯れた後、ヒカルがまた唐突に言う。


「明日、奥がオマエに茶を振る舞いたいそうだ。」

「・・・・・・。」


胸が・・・大きく脈を打った。


「巳刻に、奥の茶室に行ってくれ。」

「お主は?」

「オレは行かぬ。」


いよいよあかり殿とお会いする時が来たかと思うと、感慨深い。
それは、私の人生の節目となるかも知れないし、
我々・・・ヒカルと私の関係の変化を意味するかも知れない。


「お主は、それで良いのか?」

「うんって。何回確認すんだよ。」


屈託なげに笑うヒカルの、心中は私には図りかねる。
自分の妻に他の男と通じろなどと言うのは一体どのような心持ちであろうか。
そして、自分が抱いた男を、その妻の元に向かわせるというのは。







翌日は、朝から落ち着かなかった。

あかり殿がどのような女子かヒカルから殆ど聞いておらなんだが、ただ者ではないとは思う。


いくらでも男と通じて良いなどと、馬鹿にした様な事を言われても嬉しげに嫁に来るというのは
とてつもなく淫乱な毒婦であろうか。

それともどうしようもなくうつけた者であろうか。
自身では何も考えず、ただただ男の言うがままに、頷くしか能のない女。


逆に・・・出会った頃のヒカルのような凄まじい姫であろうか。
子が出来なければ弟を、などという条件をすぐに出して来る抜け目のなさが、
ヒカルに似ていなくもない。
自分の血を継いだ者がこの城を手に入れるという目的の為には、手段を選ばぬ戦国の女・・・。

それならば、いっそ私にも似ている。
醜く、いやらしい心を持った私に。


彼女がそんな女であることを、半ば恐れ、半ば望みながら私は茶室に向かった。








「アキラ様のおなりにございます。」


小女が告げると、中から高めの声がした。


「お通り下され・・・。」


私が無言で頭を下げて通ると、側遣いの者に全員に向かって


「下がりやれ。」


と告げた。
私達は狭い茶室で、二人きりになった。







初めて見るあかり殿は、思っていたよりもずっと若かった。
そう言えば同じ年だと言っていたか。
何となくもっと年増の、手強い女を浮かべていたのだ。

遠縁だと言うだけあって、ヒカルにどこか面差しが似ている。
いや、作りだけで言えば、兄妹のように似通っていると言っていい。

それで・・・一瞬『ヒカル姫』を思い出してしまって、少しぞくりとしたのだが、
表情は人形のようで、まだ中身は全く伺い知れぬ。


少しでもその心を測らんと掛け物に目を遣ると・・・


「閑坐聴松声」


・・・静かに座って、松風を聴く。
何だというのだ。全く読めない。
仕方なく目を閉じて、松籟に耳を傾ける。


しゅん、しゅん、しゅん・・・


湯の立てる微かな、微かな音に聞き入っていると、何とはなしに別の世界に誘われるような
この世に自分と釜以外に何もないような錯覚に陥る。




かちり。


あかり殿が杓を茶入れの上に置いた、微かな音にはっと目を開ける。


「どうぞ。」


囁くような声が、大きく響いた。


「お楽になさって下さりませ。」

「楽に、しております。」


あかり殿は黙ったまま釜から柄杓で湯を取り、茶碗の中に入れて小さく小さく揺らす。
建水に湯を捨て、茶巾で中を拭う流れるような所作。

その白い手は爪も美しく整えられている。

醜女ではない。
むしろ、美しい、いや可愛いらしいと言ってよい姫。
点前からしても、頭が弱そうでもない。
淫乱な女というものを見たことがないので何とも言えぬが、一見そのようにも見えぬ。


茶入れから粉を掬いだし、縁にこん、と当てる。
そんな、本来音などせぬような軽い動きにも、空気が震える。


しゅん、しゅん、しゅん・・・・・・


閑坐聴松声。


目を閉じる。


碗に湯が注がれる音がして、茶が香り立つ。


しゃ。しゃ。

しゃっしゃっしゃっしゃっしゃっしゃ。


ああ、瞼を閉じていてはまずい。

目を向けると、丁度茶筅を返している所だった。
淀みのない、結構なお点前にござります。
飲む前から甘い味が舌の上に広がるようだ。







「・・・どうぞ。」


手にとって、青い水面を見つめる。
暖かい。
このままこのぬくもりを、ずっと感じていたい。

あかり殿は、どのような思いでこの茶を点てたのだろうか。
あかり殿は・・・この後、私に、抱かれるつもりであろうか・・・。


しゅん、しゅん、しゅん、・・・・・・

閑坐聴松声。

しゅん、しゅん、しゅん、しゅん・・・





不意に。
冷水を浴びせられたように、全身が凍った。




・・・私があかり殿の立場であったら、私を如何見るであろう。
子を成す事も出来ぬのに、その者のせいで殿は自分に一度の情けも掛けぬのだ。
しかもその様な者に、抱かれねばならぬとは。


自分を人質にした者に、
父の敵に、
裏切り者に、
身体を開かされた我が身を思い出す。


憎くはなかったか?
憎くないはずがない。

消えて、なくなれば良いと思わずにおられようか?

淡々としたあどけない顔。
何故私の様な者の前で、斯様に端座して茶を振る舞うことが出来るのだ。



例えば。
例えば、私が目を閉じて「聴松声」ている間に、この茶に、何か施すのは可能であろうか・・・。

可能である。


これは、私がこの世で飲む最後の茶なのか・・・?



ず・・・と啜り終わった後ことりと茶碗を落とし、のたうち回って血を吐く自分が
妙に生々しく想像出来る。

あかり殿は冷たい目をして立ち上がり、誰がお前などに身を任せるかと、
殿はわしの物じゃと、私に唾を吐き掛けるかも知れない。

左様。
ヒカルが私にとってそうであったように、私はあかり殿にとって、敵なのだ。


・・・オマエ、キレイな顔してるよな。
・・・オレの側室にしてやろうか?


思い出しても目も眩む、屈辱。



「・・・如何なされました?」

「いや・・・。」





私は器を回し、茶を干した。









その茶碗は古典的な高麗物の青磁で、その奇の衒わない美しさが
却って好感を呼ぶ。


「結構な器で。」

「お恥ずかしゅうございます。」

「お国からお持ちになられた物ですか?」

「はい。祖母が若い頃使っておったと聞いております。」

「して、今もご健在で。」

「お陰様で。近頃はもっと枯れた器を好んでおります。」


茶は旨かった。
苦しくもならなかったし、血も吐かなかった。


全身の力が抜けるようだ。

・・・と同時に、また新たな疑念が。


本当にあかり殿には私に対して含む所がないのか。
やはり彼女から見れば、私など側室のような者に過ぎぬのか。

つまり。

ヒカルはああは言っているが、実は彼女に情けを掛けているのであろうか。
いや、私の立場を、彼女に言ってすらいないのではないか。

私は四六時中ヒカルを見ているわけではない。
事実夕餉の一時二人は共に過ごしているのだ。
彼女に子が出来た時、その子がヒカルの子でないと、どうして言えよう。


私は、このまま彼女を抱いてしまって良いのであろうか・・・。





「殿は。」


物思いに沈んでいたので少し驚いて顔を上げる。


「殿は、アキラ殿に、お優しいですか?」


私が彼女とヒカルの事を考えている間、彼女もヒカルと私の事を考えていたのであろうか。
改めて正面から私を見るその顔には嫌悪も軽蔑も傲慢もなく・・・。
ただ、微量の不安のような陰がよぎっていた。
そのせいか、先程より幼い表情に見える。


「優しいというか・・・。碁を、よく打ちます。」


全く答えになっていない。
しかしヒカルの、優しく、荒々しく、狂おしく、強引な房事を説明したくもないしする気もない。


「そうですか。私は、碁が分かりません。」

「・・・・・・。」

「それでもお優しく色々と話しかけて下さいます。」


・・・どう解釈すればよいのであろうか。
碁が分からないけれど愛されていると言いたいのか。
話しかけるだけで何もされていないと言いたいのか。


「あかり殿は、何故こちらに?」

「どう言うことですか?」


何故、異常な条件を呑んでこちらに輿入れされたのですか?
それとも、あれはヒカルの嘘なのですか?
ヒカルは私との事など告げもせず、普通の夫のように貴女を抱いているのですか?


「この縁談、親御様というよりは、貴女様のご希望で進められたと聞きました。」

「その通りです。」

「それで、殿の・・・どこが気に染まられたのかと思って。」

「始めに頂いた文が。」

「文・・・ですか。」

「貴方というお方があられると告白してこられた文です。」


・・・・・・ヒカル。


「その率直さも好もしく思えましたし、その字も殿方とは思えぬほど流麗な手跡で
 きっとお優しい方に違いあるまいと。」


それで・・・如何でしたか。
ヒカルは思った通り優しい男でしたか。


「私は、良きお方に嫁ぐことが出来ました。」



その時。



不意に、私は悟ってしまった。
この人はまだ乙女だと。

そしてそれを貫くつもりだと。

幾年経て子を産まず、石女と誹られようが、口を噤んでこの城で生きていくのであろう。
いくらヒカルに両親がないとは言えども、それは茨の道であろう。
それでも、他の男と通じる事はあるまいと。
そう、決めて嫁いできたのだと。

だから、跡継ぎに弟を推したのだ。


他ならぬ私が望めば、きっと拒みはせぬであろう。
だが、この様に貞淑な女子を、抱くことなど出来ようはずもない。



私は今一度茶を所望し、それを飲み終わって室を辞した。
いつまでも口の中に甘みが残っているようだった。







その日はヒカルと会うこともないまま夜になった。
日がとっぷりと暮れてからいつも通りやって来る。


「よお。あかりはどうだった?」

「よい女子だな。」

「そうだな。もしかして、惚れた?」

「ああ。」

「・・・・・・。」


私の即答が余程予想外であったのか、ヒカルは口を噤んでしまった。

お主と姿のよく似た姫。
けれどきっと、お主にも私にもない強さを持っている。


「だから、抱けない。」

「・・・・・・。」


ヒカルは二度と妻と通じろとは言わなかった。









「なあ、アキラ。」

「何だ。」

「転生って信じるか。」


ヒカルが殊勝な事を言うと気味が悪い。
この世で善行を重ねれば、輪廻を抜け出せると言う。
逆に悪行を行えば、畜生に生まれ変わると聞くが。


「信じとうないな。人を沢山殺める武士など、獣か虫に生まれ変わるしかない。」

「そうかな?オレが聞いた話ではそんなんに関係なく人に生まれ変わるそうだぜ。」

「そんな物か。」

「そんな物だよ。」

「では次も、人か・・・。どのような立場の者になるかは分からぬが。」

「そうだな。今生は武将でも、来世は・・・白拍子とか。」


ヒカルもやはり件の、緒方の元にいる白拍子が、武将の目をしていると思った
私と同じ印象を受けたのであろうか。


「男子が女子に生まれ変わったり、女子が男子に変わったり、するのかな。」

「それはするであろう。」

「そっか。」


来世では、きっと全く違う生まれで、もしかすれば女子で・・・。
もしかすれば。
もしかすれば。


「その・・・次は、男女であれば良いと思うか・・・?」

「え、何が?」

「私達だ。」

「オレ達のどっちかが女って事?」

「左様。」

「・・・・・・。」

「そうすれば、この様に不自然な事にもならぬ。」

「不自然って。女であれば夫婦になって、オレの子を産めるって?」


誰がだ!
何もそこまで言っておらぬではないか。


「ただ、戦場で会わずに済んだというだけだ。」

「う〜ん・・・。それも悪うないが。」


ヒカルは斜め上を見上げてにやにやとした笑いを浮かべた。
心に何を思い浮かべているのか、想像すると不快だ。
別に私ではなくお主が女でもよいのだ。

しかしやがて。


「・・・やっぱり、次もまた男同士が良い。」


ヒカルはきっぱりと言った。


「男同士で、戦場で出会って、またオマエと戦いたい。」

「血なまぐさい。」

「男は、やはり闘ってこそ男ぞ。」

「其うだが。」

「オレはオマエを好敵手だと思っている。」


好敵手に、この様な事を致してよい物なのだろうか。
もうそろそろ、抜いて欲しい・・・。


「今回は偶々運良くコウしてオマエを手に入れられたけど、」


ヒカル、そんなに足を開かせないでくれ。


「きっと生まれ変わっても、オマエと戦うよ。」



・・・私は、そんなのは嫌だ。
次は平和で、戦などなく、誰も殺さずに済む世に生まれたい。

と思うのと同時に、

また次の世で出会ったら、絶対に負けぬと。
お主の首を取ってやる、と。思う私もいる。




次の世でも戦おう。


遠慮はせぬ。


おう。







汗と体液が、混じり合った。











−了−











※地味なオチ。
  お読みいただいてありがとうございました。



↑上のお色気アキラさんはトコブシさんのメトロピカ(閉鎖)から誘拐して来ました太股アキラさんv
元々メトロピカのトップにあって「鬼萌え!」と叫んでいたら
「戦国ヒカアキあればこそ」という嬉しいお言葉を頂きました。
で捧げて下さるというのを真に受けて強奪、と(笑)嫁にお迎えできて実に嬉しいです。

太股ピカ姫から始まった戦国なので、ここは太股アキラさんに〆てもらおうと思いました。
変な場所に飾ってすみません・・・。

トコブシさんありがとうございました!




そして板から頂いたこの続き小ネタ→

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