戦国ヒカアキ7
戦国ヒカアキ7








塔矢城が落ちてからしばらく経つが、私は未だに身の振り方を決めることが出来ずにいた。



ヒカルの言が真実かどうかも怪しいが、枕を並べて寝ていながら
あれ以来手を出して来ない所を見ると本当だったのかも知れない。

彼がああいったからと言ってこの国を貰い受けるつもりもないが
そこまで言った相手に対して自分の命を楯にして身を守るのも男らしくないと思う。
だが無論、自分から抱けなどと言う理由もないので、捨て置いてある。




父が私が生きている事を喜んだ理由は、二つ考えられる。

一つは、私が父の敵を討ってヒカルを殺すことを望んでいた。
今一つは、私が子孫を残し、塔矢の血を継ぐことを望んでいた。

今の私にはどちらも容易であるが、かと言って二つ共に叶えることは出来ない。

ヒカルを殺めれば城内敵だらけだ。瞬く間に命を奪われてしまうだろう。
かといって一旦城を出れば、再びヒカルに相見えたり、その命を奪える機会が来るとは思いがたい。


私はどちらとも決めかねて、未だに城内に留まっている。


以前ヒカルが家臣の前で私を殺さぬと言った時、「禍根を残さぬ」と言っていたが、
確かに帰る家を失った私にはこの城を攻めることなど出来ぬし、
ヒカルを殺す積極的な理由も発見できずに漫然と過ごしている。

自分の精神は自分の物だと思っていた。
だが、こんな方法で、心の中の牙を抜かれるなどと。

ヒカルの仕儀は真に徹底的である、と他人事のように感心する自分を自嘲する。

私に未来は、あるのか。







この所、城内を比較的自由に行き来できるようになった。
どういう訳かヒカルは私を軍事会議や酒宴に同席させたりするので
家臣や女中に顔を覚えられてしまい、決まりが悪いことこの上ないが、
皆、客人をもてなすように丁重に扱ってくれる。


ある軍事会議でのこと。


「ですから、この谷に追い込んで前後を固めれば、」

「谷で兵糧責めか。それはまだるっこしいな。」

「しかしこれが最善かと思われます。」

「いっそ横の崖を駆け下りて中央に攻め入ったらどうだ。」

「!」


さすがヒカル、面白いことを言う。だが


「義経にあやかるつもりか?ここの傾斜には灌木が多いから無理だ。一ノ谷とは違う。」


普段発言しない私が、いきなり口を挟んだことにより、皆が一斉に振り向いて目を剥いた。
その中で緒方がニヤリと笑うのが見えた。

あやつも、平気な顔をして今や参謀に納まっている。
元からの家臣は気味悪がっているかも知れないが、ヒカルが重用しているのと
有用な情報を集めるのが上手く、時折鋭い意見も言うので誰も何も言えないらしい。

私と直接接触はないが、ヒカルが


「緒方がオマエを抱きたがって困る。塔矢の者同志を二人で会わせると、
 謀反を企てていると他の家臣が思うから我慢しろと言ってある。」


と笑いながら言っていた。




さて、私の声に場に沈黙が落ちたが、ヒカルは当たり前のような顔をして


「ではどこを攻めれば良いのだ。」

「攻めれば良いという物でもないであろう。もっと以前に手を回して、ここを行軍させないようにする。」

「して。」

「さすればここを通るしかあるまい。」

「橋を落とせと言うのか。だがここは川幅が広い代わりに浅いから馬で渡れるぞ。」

「普段ならな。だが、もうすぐ梅雨だ。」

「そう、か!」

「雨が降るまで小競り合いで足止めしておけば良いのだ。」

「橋を落として後ろから攻めれば滅しますな!」

「その必要もない。橋を通らせればよいであろう。」

「なんと!して!して!・・・」


楽しい。楽しい。
戦略を考えるのが、語るのが。
他軍の事なのに。
私はもう死んだ人間だというのに。

ヒカルの軍と溶け合っていく自分を感じる・・・。
視界の隅で、また緒方が笑ったのが見えた気がした。

それ以来私の発言力は大きくなって行った。






しかし、無条件に受け入れられたばかりではない。
ある日渡り廊下で家老の森下に呼び止められた。


「アキラ様・・・。」

「何だ。」


私が足を止めると、森下が目配せをする。
私に付き従っていた者が、頭を下げて去っていった。

この男は、最初の会議で私の首を刎ねろといった者だ。



「如何で御座います・・・他国の城の事、何かとご不自由もございましょうな。」

「見ての通りである。」

「左様。しかし、既にお家はないとは言え、監視を外すことは出来ませぬ。」

「・・・用件を言うが良い。」


森下は真っ直ぐに私の目を見る。


「では、率直に伺います。貴方様はこの城に骨を埋める覚悟がおありか。」

「・・・・・・。」

「誠、貴方様と言い、緒方殿と言い、塔矢家には戦略に優れた方が沢山おられた事と存じます。」

「世辞は良い。もう無き家だ。」

「・・・・・・。」

「・・・野垂れ死ぬべき身が、ただ世話になっておるのは心苦しいと思ってはいたが。」

「貴方のような方を参謀としてお迎え出来れば、当家にとって誠にめでたき事。
 ・・・無論個人的な感想です。公のものではない。」

「私に、ヒカルに仕えろ、と。」

「忠誠を誓って頂きたいのです。・・・一家臣として。」


確かに。
ヒカルと私の関係は実質上対等とは言い難い。
私が彼を呼び捨て、このようにある程度城の中を歩き回る事を許されているのは
単にヒカルの好意・・・情けであろう。

だが・・・。
ヒカルに忠誠を誓い、かしずく自分など、想像もしたくない。

ヒカルの執心に甘えて、返事もせずにこの城に留まっているのはどうかと思う。
かといって私にはもう、ヒカルに牙を剥く気概も・・・。

目の前の実直そうな男に、ヒカルの方が私の腕の中で泣きながら側にいてくれと言ったのだと、
教えたらどんな顔をするのか見てみたい気もするが、勿論そんなことはしない。

潮時かも、知れぬ。


「あい分かった・・・。考えておく。」

「よろしくお願いいたします。」







ある晩、いつもの様に閨に訪れたヒカルに(枕を並べるだけだ)尋ねられた。


「オマエ、まだ死にたいとか思ってる?」

「いや・・・。決めかねている。だがお主を殺さぬ間は私も死ねぬ。」

「ははは。物騒だな。でもそれも、悪くない。」

「・・・・・・。」

「あの、な。」

「何だ。」

「あの。」


ヒカルは座り直し、正面から私を見た。
何かとてつもなく重要な事を言おうとしているようだが、いつも強引に物を言い切る彼にしては歯切れが悪い。


「・・・前、オマエを側室にしてやるって言ったろ?あれ、本当だぜ。いや正室でもいい。」

「私は男だ。」

「そうなんだよな。だから正式には無理なんだけど・・・その位大切にするから・・・。」

「だから何だ。」

「一生側に居て欲しい。」


一生側に。と言うことは死ぬまで連れ添えという事だろうか。
男を、しかも自分に恨みを持っている者を、彼は一体何を考えているのだろう。

いや、だからこそ身より離さず、監視するつもりか。


「飼い殺し、という訳か。」

「そうじゃ・・・そんなんじゃねえ。」

「では。」

「オレは、オマエが気に入っている。」

「・・・・・・。」

「オマエの何もかもが。」


何だろう・・・男が、こんなに諸手を上げて、
こんな事が、あるのだろうか。


「前も言ったじゃん。本気だぜ。オレは。」

「・・・・・・。」

「オマエを手に入れる為なら、何でもする。他に何も要らない。」


私は女子ではない・・・第一もう私はお主の手中にあるではないか・・・。
そういう意味ではない、と分かってしまっただけに。
何も言えなかった。







そんなある日、例によって二名ほどの供を引きつれて庭を散策し、
帰ろうとした所屋敷の付近で緒方とすれ違った。

脇へ控えて頭を下げるのを、見たくもなかったのでそのまま行き過ぎようとした
その時。


「・・・馳走になり申しました・・・。」


私にだけ聞こえるほどの、小さな声で。
数歩行ってから思わず振り返ったが、もう頭を上げて背中を見せていた。

なん・・・だろう。
何か。

少し早足で屋敷に上がり、足音高く廊下を進む。
供の者が襖を開けるのを待たず、次々と座敷を通り過ぎる。

やがて、ヒカルの寝所であり、私の押し込められている、

座敷の襖を開けて・・・。


私は素早く中に入り、供に見られぬよう後ろ手にぴしゃりと襖を閉じた。




そこには昼間から床が延べられており、
辺りには懐紙が散らばっている。

そして

くしゃくしゃと乱れた布団の上に、申し訳程度着物を身体に絡みつかせただけのヒカルが
打ち捨てられたように横たわっていた。







−つづく−











※すみません・・・。好みのパターンなもので。
  久しぶりなんでキャラ変わってるかも。
  



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



※以下は、カザミンが板に書いてくれた事後の城内の様子。
  あまりにも爆笑したのでひっつけさせて下さい。

  一応本編と繋がっている、と考えていただいて結構です。
  暗いはずの話が一気に300ワット!
  こういう奴なんだ緒方は(笑)ハイル変態様!

  



進藤家家臣談議 byカザミン


「一大事でござる、一大事でござる!」
「何を騒々しい。塔矢も陥ちた今、この進藤にそうそうと大事など―――」
「何を言っておられる!事は殿の御身に起こった事ぞ!!やられたわ!やはりあの緒方、狐狸畜生の類よ。
 殿の寛容なるご恩情を良いことに、よりにもよって…!」
「一体何があったというのだ。殿も緒方の性状などよう判っておられよう。そうそうに油断めされるような御方では―――」
「そうだ、一体何があったと言うのだ。まずはそれを先に申せ」
(ごにょごにょ)

「な、なななな何と!」
「それは真か!?殿の傍付きの者は一体何をしておった!」
「それが…殿が御自ら人払いを――」
「ええい、忌々しい!!何ゆえ義高を殿の傍付きから外させた!?
 義高さえおれば…そうよ、あの者さえおらば、我が身をもっても殿の御身をお守り申し上げたはずが!」
「はっ。それが義高めは、先に塔矢の龍子を狙う間者が忍び入った折、
 これを庇うて負傷し養生させるとの旨、慎一郎より報せが参っておりましたゆえ――」
「何と口惜しい!…いや、それよりもまずは殿のお体のご様子を――」

(がらり)
「おや、これはお珍しい。
 進藤の忠実なる古豪家臣の皆々様方がこれほど一同に会されておられるとは。なんぞ戦況に異変でも?」
「緒方!ようもまぁぬけぬけと…」
「はて、なにやらひどくお取り込みのご様子。
 この私めで宜しければ皆様のお役に立ちましょうが、いかが?」
「ぬぬぬぬぬ。もう許せぬ!お主―――!」
「(懐から巻紙取り出し)まぁそう熱くならずとも、詳しくはこれを」
「?――っ、こ、これは!」
「(にやり)左様。殿の寝間で起こった事の顛末をじっくり詳しくここに記してござる。
 それはもう殿のお言葉、所作の一つ一つに至るまで何ひとつ洩れはあり申さぬ。
 さ、いかがなさる?まずはどなたが?」
「(ごほん)そ、そうか。
 其の方に申し開きの弁があると言うならば、我等とてまずはそれに耳を傾けぬでもない。ではまずはこの私が――」
「何を仰る!先代様より進藤に仕えるこの某こそが先に」
「いやいやいや。各々方、落ち着かれませい。ここは殿の遠縁にもあたる私が先に見るのが筋かと――」
(ぎゃあぎゃあ)
「(…ふ、所詮はあの虎子がおらねば、まともに体面も保てぬ面々よ。他愛もない)
 ああ申し遅れましたが、こう見えても某、いささかの絵筆の心得もござるゆえ、宜しければその時の殿のお顔のご様子なども…」
「そうか、でかした緒方!なればすぐに筆の用意を――。これ、誰かおらぬか?」


「…ヒカル…」
「―――だから言ったじゃん。
 な?オレの傍にずっと居てオレのものになってくれよ。で、オレを助けて」(マジ目)
「(同情の目で見返し)そうだな…少し、考えておこう」











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