戦国ヒカアキ6
戦国ヒカアキ6








ヒカルが我が塔矢家との戦に赴いてから十日程経ったが、戦況は耳に入ってこなかった。
塔矢が攻めてきた、と言っていたから、このすぐ近くで相見えているはずなのに。


塔矢家は勝っているのか、負けているのか。
世話係に聞いても黙って首を振るだけで。

自分の国が負けているから言いたくないのか。

それとも逆に、私の国が負けているから言えないのか。






私はいらいらとしながら日を送った。

父は戦上手だ。
塔矢家は父の代になってから格段に領地が増えた。

ヒカルは・・・ヒカルも恐らく戦上手に違いない。
だが、年齢からしても経験からしても、恐らく父には敵うまい。


・・・もし正面から勝負をすれば。


ヒカルの碁を見ていても、普段の言動を見ていても、奇襲攻撃が得意である事は明らかだ。
だがそれを父は知らない。
戦の経験が少ない、という事は、その強さも手筋も知られていない、という事だ。
ヒカルはそこを最大限に利用するだろう。


私はいらいらとしながら日を送った。







しかし遂にある日、城内の遠くが騒がしくなった。
見張りの兵も近くにはいないらしい。

私は動かなかった。

塔矢の兵が城に攻め入ってきたのだとしても、
ヒカル達が帰還したのだとしても。

どちらにしても安全なのは、この城内で私一人だけだ。




座して静かに待っていると、日暮れ頃になって遠くからタンタンと床板を鳴らしながら
何者かが近づいて来る。

塔矢家の家臣が、迎えに来たのか。


「アキラ様!」


と叫びながら入って来るのは、芦原が、いい。
惨めな者を見る目で見られたり、国に迷惑を掛けておめおめと生き残っているのを
疎ましく思われることはないだろう。


「アキラ!」


と呼びながら入ってくるとすれば、ヒカルだ。
その時は、きっと塔矢家は。


タンタンタン・・・・・・


足音が近づいてくる。


もしも塔矢家の迎えなら、この長きに渡る幽閉生活ともおさらばだ。

だが父と会ったとき、どういう顔をすれば良いだろう。
きっと渋い顔をしている。いつもそうだが、特にこの愚息を苦々しく思うだろう。


ダンダン・・・


最後に私を抱いたヒカルの温かい手を思い出すと、
彼が彼岸に旅立ったのかも知れないと思うと、少し、胸が、

いや、私は何を、





ダンッ!




足音がその外で止まった障子が勢いよくシャッと開き、
タ!と柱に当たって鋭い音を立てた。



「アキラ!」




鎧の袖は外しているものの、臑当てもそのままの
ヒカルが、そこに立っていた。









「・・・・・・。」

「勝ったぜ!塔矢に!」


汗や泥で汚れた体もそのままに、部屋に踏み込んできて私の肩に手を置く。
私が誰か、忘れているのではないか。


「・・・・・・そうか。」

「この後酒宴がある。来い。」

「断る!」

「な・・・・・・。そうか。分かった。後から色々説明する事があるから、待ってろよ。」

「・・・・・・。」

「待ってろ!」

「・・・あい、分かった。」


父はどうなったのか。家臣は、城は。
聞きたいことは幾らでもある。








夜半過ぎ、夜着のヒカルがやって来た。
その前に世話役の女房や小姓に私まで風呂に入れられたのは、不愉快だった。


さっぱりした姿で布団の横に座り、反対側に座っている私と対峙する。


「只今、帰った。」

「・・・『お帰りなさいませ。』とでも言わせたいのか。」

「うん。」

「かたはら痛し。私は敵である。その方の妻でも何でもない。」

「ちぇ。」


こんな子どもっぽい男に、父は負けたのか。
でも私が、声が大きくならぬように、手が震えぬように、これほど必死なのに。
もしこれがヒカルなら、きっとこんな場合でも普段と変わらぬ調子で、「戦況聞かせろよ。」と
言えるのだろう。
そしてすぐに一人で国を立て直すことを考え始めるだろうし、驚くべき事に、実際そうした。

私には、出来ない。

口惜しいが。




「・・・それで。」

「ああ、オマエの親父さんの首はオレが貰った。悪いけど。」


単刀直入に、私が一番聞きたかったことを告げる。
悪くは、ない。
それが戦というものだ。
事実彼の兄達を殺めたのは私だし、彼の父の首を獲ったのも、私の配下だ。


笑った事のないと思っていた父が、幼い頃満開の桜の下で笑いかけてくれた事を不意に思いだし、
・・・その笑顔が水面に沈むように揺れて・・・、

消えた。




「城は貰った。残党は逃げたが、追わなかった。主がないではどうしようもないだろうしな。」


何故か、怒りも、悲しみも・・・いかなる感情も湧かない。
ただただヒカルの言葉がするすると耳の中に流れ込んでくる。

彼の物言いには余分がない。
戦況を順番に説明するでもなく、自分の思いを語るでもなく、結果だけを簡潔に告げる。

私を・・・愚弄してくれれば憤れるのに。恨めるのに。
憐れんでくれれば悲しめるのに。

でも・・・どちらでもないので、私は、こみ上げてくる大きな何かを、
どういう感情に変換して良いのやら、全く分からなかった。

勿論取り乱したい訳ではないが、自ら心の内側を覗いても
そこには真っ黒い大きな穴が広がるだけで。
流れ出してくるひんやりとした空気を自分で持て余すばかり・・・。



・・・しかしともかく、残党がいるというのは、救われた。
その中に、芦原もいればいいと思う。
主が死ねば腹を切るのが当然かも知れないが、何故かとにかく生きていて欲しいと思った。
もしかして私を取り返して国を立て直そうなどと無茶な事を考えているかも知れないが
それでもいいから生きていて欲しかった。


「これから忙しくなるぞ。今回の戦でオレの名も売れてしまったからな。」

「・・・そうか。」

「うん。それでさ、」

「刀を。」


遮った声に、ヒカルが「え?」という顔をする。


「刀を、くれ。」

「早まるなよ。」

「早まってなど、いない。元々なかった命だ。」

「死ぬ理由なんかないぜ。」

「何を言っている。」



塔矢家が無くなった時に。

いや、父が私を見捨てて攻めてきた時に。

ヒカルが父との約定を違えた時に。

あの高楼でヒカルに陵辱された時に。


私は身の始末をつけるべきだった。



「逆だよ!塔矢家が無くなった今こそ、オマエは自由なんだよ!
 塔矢に縛られずに、ただアキラとして自由に生きて行けばいい。」

「私を縛り付けているそなたが何を言う。」

「オマエが本心から望むのなら、解放する。でもホントは・・・時々でいいから会って欲しいけど。」

「それは・・・かたじけないが、無用の心遣い。」

「何故。」


分からないのか、この男には。
殆ど家督を継ぐ可能性などなく、女装までさせられてただ予備の予備と育てられた。

それでも密かに太刀の修練を積み、戦略を学び。

・・・もしかして、順調に兄が家督を継いでも、独立して自分の国を持つつもりだったのかも知れない。
自分の家を滅ぼしてでも、一国の主になるつもりだったのかも、知れない。
という可能性に、今思い至った。

やはり、凄い。お主は。

私には、ない力だ。



「・・・塔矢を失った私には、生きていく価値がない。」

「だから、」




分からぬであろうお主には




「私自身が塔矢の一部なので。私自身が塔矢なしには自分の存在意義を見いだせないので。」

「そんなのおかしいじゃん。なら、自由になって残党かき集めて家を建て直せよ。
 んで、オレに立ち向かって来いよ。」

「お主とは違う。私にはそんな力はない。」

「んなことあるかよ。オマエは、強い。オレが知ってる。
 ・・・『出来ない』んじゃない。『やらない』んだ!」



・・・そうかも、知れない。


「何故だ?」


何故と言って。


「『塔矢』の名前は滅んでいないだろう?オマエがいるんだから。何故だ?」


何故。


「オマエが本当に失った物は、何だ?」

「私は・・・。」


ヒカルに捉えられて父に迷惑を掛けた時から、
父の元に返して貰えないと分かった時から・・・・・・。





・・・父が私を見捨てた時から、





「存在している、価値がないのだ。」



この時までおめおめと生き延びていたのは、ただ塔矢家の末路を知り、
あの世で父に報告して詫びる為だ。

ただ、父に認められたかった、父にとって立派な跡継ぎでありたかった。
唯一の男子、という理由以外にも、父が私を愛していてくれていると、信じたかった。

その父に切られた時から、私は。




「・・・んだよ、ソレ。」

「お主には、分からぬであろう。」

「全然分かんない。」

「分からずとも良い。だから、死なせてくれ。」







ヒカルは横を向いてしばらく蝋燭の灯りを眺めていたが、やがて、ふ・・・と吹き消した。


「やっぱりオマエが死ぬ理由は、ない。
 オレ一つ隠してた事がある。それを今から言うけど、
 それを聞いてオマエがどんな顔をするのか見るのが怖いから、闇の中で言う。」


何を、言うつもりだろう。
それにしても怖い者なしのヒカルが、私を、怖いとは。


「・・・オレが約定を違えても、今まで沈黙を保ってきた塔矢が急に攻めてきた理由。」

「・・・・・・。」

「本当は何度もオマエを返せって使者が来てたんだけどね。」

「・・・・・・。」

「オレはどうしても、オマエを返したくなかった。
 塔矢にとってかけがえのない息子だと分かっていても。」



・・・だから、殺したと言った。

高楼で切った髪を一房、使者に持たせた。



「な・・・・・・!!!」

「オマエの親父様は、最後までオマエを諦めてなかったんだよ。
 オマエが死んだと思って、平常心を失って、攻めてきた。」




それでオレに負けたんだ。




私は声のする方に、拳を突き出した。
どこかに掠ったようだが、大した痛みは負わせられなかったようだ。
だがそれで大体の位置を掴み、飛びかかって頭の辺りを殴った。


「オマエは、私を利用して、」


言いがかりだ。戦に欺きも騙しもない。
卑怯な手を使われてもそれに掛かる方が悪いのだ。



「・・・痛っ!、親父様は、」


更に殴ろうとした手を捕まえられる。


「最後に『ご令息は実は生きている』、って言ったら、」


振り解こうとした手が止まる。


「『嘘でも嬉しい』、と。」


勢いのままに反対側の手で、殴る。


「・・・・オレが『嘘じゃねえ』って言ったら、」


また私が止まると、ヒカルは私の胴にむしゃぶりついてきた。



「微笑った。幸せそうに。」


・・・・・・。







「・・・・・・それは、誠か。」

「こんな事で、嘘言えねえ。」


分からない。ヒカルの事だから。


「だから、死んだりしてあの世で親父様にめっかったりしたら、きっとこっぴどく怒られるぜ?」


私の胸に顔を埋め、ヒカルの声は、震えていた。





しばらくヒカルに抱きつかれている間、私は身動き出来なかった。
ただ父が、「最後までオマエを諦めてなかった。」という言葉を、
何度も何度も心の中で反芻していた。


「オレは、オマエが欲しいばっかりに一つの国を滅ぼした。」

「・・・・・・。」

「許してくれなんて、言わない。でもだから、オマエにこの国をくれてやってもいい。」

「なにを・・・言っている。」

「本気だ。だから。」


ヒカルの肩が、また震え始めた。
私は無意識の内にその震えを押さえるように、手を置いていた。


「だから、オレの側に居てくれ。後生だから。」






・・・色々な事が。

色々な事が頭の中を巡り、一体何を考えていいのか、全く分からない。
塔矢の落城、父の微笑み、ヒカルが、私に国をやってもいいなどと・・・。


考えがまとまらない。



ただ、今、私の腕の中で震えているのは
最初に出会った時の、愛らしい姫君のような、気がした。







−了−






※あまりにもアキラさんが気の毒だというご指摘を受けたので(笑)
  いや嘘ですよ。最初から予定でした。
  だんだん重い話になってきちゃった。


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