戦国ヒカアキ閑話
戦国ヒカアキ 閑話



タコツボへようこそ!!のおくとさんに〜ぃ、また貰っちゃったよ〜んvと。
えへへ、如何ざんす!このピカの冷ややかな視線!
真っ先に「死にたい奴は死ね」というセリフが浮かんでしまいました。
ピカはやはりターミネーターというかハードボイルドだったか(笑)
またしてもマゾ魂が蠢き始めましたよ。


姫にとって、「死」とは、美しくはないものらしいです。
彼にとって、美しい死人は佐為だけなのです。
だから、死んじゃったら窓の外にポイ、なのです。
なので、阿鼻叫喚なカンジを目指したのですが、ニンともカンとも・・・。



との事。
いやあ、怖いです。特に手前の人。
おくとさんって髪の毛が凄いよね。乱れ髪を描かせたらピカ一。
そしてそれがまた怖かったり色っぽかったり(笑)

それにしても血糊に異様に萌えてしまう自分ってやっぱダメっすかね?


で、例によって駄文をひっつけてみた・・・。
てっても、まんまおくとさんの設定&粗筋。
萌えすぎて勝手に文にしちゃった・・・。
これもダメっすかね?




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・






階下で敵兵が走り回る音がする。
誰かが漏らした、「最早、これまで・・・。」という言葉に誰もが頷かざるを得ぬ
重苦しい空気が立ちこめていた。

女共の湿っぽい嗚咽が、虫の羽音のように其処此処で聞こえる。



「御覚悟を・・・。」


言われるままに姫も喉元に懐剣を当てたが、腰元達が次々に自刃して行くのを眺めた後、
最後の1人が息絶える前にすっくと立ち上がった。

断末魔の腰元が、そうはさせじと打掛に縋り付く。


「姫、様・・・。」


喉からごろごろと血混じりに吐き出される言葉も、姫には何の感慨も与えない。


「我は死なぬ。死にたい奴は、勝手に死ね。」

「そ・・・な・・・・・・。」


驚愕に見開かれた目。
そんな、あるいは、なりませぬ、と言いたかったのかも知れない。
だが、姫は袖に縋ってぶるぶると震え始めた腕をあっさりと振り解くと、
辺りを見回して使えそうな武器の在処を、足場を、確認し始めた。


「・・・出来るかどーか分かんねーけどさ、とにかくやってみなくちゃな。
 何もせずに自害するなんて、馬鹿のする事だ。」


耳を澄ませると、階下を誰かが話しながら登ってくるようだ。
慌てて隅に寄り、身を伏せる。
瞼に遠い景色が浮かぶ。



 
    薄くらい座敷の中、一人の子どもが座している。
    聞こえる物は戸外で微かな風が草を揺らす音ばかり。
    いや、よくよく耳を澄ませれば、紛れ込んだ一匹の蠅が、仲間を求めて
    う〜ん・・・と小さな小さなうなり声を上げているのが分かる。
    もう彼は満腹で、後は外の世界を求めるのみ。

    分かってはいたが、障子を開けてやることは出来なかったし、したくもなかった。




オレは一度死んだ身だ。
二度とは御免だ。




    子どもは壁際に蹲り、部屋の反対側でまだ微かに湯気を立てている汁椀を眺める。
    白い飯。香の物。
    それらは上品な蒔絵の施された漆塗りの膳に載せられていた。

    くうぅ・・・。

    遠の昔に鳴く元気さえなくしていた腹の虫が、それでも微かに空腹を訴えていた。




もうあんな苦しい思いはしたくない。
仏さんが向こうから平身低頭迎えに来るまで、この世に居座ってやる。

生き続けてやる。
例えそれが死ぬより苦しい事であっても。

なあ、それでいいんだろ?・・・佐為。


「・・・恐らくこの上が・・・・・・。」


聞き慣れない声が、梯子段を上ってくる・・・・・・。







・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


その子どもには自分が一体何故、この座敷に押し込められているのか分からなかった。

だが、障子の向こうには忘れ去られた中庭、その雑草の中には・・・信じられないほど薄べったくなった
白い毛の塊があり、件の蠅の兄弟が空気を薄ら黒くさせる程たかっているのは知っている。
そして夥しい数のその弟か子どもたちが、全部で一つの生き物かのように
その腹に白く蠢いているのも知っている。



閉じこめられた最初の頃、世話をする者にしつこく蟄居の理由を尋ねた事があった。
その者は、


「女子は屋内で過ごすもの。いつまでも家臣の子どもと遊んでいてはなりませぬ。」


と言った。

でも、ここは屋内とは言え・・・。




子どもは何不自由なき姫として育てられた。
城主の娘として絹物をまとい何人もの世話役にかしずかれ、下へも置かれず育ってきた。

大切にされている、とも思わなかった。
それは姫にとって至極当然の日常であったので。


だが時に、庭に出たときに群れて走り回っている家臣の息子達を見ると、堪らなくなって
供の者を振り切って混ざりに行った。

姫はいつでも歓迎された。


「姫様は女子なのに、誰よりも足が早く、誰よりも強い。」


一番年長の、皆の長となっている少年にもよく褒められた。
彼は姫が遊びに来ると、いつでも統率者の役を明け渡してくれたものだ。


「姫君ですから皆気を遣っているのですよ。」


供の女にはいつも釘を差されたが、姫自身はそうは思わない。
事実、子どものことであるから偶には諍いをして喧嘩を挑んで来る者もあったが、
姫は負けたことがなかった。

力で戦えば良いというものではない。
力が無いなら無いなりに、体が小さいなら小さいなりに、頭を使えばいくらでも勝てる。

姫はほとんど本能的に、知っていた。





それが城主である父に知れたのは先月のこと。


「・・・家来の子らと取っ組み合うて喧嘩したり、その頭領格のような事をしておるそうだな。」


ほとんど会ったことのないその人は、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。


「皆が弱いのです。男なのにわらわに勝てるものがおりませぬ。」

「女子が、女子が男に勝たぬでもよい!」


父は青筋を立てると、扇子の要が弾ける程の勢いで、脇息を叩いた。


それからすぐに、この奥座敷とは名ばかりの座敷牢に封じられたのだ。







異変は5日程前に起こった。


当初、友に会えず寂しいと必死に訴えると、二匹の犬を与えられた。
どう見ても高貴の者が飼うとは思われぬ薄汚い雑種であったが、それでも姫は喜んだ。

坪庭で元気に跳ね回る様子を見ると、心が安らぐ。
手ずから飯をやると、嬉しそうに喰らい、姫によく懐いた。

ひょっとした時に腐った木塀の穴をくぐり抜けてどこかに行ってしまう事もあったが、
姫が穴に近づいて呼ぶと、必ず帰ってきた。

そんな犬に。

その時は偶々白い方しか中庭にいなかった。
姫に用意された膳の匂いに釣られて甘えてきた犬に、「運の良い奴め」と笑いながら
いつもの如く、掌に飯を載せて食べさせていたのだ。

と、旨そうに食っていた犬が。

突然「ぐうっ。」といった声を上げてのたうち回り始めた。


「え・・・?」


呆然と立ちすくむ姫の前で犬は苦しげにくるくる回り、倒れて痙攣を起こし、
その内に、動かなくなった。

・・・・・・毒。

信じられぬ物を見るように、掌に食い残された飯粒を見つめる。
やがて、もう一匹の犬が現れ、相棒の異変に気付いて匂いを嗅ぎに行ったが、
それよりもまず腹ごしらえ、と言わぬばかりに姫に近づいて来て、その掌に頭を寄せてきた。


「食うなっ!」


姫は犬の鼻を殴りつけた。


ぎゃん!


犬が飛びすさって、何が起こったのか分からぬように主人を見つめる。


「行け!行け!」


木ぎれを拾って追うと、悲しげに木塀まで後ずさっていった。


「よいか、もう、来るな!わらわはお前に飯はやれぬ!」


最後に棒を投げつけると、慌てて木塀をくぐって逃げていった。




「四郎・・・四郎。」


姫は自分の身代わりになって死んだ犬に縋って、泣いた。
元気良く振られていた白い尾が、もう二度と動かぬのだと思うと、
いつも自分を見つめていた黒い目がもう二度と開けられぬのだと思うと、
涙が涸れることはなかった。

自分が飯をやらなければ。
この犬はあと何年も生きられた。
相棒を悲しませる事もなかった。

自分が、飯をやったばっかりに・・・。

自分に四郎を殺させた者を、絶対に、許さぬ。
と思った。




しばらく後。


「あれ、ほとんどお召し上がりになっておられませぬが。」

「食いとうない。」

「左様でござりますか。」


女は何の感情も見せぬ目で小さく頷くと、膳を下げた。
庭に犬がいない事にも、雑草の中にその骸が横たわっている事にも気付かなかったので
言わなかった。


姫は飯を摂らなくなった。


翌日も姫は、犬の骸の元に行ったが、ひどく冷たく、硬くなっていて、もう縋って泣く事も
出来ない、と思った。
だからその傍らで、やはり涙を流した。

夕刻になり、骸の目の辺りに小さな蠅がたかりはじめた。
必死に追い払ったが、キリがなかった。
諦めて立ち上がると、視界が揺れて、ふらりとした。



誰が、四郎を殺し、自分を亡き者にしようとしているのか。

姫はただひたすらに考え続けた。

世話役の女たちの内の1人だろうか。
料理人。
いや、元々水に毒が?

だが、城内の誰かが水に当たって死んだなどという話は聞かない・・・。



3日目。
恐る恐る四郎を見に行くと、もう手の付けられぬ有様だった。
少し離れたところから手を合わせた。


4日目。
やたら眠かった。
出される飯は相変わらず旨そうで、
もしかしたら毒が入っていたのはあの一回だけかも知れない、と、
何度も箸を付けそうになった。


限界かも・・・。

絹の袖から覗く手首が、細い。
道具箱の中の手鏡で見ると、鮮やかな衣装の中で、顔色だけが酷くくすんでいて、
貧相に頬が痩けていた。

こんな子どもを見たことがある。

一度だけ城門に近づいた時、門の外に菰を巻いた大人と子どもが座り込んでいたのだ。
あれは何だと訪ねたら、誰かが物乞いだと、貧しいのだと教えてくれた。

自分は貧しいか?
否。
その証拠にきらびやかな錦を纏っている。

なのに、中身は今となってはあの時の子どもと変わらぬ貧相さ。

情けなくて笑えてきた。
そして涙が流れた。








明けて5日目の今日。

あまり食べぬのも怪しまれると思って、毎食庭に穴を掘って埋めていたが、
もうそれも儘ならぬようになってきた。

飯に手を付けずに我慢しているのが精一杯。



霞む視界の中で冷め切ってしまった飯を見て、姫・・・ヒカルの心が揺らぐ。


どうせ死ぬのなら、その前にたらふく食べて、そして死にたい。
いや・・・。でも・・・。
自分を殺めんとする者の思うとおりになるのは、絶対に嫌だ。



どうせ死ぬのなら、誰か分からぬ殺人者に一泡吹かせてやりたい。
幼くとも誇り高い心に誓ったのだ。

もうすぐ死ぬ、と言うのは、少し前から分かっていた。

せめて、せめて、誰にも骸を曝さずに逝きたい。
庭の片隅で死のうかと思ったが、犬の四郎の行く末を思うと、
とてもそのような気になれなかった。


・・・そういえば、片隅に打ち捨てられた古い蔵があった・・・。
あそこなら、蛆に食われる事はないかも知れない。
骨になっても誰にも見られないかも知れない・・・。

今すぐに行かなければ、もう自分には体力が残っていない。
意識も遠ざかりがちで、自分でも知らない間に飯を食ってしまうかも知れない。

ヒカルはのろのろと這い始めた。




遠い遠い道のりだった。

以前は呼吸を止めたまま走っていける距離だったのに、
今は京の都に行くより遠く感じられる。

じわりじわりと進み、やっと蔵の扉に縋ってから初めて、開かなかったらどうする、と思い付いた。

もう、自分には屋敷までの数間ばかりを渡って戻ることすら叶いそうに、ない。


全身全霊で祈りながら、もたれ掛かるように扉を押すと、奇跡が起こった。
只でさえ重いはずの蔵の扉が、いとも軽く内側に開いたのだ。

薄暗い内部にまろび入ると、安堵感と体力の限界から、ヒカルは気を失った。





それから何刻ほど流れたのか、それとも僅かな時間だったのか。
ヒカルは埃臭い空気の中に僅かに流れる花の様な香りに、重い瞼をようよう上げた。

・・・なんだ・・?

人の気配では、ない。
でも目の前に薄ら光る、確かな人影。


「誰そ。」


言ったつもりだが、完全に乾いた口の中から漏れるのは微かに乱れた息遣いのみ。


“見えるのですか・・・?”


見える、とはどういう意味だ、まだわらわが生きておる、という意味か。


「見、え・・・。」

“私の声が、聞こえるのですか・・・?”

「誰そ・・・。」

“私は藤原佐為。”


頭が痛い。頭が痛い。
目の前の人物からは、取りあえず悪意は感じられない。
感じられたとしても・・・。
もう自分にはどうする事も出来ない。


さらば、

父上様、母上様、兄上方・・・慎一郎、義高、皆も・・・

さ、あらば・・・。





“・・・あなたは・・・。”

__もう、五日も飲み食いしていない。

“何故です。衣から拝見してもやんごとなき御身の上でありましょうに。”


口に出して話さずとも、何故か目の前の佐為と名乗る人物には届いた。


__出された物に毒が入っていた。


眉を顰めた佐為の顔が薄暗くなってくる。


“待ちなさい。その柱の四角い取っ手を引きなさい。”


この期に及んで何を、と思うが、言うに言われぬ圧力によって最後の力を振り絞り
柱に縋って飾りを引く。


__こ、は・・・。


それは小さな隠し引き出しになっていて、中から更に小さな細長い箱が現れた。


“中に箸が入っています。”


開けると確かに、ぼろぼろになった懐紙に包まれた真っ黒い箸が入っていた。


“ああ・・・我がまかりて後、流れた年月よ・・・。”

__死んで・・・?

“とにかく今は急を要するようだ。その箸を持って屋敷に戻りなさい。”

__無理・・・だ。


今度こそ本当に目を閉じると、体がふわりと持ち上がった。


__・・・な?無礼者・・・。

“そのような事を言っている場合ではないでしょう。”


鎧の武者に抱き上げられ、船に揺られるように移動する。
先程嗅いだ花のような匂いは、この者から漂ってくるのだと分かった。

金具同志が触れ合う、かしゃり、かしゃりという音はするが、彼の者の草を踏みしだく音はしない。
誰かに抱かれたのは本当に久しぶりで、その安心感に縋り付き、
最後にこのようないい目を見られたのなら、自分も安らかに旅立てる、と思った。


だがその旅はすぐに終わり、気付いたら座敷の膳の前に座らされていた。


“その箸の先だけでいいので磨きなさい。”

__出来ない。

“何を言っているのです。あなたの命の瀬戸際なのですよ。”

__ならお前、磨いてくれ。

“私では、駄目なのです。”


佐為は、訳が分からない。
彼自身も謎過ぎるし、その言っていることも全く訳が分からない。
それでも、もう考える力もなくしたヒカルは、袂でゆっくりと箸の先を磨き始めた。

どれほど経ったか分からぬ頃、その先が白く光り始める。


__銀の箸であったか。

“とりあえず、白湯にその先を付けて下さい。”

__何故。

“毒が入っていれば変色します。”

__本当か。


恐る恐る、浸してみる。



上げた箸は、まだ白銀に輝いていた。



“お飲みなさい。”


本当に、大丈夫だろうか。


“私を信じなさい。”


信じて、いいのであろうか。この今日初めてあった武者を。
・・・武者?
何故、蔵の中に。
しかも今は戦時でもないのに。


“信じなさい。”


この者は、人外の者か。
もしかして、もしかして、神様とか仏様とはこの様な姿をされているのかも知れない。


ヒカルは目をつぶって、白湯に口を付けた。






一度手を付けると際限がなく、次々に器に箸を刺して食ったが、毒は入っていなかった。
だが、半分くらいで止められた。



“長らく絶食していて一度に召し上がれば腹を壊します。
 今そんなことになったら、あなたは死ぬ。”


ヒカルは佐為の言うことに盲目的に従った。
だから、箸を袂に隠してお休みなさい、と言われるがままに、そのまま深い眠りについた。






次に目が覚めたのは、翌朝だった。
久しぶりにゆっくりと休んだ気がする。
この目覚めの快適さ。

妙な夢を見ていた。

蔵の中にいきなり鎧の武者が現れ・・・、
誰かが自分を殺めようとしているなどと、眠ってしまったら、二度とは目が覚めぬかも知れぬと・・・、


「・・・四郎?」


否。
否否。
それは夢ではない。

毎朝確認していた。
夢だったのではないかと。
庭には四郎の死骸などなく、二匹揃って元気に飛び跳ねていてくれと。

夢では、なかった。
庭の汚らしいモノは、既に四郎ではない。
四郎は、どこにもいない。


“あなたは・・・。”


声に驚いて振り向くと、鎧武者が座っていた。





「夢で、なかったのか・・・。」

“夢ならば、あなたは今頃生きてはおりますまい。”

「礼を申す。かたじけない。」


高い声が、座敷に響く。
だが、鎧武者の声は、妙に籠もっているというか、頭の中で響いているような、
どこか現実味を欠いた音だった。


「佐為と申したか。」

“そうです。藤原佐為。あなたの、名は。”

「わらわは・・・ヒカル。」

“ヒカル・・・。この城の、今の当主は?”


父の名を告げたが、佐為は首を捻った。

その時、訪なう声がして、女が朝餉を持ってきた。





「のう。この者は誰じゃ。」

「は?誰かおりまするか。」

“ヒカル、この者には私は見えますまい。”

「・・・・・・。」

「昨日よりお顔色が優れていらっしゃるようで、ようございました。」


女は形ばかりに祝うと、そのまま膳を置いて去っていった。



「そなた・・・。」


よく見ると、佐為の姿は、少し輪郭がぼやけている。
全体的にうっすら光っているようで、障子から射し込む光の反対側に、影が出来ていない。


「幽的、か。」


佐為がゆっくり頷いた。







佐為の話によると、彼は大昔この家で跡目争いが起こった時に、負けた方について殺されたらしい。


“あの蔵の中で、ゆっくりと死んでいく心持ちといったらありませんでした。”

「・・・・・・。」

“今でも、私は龍一郎様より虎次郎様の方が、国主の器であったと思っています。”

「龍一郎とは、確か曾祖父や数代前の当主の御幼名だと思うが。」

“虎次郎様の名も、私の名も・・・・・・残ってはいませんか・・・。”

「ご幼少の頃亡くなられたのなら、ほとんど誰も名を知るまい。」

“ご幼少という程ではありませんでしたが、系図ではそのように計らったのやも知れませんね・・・。”


と、佐為はしばらくとても遠い目をした。


“・・・その時、その銀の箸も隠しておいたのです。
 差し上げますからこれから物を食べるときはそれをお使いなさい。”


朝餉の器にも全て食前に箸を刺したが、色は変わらなかったのでヒカルはゆっくりと完食した。
また少し元気になった。


“もし毒が入っていたら、草露を飲みなさい。食べられる葉も後で教えて差し上げます。”

「今はいいよ。満腹だし。・・・あ・・・れ?」


何気なく佐為に触ろうとした手が、空を切る。
だが佐為は動いていない。


「どうして・・・?」

“ですから私は幽魂ですから。”

「でも、昨日は抱いてくれて・・・。」

“あれは私も驚きましたが、あなたが既に此岸と彼岸の間を彷徨っていたからではないでしょうか。”

「そんな・・・。」


ヒカルは泣きそうになった。
寂しいなどと、辛いなどと、思ったことはなかったが、どこかで自分を抱きしめてくれる存在、
甘えさせてくれる存在を求めていたのかも知れない。





佐為はそれから色々な事を教えてくれた。
彼は天才的な武術家でありつつ実践派でもあったらしく、様々な生存術を心得ていた。


しかし教えてくれた中で一番愕然としたのは、自分が男であったという事実であった。
だが、誰にも聞けなかったが薄々感じていた事ではあったし、そう考えると
全く見えなかった自分の殺害動機が、明白に見えてくるのである。


“虎次郎様の乱以来、少なくとも次男以降は育てぬようにしたのかも知れません。”

「わらわ・・・オレは、生まれた時に殺されていても仕方なかったのか・・・。」

“左様。しかしお屋形様かお方様が情けを掛けられたか、それともいざという時の為にか
 姫として育てることにしたのですね。”

「・・・・・・。」

“しかし、女子として育てたはずのあなたが、兄上達とは桁違いの頭首の片鱗を見せ始めた。”

「だからやっかい事になる前に、始末を。」

“あなたが長じて、男と分かるようになれば、絶対にあなたをして当主に押し立てようとする者が現れる。”


身内であっても「許さぬ」という思いには変わりないが、最早憤りも悲しみも通り越した。

ただ遊び仲間であった、家臣の子ども達を思う。
確かに彼らにすれば、病気がちで太刀の立たぬ長兄や、乱暴者の次兄より、
自分に上に立って欲しいと思うかも知れない。うぬぼれかも知れぬが。


“そうでもないでしょう。あなたは年の割に驚くほど察しがよく、頭の回転が速い。”


佐為が微笑んで、扇子で碁盤を指した。
晴れの日には庭で太刀を習い(傍目には素振りであったが)、雨の日には屋内で戦略や碁を
習った。


「何故、オレにこんなによくしてくれるの?」

“・・・あなたが、虎次郎様に似ているからかも知れません。”

「・・・・・・。」

“生まれたのが遅かったばかりに家を継げないというのは理不尽です。
 器を持って生まれた者が国を治めた方が、世のため万人のため。”

「オレに、国を統べられるかなあ。」

“大丈夫。あなたは大器です。・・・それとも、あなたが継ぎたくないと言うなら、”

「継ぎたい。」

“・・・・・・。”

「・・・家を継ぎたい。というか、オレの国を、作りたい。」

“・・・それでこそ、当主の器。あなたなら、出来ます。”






優しかった佐為が怒ったのは一度きり。

佐為と出会ってから随分して、思い出して庭の隅の木戸から犬を呼ぶと、
驚いた事に忘れずに飛んできたのだ。


「おまえ、オレを覚えててくれたのか!わ、くすぐったい、」

“ヒカル・・・その犬は?”

「お前と会った頃、庭で死んでいた四郎の相棒だよ。元々二匹飼ってたんだけど、
 四郎に毒入りの飯をやってしまってから、危ないから遠ざけていた。」

“でも、呼べばすぐにやって来たではありませんか。”

「ああ、オレ達仲良しだったからな。コイツまで死なせたくなかったから今まで呼ばなかったけど。」

“ヒカル!”

「え・・・何?」


佐為の目が、吊り上がっていた。
もともと輪郭の薄い体から、青い炎が立ち上るようだった。
何か見えているのか、犬が怯えたように尻尾を巻く。


“何故、あの死にかけていた時、この犬に毒見をさせなかったのです?”

「え・・・。」

“与えられた膳の物を少しづつ分け与えて、この犬が死ななかったら食べれば良かったでしょう?”

「そんなの、」

“ヒカル!”

「オレ達、友達なんだ!」

“あの時私に出会っていなかったら、あなたは死んでいた。”

「だけど、助かったじゃないか!」

“それは偶然です。後一日出会うのが遅かったかも知れないし、
 もしかしたら出会えなかったかも知れない。”

「・・・・・・。」

“自分の命より、犬の命の方が大切だと?”

「・・・・・・。」

“わたしは、この乱世で生き残る術を教えているつもりです。でもあなたに生きる気がないのなら、”

「わー!ごめん!ごめん、佐為。分かったから、だから。」


消え入るように、行かないで、と俯いたヒカルを見て、佐為も目元を和らげた。


“・・・一番大切な物の為には、他の全てを犠牲になさい。
 自分の命を守る為なら友情や哀れみや誇りなど、余分な物は切り捨てなさい。
 命より大切な物の為だけに、命を賭けなさい。”

「分かった・・・。でも今は、銀の箸があるからいいだろ・・・?こいつだけは見逃してやってくれ。
 ・・・行け。九郎。」


自分に怯えて走り去っていく黒犬を見ながら、


“白犬と黒犬・・・黒が生き残ったのも、何かの因縁やも知れませんね・・・。”


佐為が呟いたのを、ヒカルは知らない。





それからしばらくして、座敷牢からは出された。
ヒカルが花の活け方を習いたい、琴を習いたい、と申し出たからだ。


“よいですね。生き残る為には、あくまでも自分が男だと気付いていない振りをするのです。
 女子としてしとやかに、大人しく振る舞うことです。”

「でも、それでどうやって国を取るの?」

“待つのです。勝機は必ず、向こうからやって来ます。”

「・・・・・・。」

“それにもう少し大きくなったら、女子として殿御を思うままにあやつる術も教えて差し上げますよ。”

「オレ体は男だけど。」

“そうですね。でもヒカルは美しい姫ですから大丈夫。”






・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



佐為。

佐為。

今はもういない人。
でも、オレ独りでもやってやるよ。

生き残って、どんな手を使ってでも、絶対に欲しい物を手に入れる。
何を犠牲にしても。




「そなた、」

「お情けを、賜りとうございます・・・。」



目の前に現れた塔矢の若武者。
まずはコイツを、最大限に利用してやる。







−了−




※最初の話の直前、そしてヒカルサイドの話です。
  銀の箸、食器が毒で変色するのは本当らしい。(by「パタリロ西遊記6」)
  ステキ元絵&原案はタコツボへようこそ!!の「E!?」へ!

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