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戦国ヒカアキ5 「おい。塔矢が攻めて来たぞ。」 ある晩ヒカルは寝所に来ると嬉しそうに言って、私に何も問う暇を与えず押し倒した。 しばらく前から高楼より下ろされ、この部屋に押し込められている。 長い梯子段を降りた時は解放されるものと思っていたがそれは甘かったようだ。 しかし監視が付いていて不自由ではあるが、風呂も厠も使えるのが有り難い。 夜になるとヒカルは一人でやって来た。 「よお。久しぶりだな。」 「供はおらぬのか。」 「必要ねえよ。」 当たり前のように私に与えられた布団に滑り込み、差し招く。 「・・・何の真似だ。」 「昔みたいに仲ヨクしようぜ。」 「その方と仲良くした覚えなどない。」 「ああオマエのカラダと仲良かったのは緒方か。」 ・・・素手同志なら、負けない、殺せる、と思った。 だが例えこの場でヒカルを殺したとしても、その先はあるまい。 ここで命を失っては、一体何のために今までこの不遇に堪え忍んできたのか分からない。 「抵抗しても時間の無駄だって分かってんだろ? オレは、やると言った事は、やるから。」 確かに、今まではその通りだった。恐らくこの先も。 今一度布団を広げ、自分の隣を指し示す。 それでも私が動かないと、手首を取って引きずり込んで掻き抱く。 私は何の抵抗も出来なかった。 「・・・隣の城を落としたとき、何人か女を抱いてみたんだよ。」 「・・・・・・。」 「んだよ、その顔。オマエだってやろうとした事だろ?」 ・・・確かに、そうだが。 私はそなたを少なくとも側室に貰い受ける所存であった・・・。 思い出しただけでも自分を縊り殺したくなる程苛立たしく、口惜しい。 「だけどさ・・・やはりオマエが一番良かった。何でだろ?」 本気で、聞いているのか。 それは・・・恐らく体の問題ではない。 それは、性欲ではなく、征服欲。 そなたは私を抱いている時、一人の男を抱いているのではない。 父祖が興して以来、幾代も続いてきた塔矢家と、その領土を抱いているのだ。 一介の女人ではない。 歪んだ欲望であったとても、その味はさぞや良いことであろう。 私は唇を噛んだ。 それから数日後のある日、家臣を集めた場に連れて行かれた。 その理由は分からないが、少しでもこの城の情報を知っておくのは悪いことではない。 この城の者に顔を見られるのは気が進まないが、ヒカルと家臣の関係は見ておきたい。 広間に通ると、既に大勢の男が座っていた。 無論全員前城主の家臣だろう。 突然年若い、しかもほとんど顔も知らないようなヒカルに仕える身になって、 どのような心持ちであろうか。 ヒカルは私を自分の後ろに侍らせ 「この御方は塔矢家のお世継ぎ、アキラ殿でいらっしゃる。」 殊更に丁寧に紹介し、嬲る。 「この方のお陰で帰って来られたのだから、皆の者、感謝するが良い。」 は、は、は、は、と笑い声を上げる一同。 だが次の瞬間、ヒカルが小指で耳をほじりながら 「オレは冗談を言ったつもりはない。」 ぼそりと言うと、 一気に場に緊張が走り、静まり返った。 なんという・・・恐るべき、掌握力。 このような若造が、それも今まで姫として育てられていたような者が如何様にして 短期間にこれほどの海千山千の武将達を束ねたのか。 全く見当がつかない。 見当がつかないながらもその様を目の当たりにして背筋が凍った。 仮に私が塔矢家を継いだとしても、この者は敵に回したくない・・・。 「まあしかし、感謝が余って手を出したりする者があれば、許さぬぞ。」 今度は皆控えめに笑う。 私が当主の慰み者になっているという事が「公然の秘密」から、「秘密」が取れた状態になったようだ。 「まこと、塔矢家の北の方はお美しい方と聞き及びますが似ていらっしゃるんでしょうな。」 「そうだな。男にしておくには、惜しい。」 それが最近まで姫として過ごしていたヒカルの口から出ると奇妙だが 誰も笑わなかった。 「失礼ながら姫と生まれておられれば、さぞや御立派な方に嫁がれたであろうに。」 男に生まれたばかりに、このような陵辱を受けて不憫なと、 愚弄するつもりか家臣如きが。 だが私が膝を立てる前に、ヒカルが刃物のような声でそろりと、言った。 「アキラは、強いぜ。」 「・・・は。」 「武将として、出来れば戦いたくない人物だ。」 それは。 つい先程私がヒカルに対して思ったことだ。 同じ事を言われて、思いたくもないのに、面映ゆい。 「・・・はばかりながら。」 家臣の一人が、膝でいざってヒカルに口答えをしようとした。 「実際に戦っても見ず判じられぬ、と申したいか?」 「恐れ入ります。」 「碁を打てば、大体分かる。」 それが閨房の相手としてだけでなく、ヒカルが私に執着する理由だ。 城内では負け無し、と豪語したヒカルであるが、私と一局打って負けた。 ヒカルは子どものように悔しがってもう一局もう一局とねだり、 結局碁だけを打って朝を迎えてしまったこともある。 その時は実に仲の良い友人同士のようだ、などと迂闊にも思ってしまい、 酷く複雑な心持ちがした。 結局勝ったり負けたりしたが、未だにヒカルの勝ち星が私を上回る事はない。 ・・・・・・それはともかく。 「恐れながら殿。それでその、アキラ様を塔矢にお帰しになるので?」 「いや、返さぬ。」 ・・・何、と。 いやそんな事ではないかと内心思わぬではなかった。 そもそも最初の約定では火薬の件はなかったのだ。 それでも一人の人質には過分すぎる条件であった覚えがある。 塔矢はそれでも呑んで先に城や捕虜を返した。 しかしヒカルは条件を追加して私を返さなかった。 そしてそれはほとんど宣戦布告と同義であるが、 そういえばヒカルはそういう事が、平気で出来てしまう男だ。 「左様ですか。それでは。」 「何だ。」 「首を刎ねておしまいなされ。」 私が家臣でも、そう言うだろう。 だがヒカルは私を殺さない。それだけ私に執心しているという自負がある。 いや。 執心している、振りをしながらあっさり首を刎ねる・・・それもいかにも彼らしいと思った。 私が揺れ動く心を隠し平静な顔を保っていると 「殺さぬ。」 「殿がアキラ様を強い、と言われるなら尚更生きていただいては禍根が残ります。」 「残さぬ。オレが。」 ・・・結局私の首は繋がった訳だが、今思えばあの時死んでいても良かった。 一つの身をして国を傾けんとする跡継ぎなど、居らぬ方がマシというものだ。 しかし一つ気付いたことがある。 ヒカルは何事に関してもほとんど説明というものをしないのだ。 何故私を返さないのか、殺さないのか、禍根を残さぬようにするとはどういう意味なのか、 全く説明しなかった。 それだけでなく家臣も訊かなかった。 説明せずともヒカルの意向は絶対だ、ということか。 家臣もそれに食い下がらぬ所を見れば、やはりヒカルは常にやると言ったことは絶対やる、のだろう。 とすると、あれは私に対する挑戦とも取れる。 ・・・もし私が塔矢に帰れたら、何年掛かろうとも絶対この城を落とす。 帰れなくとも、父なら既に斥候を潜り込ませる程の工作はしているであろうから 彼らと連絡が取れ次第、中から潰してやる。 最後の情事の後、ヒカルの寝首を掻いてやる。 絶対に、後悔させてやる。 ・・・と私が考えている事くらい見通しているであろうから、確実に禍根を残さぬようにするには 私を殺しておくに限るはずだ。 がそれをせぬとは相当悪手ではないのか。 ヒカルがこの先どのように打つのか、お手並み拝見、と行くか。 と思っていた所に、「塔矢が攻めてきた」とヒカルは言ったのだ。 ヒカルに説明する気が無い以上何を訊いても無駄なので、 乱暴な行為をただ黙って受け入れた。 痛みはあったが、いつも私の目の前を赤くする屈辱感は少なかった。 それよりも頭の中は、 「塔矢が攻めてきた」 という言葉で一杯だった。 事が終わって億劫そうに夜着をはおり、寝入っていまいそうなヒカルに 漸く尋ねる。 「おい・・・。」 「ん・・・?」 「先程、『塔矢が攻めてきた』と言ったな。」 「ああ・・・・・あっ!そうそう。それが言いたかったんだった。」 ヒカルは全く私の感情に忖度なく軽く答えると「よっ」と起きあがって胡座をかいた。 「そういう訳で明日からまたしばらく城にいないから。」 「その方がおらぬのは全く構わぬが。」 「素直じゃないなぁ。寂しいくせに。」 「何をっ!」 「・・・オマエさ、見捨てられたぜ。」 ・・・・・・血の気が、一気に引いた。 塔矢が攻めてきた、と聞いた瞬間から分かっていた事だ。 いや、ヒカルが約定を違えて私を返さなかった時から、いつでも起こり得る事態だった。 それでも、これ程国に迷惑を掛けている身でありながら、 正面切って攻めてくる事はあるまいと、私の命が大切なはずだと、 どこか信じていた。 高を括っていた。 何処まで愚かなのだ。私は。 「どっか遠縁から養子でも貰うことにしたんだろうなぁ。だけど、」 ヒカルは言葉を切って、私の頬に手を触れる。 「死ぬなよ。」 凍り付いた私の口の端を指で撫でる。 「オマエを取り返せればそれに越したことはないんだろうから、 いざとなった時に交渉の材料に使わせて貰う。」 撫でた指を唇の間に割り込ませ、閉じた歯をこじ開ける。 私はヒカルの言葉が、その気遣いが口惜しすぎて、 言いようもないやるせなさをどうしたら良いのか全く分からなくて、 その指をカリリ、と噛んだ。 −了− ※エロ度が低い。漸く話が進みはじめたらしい。 |
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