戦国ヒカアキ4
戦国ヒカアキ4









初めて供を引きつれて登楼して来たヒカルの男姿を見た時には、内心狼狽えてしまった。
こんなに、男だったのかと。


それほど凛々しい若武者に変貌していたのだ。
以前も確かに(ああ確かに)男ではあったが子どもじみた部分も多くあり、
とこか高慢で悪戯な姫君のようだと、我知らず感じていた事に初めて気付いた。

数日ぶりに会うヒカルは、すっかり城主の貫禄と大人の男の顔を備えていて
気圧されそうになった。
きっと、色々、色々あったのだろう。
今の私には想像も付かぬ事が。
私が時間を掛けて準備をし、一歩一歩登って行く階段を一気に駆け上がったのだろう。

だが、ここで引く訳には行かぬ、と思った。



「・・・アキラ殿。しばらく振りであった。」

「左様であるな。」

「つつがなくお過ごしか。」

「斯様の事、私に聞かずとも存じておろう。」

「・・・・・・。」

「そなたには無事城を奪還されたとの事、祝着至極・・・とでも申すべきか。」

「心にもなき祝の言葉など無用。そなたの事も、緒方に交渉を続けさせておる故、
 ご心配召されるな。」


・・・私の身の上を、品物のように取り引きする。
彼は、私ではなく私の父と同じ土俵に立つ者なのだと、改めて痛感した。
口惜しいが、せめてそれを表面に出さぬ様必死に押さえ込む。


「緒方は、まだ塔矢に籍を置いておるのか?」

「そなたがここにおる間は脱国する理由があり申さぬでな。」

「・・・・・・。」


緒方は上手く立ち回っているのだろう。
自分が塔矢を裏切っている事など、私を手込めにしたことなど、露ほども匂わせず
涼しい顔のまま双方で有能な参謀の振りを続けているのだろう。


「交渉は上手く行っておる。」

「それは何より。」

「・・・・・・。」


ヒカルは、意識的に表情を消した私の顔をしばらく怪訝そうに見ていたが、
やがてぱちん、と閉じた扇を軽く振った。
後ろに控えていた数人の供が、一斉に頭を下げて降りていった。





「・・・アキラ、どうした?」

「何がだ。」

「オマエ、変わった。」


変わったのはその方であろう。
籠の鳥が外界へ羽ばたき、すぐに食い殺されるかも知れぬと思っていたが、
それどころか鷲になって帰ってきた。

逆に大空へ羽ばたく寸前であった私の方は未だ囚われの身。
同じ顔をしていろと言う方が無理というものだ。

そなたがその様に「城主」の仮面を取ろうとも。手を引こうとも、押し倒そうとも。
誇りを失わぬよう自分が一国の嫡男である事を忘れぬよう
私には能面を被り続ける事が精一杯の尊厳なのだ。


「・・・前みたいにもっと怒れよ。」

「・・・・・・。」

「・・・怒れ。・・・喚け。抗え!」


無反応な私にヒカルは何故か酷く苛立ち、いつにも増して荒々しく押し入ってきた。
・・・彼はまだ緒方に許していないのかも知れない、と思った。


「そな・・・たは、もう自由の身なのであるから・・・私にこの様な事をする理由もないであろう。」


痛みに耐えながら下から言うと、一瞬ぽかんとした顔をした後、


「・・・そっか。それも、そうだな。でも。」


私の胴を抱いて激しく動く。
以前より痛みを感じなくなるまでの時間が短い、自分が嫌だった。
やがてヒカルは一つ強く突くと、大きく息を吐きながらゆるゆると二、三度出し入れをした。

懐紙で拭って身繕いをしたヒカルに、しばらく迷ったが問うてみる。


「・・・でも、何だ。」

「え?」

「先程・・・最中に『でも』と申したであろう。」

「ああ、でも・・・オレはオマエの体が気に入っている。他に知らないし。」


真顔で真っ直ぐに私を見るヒカルに、何と答えて良いのやら分からなかった。
思えばヒカルの男としての生はまだ数日で、武将としての形、体裁を
整える術を知らぬのかも知れぬと思う。

でなければ男との情交を気に入っているなどと、女を知らないなどと、軽々しく口にする物ではない。
正直すぎるヒカル。

だから彼は自由で
だから彼は危うい。





その後、しばらくヒカルも緒方も来ない日が続いた。


心安らぐ日々だったが、世話をするものに聞いたところに依ると家督を継ぐやいなや
瞬く間に隣の小国を落としたという。

危ういなどと思った私の印象は間違いで、やはり彼は麒麟児なのだろう。

同い年でありながら、このように幽閉されて無為に過ごしている私と大した違いだ。
私はただ歯がみをしながら、その活躍を聞いた。









食事は大概二人組ほどで運ばれてきた。
男と女の時もあるし、男二人の時もある。
だが、女ばかりで来ることはなかった。
用心深いことだ。




ある日、一人の若者が楼に上がってきた。
偶に膳を持ってくる者達の内の一人だ。


「また、お召し上がりになっていないのですか?」


ほとんど手つかずの食事を見て眉を寄せる。


「食べとうない。」

「少しお痩せになられました。召し上がっていただかないと我々がお叱りを受けます。」


そんなことは関係ない。
家に戻るときの事を考えるとここで死ぬわけにはいかないが、
これは私の最低限の抵抗だ。

若者は無言の私を見て溜息を吐くと、


「今日はお体を拭かせていただきます。」


と言って湯の入った桶を傍らに置いた。

若者は私に近づき、御免、と言って襟をはだけさせる。
ああ、それで今日は一人なのか、と思った。
曲がりなりにも他国の世継ぎ、出来るだけ肌を人目に晒さぬ気遣いなのかも知れぬ。
いやもしかしたらそれ以上に主の「女」であるから・・・?

鬱陶しい心持ちに支配されはじめた私に構わず、若者は黙々と上半身を脱がせ、
絞った手ぬぐいで静かに背中から拭き始めた。


「その方、名は。」

「は。義高、と申します。」


ヨシタカ。名字なのか名前なのかと聞こうかと思ったが、どちらでもいいので何も言わなかった。

義高は私より一つ二つ年上か。
よく見れば以前ヒカルと一緒に登楼した者であったが、ヒカルは随分信用しているようだった。


「義高は、ヒカルの何なのだ。」

「・・・乳兄弟にございます。幼少の頃は遊びのお相手もさせていただきました。一番年が近いので。」

「と言うことは、ヒカルが男だと知っていたのか。」

「いえ・・・。父は知っていた様ですが、兄も私も知らされていませんでした。」

「気付かなかったのか?」

「幼い頃から姫・・・主と剣や碁を遊びましたが、七年を過ぎてからは城内に上がられまして
 ほとんどお目にかかる事はなくなりました故。」


義高はそのまま私の首を拭き、腕や胸を拭き、今一度「御免」、と言って足を伸ばさせ
足の指を一本一本丁寧に拭っていった。







再び口を開いたのは、腿の辺りを拭っている時だった。


「恐れながら。」

「何だ。」

「・・・主と幾日も過ごされたと。」

「・・・ああ。」

「我らが帰ってからも、主はここで人払いをされました。」

「先日の事か・・・。それがどうした。」

「貴方様が。・・・・・・貴方様は、主を抱かれるのか。」


・・・いきなり何と。
不躾な男。帯刀していれば即座に斬り捨てている所だ。


「何故そのような事を聞く。」

「貴方が、ヒカル様を抱いたのなら。」


手を止めて無表情のままに目を上げた。
不穏な、目だ。


「なら、何だ。」

「・・・・・・許せない。」


一介の家臣が何を申す、と思ったが、その目に隠った敵意に背筋がざわつき
始めて恐怖が訪れる。
と同時に、義高が何故斯様な事を問うのかが分かった。


「・・・その方、ヒカルを好いておったのか。」


一瞬視線が揺らぐ。
しかし、すぐに危うい感じで据わった。
先程の不躾な問いから少し正気を失っているような気はしていたが、


「・・・いつの日か意に染まぬ輿入れをする時があれば連れて逃げてくれと、」

「戯言だ。」

「勿論そんな事が出来るはずもないけどオレは嬉しくて、」


ヒカルめ・・・。
自分を姫だと信じていたこの男が思いを寄せているのを知っていて、
その心を弄んだと見える。


「あやつは、」

「姫様、」


義高が、私の帯を掴む。
なんという力だ。
いや、私が弱っているのだ。
碌に飯も取っていなかった事を後悔する。


「やめい!」

「よくも、姫を、」


なんだこやつは、ヒカルを男だと知らぬのか。
いや、違う、先程ヒカルが男だという話をしたばかりだ。
なのに、認めておらぬのか、そんな愚かな事が。
あの姿を目の当たりにして。
だが・・・。
それなら、はっきり言ってやるまでだ。



「存じておろう!最初から・・・。」

「姫を、」



「姫などおらぬ!」



その瞬間義高は止まった。
そして目を見開いた。


「・・・お前がいくら好いても、姫などおらぬ。第一・・・。」


言いたくはない。
知られているのならともかく、自分の口からそのような事を。
しかし。


「・・・奴の方が私を抱いたのだ。」


幼い頃から見続けていた姫は、男だったのだ。
その方はずっと幻を愛していたのだ。


義高の目から急速に光が失われて行く。
少し気の毒に思ったが、私自身他人に同情できる立場に、ない。

私は無感動に、項垂れた頭を見続けた。







だが、義高の動きは再びゆるやかに始まった。
のろのろと私を押し倒し、女にするように、裾に手を差し込んできた。


「何をする。」

「ヒカル、様・・・。」

「義高、放せ。」

「ヒカル様が貴方を。」

「やめろ!」

「この体を。」


こやつ、狂っている。
いくらヒカルを抱けなくとも。

無骨な指で私の秘所にある穴を探り当てると、思い切りよく裾を捲り上げた。
傍らの桶から冷めかかった湯を掬い、私の股に乱暴にひっかける。

力が、入らない。

自らの前をくつろげ、いきり立った物を取りだして馴らしもせず当てる。

こんな、何故。
何の理由で。
他国の家臣ふぜいの子どもに。


「ヒカルに、」

「呼び捨てに、するな。」


低い声で吐き捨てるように呟くと、一気に押し入ってきた。






いくら苦しくとも声など出すものかと思った。
だが、あまりの苦痛に呻き声が漏れそうになり、歯を食いしばる。


「ヒカル様、が、この・・・。」


義高は譫言のように繰り返しながら私の上で体を揺らし続けた。

やがてピリッとした痛みが走り、少し出入りが滑らかになる。
切れたな、と思ったが、総体的には楽になったので少し息を吐いた。


それにしても。

こやつは本当に長い間ヒカル「姫」に懸想していたのだな、と思う。
奴が男だと現して家督を継いだ時、どのような心持ちであったろう。
一瞬とは言え「彼女」に心を奪われた身としては、同病相憐れむわけでもないが
同情を禁じ得ない。

だがヒカルに、自分に「女」としての魅力があると教えたのがこやつだとすれば
憎んでも憎みきれない。


いずれにせよ、味方を、しかも幼い頃から共に過ごしていた者を
これほど見事に騙しおおせていたとは。
非道ではあるが敵ながら天晴れと言わざるを得ないだろう。

あやつには、戦人としての強さ以外に、他人を、そして自分を意のままに操る
天性と言うものが備わっているのかも知れない。
認めるのは口惜しいが。






「姫・・・姫・・・。」


義高の動きと私の苦痛が激しくなり、とにかく早く終わってくれ、と思い始めた頃
床に開いた梯子段の入り口の方から、ぎし、という音が聞こえた。

何だろう、と思った途端に、ばんっ!音がして、夢中で腰を遣っていた義高が仰け反った。
肉棒が抜け、次に不思議そうに目を見開いて私を見たその体が横に吹っ飛ぶ。

義高は、その精を空中に撒き散らしながら転がり、壁に当たって動かなくなった。


「その、方、」

「っ大事ありませんか!」

「・・・そのように見えるか。」

「・・・・・・。」


義高同様偶に私に膳を運んでくる、少し年かさの若者だった。
若者は息を飲み、湯桶の手ぬぐいを絞って私の足に手を伸ばす。


「触るな。」

「お手当を・・・。」

「構うなっ!」


若者は手ぬぐいを桶に掛け、開かされたまま動かせない私の足をそっと閉じ、裾を整えた。


「・・・義高は、死んだか。」

「いえ。あの位で死ぬような奴ではござりませぬ。」


そして突然入り口近くまで後ずさりして行って、這いつくばり


「此度は、愚弟が大変ご無礼つかまつりました!」


と、床に頭を擦りつけた。


「その方の、弟か。」

「は。この罪はこの慎一郎が腹を切ってお詫び申し上げますので、弟は、弟は平にお許しを。」


大した兄弟愛だ。
こんなうつけ者の為に腹を切られるとは。
義高のものならまだしも、その兄の腹を裂かれても何の溜飲も下りぬ。
それにそれなら、まずヒカルの腹が欲しい。


「いらぬ。」

「は・・・?」

「他国の家臣に犯されたなどと知られたくもないし、ヒカルにも言うな。」

「しかし。」

「そなたの気が済まぬのなら勝手に腹でも首でも切るがよい。ただし私の知らぬところで。」

「・・・・・・。」



慎一郎はしばらくそのまま床に頭を付けていた。

やがて無言で、射精して気を失っている義高の始末をするとずるずると引きずり、
入り口でもう一度這いつくばって頭を下げると、弟の体を背中に担いで梯子段を降りていった。






その後慎一郎は別の男と幾度か膳を持ってきたが、私とは目を合わさなかった。
義高の姿は見なかったので、この兄に放遂されたのやも知れぬ。
単に私の世話役を外されただけかも知れぬ。


いずれにせよこの楼から下りる事叶わぬ身には、あずかり知らぬ事だ。








−了−









※懸念の和谷アキ。ここで消化してみようと思った。
  ピカの女装は捨て難いんですが、そのまま話を進めるのはちと難儀で。


※カザミンから強奪したおまけ(笑)
  戦国ヒカアキ舞台裏(笑)


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