君のためなら死ねる 〜レオナルド・ダ・ヴィンチ『モナ・リザ』





(ルーブル美術館/パリ)






進藤君へ。

先日は驚かせてすみませんでした。
でも進藤も知っての通り、僕はあまり同世代との友だち付き合いの経験がなくて
どうしてあんなに驚かれたのか未だに分かりません。
そんなに通じにくい冗談だとも思わないのですが。


ところでもう恐らく知っていると思いますが天元の第四戦は負けました。
今回は残念だったけれど、これから何度もチャンスはありますから次こそ頑張ります。

だからこの手紙が着く頃には僕も東京に戻っているが慰めるな。
僕は落ち込んでなどいない。



モナ・リザに話を戻す。

あの絵葉書は名古屋駅の構内の雑貨屋で偶々見つけたもので、他意などはない。
ちょっと面白いな、と思って珍しく買ってしまった。
買ってしまってから無駄な物だと気付いたが、それを無駄にしない為に
誰かに出そうと思った。

そして僕の知り合いでああいった巫山戯た葉書を出しても大丈夫そうなのは
君だけなので君に出した。それだけだ。
年賀状以外に葉書を出すことは、そんなにおかしな事なのだろうか。
僕はそうは思わないので、君も気にしないでくれ。

内容については電話でも言ったが、少し不謹慎だったかと自分でも反省する。
しかしあんなに有名な絵なのだから数え切れない程のパロディがあることぐらい
想像がつくだろう?
まさか本気にするとは思わないじゃないか。


話は変わるが、改めて桑名は見に来てくれてありがとう。
君は大変でしたね。
君みたいな健康そうな人が急に倒れることがあるのかと驚きました。
勿論対局に影響を及ぼす程ではありませんが。

いや、君が倒れた事が気にならなかった訳ではなく、
君がわざわざ見に来てくれたからあの一戦は勝てたのだと僕は本当に思う。

と言うとまた君は気持ち悪いなどと言うかも知れないな。
そうなのか?
思ったことを言わなければ正直になれと言うし、思ったことをそのまま言えば
気持ち悪いと言われるし。
本当に君は付き合いづらい。

だが、君の方が断然友だちが多い所を見れば、やはりずれているのは
僕の方なのだろう。

葉書を出すという行為も、君が言うようにきっとおかしいのだろうな。
だからあれは、右に書いたように成り行きでもあるし、単に桑名まで
足をのばしてくれたお礼のつもりだったと思って貰ってもいい。
君の持病、というか秘密は


君はオリジナルのモナ・リザを見たことはあるか?
僕はない。
しかし印刷物を見る限り、あまり好きなタイプの絵ではないと思う。

ルーブルの至宝と呼ばれ、美の全てが集まっていると言われているが
まったくそうは思わない。暗いし、ずばぬけて上手いとも思わない。

しかし見る人が見ればやはり美しいのだろうね。
例えば、僕達がはっとする程美しい棋譜でも、碁を知らない人から見ればただの
黒い石と白い石の羅列だ。
そんなものなのだろう。
あまり分かった風な事は言わないようにしておくよ。

とにかく、そうだな、僕はあの黒くて長い髪が怖い。
海草みたいで重くて、上手く説明できないが、時代性とか女性の情念とか
そんな色々なものを絡め取って引きずっていそうだ。
じっと見ているとずるずると伸び始めそうで気持ち悪い。

そして何よりこの見透かすような目がいやだ。
絵の向こうから、何百年の時代を超えて、こちらがわをじっと見つめて
あざ笑っているような気がしないか。

「モナ・リザの微笑」と言えば神秘的で魅力的な微笑みの代名詞のようだが
僕にはどう見てもこちらに対して好意的な笑みには見えない。

かといって敵意も感じられない。
ああそうか、そこが神秘なのか。
しかしやはり魅力的というよりは、不気味だな。

この話の流れで言うのは何だが、キミも時々そういう顔をしているよ。
何か、こちらを見ているようで、実は別の世界に向かって微笑んでいるような。


すまない。
随分と抽象的な話をしてしまった。
モナ・リザに関しては、そういう訳でオリジナルが暗い分、パロディは
不気味さが消えて面白くて、割と好きなんだ。
自分でも今気づいたが。

しかしここまでくだくだと語ってしまう所を見ると、


どうも僕は実はモナ・リザに
とても惹かれているらしいね。

今まで全く思わなかったが、これほど感情が湧く、記憶に残るというのは、
「好き」の一種なんだろう。



気が付くとふいに胸が苦しくなってきた。



どうしたんだろう。
キミが倒れた時みたいだ。
あの時はタイトル戦の直前よりも、胸がどきどきしたよ。
君が二度と目を開けなかったらどうしようかと。
すまない、不謹慎だがそんな心配をしてしまった。

モナ・リザの微笑が謎めいているから、こんなに気分になるんだろうか。
こんなにも
僕は

苦しい。

今また彼女が盗まれたら、今の僕なら気が気でないだろう。
戻ってきてくれて、良かった。
百年近く経ってからでもホッとしてしまう。

けれど同時に、 君が 彼女を盗んだ罪人の気持ちも分かってしまうんだ。
そして二年も一緒に過ごせただなんて。
恐ろしい事に、僕は羨ましい。

ああ勿論、僕は犯罪に手を染めるような人間ではないよ。
例え話だ。

でも自分の見える世界から一つの名画が消えるのが、こんなにも辛い。
また失うくらいなら、自分が命を賭けて盗んだ方がマシだ。

彼女の為なら、死ねる。




何を言っているんだろう、僕は。ただの絵なのに。
嘘だよ。絵一枚のために命を投げ出すなんて出来る筈がない。
それによく考えたら、本気でそこまでモナ・リザが好きな訳でもない。

僕には他にも好きな絵があるから、また今度一緒に見に行かないか。
そうだな、ロートレックなんか君が好きそうな気がするがどうだろう。
「ムーラン・ルージュ」という絵が有名だと思うんだが知っているか?

最後にもう一度書くが、モナ・リザは生きていないし、幽霊も憑いていない。
あの葉書に書いたことは全部冗談だ。
ついでに言うと、キミが言うように千年前からある訳じゃない。
調べてみたら彼女はその半分の五百歳だった。




君に手紙を書いていると、随分と落ち着いた。
やはり天元がとれなかったのは結構堪えていたらしい。

それにしても、途中から気付いてはいたが、読み直すとやはり酷いな。
文体も文脈も滅茶苦茶、下書きにしてもあんまりだ。

最初は葉書を同封して封書にするつもりだったけれど、
こんな手紙とても出せないからやはり葉書だけにするよ。

今度は無加工の、モナ・リザの絵葉書だ。


どうせ出さないから
書いている間に思ってしまった事をそのまま書く。
自分でも驚いたが
進藤。




僕は、きっと君のためなら









−続く−






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