なつやすみ6
なつやすみ6









その日は、ボクが行くと進藤は何も言わなくてもすぐに碁盤の前に座った。
その表情は真剣そのもので、一瞬記憶が戻ったのかと思ったほどだ。

勝負の間も常に厳しい顔をして、これまでに無いほど真面目に打っていた。

ボクは熱くなった。

こんな日を、こんな日をずっと待っていた。
記憶が戻ることも大事だが、こんな風に彼が真剣に碁に取り組んでくれるのなら
このままでもいいかも知れない・・・などと、ちらりとではあるが、思ってしまったほどに。

彼の熱に、ボクも全力で応えた。

タイトル戦と同じくらいの集中力を以て、打ったつもりだ。

彼も珍しく長考を重ね、これまでに無く長丁場になった。
だが、


「一目半、か。」


ボクは、負けた。








「ありがとうございました。」


ボクが頭を下げて検討に入ろうとすると、進藤はバッと立ち上がって


「ありがとーございましたー!」


おざなりに言いながら、部屋を飛び出て階段を駆け下りていった。
何事かとボクも立ち上がって、慌てて後を追う。


進藤は台所で、お母さんに噛みつきそうな勢いで迫っていた。


「おかーさん!ピーちゃんは?!」


お母さんは黙って首を振った後


「・・・ダメだったわ。野生の生き物は、やっぱり人の手からは食べないみたい。」

「そんな・・・!!!」


テーブルの上には小さな箱があり、その中には千切った新聞紙が敷き詰めてあった。
中では雀の仔らしいものがひっくり返っていて、その足を丸めていた。
回りには何匹かの芋虫が蠢いている。


「たべさせてっていったじゃん!」

「食べさせようとしたわよ。」

「でもたべてない!」

「あなただって食べさせられなかったでしょう?」

「だからたのんだのに!」

「お母さんだって虫怖いけど、一生懸命頑張ったわよ!」

「だけど、だけどオレ塔矢にかったのに!」

「勝手にヒカくんが決めたんでしょう?お母さん知りません!」

「おかあさんが、おかあさんがピーちゃん殺したんだ!」

「何言ってるの!大体あなたが拾って来たんじゃないの!」

「ひとごろし!ひとごろし!」


進藤は手当たり次第にお母さんに物を投げつけ始めた。
容赦がない。
海苔の缶がお母さんの肩に思いきり当たった。
まずい。

直接殴りかかろうとするのを、危うく羽交い締めにする。
16歳の幼児。
このままではお母さんが、殺される。


「す、すみませんが、少し外に出ていていただけませんか!」

「で、でも・・・。」

「ボクが話をしますんで!今日は時間も大丈夫ですので!」


お母さんは海苔の当たった肩を押さえ、俯いていたがやがて顔を上げ


「すみません・・・2時間ほど買い物に出てきます・・・。」


と行って、エプロンの紐を解いた。
その目には涙が光っていた。






放せ!何すんだ!と喚いていた進藤も、お母さんが出て行ってからしばらくすると
さすがに大人しくなった。

そして、冷たくなった雀を見てその腹を恐る恐る触り、顔を真っ赤にして歪めたかと思うと
涙をぼろぼろとこぼし始めた。

さっきまであんなに怒っていたのに・・・と不思議だったが、
よく分からないがあの、怒りの爆発は、悲しみの裏返し・・・だったのか。

ボクは進藤の肩を抱き、取り敢えず部屋に連れ帰った。




進藤はぺたりと座り込むと、ボクに抱きついて号泣する。


「どうしたの?」

「あのね、あのね、きのうにわで見つけて、よわってるみたいで、」


またえぐ、えぐ、とひとしきり泣く。


「たべないんだよ。さいしょおかし上げたのにたべなくて、オレずかんでしらべて、」

「そう、偉いな。」

「むしたべるって書いてあったから、むし、いっしょうけんめいとって来て、」

「頑張ったね。」

「うん。だけどたべなくて、オレ、きょう塔矢にオレがかったら、ピーちゃん元気になるって、」

「・・・・・・。」

「元気になるって、それで飼うってきめて、それできょうはぜったいかつって、」


碁と雀に何の関係もないから、勝手に願掛けをしていた訳か。
だからあれほど、真剣だったのか。
なんだ。

でも


「進藤。やっぱり雀は人には飼えないよ。」

「だって!だってとべないのに、オレがひろわなかったら死んじゃう!」

「うん・・・だけど、拾っても・・・。」

「そんな、じゃあピーちゃんはどーすればいいの?!」


進藤は泣きやまない。いつまでも、ぐすぐすと泣いている。


「おかあさんが、ピーちゃんにむしたべさせてくれないから。」

「お母さんは悪くないよ。分かるだろう?お母さんも、頑張ってくれたんだよ。」

「・・・じゃあ、オレが、オレがひろったからピーちゃん死んじゃったの?」

「そんな事はない。」

「じゃあ、どーして、どーして、」

「進藤のせいじゃない。誰のせいでもない。悪いけどピーちゃんは・・・
 巣から落ちた時点で、既に死ぬ事が決まってたんだよ・・・。」


ボクは生き物を拾ったことも飼ったこともない。
嫌いではないが、正直興味がなかった。

学校の登下校は車が多かったし、外で遊ぶことも少なかったから、捨て猫や
こういった親にはぐれた小動物の仔を見たこともない。気付かなかっただけかも知れないが。

ただ、テレビや本で見る限り、野生動物を素人が飼うのはかなり難しいと思う。
という感想しか湧かなくて
こんな風に、雀一羽の為にこんなに泣く者を、どうやって慰めればいいのかなんて
全く分からない。

何を言っても、頭を撫でても、進藤は泣きやまなかった。



「そんなの、かわいそうすぎるよ!」

「可哀想だけれど。」



可哀想だけれどボクからすれば、そんなに泣いている、キミの方が可哀想だ。
雀が死んだのは可哀想だけれど、それはボクにとってはいつも見ている
何百羽の雀の一羽に過ぎず。


・・・キミは何万という16歳の男の中で、唯一かけがえのない「進藤ヒカル」で。


テレビの中で見知らぬ16歳の少年が死んでも、犯罪を起こしても、
それはボクに何の感慨も起こさないけれど、
もし、もしもキミに何かがあったら、


ボクも生きてはいないよ。


キミが原付で事故を起こしたと聞いた時、ボクの足の力は抜けて、膝を突いてしまった。
例え記憶を失っていても、ボクとの事を覚えていなくても、
それでもキミが生きていていてくれて、嬉しい。


生きていてくれて、良かった。







自然に涙が出てきた。


同時に、ボクにとって「進藤ヒカル」が特別であるように、
進藤にとっても「ピーちゃん」と名前までつけたあの雀は、
きっとかけがえのない雀だったのだなという事が、すとんと腑に落ちた。



「進藤・・・。」



涙を流すボクを見て進藤は少し驚いたようだったが、やがて二人で静かに抱き合った。

二人で泣いていると、泣いているのに何故か心が満たされるようで、
ボクは何かを見つけたようで、少し大人に近づいた気がした。




こんな時には、



こんな時には何の慰める言葉を掛けなくとも、
ただ、一緒に泣いてやれば、良かったのだ。











−つづく−









※雀に「ピーちゃん」はどうかと思う。

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